第93話 やれることを、やろう。
スタンピード発生という大事件に、ボクは混乱している。
そんな時に、後方に気配が!
「なんら、なんのさわぎニャ~?」
うわお酒クッサ!?!?
今まさにボクに抱き着いてきたアルデアが無茶苦茶お酒臭い!?
ベロッベロじゃん!? よく帰ってこれたねキミ!?
「す、スタンピードでやんす! アルデアさん!」
ロロンがぴょんぴょんしながら叫んだ。
「すたん……ぴぃどお……?」
振り子みたいにグラングランしてるアルデア。
だけど、一瞬で動きを止めて……胸元から小瓶を取り出して中身を一気に煽る。
そして……
「ウナナナナ!」
どこかへ走り出して――
「オロロロロロロロロ!!!!」
トイレに入るなり……名状しがたき音を発生させている。
だ、大丈夫……?
「んがっごっごっごっご……!」
そして何かを無茶苦茶飲んでる!?
まさかお酒じゃないよね!?
「ウナナナナナ!」
ばっしゃんばっしゃん聞こえる……今度は何よ!?
「――大事だナ、それは」
ビッショビショになって帰ってきた……すごい、完全に素面になってる。
絶対に体に悪い酔いの冷まし方だ、アレ。
吐いた後に水飲んで顔……上半身を洗ったのか。
「ハイドウゾ」
「お前はいい夫になる可能性がほんの少しだけあるのナ……」
タオルを渡すと、褒められてるのか馬鹿にされてるのかわからない答えが返ってきた。
果たしてお礼なんだろうか、今の。
「おばあちゃん、こわいよ~!」
「なんだい、怖いならみんなこっちへ来な。大丈夫さね……この街には立派な兵隊さんがワンサカいるんだからさ」
カマラさんは、怯えて泣く子供たちを1人1人あやしながら……ボクを見た。
えっと、つまり……お菓子か!
「大盤振ル舞イデスヨ~! ミンナテーブルニツイテツイテ~!」
ぐずる子供たちをテーブルにつかせ、目の前に――出でよ山盛りの美味しいものォ!!
飴玉、クッキー、お煎餅モドキ、その他様々なお菓子類が並ぶ!
ふふふ、在庫4分の1を放出だ……!
「わぁ……!」「すっごい……!」「おじちゃん、すご~い!」
さっき泣いたカラスがなんとやら。
まだまだ不安そうだけど、子供たちのメンタルはお菓子によって安定したようだ。
だっこしてるカタコちゃんもね!
「フフン、皆ハオヤツデモ食ベナガラ大人シクイイ子ニシテルンダヨ~?」
「……おじちゃんは~?」
椅子に座らせたカタコちゃんを撫でると、心配そうに見上げてくる。
その頭を撫でつつ振り返ると……思った通りだ。
ロロンとアルデアは槍を取り出し、アカはやる気満々で帯電してる。
頼りになる仲間たちですよ、ほんとに。
ボクは、もう一度カタコちゃんを撫でてこう言った。
なるべく、空前絶後に頼もしく見えるように。
「――トッテモ強イ冒険者ダカラネ、オジチャン達ハ。ダカラ、今カラ戦ッテクルンダヨ」
・・☆・・
「これは、ムーク殿! お体はもうよろしいので!?」
「ハイ、防衛ニ参加サセテクダサイ!」
混乱する街を走り抜け、防壁の近くに来た。
どうやらボクを知っているらしい衛兵さんが、慌てて寄ってくる。
「そうですか……ありがたい! 今は人手が少しでも欲しいのです!」
衛兵さんがガッシリと握手をしてきた。
「ボクラハ全員魔法ガツカエマス。ドコヘ行ケバイイデスカ?」
「なんと、それは心強い……ではこのまま真っ直ぐ行って、あのゴンドラへお乗りください! 最上階での迎撃をお願いいたします!」
「ワカリマシタ! 行コウミンナ!」
あのゴンドラなら乗ったことあるし、大丈夫だ!
一緒に行くのはロロン、アカ、そしてアルデアだ。
ピーちゃんは非戦闘妖精なので、カマラさんと一緒に待機。
依頼主のカマラさんからは『行ってきな。どうせこの街が駄目になりゃあ、護衛どころじゃないんだ』とのありがたーいお言葉をいただいてます!
