第65話 飛べ、謎虫!
「ギャバガガガガッ!!」
草むらから飛び出す、薄汚れたくっさいゴブリン!
「――邪、魔ァッ!!」
衝撃波小ジャンプ!からのォ――むっくんヘッドアターック!!
「ゲギャバッ!?!?!?」
最高速でぶちかまされたヘッドバッドが、ゴブリンの持つ石斧と両腕を破壊!!
そのまま吹き飛ばし、着地と同時再度衝撃波ッ!!
『そのままです、街道に出ますよ』
はーいママッ!
見えてきた……懐かしき首都街道ッ!!
後ろから追いかけてきてるであろう走竜ちゃんにもわかりやすいように……ゴメンナサイ林さんッ!!
衝撃波アタックで3本くらいへし折りましたッ!
軽く滞空し、街道の地面を踏みしめる。
おっととと、スピードが乗り過ぎてて滑る――足パイルちょい展開ッ!
むっくん・ピックが冴えるな!
「う、ぐ……」
腕の中の虫人さんが、衝撃に呻く。
ああ、ごめんね振動が!これからはなるべく揺すらないようにするからね!
『右です。あとは道なりに』
了ォ解ッ!
ママ、この人まだ大丈夫!?
『ポーションで持ち直した体力がまだあります。しかし、急ぎなさい虫よ』
合点承知ノスケですッ!!
さあ、これからは走りやすいぞ――レスキュー虫兼ラリー虫として頑張りますよ~!!
グリップ力を増した素敵レッグで、大地を蹴って走る!
ここに来るときは歩いて半日かかったからね!
暗くなる前に――ルアンキまで行くぞォ!!
・・☆・・
(三人称視点)
「のどかな良き日よな」
「しかり、しかり。よきことである」
【三叉の街ルアンキ】
人造湖の上に建つ街。
そこの門番である虫人の衛兵2人が、湖上を跳ねる魚影を見ながらつぶやいている。
「これから夏になれば旅行者も増える。毎年のことながらこの時期だけの長閑さよ」
「拙者は賑やかなのも嫌いではないがな。妻も喜ぶ」
「嫁御のご実家が、であろう? 宿屋は千客万来ゆえにな」
「はっはっは、違いない」
日差しにきらめく生体甲冑を身に纏った虫人たち。
その好戦的な見た目に反し、語る内容は平和そのものであった。
「……しかし、聞いたかジローエ。【ミレシュ】にまた巨人が出たと」
2人のうち1人は、ムークに道を教えた衛兵だった。
「うむ、聞いた。守備隊が撃退したともな……しかし解せぬ。巨人どもは【大角】閣下らに負わされた痛手を回復したというのか」
【大角】ザヨイ・ゲニーチロが誇るいくつもの偉業のひとつ、【ミレシュの戦い】
60年前のその戦いによって、巨人種の魔物キュプクロプスは甚大な被害を被った。
【王】は死に、歳を経た強力な部下たちも葬られた。
巨人種の魔物は、成長に長い時を要する。
60年という長き時間ですら、足りないほどに。
「【南ノ魔国】周辺で何かが起こったのやもしれぬ。【戻らずの森】を越えた先は、我らにも窺い知れぬ人外魔境よ」
「しかり、しかし注意だけはしておかねばな。そろそろやってくるという【ジェマ】のエルフたちが何かを見つけてくれればよいのだが……む」
少しばかり不穏な会話をしていた2人が、揃って何かを察する。
素早く周囲を確認した彼らは、触角を動かして空を見上げた。
「魔力反応だ」
「うむ、空から……これは、竜……にしていささか小さいな。しかし速い」
2人のうち、ジローエが片手に槍を持ったまま片手で印を結ぶ。
「魔物なら撃ち落とす、後詰を頼む……雷神呪でいく」
「応。相変わらず練るのが上手いな」
ジローエの片手に薄く雷光が纏わりつき始める。
雷撃魔法は、ほぼ全ての魔法の中で最高速に近い。
その便利さとは逆に、習得難易度が高い魔法である。
「……いや、アレは、まさか」
が、片手に纏わりついた雷光は空中に弾けて霧散した。
