第67話 押しの強いお客様。
「にゅ、にゅ、にゅ、にゅ~!」
『上手よ!上手だわ~!』
「ウマイウマイ、天才カモワカランネ~!」
色々あって大変だった退院日から、開けて翌日。
朝ご飯を食べて、ルフトさん宅の中庭で寛いでいる。
お散歩と釣りは禁止されてしまったので、ここでのんびり虫だ。
病み上がりだしね。
ちょうど今は、アカが8個の空中お手玉にチャレンジしている所だ。
ボクとピーちゃんは観客ね。
いやー、それにしてもすっかり達人ですよこの子。
絶対にないとは思うけど、何かあって一文無しになったら大道芸で稼ぐこともできそうだ!
ボクはマネージャーでもやりましょうかね……歌で伴奏とかしつつ。
『ヒモ虫……』
なんかそれ意味違くない?
地球におんなじ名前のキショイ虫さんがいたハズ……
「ムークさん、ムークさぁん」
む、この声は……ルフトさんの親戚、ルファンさん!
ウチのロロンに勝るとも劣らない働き者のかわいい子だ。
ここに泊まって、お店の様子を見てるとわかってきたけど……どうやら彼女は看板娘らしい。
彼女お目当てのお客さんっぽいのがけっこういるもんね。
そんなルファンさんが、中庭にやってきた。
「ハーイ、ナンデショウ」
薪割りのお手伝いかな?
アレむっちゃ楽しいからいつでもやりたい。
「あ、ここにいらっしゃいましたか……わぁ、アカちゃんすごーい!」
「んへへ、えへへぇ~」
アカの絶技に目を丸くした彼女は、軽く手を叩いて喜んでいる。
「薪割リデスカ? イツデモヤリマスヨ!」
昨日冒険者虫として貢献したけど、こんなんどれだけ貢献してもいいですからね!
一宿一飯どころじゃなくお世話になってるからね!
「ああ、いえいえ……薪割りは向こう一週間は大丈夫ですよ~。そうじゃなくって、ムークさんにお客様です~」
「エ? 誰ダロ……」
この世界に極めて知り合いが少ないんだけど、誰じゃろ?
「貴賓室を空けておりますので、そちらへいらしてくださいね~」
貴賓室!?
えっ……お偉いさん!?
より一層心当たりがないんですけども!?
「ダ、大丈夫デショウカ。コノ格好デ……」
そう、現状のボクは全裸虫である。
正確には流体金属腹巻のみ装備しているけども。
昨日の人に使って、まだマント返ってきてないんだよね……治療で忙しそうだから、看護師さんっぽい人に言伝だけして帰って来たんだけど……
「え? とっても凛々しいと思いますけれど?」
……虫人としてはそうなんだろうけどね。
(推定)元人間としてはちょっと、ね?
普段はこの格好でいいんだけどさ、人に会うなら……
……あ!そうだ。
バッグをゴソゴソ……あったあった!
五右衛門風呂をやる時に使った、目隠し用の布!
これを羽織って……っと!
うん、灰色マント装備虫になったぞ!
これなら少しは格好がつくね……行こう!
「ジャ、行ッテキマス」
「いてら、いてら~」『その布も素敵よ!素敵だわ~!』
妖精に見送られつつ、行くことにした。
でも、いったい誰なんじゃろね~?
・・☆・・
「貴方がムーク殿ですか!」
「ハ、ハイ、ソウデス」
ルファンさんに案内されて、貴賓室に通された。
そこにいたのは……眼鏡をかけた、ゲンゴロウに似た虫人の男性と、背の高い虫人の女性。
へえ、虫人さんも眼鏡するんだ……なんて思ってたら、その人はバターン!って立ち上がるなりボクに向かって歩いてきて、ガシーッ!って握手してきた。
力が強い!!
「この度はウチの従業員をお助けいただいて、誠に……誠にありがとうございますッ!!」
ウチの従業員……ああ!昨日の女の人!
そっか~、じゃあこの人はロドリンド商会の人なんだ。
「申し遅れました、私はロドリンド商会のジューザと申します! ささ、どうぞ! どうぞお座りになってください!」
むっちゃテキパキ動くじゃんこの人……やり手の商人さんってこんな感じなんかしら?
「ア、ハイ……」
言われるままに席に着くと、横に控えていた使用人さん?的な虫人のお姉さんが即座にお茶を注いでくれた。
ええっと……この人もこの店で見たことないから、ロドリンド商会の人なんだね?
なんかちょっと、昨日の人に似てる。
背も高いし、蚕っぽい感じだし。
ひょっとして同じ種族なんかな。
「どうぞ、ムーク様」
あら~、綺麗な声。
ジャギジャギボイスのボクとしては羨ましい限り。
「そちらは部下のラデコと申します」
「アッハイ、ドウモ……ムークです」
ラデコさんに頭を下げると、彼女は薄く微笑んで頷いた。
「ラデコです。この度は誠にありがとうございます」
そして、教科書に載せたいくらいの綺麗なお辞儀が返ってくる。
有能!ってオーラを感じる!!
