第66話 何故ボクは最後まで締まらないんだろうか。
『途中まではとってもとっても格好よかったんですよ、むっくん』
はい……
『あーしもちょっとキュンとしちゃうくらいね~、途中までは』
ふぁい……
『まあ、2人とも何を言うのですか! 虫は最後まで雄々しく格好よかったではありませんか!』
ママ……
今はその優しさが全身に沁み込むよう……
『むしんちゅ全肯定ゴッドのことは置いておいて……最後は皆目がまんまるだったし、逆におもしれーし』
ううう……言わないでェ……
『まあ……寿命をそこまで減らすほどの大怪我でなくて幸いでしたね、むっくん』
うぇい……
なんか、魔法陣の刻まれた知らない天井が見える。
そしてボクは、ベッドの上なう。
今更だけどここどこぉ?
拷問するプレイスぅ?
『ルアンキの療法院……簡単に言えば病院です、病院』
『むっくんがあの後運び込まれたんよ……あの、『城門ストライク』の後で』
――そうなのだ。
冒険者としての依頼を受けて、アカと一緒になんやかやあって……ボクは、大怪我をした虫人の女性を助け出した。
アカに先行してもらってお医者さんを頼んで、ボクはむっちゃ頑張って走ったり飛んだりしてルアンキまで帰ってきた。
この旅の間にちょいちょい試してた身体強化魔法、それに神経を使う補助翼の操作。
それらをヴェルママのナビを聞きながらフル稼働で試行しつつ、帰ってきた。
――帰って来たん、だけど。
ちょっとね、門にいっぱい人がいるのが見えてね。
衛兵さんとか、明らかにお医者さんっぽい人とか。
だからその……安心しちゃったんだろうね、ボク。
『犬の尻尾じゃないんですから、まったく……』
嬉しくなって、補助翼がバグっちゃった。
問題なく着陸できる軌道だったのに……急降下しちゃったんだ。
でもでも!頑張ったんだよボク!
あ、ヤッバ!?って思ったからさ、隠形刃腕出して、(若干体と)革ひもを切って――顔見知りの、ええっとジローエさん!
そのジローエさんに女性を優しくパスすることには成功したんだ。
成功して――ボクは、城門前の地面を死にかけのセミみたいに跳ね回って……頑丈な城門に突っ込んだ。
『ムーク様ァアアアアア!?』って、たぶんロロンの悲鳴が聞こえて……ブラックアウト。
そして、今に至るってやーつ。
『とことんまで締まりませんね、むっくんは……まあ、そこもちょっと可愛らしくていいとは思うんですけれども。女性は大丈夫でしたし』
デレた!トモさんがデレた!
『はいはい、デレましたよ』
流された!流された~!!
……んでんで、現在のボクってば結局どうなってるの?
なんかさ、全身ムッチャ痛いし動かんのですけども。
『あの森から常時身体強化魔法を使い続け、最終的に長距離を滑空しましたからね……慣れない動きをし続けた弊害でしょう、いわば全身が筋肉痛の状態なのですよ』
あ~……なんか既視感あると思ったらそういうことなのねえ
必死だったからなあ……そりゃあ、無茶だったねえ。
でもさ、今回ので完全にわかった気がするよ、身体強化!
今度はもっとスマートにやれると思うよ!
『収穫はあったということですね、よかったです』
『今回は私の子をしっかりと守りましたからね。ヴェルママポイントを大盤振る舞いします』
『しゃーなしだからシャフさんポイントも付与したげる~。あ、メイヴェル様は控えめでよろしゃす。御柱会議でボロクソ言われますよ、それ』
『っく! 何故なのですか!私はただ虫を慈しんでいるだけなのに……何故!』
『慈しみすぎている、とも言えますので』
なんか紛糾してる……ポイントってそんなに重要なんすか。
こわいから聞かないけども。
結局今に至っても何に使えるか教えてくれないけども。
……ああっ!
そうそうそうだよ!そうだよ!
トモさんトモさん!あの女の人どうなったん!?大丈夫なん!?
走竜ちゃんとかも!
『今更ですね……彼女はもっと治療の行き届いた、いわば集中治療室です。調査してみたところ、峠は越えたようですね……スタンバイしていた薬師がかなり腕のいい方だったらしく、後遺症もないでしょう』
よかった~!!
『あと走竜ことシュテンちゃんですが、彼女もあの後戻ってきて問題なく休んでいますよ。ああそれと、むっくんが渡した毛布は彼女の寝床にあります。かなり気に入ったようなので取り戻すのは諦めた方がいいかと』
何がシュテンちゃんの琴線に触れたのか……まあ、そんなに高いものじゃないからいいけどね~?
わんこに毛布駄目にされたような感じかしら。
ガチャ、と扉が開く音。
首を動かして確認すると……見知った顔。
「ア、ロロン」
「ムーク様!お目覚めになりやんしたか!」
そして、その肩にも見知った顔が2人。
「おやびーん!」「ムギューッ!?」
ほっぺに飛びついてきたかわいいアカと……
『お疲れ様!お疲れ様!』「メギャーッ!?」
反対側のほっぺに突撃してきたピーちゃんだ。
「アカ、オ医者サン呼ンデクレテアリガトネ~」
勢揃いしてたもんね、アカ様様だ。
撫でちゃろ!撫でちゃろ~!
