第70話 異世界釣りキチ英雄伝……!?
「おや、いらっしゃい。最近話題のおにいさんだね」
「ア、ドウモコンニチハ」
がらり、と引き戸を開けて入った店内には……大小さまざまな釣り具が並んでいる。
うわー!記憶はないけど日本の釣具屋の概念といっしょ!たぶん!
そして、やっぱりボクはプチ有名人みたい。
「ムークデス」
「こりゃあご丁寧に……サカグチ・ギサブロだ。よろしくね、ムークさん」
ボクを出迎えてくれたのは……お店の一番奥にあるレジっぽい所に座っている……人間!人間さん!!
60代くらいの、優しそうなお爺さんだ!
「こにちわ! アカ、でしゅ!」
「おやまあ、可愛らしいお客さんだ」
マントからアカが飛び出て、空中で謎ダンス。
っていうことは……このおじさんはいい人ってわけね。
ボクは色々人間がらみであったらか身構えちゃうけど……アカにとっても種族なんか関係ないか。
ボクらは、お散歩ついでに獣舎のおじさんに聞いた釣具屋……『サカグチキヨシ』に来ている。
達筆な、この世界の言語で書かれた看板だった。
その下に小さい字で『来たれ釣り人』って『日本語』で書かれてたけど。
むーん、このお店を作った人って……かなりの釣り好きさんですねえ。
会えないのが残念だなあ、仲良くなれたと思うのに。
「ムークさん、そこの可愛いお嬢ちゃんにお菓子をあげてもいいかな?」
「アッハイ、スミマセン。イインデスカ?」
いかんいかん、考え事してた。
「いいともさ。お許しが出たからね……アカちゃん、どうぞ」
「ありあと、ありあと~!」
ギサブロさんは、紙に包まれた……クソデカ飴玉をアカに渡す。
「もらった、おやびん、もらったぁ」
「モラッタネエ、ヨカッタネエ」
うん、絶対いい人だ。
だって滅茶苦茶嬉しそうにアカが食べるの見てるもん。
「聞いてるよ、大した釣り好きだってね」
「エヘヘ、ハイ。スゴイ品揃エデスネ……」
一般コンビニくらいの面積の店内には……釣り具がズラリ!
壁にはガラスのショーケースがあって、いかにも高そうな竿がこれまたズラー!
フムム……何に使うのかわからん道具もあるね……あ、あれは!?
「リールダ!」
「おや、たまげた……ムークさん、アンタかなりの博識だねえ」
あ、やっば。
思わず口に出しちゃった。
でもあるんだもん、リールが!
てっきりこの世界ではまだ発明されてないものだとばかり!
「……【ロストラッド】ニアルッテ、聞イテマシテ」
「【融和王】のお膝元かい。たしかにかの王は大層な釣り好きだったらしいからねえ」
山田さんも!?
より一層親近感が湧きますねえ、それは。
『あやかってハーレ虫になりましょうか?』
それだけはあやかりませんことよ!!
「どっこいせ……っと。どれ、一見さんに色々説明しようかねえ」
ぎしり、と椅子を軋ませて立ち上がったギサブロさんには……うわ、左腕がない!
正確に言えば義手はあるけども!肩くらいからない!
「ああ、これかい? 若い時にちょいと無茶しちまってねえ……」
うわわわ、めっちゃ義手動くじゃん!?
どういう仕組み!?機械!?
『あれは魔導義手ですね。【ジェマ】で研究されている……と、記録にはあります。魔力で動かす義手ですね』
異世界だな~!
地球よりも発展してるじゃん!こういう部分は!
「冒険者、サレテタンデス?」
「まあ、ちょっとね……だって冒険者なら、どこへでも行って釣りができるからねえ」
……そっち!?
「【ヴォルケノス】を釣りたくてねえ……【ヴェスノ山】まで行った時にね。お目当ての魚は釣れたが、悪いことにそこが【岩窟竜】の縄張りだったんだ。ははは、一撃で手が溶けたよ」
「ハ、ハア……」
何ひとつわかんないけど、とんでもない魔物に遭遇したってことはわかる。
『【ヴォルケノス】は溶岩に住んでいる魚の魔物です。そして【岩窟竜】とは同じように溶岩を住処とする竜種ですね……頑丈な装甲を持つ強力な魔物ですね』
……ってことは、なに?
このおじいさんは……魚釣りのためだけに火山に行って、溶岩の中に住んでるお魚さんを釣って、溶岩から出てきた激ヤバドラゴンに腕を吹き飛ばされたってコトぉ!?
た、たまげた……たまげた釣り好き。
否、釣りキチだ!!
「ほら、あすこの壁にあるギョタクを見てみな。アレだよ」
壁の上の方に……なんか油紙みたいなのが貼られてて、そこには赤い墨?で写し取られた大きな大きな魚拓があった。
なにあのバケモノ……原始時代の海にいそうなシルエット。
具体的には装甲に包まれたむっさ硬そうなお魚!
