第100話 嫌な予感ほどよく当たる! 勘弁して!!
(三人称)
スタンピードの只中にある、エンシュの街。
通りからは人影が消え、普段の賑わいは無い。
――その路地裏に、陰があった。
日陰の部分に、なお濃い円形の陰が。
ぞる、と音。
その濃い影が、路上に『立ち上がった』
人型に。
「……随分と盛り上がっているな、虫共」
男か、女か。
変声された声で呟いたのは、体をすっぽりと黒い布で覆った中肉中背の人影だった。
「……返す返すも、愚妹のせいだ。何故私がこのような……」
愚痴めいた呟きをし、その人影は口を閉じる。
周囲の気配を探り……音も立てずに歩き出した。
「南の入口が近い、か」
最後にそう呟くと、人影は路地の陰に再び紛れた。
・・☆・・
ふわりと浮遊感……からの衝撃波!
落下を軽減して着地! 足が痺れた!!
「あはは!あははは!」
肩のアカには好評らしい。
『これからちょっとシー、しててね』『あーい!んふふ!んふふふ!』
さて……ヴァーティガの知らせで街中に飛び降りたものの、これからどうしよう。
トモさんトモさん、なんか反応ある?
『少々その場でお待ちを……ううむ……発見しました』
やった!
『ここから南の位置で、魔力が一瞬乱れました。まるで結界を破ったような反応……とても微弱ですが、そこに『何か』がいます』
ふむん……ん、んんん!?
しび、痺れた! ヴァーティガが! ビリビリしてる!
早く行けって感じなんかな、コレ?
トモさん、シェルターみたいなのの入口ってわかる?
子供が危ないって言うならそこだよね!?
『暇な時間に片手間で探査していたのがよかったですね……南、冒険者ギルド内部に地下への入口があります』
やったね! さすが女神様!
それじゃあ行くぞ!
……行くから! 超急いで行くから! だからビリビリしないでヴァーティガ!!
・・☆・・
(三人称)
「異常はないか」
「うむ、何も」
地下避難壕、南入口がある冒険者ギルド。
そこには、4名の衛兵が詰めている。
地上部分に2人、地下への扉の先に2人である。
衛兵の中でも戦闘に長けた者が、選抜されて配置されている。
「全方位からのスタンピード……未曽有の事態よな」
「応……ニカイド様が仰るに、どうにもきな臭いらしい」
ここには伝令魔法は届いている。
このスタンピードが人為的に引き起こされたことも、人族が周囲に潜んでいるかもしれないということも。
それもあり、2人の衛兵は一切油断をしていなかった。
「戦闘に参加できぬのは心苦しいが、ここを守るのも我らのつと……め……!?」
油断はしていなかったが、突如としてふらつき倒れる衛兵。
「おい!一体どうし――毒か!」
すぐさま口元を覆い、結界を張る衛兵。
倒れた同僚を気にしつつも、腰から引き抜い短槍を構える。
「(気配もない……臭いもせぬ……即座に内部へ伝令を……!?)」
どず、と鈍い音。
虫人の腹に、黒いロングソードが突き刺さっていた。
「どこ……か、ら……」
虫人が倒れ込むと同時に、空間が歪む。
そこに立っていたのは、黒衣の人影だった。
「精鋭とて、この程度か……他愛ない」
足音も立てず、その人影はギルドの奥へ消えていった。
「……ぐ、うぅ……おの、れ……」
倒れ込んだ虫人が、懐から割符を取り出して……割る。
そして、今度こそ意識を失って沈黙した。
「おい」「ああ」
地下への扉を内部から守っている衛兵が、頷き合う。
瞬時に扉から距離を取ると、お互いに短槍を構えた。
そして、片方が空中に指で印を描く。
避難民に紛れて護衛している衛兵への、伝令魔法。
その内容は『地上部の衛兵に異変。接敵に警戒されたし』というものであった。
「(魔物ではない、何かが来る)」
「(応、扉ごと――殺る)」
お互いに口中で詠唱し、魔法を待機させる。
伝令魔法が後方に伝わった今、彼らの仕事は――侵入者の、排除。
沈黙が流れ、時間だけが過ぎる。
「――ッガ!?」
「――ぐ、む!?!?」
備えていた衛兵2人は、不可視の衝撃波によって吹き飛ばされた。
扉の向こうにいる何者かが放った、魔法である。
「馬鹿、な!」
「お前は下がれ! 避難民を――!」
吹き飛び、踏みとどまった衛兵の内1人が再び扉へ向かう。
「『全き盾よ、在れ』!!」
