第75話 雨が降る……降り過ぎる!!
ざあざあ、と雨が降る。
いや……ちょっとおしゃれに表現しすぎたね。
正確には、『ドジャドジャ』雨が降ってる。
「ヨク降ルネエ……」
『ジェストマ』の手前にある大きい街『エンシュ』
そこを目指してる謎虫一行なんだけども……テオファールが言ったように、雨にぶつかった。
小雨くらいならいいな~……なんて考えてたけど、それどころじゃない。
もう、前も見えないくらいの激烈な大雨だ。
「じゃじゃじゃ、こごにたどり着けてえがったなっす。テオファール様のお導きでやんす」
同じテントの中で、槍を研いでいるロロンが呟く。
「あめ、あーめ、いっぱい、いっぱ~い!」
『バケツをひっくり返した……所じゃないわ!プールをひっくり返したくらいの雨だわ~!』
ボクの両肩で寛いでいる妖精たちも、目の前の光景に見入っている。
いくら見たって飽きないよねえ。
だってさ、まるで湖だもん……街道がさ。
ボクらがいる場所は、休憩所。
だけど、今までの休憩所と違うのは……とっても広いってこと。
小学校の運動場くらいの、開けたところなんだ。
そして、もう一つ違うのは……ここが街道からちょっと高い所にあるってこと。
街道の脇に、小高い丘があるって感じ。
昨日の夕方にここへたどり着いて、テントを張って就寝して……とんでもない雨音に気付いたら、もうこの状態になっている。
昨日まで人が行き交っていた街道は、さながら大河と化している。
とっても歩けるような状態じゃないのだ。
「ほんと、よく降るよねえ……雨期でもないのに、こんな大雨なんて久しぶりさね」
隣のテントから顔を出し、カマラさんが呟いた。
その隣にはアルデアのテントがあるけど、彼女はまだ夢の中みたい。
「でも、ムークちゃんの趣味のお陰で居心地はいいけどね。ありがとうよ」
「エヘヘ……」
この休憩所には、屋根はない。
とっても広いからね。
だから、ボクは昨日のうちに適当な大木を切り倒して加工し……斜めの形に大きい屋根というか、日よけというか……そういうものを作ったんだ。
並べた丸太にパイルを打ち込んで穴をあけて、そこに頑丈そうなツルを通して、でっかい壁を作って……その壁につっかい棒の要領で丸太を噛ませたんだ。
そのお陰で、地面がびちゃびちゃになることは避けられた。
だから、3つのテントとその前の空間では炊事もできるってわーけ。
ボクらが出ていくときはここの片隅にでも残しておこう。
誰かの役に立つだろうしね。
『他人を気遣える優しさにポイントを付与しておきますね』
わーい。
ねえねえトモさん、この雨ってどのくらい続きそう?
『さて……私は気象衛星ではないので確実なことは言えませんが、少なくとも数日はこのままでしょうね。森の雨は長く続くと言いますし』
ううむ、快適は快適だけど長丁場になりそうだねえ。
食料を親の仇くらい買い込んどいてよかったねえ。
「混んでたら無理だけどこの調子じゃあ風呂にも入れそうだしね」
カマラさんはちょっと嬉しそう。
そう、異世界ドラム缶は屋根の外に出しているので、現在水は満タン。
加えてボクらの他には誰もいないので、お風呂には問題なく入れそうだ。
後で屋根の下に頑張って移動させよう。
酸性雨もないだろうし、沸かせば素敵なお風呂になるだろう。
「魔物、大丈夫デショウカ。コノ感ジダト奇襲サレルカモ……」
「昨日確認したけど、ここに使われてる結界術式なら問題ないだろうさ。ここはまだ『浅い』から、大した魔物もいないだろうしね……アタシのタリスマンで十分対応できるよ」
それはよかった。
こんなに視界が悪い空間で攻め込まれたら苦戦しそうだもん。
カマラさんのタリスマン、どこでも人気だしねえ。
油断はしないけど、大ピンチにはならなさそうだ。
「トリアエズ、寝ヨウカナ」
まだご飯までは間があるし、何もすることはない。
いくら屋根があるって言っても、お散歩できるほど広くもないしね~。
「ねゆ、ねゆ~」『その気になれば夜まで眠れるわ……』
妖精たちはテントの奥の方へ飛んでいき、毛布にくるまった。
聞き分けがいいね……
ボクもその場でゴロン、っと。
「ドッコイショ……ロロンハ?」
「ワダスは目が冴えてしまったのす。このまま槍の手入ればしておきまっす」
ふむん……働き者!
「無理シナイデネ」
「じゃじゃじゃ……なんもなーんも。お気になさらねえでくなんせ」
……無理はしてなさそう。
それじゃあ……いいか。
おやすみなしあ……スヤリ。
『それでは……王手、飛車取りです』
『んぎあ!? マージ!? ちょ、ちょい待って! 今の待って~!』
『待ったなし、です』
『んぎぎぎ……もっかい! もっかーい!』
脳内将棋かなにか?