「乗ッテ乗ッテ」
「はわわわ……」
ゴンドラに到着し、手すりを掴む。
アカは肩に、ロロンは掴めるところに手すりが無かったのでボクのマントに巻き付いている。
「私は飛ぶのナ」
アルデアは、上昇するゴンドラと並行して飛んでいる。
ま、そりゃそうよね。
「ムーク殿! 助太刀をしていただけるのですか!?」
「おおお!英雄殿が参戦なされるぞ!」
「エンシュには神と英雄の加護が付いておられる! やるぞ皆の衆ゥ!!」
「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」」」
……えー、最上階に到着した瞬間から……衛兵さんたちのテンションが高い。高すぎる。
これは確実にボクがどうこうではなく、ゲニーチロさんの御威光ですね、ハイ。
「フフン、大した人気者なのナ」
「当然でやんす! ムーク様は不世出の大英雄でがんす!」
ロロンの中でボクの位置づけがどうなってるのか恐ろしいすぎる。
確認はしない、恐ろしいすぎるので。
「ムーク殿! お仲間たちもこちらへ!」
あ、シラコさんだ。
なんか、詰所みたいな建物の前で手招きしてる。
作戦会議かな?
「先程振りでありますな。お力を貸していただけるとはありがたい」
頑丈そうな詰所の内部、10畳ほどの空間には、ニカイドさんと……衛兵っぽくないけど強そうな方々、そしてエルフのラオドールさんが詰めていた。
あの強そうな人たちは冒険者さんかな?
虫人に獣人、それにワニ……鱗の人がいるね。
全部で20人くらいかな。
「それでは、接敵の前に作戦を説明させていただきます。皆様、どうぞお座りになってお聞きください」
ボクらと一緒に来たシラコさんが、皆さんの前に出る。
壁際の黒板には、エンシュを上から見たような図が書き込まれていた。
「現在、北方の森にて魔力溜まりが出現しており、魔物が集まっている状況です」
ぱし、と差し棒で示された地点は森のかなり奥の方だ。
「知っての通り、魔力溜まりに集まった魔物は急激な成長を遂げた後……しばらくすると急激な飢餓感に襲われます」
知らなかった……そ、そうなんだ。
あ、だから人を……
「そして、身近にいる魔物以外の生命体を求めてスタンピードが発生するのです」
……魔物以外、の?
「(同じ魔力溜まりから魔力を貪った魔物は、同族のような扱いになるのナ。普段なら別だが、その場合は決して共食いをせんのナ)」
アルデアのヒソヒソ補足たすかる。
……よっぽどボクがアホフェイスをしていたのだろうか。
ともかく、そんな面倒臭い習性があったのかスタンピードって。
「そして、スタンピードの発生源から最も近い『餌場』は……ここです」
みんなわかっているのか、ざわりともしない。
「これからの作戦展開を解説いたします。衛兵は常日頃から叩き込まれている戦術ですので、皆様はここでしっかりと認識していただきます」
ボクの斜め前に座っている虎っぽいおねえさんが、ちょっと背筋を伸ばした。
「――まず、スタンピードが始まってしばらくの間は皆様は待機していただきます」
あ、そうなの?
「スタンピード初期から中期に攻め寄せてくるゴブリン・狼・コボルトなどの魔物は、数は多いですが脅威ではありません。これは、下層と中層に展開した衛兵隊が【エンライ】の一斉射撃で対応します」
あの鉄砲か。
弱い魔物には効くって言ってたもんね。
「そして、そうした魔物たちを殲滅した後が――本番です」
空気が引き締まり、アカがボクの首にきゅっと抱き着いた。
「先程の魔物よりも強力な一団が、波のように寄せ付けて参ります。普段は森の奥深くで生息しているような、強力な魔物たちが」
一呼吸置くシラコさん。
「今までに斥候によって確認された魔物の一団です。オオムシクイドリ、大地竜、トライ・ペント、影狼、オルクボア」
聞いたことのある魔物の名前と、知らないのもくつか。
「――そして、リンドヴルム」
ざわ、と騒がしくなった。
なんだろ、たしか冒険者ギルドで依頼にあったような……
『リンドヴルム、エルフの古い言語で【翼持つ死】という意味を持つ竜種です。オオムシクイドリや大地竜よりも強力な魔物ですね』
マジで!?
それって深淵竜よりも?
『さすがにアレには一段劣りますが、油断ならない相手ですよ』
それはそうだね……ボクは成体の大地竜に勝てるかどうかも未知数なんだもん。
「皆様には、それらの『大物』に対して魔法での迎撃を行ってもらいます」
なるほど……シンプルな作戦だね。
押し寄せてくる魔物相手なんだから、こうなるのかな?
「最後に、拙者から」
おっと、ニカイドさんが出てきた。
「この街は、トルゴーン中部の要衝である。ここが陥落するようなことがあれば、周辺の村々や街は散った魔物に襲われて滅ぶことになろう」
ぎしり、と。
ニカイドさんが拳を握りしめた。
「――故に、我々は……全ての魔物をここへ引き付け、全てを……葬るのだ!!」
轟、とでもいうような気合が部屋を吹き抜けた。
これは……頑張らないとね、ボクも。
子供たちもいるしさ、今。
ニカイドさんの気合にビックリして膝に落ちてきたアカを撫でつつ、そう決意する虫だった。




