第91話 またか! またクソ人間さんですか!!
「ぬぅう……うむ、うむうむ、やはり、か」
ラオドールさんは、浮かせた鉄板を確認しながら頷いている。
ボクら陣営は空気を読んで何もしていません。
あっ、ピーちゃんとアカは気が付いたら首元でお眠だ! かわいいね!
「如何ですかな、ラオドール殿」
「しばし待て……ここを仕損じれば、外壁が吹き飛ぶ」
なんやて!?
そ、そんな劇物だったんあの鉄板!?
眠るアカとピーちゃんを抱え込み、何故か必死で前に出ようとするロロンを庇う。
駄目だから!ボクの方が防御力高いから!!
同時にありったけの魔力を体に纏わせ、何事かに備える虫になる!!
「ほう……成程、大した親分よな。……むんっ!!」
ラオドールさんはにやりと笑って――キャーッ!? 鉄板から火花が!?!?
大変だ! 謎鉄板が爆発するゥ――
「……これで、良し」
くすんだ色になったように感じる鉄板が、テーブルに落ちて硬い音を立てた。
た、助かったの……?
「ふぅう……おお、もう結界は閉じてよいでな」
ラオドールさん、無茶苦茶汗かいてる!
『ちなみに彼が使った魔力量は、むっくんの餓死10回分強ですね』
凄いってことはわかります、ハイ。
「のう、すまぬが何か飲み食いさせてくれ……いささか疲れた」
「シラコ、ラオドール殿に……」
「ア、コレドウゾ」
バッグからサンドウィッチ的なお弁当をドーン。
そして果実炭酸水をドーン。
今日のお弁当にする予定だったんよねえ、役に立ってよかった。
「おお、これはありがたい……いただいても?」
「ドウゾドウゾ」
む、ご飯の匂いで起きたね妖精たち。
「おやびん、おなかすいた、すいたぁ!」『一生懸命飛んだからお腹が空いたわ!空いたわ!』
はいはい、わかっておりますよ~?
「ドウゾドウゾ~」
妖精用に確保し続けているお菓子を放出だ!
果物ジュースも付けちゃう!
「まうまうまう……」「チュチュンチュチュ」
「イッパイオ食ベ~」
ということで、緊迫感はどこかへ飛んでいった。
なんということでしょう、すっかりおやつ空間になりました!
・・☆・・
「ふう、落ち着いたわ……すまんな、虫人よ。確かムーク殿と言ったか」
「イエイエ、オ気ニナサラズ」
落ち着いたらしいラオドールさん。
顔色もすっかりいいみたい……ボクの餓死10回分以上の消費は、エルフさんでも厳しいらしいや。
「ニカイド殿もすまんな……魔力を使い過ぎた故、ふらついてのう」
「いえ、かなりの魔力をお使いのご様子……して、あの鉱物は?」
ラオドールさんは、果実炭酸水をごくり。
口を湿らせてから、話し始めた。
「――あれはのう……この国で何と呼ぶかは知らぬが、【喚ぶもの】と言う代物よ」
よぶもの?
ハテナ顔のボクを尻目に、ラオドールさんは真剣な顔で言った。
「指向性を持った魔力を流せば――その場に魔力溜まりを生成し……俗に言う【スタンピード】を起こす呪具じゃよ」
……なんやて!? スタンピードを!?
え、ええええらいこっちゃ!? えらいこっちゃだよ!?
「なん、と……まさか【呼び水の呪板】!?」
「ほう、この国ではそう呼ぶのか」
ニカイドさんが超慌ててる!
そりゃそうか、一大事だもんね!
「先程、重要な魔力回路を焼き切ったでな。今では何も出来ぬただの板きれよ……全体が【アカガネ】で構成されておるから、そこそこの値打ちはあろうがな」
トモさんおせーて!
『希少金属の一種です。恐らくあの大きさならば……10万ガルはくだらないかと』
ヒィーッ! 高級品!!
「こは一大事! シラコ、拙者は首都へ伝令を飛ばす! そなたはここで待て!」
「はっ!」
ニカイドさんはいきなり立ち上がってボクらに一礼しつつ、速足で部屋から出て行った。
「ムーク殿、申し訳ありませんがしばしここでお待ちを……おい! ムーク殿たちに何かお食事を」
「「はっ!」」
シラコさんが部屋の外に怒鳴ると、なんかお返事が返ってきた!
ちょっと、悪いですよ!?
「アノ、マダバッグニ食料ハアルノデ……」
「ご遠慮は無用です。此度の給金の一部だと思っていただけば」
……そ、そう言われるとねえ。
ロロンを見ると……あっ! ずっとマントで庇ってたままだった!
顔が真っ赤だけど……苦しかったんかな?
「い、いただきやんしょ。ムーク様、ワダスは喉が渇いたのす……」
了解! ポット出てこーい!
中身は食堂で貰った冷たいお茶です!!