片手に魔導壁を展開しながら、次の攻撃に備えつつ。
「見えた!」
そして、虚空が歪んで出現した魔法を、弾く。
「っぐ、うう! 強い――! 行け! 早く行け!!」
「すまん! すまん!!」
1人の衛兵が踵を返し、階段を駆け下りていく。
それを確認しながら、衛兵が魔力をさらに練った。
「おのれが何かは知らぬが、この先へは行かせぬぞ!! オーム・トール・ドール――」
どずん、と。
鈍い音が響く。
虚空から出現した槍が、魔導壁を貫通して――衛兵の腹部に食い込んだ音だ。
「ごぶ、っふ……舐める、なァ! ラクタ・ヨルグ……スヴァーハ!!」
血を吐きながらも集中を切らさず、衛兵は……魔法を解き放った。
暗い階段を閃光が染め、一拍置いて――爆音が響き渡った。
「今の音はなんだ!?」「魔物か、魔物がここまで――!?」「かあちゃん、かあちゃーん!!」
爆音によって、避難民は軽いパニック状態になっていた。
扉付近からの轟音は、スタンピード中のこの状況では……最悪を想起させた。
その時、地上への階段を走り降りて衛兵が現われた。
「敵襲! 敵襲――! この上に何かがいる、魔物ではな――ぎゃあっあ!?!?」
その衛兵は、何かに殴り付けられたように横向きに吹き飛んだ。
「っが!?」
壁に半ばめり込み、血を吐く衛兵。
「――民を守れ! 衛兵魂を見せ、ろォ! っが、あ!? ああ、ぐ……」
壁から、まるで何か大きい手に掴まれたように衛兵が浮かぶ。
それを見て、背後の避難民を守るように展開した衛兵たちが怯む。
「――何をしている! 敵は、後ろだァ!! 俺ごと、俺ごと撃てェ!!」
自信を襲う不可視の圧力に抗いながら、衛兵が叫ぶ。
「すまぬ――破ァッ!!」
一瞬逡巡し、衛兵の一人が雷撃魔法を放った。
釣られるように、残りの全員も続けざまに同じ魔法を放つ。
稲妻が走り、避難壕の隅々までが閃光と爆音に染まった。
・・☆・・
爆発音!?
しまった、もう何かが起こってるのか!?
走り続ける視界に、冒険者ギルドが見え――うわ! 入り口が吹き飛んでる!?
背筋に嫌な悪寒が走る……ちくしょう!
『アカ! 突っ込むよ! 肩においで!』『あいっ!』
間に合え、間に合え――衝撃波、最大出力ゥ!!
カッ飛べ、ボク!!
・・☆・・
「みんな、アタシの周りに来な! 魔法が少しでも使える連中は手伝っとくれ!」
避難民の中にいるカマラが、混乱の渦中にいる人々に叫ぶ。
「大丈夫、カマラ婆さんの商品はよく効くんだからさ!」
ローブに手を入れ、魔法具を取り出すカマラ。
「あの、少しなら――」「私も!」「儂もじゃ!」
トソバ村の住民が何人か寄ってくる。
カマラは、取り出した香炉のような魔法具を……若い3人の娘に渡した。
「これを地面に置きな! お互いを結ぶ線に全員が入るように!」
「「「はいっ!」」」
押し合い、へし合う避難民。
その数は、100人以上。
カマラから魔法具を受け取った3人は、それをかき分けて走り出す。
「その子らの道を開けな! 死にたくなかったらね!!」
走り去る娘たちを見届け、杖を握りしめるカマラ。
しばし後……先端の宝玉に魔力が満ちる。
「弱ったねえ、『奥の手』を使うような事態にならなきゃいいんだが――」
「おばあちゃん、こわい!」
カマラのローブに縋り付くカタコや、子供たち。
そんな子供らを見て――彼女は、口の端を持ち上げてにやりと笑った。
「――安心しな、婆ちゃんは無敵さね」
その顔は、自信に満ち溢れたものだった。
「カマラさん! 置きました!」「私も!」「こっちもです!」
散った娘たちの声が届く。
避難民は、半ばパニックながらも彼女らの走る道を開けた。
それによって、スムーズに到着することができたのだ。
「よおし、いい娘たちだ! ソレが光ったら全力で魔力を込めるんだ! いいね!」
「「「はぁいッ!!」」」
「『いと高き地母神バンドローネよ――』」
カマラが小さく呟き、杖の宝玉がまばゆく光る。
その光が上に飛び、細い糸のように伸びた。
光る魔力の糸は――瞬時に魔法具どうしを結んで空中に巨大な三角形を描く。
「皆ァ! その内側に入るんだ! 早くしな!!」
カマラの指示に、避難民が動く。
全員が必死で、誰も取りこぼさぬように――
――不意に、爆音が響いた。




