第58話 釣りはいいねえ、とってもいいねえ。
――あ、これこの世界じゃない。
なんかそう思う。
だって……夢っぽいし。
夢の中のボクは、人間の手で釣竿を握っている。
うわ……手の傷すっご。
やっぱ前から見てるホラー夢と一緒だ。
何されたらこんなに傷が付くんだよ。
ええっと……ここは渓流、かな?
水が綺麗だね……こんな所で釣りしたいなあ、ボクも。
こっちも綺麗だけど、なんというかスケールが大きすぎるんよ。
『つれるかや?』
あ、いつもの綺麗な声!
やっぱりここは前世?夢か~……
ボクの前世だって決まったわけじゃないけども。
ちゃぽ、と音。
あら、綺麗な脚が視界の端に見える。
せせらぎにひたされた足にはシミ一つないねえ、綺麗。
『なに? つれてもつれなくてもたのしい……とな。ふふ、なるほど』
ボクの体さんの声は聞こえないけど、何か喋ってる感じはする。
結構達観しているね……
『ほう、たきびもするのか。おまえだけではこころもとない、わらわもついていてやろう』
釣れたら捌いて食べるのかな?
結構小さそうな体だけど、バイタリティに溢れてるねえ……ボディくん、もしくはちゃん。
『よきかぜがふく……ああ、ずうとこのままでおりたい』
体重を感じる。
横の人が寄りかかってきたようだ。
ひんやりして気持ちがいいや。
『わらわのぶんもある、とな? ふふふ、ういやつ、ういやつ』
頭を撫でられる感触があった。
やっぱり、この神様的なヒトってとっても優しいなあ。
この子以外にはむっさ厳しいけども。
『しからば、たのしみにまつとしよう。ふふふ』
やっぱり、いるかどうかもわかんない母親を感じる気がする。
今回は平和な風景で終わりそうだね、よかったぁ……
・・☆・・
「おやびん、おはよ、おはーよ!」
「コショバイ……オハヨ」
鼻がムズムズして目を開けると、満面の笑みのアカ。
……なんだか、とっても懐かしい夢を見ていたような気がしないでもない。
「きょうもいく?つり、いくぅ?」
「行ク行ク。アカモ来ル?」
「いっしょ!いっしょ!」『今日はルーちゃんが忙しいみたいだから!私も行くわ~!』
おや、くすぐったいのはピーちゃんの羽だったのか。
「ウナァ……ウナァ……」
むくり、と起き上がると……爆睡しているアルデア以外はもういない。
起こそうかと思ったら『起こしたら蹴る』という書置きがテーブルの上にあったのでやめておく。
むっくんレッグの安全を守らねば。
『じゃあ、朝ご飯食べたら釣りに行こうか?』
「あーい!」『ハーイ!』
ふふふ、アカったら昨日の釣りですっかりハマったみたい。
ちなみに何も釣れませんでした……考えてみたら例のウナギが大暴れしてたんだもんね、そりゃ荒れてるよね、漁場。
今日こそはリベンジじゃよ~!!
「おはようございまぁす! 朝ご飯はできてますよ~!」
「イツモスミマセン……他ノヒトハ?」
「ロロンちゃんは厨房で、カマラさんは行商に行きましたぁ!」
ボクらが泊まっているのは、ルフトさん宅の2階。
1階には食堂があって……そこには、初日にボクらを貴賓室に案内してきた店員さんがいた。
彼女の名前はルフェンさん。
ルフトさんの、遠い遠い親戚なんだって。
ここに住み込みつつ、働いているそうな。
アスノ飯店の裏側には、この家の他にも従業員用の寮的な建物がある。
お店が大きいだけあって結構な規模ですなあ。
「いたらき、ましゅ!」『いただきまーす!』
「かっわいい~!……あ、ど、どうぞ!」
「ハイ、イタダキマス」
ルフェンさんは妖精2人を見てニコニコして、我に返って慌てている。
さてさて、今日の朝ご飯はなんじゃろな~……?
「ナムナム」「にゃむむ」『オンアビラウンケンソワカ~』
その前におひいさまとヴェルママにお祈りをっと。
アカもピーちゃんも律儀にやってくれてるねえ、かわいいなあ。
……ピーちゃんだけなんかやたら格好いいけども。
「ムークさんがお作りになったんですか?とってもお上手ですね……メイヴェル様は有名ですが、こちらのエルフっぽいお方はお見かけしませんね……」
「……トッテモ優シイ、エルフノ女神様デス」
「まあ、そうなんですね~」
説明が難しいのでこうしておこう!
ごめんなさいおひいさま!ゆるして!
そして朝ご飯は蒸しパンに、卵スープに……たっぷりの野菜サラダ!
うーん、文句のつけようもございませんわ!