「のう、すまぬがこの爺にも何かもらえぬか?」
「はい、ご存分に!」
ラオドールさんもよく食べる人だねえ。
爺って言ったけど……ボクからはどう見積もっても30代にしか見えないや。
長生きさんで羨ましいなあ。
「オット、先ニ出シトコ」
お食事が出るなら、コレがいるよねっと……そう、おひいさまとヴェルママのおフィギュアだ!
さっきは急いでたからねえ。
「ほほう、随分と器用なものじゃ。女神メイヴェルと……こちらは?」
「オ世話ニナッタ方ノ木像デス。女神様ジャナイデスケド、ボクニトッテハ同ジクライ大事ナ方デスヨ」
おひいさまがいなかったらボクは今でも森の中で芋虫してたと思うもんね。
それか、どっかでヤベーエルフに見つかってアカを攫われてたかもしんないし。
「おひーさま! やさし、きれい! だいしゅき!」
ふふ、アカにも大評判だ。
ボクら2人はとってもお世話になったからねえ。
「おひいさま……ふむ、ムーク殿はもしや……【帰らずの森】から?」
あ、一瞬でバレた。
「ハ、ハイ……森ニ捨テラレテマシテ、オヒイサマ達ニ助ケテイタダイテ……」
この人はアカやピーちゃんが逃げないからいい人なんだろうけど、エルフ本国の人なのかな?
「達……とな。もしやその中にレクテスという女がおったかの?」
「アッハイ! オ知リ合イデスカ!?」
そう言うと、ラオドールさんは目を細めた。
「ほっほ、あれは儂の孫じゃよ」
……なんて!? お孫さん!?
とってもそんなお年には見えませんが!?
……エルフさんって凄いな!?
「そうか、ここ300年ほど顔を見ておらぬが……あの跳ね返りも立派に育っておるらしいの」
スケールがデカすぎる。
後ろのシラコさんも『マジかよ』って顔してるし。
「ジャアソノ……ラオドールサンハ、エルフノ国ノ方ナンデスカ?」
「いや違う。儂は長いこと【ジェマ】で暮らしておるのよ。アレの母……つまりは儂の娘じゃな、あやつが本国で暮らしておるのだ」
へえ~……エルフさんって鎖国してるって聞いたけど、エルフさんなら後からでもお国に行けるんだ。
そりゃそうか、エルフさんなんだし。
「リューンバルカル陛下の末子の姫君付きの護衛になったと聞いておったが……これは久方ぶりに文の一つでも出してやろうかの。まこと、奇縁なものじゃ」
懐から取り出したパイプに火を点け、ラオドールさんは楽しそうに一服を始めた。
300年も会ってないのに噂はわかってるんだ……異世界噂システムもすごいなあ。
すごいというか、コワイ。
「おじーちゃ? レクテス、しゅき! たすけてくれた! くれたぁ!」
「そうかいそうかい……それはよかったのう」
飛んでいったアカを撫でているラオドールさんは、どう見ても30代の超絶イケメンなんだけども。
「アノ、ソノ板ヲ持ッテタノッテ、冒険者ジャナイデスヨネ?」
丁度気になっていたので聞く。
だってさ、そんなヤバイ代物を普通の人間さんは持ってないよね?
「――だろうの。アーゼリオンかオルクラディの密偵じゃろうて……ほんにあやつら、生きておるだけでロクなことをせんのう」
やっぱりか! クソ人間の国!!
なにかとご縁があるなあ! 嫌なご縁だけど!!
「やはり、そうでしょうか」
シラコさんも怖い顔をしている。
「狙った箇所にスタンピードを起こす呪物じゃてな。この国でも禁制であろう? どちらにせよ、堅気が手を出すものではないわ……ムーク殿を狙っておったという連中も後詰じゃろう。コレが我々の手に渡らぬように必死だったのじゃろうが……」
「現在、腕利きの斥候兵が後を追っております。遠からず捕縛できるかと」
あ、ボクが帰った時にわちゃわちゃ言ってたね。
できればそんなクソヒューマンは捕まえてほしいねえ! とっても捕まえてほしいねえ!!
「恥知らずの毛無猿ども……戦場でまみえたら容赦ばせんのす……! よくもムーク様に手傷を……!!」
横に座ってるロロンからすんごい殺気が!
大丈夫だから! ボクもう元気だから!!
「そういえば……逃げた連中が呪物を行使することはあるのでしょうか?」
シラコさんの顔色が変わった。
そうか! その危険性もあるのか!?
えらいこっちゃがまた発生してしまう!!
「……ない、とは言い切れぬ。かの呪物は離れた場所から発動させるものじゃ……実行者も巻き込まれる故のう。古今東西、情報を持ち帰るが密偵の至上目的……密偵自体が死んでしまっては何にもならんが……人族至上のあの国ならば、あるいは」
普通に考えればそうなんだけどさあ。
あのお国の人たちって無茶苦茶だからなあ……前の時も人命なんか全然考慮してなかったし。
それにさ、誠に遺憾ながら……
「――伝令!伝令-ッ!! 衛兵隊は持ち場に着けーッ!!」
ボクの嫌な予感って、なんか当たるんだよね……




