第94話 防衛戦の始まり。
「これより、全ての城門は厳重に閉鎖されます。皆様は待機してください……スタンピードが接近次第、街全域へ伝令が放たれます」
シラコさんはそう言って、衛兵に手振り。
すると、大きな木箱がいくつも運ばれてきた。
それは、ボクらの前に並べられていく。
「中級ですが、魔力ポーションを1人につき2本配布いたします。これは予算から出ているものなのでご心配なく、ですが転売は魔術契約により禁止されておりますのでご注意を」
おお!魔力ポーション!
転生してから初めて見るよ……ふわー、綺麗な紫色!
ボクとアカは魔石ポリポリで回復できるから、これはそのままロロンとアルデアに渡すとしようか。
この場だとアレだから、待機中にこっそりとね!
「初接敵の伝令が放たれるまで、皆様は自由とします。この間にお食事等を済ませてください……この割符を出せば、街内であればどこでも無料で食事ができます」
あ、ポーションと一緒に入ってるこの木の板がそれなのね。
至れり尽くせりって感じだね……
「一旦スタンピードが始まれば、持ち場を離れることは許されません。それに承服できぬというのなら、この場で申し上げ下さい……」
当たり前だけど誰も手を上げない。
覚悟が決まってるなあ。
「そうですか、それでは! いったん解散とします!」
その声に、冒険者の皆さんはガヤガヤしながら席を立つのだった。
「虫人ヨ、少シヨイカ」
「ハイ?」
さっきの詰所を出て、ご飯を食べに行こうかと相談していたら声をかけられた。
振り返ると……おお!ワニの人!?
「【静寂沢】ノ、ゴウバイント申ス」
「ムークデス」
全身ムキムキで、ローブを着込んだ強そうなワニさんだ。
どう見ても近接戦闘職に見えるけど、魔法使いサイドなんよねこの人……だって杖持ってるし。
魔物を楽勝で殴り殺せそうな杖だけど。
「ナンデショウ?」
「ウム……ソノ妖精ハ、ソナタノ仲間デアルカ」
アカ?
「あいっ! アカ、おやびんのこぶん!こぶん!」
見た目には大迫力だけど、アカが逃げないのでいい人らしい。
「アカガ、ドウカシマシタカ?」
そう聞くと、身長2メートルを超えるゴウバインさんはなんか……もじもじしてる。
なんだろ、まさかアカを頂戴とか言う感じ?
それはさすがに承服できないぞ~!?
「コレニ……祝福ヲ頂キタイノダガ」
もじもじゴウバインさんは、懐から……なんだろ?
十字架に円が二つ合体したようなお守り? を取り出した。
「ああ、【湿地の女神】教なのナ? 里にも1人いるのナ」
しっちのめがみきょう? なんか宗教のアミュレット的なやーつ?
『湿地の女神、ヨトゥール様の教えを守る僧侶さんですね。主な教義は弱者の救済と強敵を打ち破る勇気でしょうか』
この世界の神様、弱者救済がデフォなん?
んでんで、それがなんでアカと?
『ああ、ヨトゥール様は蛇の妖精が昇華して女神になられた存在ですので。それで彼らは妖精の保護も教義になっているのです……こらむっくん、威嚇しない! 保護とは言っても、例のエルフとは違いますよ! 困っていたら助ける!くらいのやーつですよ?』
あぶない……危うく衝撃波をブッパするところだった。
っていうか、妖精から女神様になれるんだ!?
じゃあアカもなれるの?
『何千何万という長い時が必要ですし、資質もありますから。今日明日にいきなりバイバイとはなりませんよ』
ホッ……
『アカ、この人の持っているものに祝福ってできる? 前に赤ちゃんがいる人にやったみたいにさ』
じゃあ……いいのかな?
みんな止めないし……
『できゆ、できゆ!』
アカは飛んで行ってその十字架にきゅっと抱き着き、ぽわっと光った。
今のでいいのかな?
「オオ!オオ!……カタジケナイ、カタジケナイ……其方ハヨキ主デアルヨウダ。無理ニ従ッテイル妖精ナラバ、コレハデキヌ」
「んへへ、えへへ~」
ゴウバインさんはゴツゴツした手でアカを撫でている。
……今の話し方だと、もしもボクがアカを無理やり連れてると思われたら……
『杖でぼきん! ぐしゃー! ですね』
かわいく言ってもコワイ!!
……ま、まあそんなことしてませんけどね! いい親分なので! ボクは!!
「素晴ラシキ祝福ヲイタダイタ。コレハ些少デハアルガ……」
「ウワーッ!? 結構デス!結構デスゥ!?」
やめてください!懐から宝石を出さないでください!!
報酬が!報酬がデカすぎる!!
・・☆・・
「ムークは本当に欲がないのナ、あぐあぐ」
骨付き肉を頬張りながら、アルデアが半眼になっている。
「イヤイヤ、アンナニ貰エルワケナイデショ」
ボクもジューシーな何かのモモ肉をバリバリ……香辛料が効いててンマイ!