「んへへぇ、えへへぇ。アカ、よんだ、よんだぁ!」
『私も門で見てたわ! ムークさん、とっても速く飛べるようになったのね! 格好いいわ、とっても格好いいわ! ロケットさんみたい!』
ンフフフ、むっくん飛行形態も中々様になってきましたねぇ!
まあ、現状滑空なんだけども。
自力で離陸してお空を自由に飛びたいな~。
「ンギギッギギギギ……ド、ドッコイショ」
両頬に妖精を貼り付かせたまま、なんとか体を起こすと……あだだだ、筋肉痛?が酷い!
「じゃじゃじゃ、ワダスがお手伝いするのす~!」
慌てて寄ってきたロロンが背中を支えてくれた。
「イツモスマナイネエ……」
「なんもなーんも! ご立派なお働きでやんした!」
ロロンのキラキラ笑顔が眩しいすぎる。
はー、ボクにはもったいないとってもできた子分!
『あ、そうそう。ムークさんお腹空いてる?』
え、お腹……?
ム、ムムム……自覚した瞬間に空腹が!空腹がすごい!!
『空いてる!すこぶる空いてる!!』
やっばい!これは懐かしの餓死一歩手前の空腹感!
すぐにバッグから適当な食料を出して貪り食わねば!!
ピーちゃんはホバリングして、ベッド脇のテーブルに着地。
『むんむむむ……そいやっさ!!』
ウワーッ!?
空間が歪んで、歪んで……テーブルの上に!
テーブルの上に……バスケットボールみたいなおにぎり!!
ピーちゃんの生体マジックバッグ!
『おにぎりじゃん!おにぎりじゃん!!』
『ルーちゃんにお願いして作ってもらったのよ! ウメボシもオカカもないけど、中の具は甘辛く炒めたお肉よ!とってもおいしいわよ!!』
最高!最高じゃないか~!!
「ミンナデ食ベヨ、ミンナデ!」
ボクだけで食べるのはもったいないしね!
「アカが、アカがとるう~!」
アカが飛んで行って、おにぎりを千切る。
ソフトボールくらいになったそれを、ニコニコしながら抱えてきた。
「あーん!おやびん、あーん!」「メメメッメメメモ」
口にねじ込むのはボク以外だと危ないからやめようね美味しいッ!!
あ~!チャーハンの時よりもお米の美味しさがダイレクトに伝わってくる!
ちょうどいい炊き上がりだ……ちょい固めで塩味もあって、中のピリ辛挽肉炒めがとってもとっても美味しいや!
「んだば、ワダスも……はむ、む、むむむ! んめめなっす!んめめなっす~!」
『オニギリよ!懐かしいオニギリだわ~! コシヒカリでもササニシキでもないけどとっても美味しいわ!美味しいわ!』
2人とも大好評みたい!
おにぎりは異世界でも通用するね!
「ハイアカ、アーン」「まうまうまう……おいし!おいし!」
アカも大好きみたい。
やっぱりおにぎりはみんなでワイワイ食べるのが美味しいよね~!
『えらっしゃ~! お茶もあるわ!あるわ~!』
おお、お茶のポットも出てきた!
ピーちゃんバッグの容量もすごいな~!
場所は病院だけど、ちょっとしたピクニック気分!
『女神トモ、このツナマヨという具はとても美味ですね』
『こっちのスパムと卵焼きもうんま~!』
『私は塩昆布が中々乙な感じですね、ほうじ茶によく合います……ズズズズ』
脳内でもオニギリパーティが開催されてる!
あ、ママ!今回はお世話になりました!
むしんちゅの筆頭女神様にサポートさせるなんて申し訳ないけど、お陰であの人を助けられたよ!
『いいえ、愛しい虫の命のためですので。貴方こそ一生懸命頑張りましたね、とても雄々しかったですよ』
うーん、この慈愛オーラ。
流石はむしんちゅ全てのママだ……
『全部の手にクソデカおにぎり持ってないとむっさ絵になると思うんだけどね~』
言わなくていいのに!ボクには見えないから!!
・・☆・・
「ムークちゃん、今回も大層活躍したそうじゃないか。街でも噂の的だったよ、『死にそうな女性をえらく格好いい虫人が助けた』ってさ」
「エヘヘヘ」
おにぎりをぱくついて体が全回復したので、ドン引きした様子の療法院の方々に見送られてアスノ飯店にみんなで帰ってきた。
そしたら同じくらいに行商から帰ってきたカマラさんと、店先でバッタリ。
「でもその後門に突っ込んだんだって? 話をしてくれたお客さんが驚いてたよ、変異種の深淵狼が殴っても壊れない門にめり込んだバケモンがいる、ってさ」
「エ、エヘヘヘ……」
どうりで硬かったわけでござるよ。
「ムーク様は質実剛健でいらっしゃるのす!」
「ロロンちゃん、あんまり甘やかすと癖になるよ、癖に」
ボクは躾けのなっていないわんちゃんですか……
『さー! 今晩はなにかしら!なにかしら~!』
5合分くらいのおにぎりを食べたはずのピーちゃんが、ボクの頭でデュルンデュルン揺れている。
あ、それはボクも楽しみ!楽しみ~!
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