「イエ……オ気ニナサラズ。仕事デスノデ」
「なんと御謙遜を! あの場所からここまで、ゴブリンと森狼の群れを蹴散らしながら走り抜くとは……到底ただの冒険者にできることではありますまい!」
ばぁん!とテーブルを叩くジューザさん。
いやまあ、結構大変だったけどね?
「アノ女性ハ大丈夫デスカ?」
「はい! 一級薬師のヒメコ様に治療していただきまして……快方に向かっております!この分なら近日中にも歩けるようになるだろうとのことで!」
ああ、それはよかった!
あ、ついでに思い出しちゃった……今言っておこう。
「ソレハヨカッタ! デモ……申シ訳アリマセン、アノ時ハ彼女ガ衰弱シテイタノデ……オ腹ノ傷以外ニポーション、使エマセンデシタ……ソノ、女性ノ体ニ傷ヲ残シテシマッテ……」
ちょっと心残りなんだよねえ、アレ。
あの場合は仕方ないっちゃ仕方ないんだけど、若い娘さんだもんねえ。
ボクならさ、ゲニーチロさんみたいにカッコいい傷が残ってもいいんだけどさあ……
というわけで、頭をチョット下げておく。
「何を仰いますッ! 命が助かったのです! そのような些事で頭を下げるなぞ……必要ありませんぞ!」
むううん、そう言われてもねえ。
こればっかりはボクの気持ちなのでね……
『その優しさにポイントを付与しておきますね』
わ、わぁい?
「――ご安心を、ムーク様。私も確認しましたが、あの傷跡は消せます」
えっ!?
ラデコさんそれほんと!?
「ソウデスカ!ソレハヨカッタ!」
後顧の憂い!消滅!!
「……はい、で、ですが……案じていただけるだけであの子も、その、喜びましょう」
なんで目を逸らすんです???
急に身を乗り出したからかな?
ソーシャルディスタンスを守る虫にならねばいかんね……訴えないでください!
『あんね、むっくんってばトルゴーン的にはイケメン虫なんよ。忘れたん? イケメンが急にグワーッて顔寄せてきたらそりゃもうビックリするっしょ?』
シャフさんたすかる。
そうだった……毎度毎度忘れるけどボクはイケメン虫なのだった。
……だけどそれはそれとして、そんなに照れることなんでしょうかね?
『っか~! このむっくんはこれだからもう! あ~も~……トモちんおかわり~!!』
『飲み過ぎはいけませんよ。炭酸多めのハイボールです』
この女神様はまだ昼にもなってないのに飲酒を!?
天界の規律はどうなってんだ規律は!?
『飲酒に関する規律はありませんので』
ないの!?
ふ、フリーダムすぎるでしょ神様たち……
天界、とってもヤバい場所に思えてきた……
「それで、ムーク殿!」
「アッハイ」
おっと、なんじゃろ。
お礼は言われたし、後は……なにがあるんだろね?
「ラデコ」「はい」
ラデコさんは、懐から布の財布みたいなものを取り出して……手を入れたらでっかい革袋が出てきたァ!?
マジックバッグ!そんな形のものもあるんだ!?
「些少ですが、お納めください!」
ずん、とテーブルに置かれる革袋。
さ、些少って……なにこれ!?
今チラッと見えたけど中身はミチミチのガル硬貨じゃんよ!?
「イタダケマセンヨ!? チャント冒険者ギルドカラ報酬ハ貰ッテマスノデ!?」
昨日病院からの帰りに寄ったもん!
受付嬢3人が半分抱き着きながら渡してくれたもん!成功報酬で3000ガル!
どう考えてもそれより多いよ!?
「アレはアスノ飯店からの依頼料です! こちらはロドリンド商会トルゴーン支部からの報酬ですよ!」
「エエエエ!? イヤチョット!?チョット!?」
「お納めください、どうかお納めください」
ラデコさん!革袋を押し付けないで!押し付けないでェ!?
「走竜に使っていただいたポーションの代金も含まれております! まさかあちらも治療していただけるとは……ですのでどうか!どうか~!」
「これは本部も認めた支出なのです。受け取っていただかねば我々が困りますので」
圧が!圧がとっても!とっても強い~!!
『受け取りなさいむっくん。昔の偉い人は言いました……『金はあればあるだけ人生が豊かになる』と。というか、受け取らないとおそらく無限ループになりますよ』
そ、そんなぁ~!?
そりゃあお金はあればあるだけ嬉しいけどさ~!?
やったことに対して払いが多いというかなんというか~!?
『謙遜虫も過ぎれば嫌味虫ですよ』
む、むむむむ……!
し、仕方ない、か~?
「……デハ、ソノ、アリガタク」
仕方ないので受け取ることにした。
トモさんが言うように、受け取らないとお話が進まない気がするし!
「ありがとうございます!これで私も大手を振って本部に戻れます! ああ、それと今の仕事が終わった後に、よろしければ直属の傭兵として雇用されるおつもりなどは~……」
終わらなかった!話が終わらなかった!!