「おお、たまげた! アレが噂になっておるという……ムーク殿の連れか。なんと、妖精というものは雷光のように飛ぶものなのだな!」
体の小ささに似合わぬ魔力を発露させながら、ルアンキに飛んで来る小さな黒い点。
それは……瞬く間に門前に到着した。
衛兵が守る門の内側にいる市民たちも気付き始め、指を差して何事か喋り始めた。
「――アカ殿! そのように急いでどうされましたか!」
ジローエが叫ぶ。
森と共に生きるトルゴーンでは、妖精に悪感情を持つ者はいない。
それが、彼らの敬愛するゲニーチロと縁のあるムークの関係者となれば、なおさらだ。
「うみゅ、みゅいみゅい……」
空中で停止し、少しだけ疲れた顔をしたアカ。
彼女はマントの首元に隠している魔石を口に放り込み、噛み砕く。
一瞬で魔力を回復させ、ジローエの顔の前で滞空。
両手を大きく広げて、こう言った。
「――たいへん、たいへーん! ろどりんどの、おねーちゃ! おおけが! おやびん、たすけてつれてくる、つれてくるー!」
「ロドリンド……ああ!ムーク殿が受注した探索の依頼ですな! その商人が大怪我をしていて、ムーク殿が街まで運んで来る、と?」
冒険者は、門を出て依頼に出発する時に衛兵に簡単な依頼内容を説明していく。
ムークは有名人なので、ジローエたちはよく覚えていたのだ。
「あいっ! おいしゃ、おいしゃいる! ぽーしょんでおけがなおったけど、どく! ごぶりんの、どくでたいへんっ!たいへんっ!」
「ゴブリンの毒……! 上位種が出たか! ギョーブ! 一級薬師に連絡を!拙者はここでムーク殿を待つ!」
「応! 丁度ヒメコ殿がいらっしゃる。すぐにお連れする!」
ゴブリンの上位種が使う毒は厄介だ。
そのままでも命を奪う程強力ではあるが、解毒に成功しても薬師の力量によっては四肢の動きが不自由になったまま治らない場合もある。
ヒメコとは、この街でも1、2を争う程腕のいい薬師である。
「アカ殿、お疲れ様でございます。衛兵詰所でご休憩なされよ、甘い菓子など進ぜよう」
「やーっ!アカもここでまつ、おやびんまつ~!」
ジローエの誘いを断ったアカは、街道の先を見つめたまま滞空を続けている。
「左様ですか……おい!アカ殿に何か飲み物を!」「ハッ!」
城門に併設された詰所から異変を悟って現れた衛兵に指示しつつ、ジローエもまた街道の先を見つめ……アカに尋ねる。
「アカ殿、現れた魔物はどのような布陣でありましたか」
「うみゅ……えと……じょういしゅごぶりん、25ひき! もりおおかみ、へんいしゅ、30ぴき!」
トモから伝えられた念話を、そのまま口に出すアカ。
「なんと……!? そ、それでムーク殿はご無事で!?」
上位種のゴブリンは、森狼を飼い慣らして使役する性質がある。
それが変異種ともなれば、連携の脅威度は跳ね上がるのである。
並の冒険者ならば、迷わず逃走を選択する程だ。
「おやびん、ばーんってつっこんで、ぜんぶたおした、ぜーんぶ! アカもおてつだいした、した!」
「全、滅……ですと? 正面から!?」
ジローエもそれなりに腕に覚えがあるが、真正面からの戦闘という選択肢はない。
遠間から魔法で数を減らしつつ、最終的に近接戦闘に移行するだろう。
「おやびん、とってもつおい! さいきょ! かっこい!かっこい!」
ムーク自身は隔絶した戦闘力の人々をよく見てきたためいまいち実感していないようだが……
『一般の戦闘職』から見れば、彼もまた強者の側に足を踏み込みつつあったのだ。
「……やはり、閣下のご落胤やもしれぬな……」
虫人の男としてはかなり天真爛漫な態度を取る、変わった男。
そのムークの評価を自分の中で上方修正しながら、ジローエは感嘆の溜め息をついた。
・・☆・・
『街道の左右、狼が追って来ます』
了ォ解ママ!