「それがムーク様のいい所でがんす、ももも」
ロロンはたぶん、ボクが何しても褒めてくれると思うの。
全肯定が胸にチクチクするの。
なんとかゴウバインさんから宝石を貰うことを避け、結局アカのためのかったい黒砂糖みたいなお菓子を貰うまでに落ち着いた。
アカにとっては宝石よりもこっちの方がいいだろうしね。
そして……ボクらは一旦外壁から降りて、定食屋さんで腹ごしらえ。
割符のお陰で無料なのが嬉しい。
ここは外壁まで近いし、のんびりしながら作戦開始を待とう。
「オイシイ?」
「おいし、おいし! これしゅき、しゅき!」
アカはふかしたお芋的な何かにピリッとしたソースが付いたのがお気に入りらしい。
この子、結構辛いの好きだよね……麻婆豆腐もモリモリ食べてたし。
ここにはないけど、首都のミライ飯店に行くのが楽しみですなあ。
「兄さんたち、防壁で戦ってくれるんだってな」
ここの店主さんが、追加を持ってきてくれた。
彼は虫人じゃなくって獣人さん。
牙が強そうな猪っぽいお方だ。
「ア、ハイ」
「俺も昔はいっぱしの傭兵だったが、両足を竜に食いちぎられちまってな。戦えねえのが心苦しいぜ」
膝に矢を……どころじゃない!?
あ、本当に両足が義足だ! 動いてるから魔導義足ってやつかな?
「ここで精付けて頑張ってくれよ、冒険者さん」
「あいっ! がんばゆ、がんばゆ~!」
「おおっと、コイツは可愛らしくて頼もしい冒険者さんだ! がははは!」
店主さんは、アカのお皿に追加をドサドサ。
彼女は喜んで頬張っている。
「ようせいしゃん」
「あっこらミルル、出てくんなよ」
微笑ましく見ていたら、店の奥から小さい子が出てきた。
あら~かわいいねえ、小さい毛玉ちゃんだねえ!
ドラウドさんとこのお子さんを思い出すねえ!
「ようせいしゃん、ようせいしゃん!」
「こにちわ、こにちわ~!」
手を突き出して歩いてくるミルルちゃん? の周りを楽しそうに飛びながら謎ダンスするアカ。
あら~かわいいねえ! かわいいとかわいいが対消滅して新しい宇宙が生まれちゃうねえ!
『親バカ虫……』
そうですが???
「俺達は、スタンピードが始まったら地下の避難壕へ潜る。頼んだぜ、あんたら」
アカとキャッキャしているミルルちゃんを見ながら、店主さんはそう言った。
そっか……避難場所ってそこなんだ。
「ン、任せるのナ。必ず守り通して……あそこの壁にある美味そうな酒を飲むのナ」
「お目が高いねぇ! ありゃあ【ガリル】産の特製火酒だ! そうなったら全部飲ませてやらぁ!」
アルデアの言葉に、店主さんはお腹を抱えて笑っている。
「みゅんみゅんみゅ……!」「わ~!!」
アカは、ミルルちゃんのほっぺに触れながらなんか光ってる!?
ああ……祝福か。
「妖精ノ祝福デス。急ニゴメンナサイ」
「いやいや、妖精が子供に悪さするわきゃねえしな! こいつは……参ったなあ」
店主さんは、足元に歩いてきたミルルちゃんを撫でている。
「おとーしゃ、あったか、あったか」
「おう、いいモン貰ったなあ。こんなもん貰っちまったら全品無料で食い放題にすんぞ、スタンピードが終わったらまた絶対食いに来いよな!」
やったー! それは嬉しい!
「むししゃん、むししゃん」
お、なんですかミルルちゃん。
今度はボク?
「きれえ、きれえ」
あ、立てかけてるヴァーティガか。
ゴブリンのアレやソレはしっかり拭いたからすっかり綺麗です、はい。
「気ニナルノカナ? コレハネエ、ボクノ大事ナ相棒ナノ」
「あいぼ、あいぼー!」
ミルルちゃんが寄ってきて……ヴァーティガに触れる。
店主さんは失礼なことをしないか不安そうだけど、大丈夫。
「ふわー、きれえ、きれえ」
だってヴァーティガ、とっても嬉しそうに光ったもん。
表面に蒼い紋様が走ったけど、いつものような死を!モードじゃないね。
「そいつは……随分と『古い』武器だな? アンタ……見た目通り強そうだ」
そうか、傭兵さんならこういう武器にも詳しいんだね。
ボクを見る目が変わった気がする。
「ハイ、コノ棍棒ハドウヤラ……子供ガ笑ッテルノガ好キミタイデ」
ヴァーティガ、今までどんな戦いを潜り抜けてきたんだろうか。
いつかまた、謎夢で教えてくれるんかな?
「そいつはいい! ……そいつはいいな、本当に」
楽しそうにヴァーティガを撫でるミルルちゃんを見ながら、店主さんは豪快に笑っている。
それから、ボクたちはランチを堪能した。
『――伝令! 第一波近付く! 総員、持ち場に着け!!』
おっと、行きますか!
「ジャアネ~」
「ばいばい、ばいばい!」
美味しいご飯を詰め込み、店先で手を振るミルルちゃんにみんなで手を振り返して……ボクらは防壁に向かう。
「子供ハ……シッカリ守ラナイトネ、ヴァーティガ」
肩に担いだ相棒は、また優しい蒼色に光った。