女神様たちも平和でいいねえ……
・・☆・・
「エライコッチャ、モウ海ダヨコレ」
「うみ、うーみ?」
寝て起きて、ご飯を食べた。
本日の昼食は、干し魚をふんだんに使用したトマトスープとパンでございました。
とってもおいしかった!
まあ、それはいいとして……降り続く雨によって、街道は水の底になってしまっている。
ここの休憩所が浸水する程じゃないけど、これは身動きが取れそうにないね……
……ハッ!?
この状況……魚が釣れるのでは!?
近くにあった川が溢れてるんだもん!
ワンチャンあるでこれ!!
「――魚はいらないよ、ムークちゃん」
「オオン」
カマラさんキャンセル!
ボクってばわかりやすすぎる虫だもんねえ。
「いいからゆっくりしてな、どうせ急ぐ旅じゃないんだし……たまにはこういう時間も大事さね」
「ハイ……」
何しよっかな~……本やテレビなんてのはもちろんないし……カードゲームの一つでも買っておけばよかった。
オセロとかもね。
あ、そうだ。
バッグをゴソゴソ……適当な木切れを取り出す、っと。
これくらいの大きさならいいかな……隠形刃腕、カモーン!
「器用だねえ、虫人ってのはさ。腕が多いってのはどんな気持ちなんだい?」
「ムーン……ナントモ。デキルコトガ多イッテ感ジデスカネ~?」
木切れを大まかに刻んで、大体の形を作る。
ええっと……こんな感じだったかな。
『おやむっくん、裸婦像ですか? アダルト虫ですね』
違ーう!
ホラ、ラーガリでお世話になった教会の女神様いるじゃん?
思い出したから彫りたくなってね……どんどん上手になって、何時の日かトモさんのホログラムを見て最高の木像を作るのですよ!
『まあ……ふふ、楽しみにしていますね。ちなみにあの女神様はティエラ様です』
そうでした!
えっと……綺麗な大剣持ってて、背中に翼があったよね。
顔の下半分以外はほとんどカッコいい鎧姿だったな……戦乙女!って感じだった思う。
『かの女神は剣の他に槍も好むようですよ』
ほほう、槍は作ったことなかったな。
んでは、挑戦してみようか……!
『おのれ女神ティエラ……虫の愛を受けるなどと……』
『はいはーい、メイヴェル様はその励起状態の神剣を置きましょうね~。トモちんのお部屋の壁が崩壊しちゃうから置きましょうね~……あ、お隣ちゃんチッスチッス』
ママ!これはあれだから!
ママの木像をもっともっときれいにするための修行だから! 修行ォ!!
『まあ……なんといういじらしい虫か! ほほほ! ほほほほ!』
『(グッジョブです、むっくん。今回は壁に穴が空くだけで済みました)』
なんとか致命傷で片付いた……よかったねトモさん!
いや全然よくなーい!
・・☆・・
ティエラ様の木像を彫ったり、アカとお手玉したり。
ピーちゃんと日本の話を(オフレコで)したりしていると、すっかり夕方。
「湯加減ハドウデスカ~?」
「ああ、丁度いいよ。雨を見ながら風呂なんて乙なもんだねえ」
「ほかほか、あったか~……きもちい!」
雨水を満タンに溜めたお風呂を沸かし、布で覆って……カマラさんが入浴している。
今日はそんな気分なのか、アカも一緒に。
あれからも雨は全く止まず、街道は川を通り越して海みたいになってきた。
明日もここに釘付けかな~?
「ムークについてきた甲斐があったのナ。コレだけでお釣りがくるのナ」
お昼過ぎまで惰眠を貪っていたアルデアがニコニコしている。
「ソンナ、ボクノ価値ハオ風呂ダケナン?」
「冗談ナ、冗談。『嫁追い』から守ってもらった恩もあるのナ……注ぐのナ」
「ハイハイ」
果実炭酸水を注いであげる。
ロロンにもね。
「おもさげながんす~」
いえいえ、このくらい。
いっつもいっつもお世話になってるからねえ。
『棒棒鶏が食べたいわ……食べたいわ……』
ピーちゃんはボクの肩で器用に眠っている。
お風呂、ボクの番になったら起こしてあげよう。
「雨、止マナイネエ」
「んだなっす~。ワダス、こんなどえらい雨ば初めてなのす!」
砂漠出身だもんねえ……そっちで降ったら湖とかできそう。
「なるようにしかならんのナ~……ゆっくり行くのナ、ゆっくり~……」
「じゃじゃじゃ」
もたれかかるアルデアにロロンが少し慌てている。
この2人もすっかり仲良しさんになったねえ、いいこと、いいこと。




