第92話 発動、スタンピード。
(三人称)
森の中を、ひたすら駆ける影が3つ。
風のように、音も立てず……ひたすら駆けている。
全員、何の変哲もない革鎧を身に着けた人族の男たちだ。
見た目はよくいる冒険者風だが……走る速度と、気配の消し方が尋常の冒険者ではない。
「アガーツめ、しくじりよって……!」
「無駄口はよせ、気配が漏れる」
「はん、虫人ごときに我らの気が追えるものかよ!」
毒づく青年を、リーダー格の壮年の男が諫めたが……もう1人の若い男も愚痴に加わった。
「汚らわしき虫の国になぞ、来たのが間違いよ! 座しておれば、いずれ魔物に滅ぼされる宿命であろうに……!」
「虫共ではなんの慰めにもならぬしな! まだ獣の国の方が『使える』連中が多いというのに!」
2人の若者からは、隠しきれない他種族への偏見と憎悪が漏れ出ている。
壮年の男とて、心中は同じだが……それを漏らさぬ分別だけは持っていた。
今この場で喚いても、何の解決にもならんと確信しているのである。
「先程の虫とてそうだ! 魔物モドキの癖に小癪にも避けやがって……土産に妖精の1匹でもと考えたのが悪かったか!」
「2匹もひき連れておったしな! なるほど、羽虫は魔物モドキに良く懐くか!」
くく、と笑いをこぼす人族の若者。
「あのアルマードは惜しかった! 本国では希少故、高く売れ――」
ぼ、という音。
空気を切り裂く轟音が響いた次の瞬間には――
「げぇ、あ!?」
若者が、皮鎧を貫通した槍によって2つに分かれて地面に叩き付けられた。
「――ジェンセン!? おのれ、追っ手か!!」
残る若者が血相を変え、振り向く。
「馬鹿が! 足を止めるな!!」
「先に行けバンドル! 虫けらなどこの俺が――」
飛来する槍を剣で弾く若者。
それを一顧だにせず、壮年の男……バンドルは速度を上げた。
「――つくづく痴れ者どもよ。怨みますぞ『司教』様」
バンドルが大きく跳躍し、枝を蹴って加速。
「っがぁ!? お、おのれ、虫け……ら!?!?」
ほぼ同時に、後方から何かが弾けるような異音が響いた。
それきり、若者の声は途切れる。
「――時稼ぎにもならんか、愚物めが」
跳躍と加速を繰り返し、さらに森を進むバンドル。
だが、その疾走は長く続くことはなかった。
「っちぃい!」
進む先に魔力反応。
結界壁が展開されていた。
着地し、すぐさま右方向へ転回するバンドルの目の前に――何本もの黒く輝く槍が突き刺さる。
それを視認した瞬間に宙返りし、反対方向へ逃走を図るが……そこにも同じように槍の雨が降った。
「――招かざる客人よ。手向かいせねば命だけは助けてやる」
反響し、全方位から響く声に――バンドルは背負った大剣を引き抜いた。
「――まつろわぬ虫共の慈悲など無用。貴様らこそ今退けば命だけは許してやろう」
そう言ったバンドルの周囲に、変化。
虚空から槍の穂先が現われて――即座にトップスピードで射出された。
【影槍】という、高難易度の魔法であった。
「はっは!……温いわッ!!」
バンドルの大剣が光り、周囲へ衝撃波が放たれる。
その衝撃波に触れた瞬間、魔力で構築された槍は形を失って空間に溶ける。
何らかの、強力な魔法具だろう。
「貴様らの魔法なぞ、わが剣の前では塵も同然!」
そう叫ぶバンドルの周囲で、またも空間が歪む。
「無駄だと言ったァ!」
大剣が光り輝き――槍が消える。
槍が消えるが――
「ご、が……ぐ、ぅう」
湿った音が連続で響き、あっという間にバンドルの体はハリネズミのようになった。
刺さっているのは、クロスボウのボルト。
魔法に合わせ、四方八方から放たれたものだ。
「おの、れ……もはや、ここまでか」
どちゃり、と尻もちをつくバンドル。
だが言葉とは裏腹に……その目は爛々と輝いていた。
「【聖女】様、申し訳……な、い」
「――頭を射抜け!」
飛来したボルトがバルドルの額を貫通する、その数瞬前。
彼は、胸元に入れた手に魔力を流していた。
バンドルの死体が地面に倒れるよりも早く、彼の周辺の空間が歪んだ。
そして……闇が溢れ始める。
「――いかん、退け! 退けーッ!!」
3つ数えるよりも早く、歪んだ空間から一気に闇が噴き出した。
・・☆・・
「……ちぃ、よほどの阿呆がおったらしいの」
ラオドールさんが呟き、果実炭酸水を飲み干した。
「馳走になったの、ムーク殿」
そして、さっきまでのニコニコ顔を険しく歪めて立ち上がった。
「シラコ殿、こうなったのも何かの縁……儂は北側の外壁に行く」
「ラオドール様、一体何が……」
立ち上がって、どこからともなく綺麗な杖を取り出したラオドールさん。
彼は、心配そうに見上げるアカをそっと撫でて呟いた。
「先程の話よ。【スタンピード】が来るぞ」
そう言って、ラオドールさんは足早に部屋を出て行った。
……なんだって!?!?