このまま加速して――振り切るよッ!
魔力を多く足全体に流して――地面を踏みこむッ!!
歩きやすい街道を踏み割りながら、斜めにジャーンプ!!
『足が速い個体がいます。加速して前方に回り込もうとしていますよ――左』
合点!魔力充填開始――来たっ! 速射衝撃波乱れ撃ちを喰らェエッ!!
「ギャンッ!?!?」
街道の脇から飛び出したちょっと大きい森狼が、空中で合計10発以上の速射衝撃波に直撃。
体中をグズグズにしながら弾けた!グロい!!
でも避けてる暇ないから――虫人さんの頭をガードしつつ血煙を突っ切る!
むわーっ!?ぺっぺ!!口に入った!!
やっぱり足が速くても狼くんは美味しくない!
『長のようでしたね。左右の狼が逃げ去ります』
諦めが早くっていいね、いいね!
ねえヴェルママ、ルアンキまであとどのくらい!?
『正面の上り坂を過ぎれば見えてきますよ。頑張りなさい、虫よ』
やったー!
ノンストップダッシュ虫をした甲斐があったよ!まだ夕暮れが始まったくらいの時間に到着できそう!
見晴らしもよくなってきたし、魔物の気配も感じなくなってきた!
虫人さんは大丈夫かな!?
「あ……ん、たは……う、うう……」
大丈夫そう!だって朦朧としてるけど意識あるっぽいし!
話しかけて元気づけなきゃ!
「アスノ飯店カラ依頼サレタ冒険者デス! ルアンキマデアトチョットダカラ、頑張ッテ!! 傷ハ浅イゾ!!」
「ぼう、けん……しゃ」
振動が辛いのか、顔をしかめる虫人さん。
ごめんね、なるたけ揺らさないようにしてるんだけど……!
「そう、りゅう……の、シュテン、は?」
へえ、あの子ってばそんなお名前だったんだ!なんか流麗!
「大丈夫!ポーションデ治療シタヨ! 後カラ追イカケテ来ルヨ! ボクノ毛布渡シテルシ!」
「そ、んな、たかい、もの、を……そうりゅう、に?」
さすが商人さん!目の付け所が違うねえ!
「何言ッテルノサ! 命ニ比ベリャ、オ安イジャナイ!」
「あん、た……」
おおっと、上り坂の終点!
よし、ここから行くか!!
「舌噛ムカラチョット口、閉ジテテ!」「あ、え……?」
加速!加速加速加速~!
「飛ブヨォ!」「――!?」
坂の頂上で踏み切って――ジャンプぅ!
補助翼展開!衝撃波連続ブーストォ!
むっくん!飛びまぁす!!
・・☆・・
(三人称視点)
「おやびん!おやびんきた、きたぁ!」
アカが、門前で飛び上がって叫んでいる。
「ムーク様!ムーク様ァ!」
知らせを聞いて飛んできたロロンも、同じように両手を振り上げて小刻みにジャンプ。
彼女たちの後ろには、ジローエを先頭とした衛兵と……一級薬師のヒメコ、それに療法院と呼ばれる場所の職員たち。
「じゃじゃじゃ……なんと、なんとはあ……」
沈み始めた夕日を背負い、背中の補助翼を展開したムークが弾丸のように空気を切り裂いて飛んで来る。
その腕に抱えた虫人の女性は、黒く艶やかなマントで優しく包まれていた。
「震えるほどに、格好えがんすぅ……!!」「おやびん!かっこい!さいきょ!しゅき、しゅきぃ!」
夕日に照り映える生体甲冑。
それが、込められた魔力と光の加減でひときわ強く、荘厳に輝いた。
ロロンのみならず、見物人の女性陣が揃って熱い吐息を漏らすほどに美しい光景だった。
「……大角閣下の御落胤でなくとも、大した英雄殿でござるな……」
小さく呟いたジローエ。
口には出していないが、その場にいた全員がそう思った。
「――オオオオオイ!イシャハドコダ!ドコダ~!!」
当の本人には、あずかり知らぬことであった。
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