無料で食べさせてもらうの、悪いなあ。
「アノ、ヤッパリオ金ヲ……」
「大丈夫ですゥ!ウチはこう言ってはなんですけど大大大繁盛してますのでェ!」
そ、そんなに……
まあ、いつも行列できてるけども。
「ルフト料理長の恩人さんから、お金なんか取れませんしね! 何年いてもいいんですから!」
この人も寿命クソ長種族だからこう言う……
たぶん普通のヒトなら『ま、1月くらい泊まっていけや』的な感じで言ってるんだろうけども!
現在のボクの寿命が尽きるまでいても問題なさそう……
とにかく、食べよう食べよう。
「ンマイ!ンマー!」
「おいし!おいし!」
『この卵スープ、ゴーサクちゃんが作ったのとおんなじ味だわ!とってもおいしいわ!』
ほんと、ラーガリからずうっと美味しいものが食べられて最高だよね!
ああ、青草をモリモリ食べて頑張った甲斐があったというもの……
『初心に帰って毒走り茸をですね……』
ヒギャーッ!!
『ふふふ』
トモさんの意地悪!意地悪~!!
・・☆・・
「兄さん、すまんが漁魚証を……はい、確かに。妖精連れの虫人ってこたあ、アンタらが昨日大暴れしたって旅の冒険者だな?」
「ア、ハイ。知ッテルンデスカ?」
むしんちゅのおじさんが、確認した漁魚証を返してくれる。
ちなみに、地球のトランプくらいの大きさです。
「オクトペントで好景気になったしな。ヤジローベの奴が酒場で偉い褒めてたぜ……今回は人死にも出てねえし、ありがとうよ」
「イエイエ、ソンナ……」
ヤジローベさんが発信源か。
「あと、ギルドの嬢ちゃんたちが噂してたぜ。『大角閣下の隠し子みたいないい男が来た!』ってよ」
「スゴクスゴイ誤解デス、ソレハ」
まだその噂あるのか……ううむ、とっても困る!
「ハッハ!気にすんなよ!【大角】閣下の隠し子なんて珍しくもねえやな!隠してねえしな!」
おじさんは、そう言いながら手を振って去って行った。
……隠してない隠し子ってなんなのさ……
『ゲニーチロさんについてメイヴェル様経由で少し調べました。奥様が多いのも本当で、お子さんが多いのも本当ですが……どうやら孤児や捨て子も引き取られているようですね』
えっ。
自分以外の子供も!?
『ええ、そして全ての子供を自分の子として扱っているとか。素晴らしいですね、メイヴェル様が10億ヴェルママポイントを付与しようとして部下の方々に本気で止められています』
……ママは置いといて、ゲニーチロさんって無茶苦茶懐が深いんだなあ。
男として尊敬しちゃうねえ。
男かどうかわかんないけど、ボク。
「おやびん、えさつけて、つけて~」
「ハイハイ、ココヲコウシテ……」
おっとと、釣りしよっと、釣り。
首都に行った時にどんなおうちか気になるなあ、ゲニーチロさんとこ。
『コマセは私にお任せよ!お任せよ!』
ピーちゃんはコマセ用のひしゃくをがっちり咥えて準備万端って感じ。
『ムークさん!美味しいお魚が釣れたらルーちゃんに頼んでご飯にしてもらいましょ!』
『あ、それいいねえ。よっしゃ、じゃあバンバン釣るぞ~!』
「あいっ!つる、つる~!」
ベンチに座って、竿をビュン!
アカはボクの隣にちょこんと腰かけて、同じようにして痛ァい!?!?
背中に!背中に針が!針がァ!?
「おやびん!ごめんなしゃい!」
「ハッハッハ、ボクハ無敵ナノデ!最強ナノデ!大丈夫!」
嘘です地味に痛いです。
『ちょいやさー!えらっしゃ~!!』
ピーちゃん!コマセ撒きすぎ!?
・・☆・・
「ふみゅうう~!」
「ガンバレアカ、ガンバレ~!」
『ファイトよ!ファイトだわ~!!』
それから、ボクたちは釣りを楽しんでいる。
昨日のことが嘘のように、定期的に竿に当りがある。
ボクもお魚をひいふう……5匹釣ったね!
日本のお魚とそんなに変わりはないやーつを!
ニジマスの親戚みたいな顔してるね……
そして、そろそろ引き上げようとした時にアカの竿に当りが!
アカも3匹釣ってるから、中々の釣果だ。
「みゅみゅみゅ……んにぃい~!!」「アッヅ!?」
アカが頑張り過ぎて電気出しちゃった!痺れるゥ!?
でもそれが良かったみたいで……糸経由で湖に電気が流れて……アッ!あの下半身クラゲ魚!
アレがぐて~……って感じで水面にぷかり!
「ヤッター!アカ、最高!」『凄いわ!凄いわ~!』
「やた!やったぁ!」
うーん、この笑顔プライスレス!
やっぱり釣りって最高だ!!