「スゴイデスネエ……!」
「はは、そう言ってもらえると嬉しいよ……さて、何をお探しかい?」
どうしよ、なんのプランもない。
あ、でも……
「コノ先モ旅ヲ続ケルノデ、丈夫デ長持チスル竿ガイイデスネ。シッカリ手入レモシマスケドモ」
やっぱりこれは外せない。
「おやびん、アカも!アカもほしい、ほしーい!」
珍しいことにアカもおねだりしてきた。
子供用の竿は持ってるけど、それでもこの子には大きすぎるもんね……この子も釣りの魅力にとりつかれたのか!
「――コノ子ガ持テルヨウナノモ、アリマスカ?」
「ふふふ、いい親分さんだね。まかしときな」
そう言って、ギサブロさんは店の奥へ歩いて行った。
倉庫的な場所に行ったんだろうか?
「アカハ色々オ手伝イシテクレタカラネ……イイノヲ買ッテアゲヨウネ~」
「わはーい! おやびん、だいしゅき、だいしゅき~!」
ほっぺたへのチュッチュがくすぐったい!
『甘々虫……』
なんですか、いいじゃないですか!
それに釣り道具くらい安いもんですよ、この子の笑顔に比べたら!!
『壁の竿を見てください』
壁の竿ぉ?
ふむ、これは日本で言う所の延べ竿ってやつだね。
漆っぽい加工がしてあって綺麗だなあ……しなりもよさそ……
――ご、ごごご50万ガルゥ!?
えっなにこの……なにィ!?
『完全に趣味用ですからね。いいモノはお高いのです』
た、たまげた……ギサブロさんがとんでもないものを持ってこないことを祈ろうか……
『ちょっと他にも見てよっか、アカ』
『あーい!』
とにかく、店内観察を続けよう。
……お、なんかルアーみたいなのもある!
ふむん……疑似餌としては地球とあまり変わらないのかな?
金属っぽいのと木製ばっかなのは、プラスチック的な物質がないからだろうか。
「おやびん、あれみて、あれ~」
「ム? ……銅像?」
アカが指差す方には……釣り具の棚の間に収まっている銅像があった。
けっこう大きい……原寸大かな?
っていうかこの銅像って……
そこには、大剣を背負って釣竿を握って豪快に笑う……釣り人の銅像があった。
無茶苦茶アンバランスだ……大剣以外は完全に日本の釣り人さんって感じじゃないか!?
ま、まさかこの人って……!
「――おや、それが気になるかい?」
ギサブロさんが包みを持って帰ってきた。
「エエトソノ……変ワッタ格好ダナッテ」
「それはね、我が先祖……初代【サカグチ・キヨシ】さ」
やっぱりね、そんな気しかしない。
「どこからか、ふらりとトルゴーンに現れて……数々の冒険と大物を釣り上げ、一代にして【サカグチ商会】を立ち上げた……まあ、子孫の自分からしても雲の上のお方だよ」
初代さんも冒険ついでに釣りしまくっとる!?
『ああ、【サカグチ商会】の方は有名ですね。初代サカグチさんは冒険者としても有名ですよ……なにせ、単独で深淵竜を討伐した数少ない人間のうちの1人ですし』
……嘘でしょ。
えっ……転生っていうか転移者なのに!?
あ、そういえば山田さんもそうだったけど!
で、でもでも……どうやって!?
『そこに子孫がいらっしゃるでしょう、お聞きすればいいかと』
そうでした!
「アノ~……今思イ出シタンデスケド、初代様ッテ深淵竜ヲ討伐ナサッタトカ……?」
「おや、本当に博識だねえ。そうだよ、『アケラ湖の戦い』なんて呼ばれてるねえ」
……湖、ま、まさか。
「マデラインのいい漁場だったんだけどね、そこに深淵竜が縄張りを広げようとやってきて……ご先祖様が戦ってやっつけたんだよ。『釣り人からポイントを奪う畜生めが』っていう言葉も残ってるね」
やっぱり、ボクの思った通りだった。
初代さん……釣りキチ勇者だったんだ……すごいな……すごいなあ……
「アノ、ドウヤッテ……?」
「初代様は水の精霊の加護をお持ちだったようでね。そりゃあもう見事な精霊魔法で戦ったそうだよ……我ら子孫も、そのおこぼれで……ホラ」
ギサブロさんの手の上に、魔力を含んだ水の球が急に出てきた!?
す、すご……無から、無から水を!!
「それなりに戦えるけど、初代様は別格だったようだよ。湖と同じくらいの水球をこさえて、それを圧縮して鉄砲水みたいに放ったそうだから」
バケモン釣り人だ……いやバケモン釣りキチだ!!
「水の精霊様と夫婦になるくらいだからねえ、ホラあれ見なよ」
ギサブロさんが指差す方には……レジ?
あ、その奥!
さっきのサカグチさんが、とっても綺麗な青い髪の女の人をお姫様抱っこしてる絵がある!
っていうか……精霊と結婚ってなぁに!?
できるの!?
精霊ってその……目に見えない系のアレなんじゃないのォ!?
『自然豊かな場所には意外といますよ。というかアカちゃんたち妖精も精霊の一種ですし』
そ、そうなんだ……
「ス、スゴイデスネエ」
「私にも少しは精霊の血が流れてるんだが……まあ、釣れそうな場所がわかるくらいの御利益かな? もっとも、釣り人にはそれで十分だけどね」
子供まで!子供まで作れるんだ!?
い、異世界……異世界すっご!?