『エンシュの民に告ぐ、エンシュの民に告ぐ』
これは、さっきのニカイドさんの声!?
町内放送みたいに、街中に響いている。
『【スタンピード】の発生を確認した。非戦闘員は所定の場所に避難し、決して外に出てはならん』
そこら中から、ヒトの走る気配がする。
『衛兵は、非番の者も含め持ち場へ戻れ。繰り返す、衛兵は全て持ち場に戻れ』
『気概のある冒険者は、防壁詰所へ。成功の暁には、報酬を約束しよう』
そして、ニカイドさんは一拍置いてこう言った。
『――これは、エンシュ存亡の危機である』
と。
・・☆・・
「おじちゃん!」
ひとまず衛兵隊本部へ!とシラコさんに言われたボクたちは、混乱する街の中を走って帰ってきた。
そして、衛兵さんに指示されて食堂へ。
そこには、村の人たちも全員集められていた。
「こわいよ、なにがあったの~!?」
「ウーン、ボクニモワカンナイヤ。デモ大丈夫、ココハトッテモ頑丈ナ街ダモン」
涙目で抱き着いてきたカタコちゃんを抱き上げ、背中をポンポン。
ここにいる村人さんは……女性、子供、それに老人か。
若い男の人たちは……ひょっとしたら防壁に行ったのかもしれないね。
ねえトモさん、外がどうなってるかわかる?
『この街から北の森で、急激な魔力の増大を確認しました。どうやら人為的に【支流】を増やされたようです』
そ、それってトソバ村と同じような感じ!?
『さて、そこまではこの場ではなんとも。しかし、あの時とは状況が違って――』
びりり、と脳が震える。
な、なんだ今の混線みたいな――
『おのれェ!不遜な人族共ォ!! 我が愛する虫の国で、なんという、なんという振る舞いをォ……! 許さぬ……許さぬぞ!!』
『押さえろ! メイヴェル様を押さえろ~!!』
『神罰が暴走する! メイヴェル様、お気を確かに~!!』
『森ごとエンシュが吹き飛びまする~! おやめくだされ~~!!』
『誰か~!屈強な戦神の方々ァ~!! 援軍! 援軍を~!!』
………神様世界の方も滅茶苦茶になってるじゃん!?
『ああ、龍神様方も総出でメイヴェル様をお止めに……なんとかなりそうですね。怒りの余波でメイヴェル様の神殿が半壊しましたが、問題ありません』
問題ないの!?
シャフさんは大丈夫!?
『神殿から吹き飛ばされてヴァシュヌヴァール様の神殿に突き刺さりました。まあ、呼ぶ手間が省けたので結果オーライと言うやーつでしょうか』
かわいそうなシャフさん……トモさん、これが片付いたら美味しいものいっぱい食べさせてあげて。
『特上寿司パーティーを開かねばなりませんね。準備しておきましょうか』
お腹爆発するくらい食べさせてあげてね……
「えらいことになったねえ、ムークちゃんたちは無事でよかったよ」
カマラさんも帰ってきた。
そして、そのままスススと寄ってきて耳打ち。
「(魔力反応が歪だ……こいつは、人為的な【スタンピード】だね? ああ、何も言わずに合ってたら頷きな。口に出すと村人が混乱するしね)」
こくり、と頷いた。
なんでわかるんだろ、凄いなこの人。




