第55話 水上護衛虫。
「あんれま~、空の民は久しぶりに見るよ! たいした別嬪さんだあ!」
「フフン、よく言われるのナ!」
「こちらの兄さんもいい男っぷりじゃねえか、立派な角だな! 俺の若い頃みてえだ!」
「ド、ドウモデス」
「こにちわ、こにちわ~!」
「なんとまあめんこいこと! ヒトの妖精なんて子供の頃見て以来だよ~」
揺れる地面の上で、歓迎されている。
いや、地面じゃない。
ここは……船の上だ。
「アンタらが護衛の冒険者さんだね? 俺はヤジローベでこっちが嫁の……」
「サアコだよ、よろしくね」
ルアンキの北側の門から出てすぐ。
橋に併設してある階段を降りると……そこは船着き場だった。
そこには、大小さまざまな船が停泊していた。
そして、そのうちの1つが今回の仕事場でございます。
冒険者ギルドで受けた仕事は、『漁の護衛』
湖の上で操業している船の担当だから、近場だし自力で移動することもないってワケ。
アルデアってば冴えてるな~。
「ムークデス、コノ子ハ、アカ」
「アルデアなのナ」
今回のお船はどうやら夫婦2人で操船するみたいね。
例によって虫人の旦那さんの年齢は全然わかんないけど、奥さんは中年っぽい感じ。
仲が良くっていいですねえ。
「よし、そうと決まればすぐに出発だ!」
全長はだいたい4,5メートルくらいかな?
小型漁船っぽい形のその船には、綺麗に編まれた網が積んである。
他には銛とか、釣り竿もあるねえ。
ええっと……でもこの船、どうやって進むんじゃろ?
モーターみたいな機械はもちろんないし、漕ぐような櫂もないねえ。
今から取り付けるんだろうか。
「あいよ」
サアコさんがなんか……綺麗な水晶玉を取り出した。
なにそれ、占いでもするのかな?
「ムークさん、掴まっておかないと湖に落ちるよ」
ひえ!初期ポシャンは嫌だ!
慌てて船べりにしがみつく。
サアコさんが船の中央にある窪みに、その玉を嵌める。
そして、手をかざすと……お、魔力が流れて――船が揺れた。
「ウワワワワ!?」
「なんだ情けない、まったくムークは子供なのナ」
アルデアのあきれ声と一緒に、船の後方から水流が発生。
あっという間に桟橋から離れていく!
す、すごー!
これって魔導エンジン的な何か!?
『あの玉から船体下部に魔力が流れていますね。エンジンではなく、湖の水に働きかけて動かしています……まあ、言うなれば魔導ウォータージェットでしょうか』
異世界って、凄い!
「わはーっ!はやい、はやーい!」
「漁場までは一気に行くからな!それまでは景色を楽しんでくんな~!」
ヤジローベさんが声を張り上げる。
おお、はやいはやい。
アカも肩の上で歓声を上げている。
いや~、今回の仕事は初めて尽くしだね~!
・・☆・・
「よし、ここだ。俺達は漁にかかるから、護衛は頼むぜ~」
「ハイ、了解シマシタ」
しばらくの間、船は爆走を続けて……湖のあるポイントで停まった。
ボクには何の違いもわかんないけど、きっとよく魚が獲れるところなんだろう。
「ムーク、船上は任せるのナ」
ふぁさ、と翼を一振りしてアルデアが飛び立つ。
「ハーイ」『アカはボクの周りにいてね』
『あいっ!』
そしてアカはフンス!とよくわかんない頑張るポーズをしてホバリングを開始。
ロロンがよくやってるのを思い出した。
さーてと、ボクはヴァーティガを用意。
マントを後ろに流して、いつでも左手の棘を発射できるように準備っと。
「へえ、場数踏んでんだな。こいつは頼もしいや」
「今回の冒険者は当たりだねえ、アンタ」
ご夫婦は仲良く会話しながらもテキパキと準備を開始。
お2人で協力して、網となんか籠みたいなものを湖にバシャンバシャン入れ始めた。
「ソウイエバ、何ガ獲レルンデス?」
聞いてなかったのを今思い出した。
「こっちの網は手あたり次第って感じだな。籠の方は『ユラギウオ』専用だよ」
あの下半身クラゲの謎魚!?
「そいで、こっちの竿はカニモドキ用さ。ここいらの深い所にいる奴は身が締まってて高く売れるんだよ」
ザリガニさん!
あ、そういえば……
「アノ、ココニハ『カヴラス』ッテイウノハイナインデスカ?」
ボクの知ってるカニさんはいるのかな?
「あら、よく知ってるねえ。だけどここにはいないよ……アレはもっと深い湖か海にしか住まないんだ」
「アレが獲れりゃあ向こう5年は遊んで暮らせるなァ。だけどこんなボロ船じゃ無理だよ。船団組んで銛ぶち込んで、何艘も使って引きずり上げるんだからな。その後は冒険者が陸で袋叩きだ」
この世界のカニさん、とってもコワイ。
やっぱり怪獣じゃないか。
『ちなみに成体の場合、圧縮水流のブレスが直撃すれば今のむっくんでも無事には済みませんよ』
この世界怖すぎませんか?
……まあ、いないんならいいけども。
この先に出会うことがあったらその瞬間にダッシュで逃げようっと。
「さて、仕掛けは済んだよ。これからは釣り糸垂らして待ち時間さ」
ご夫婦は1本ずつ釣竿を垂らした。
おっきいねえ……楽しそう。
「おやムークさん、釣りが好きかい?」
初対面にも見抜かれるボクのわかりやすさ!
「エエマア、旅ノ途中デヨクヤッテマシタ」
「そうかい、街の外壁からでも釣りはできるぞ。漁業ギルドに100ガル払えば釣り放題さ」
意外と安かった!
「イヤア、デモ滞在シテルノデ釣ッテモ荷物ニナリマスシ……」
「おや、知らねえのか? 釣ったモンは漁業ギルドで買取もしてるんだぜ?」
なんやて!?
そ、それは盲点だ……!
釣りを楽しんで、お金儲けもできるなんて!!
「この仕事が終わったらギルドに案内してやるよ。そこで買い取り対象の図鑑も見れるぜ」
「アリガトウゴザイマス!」
うっひょ~!
これで滞在中の趣味と実益が!満たされる!
なんて素敵な日だ!
『油断……』
しませェん!するわけありませェん!!
仕事は仕事!しっかりせな!
『おやびん、おっきなおさかな、おさかなぁ』
『ふぅん、どこどこ?』
『あっこ、あっこ~!』
アカの指差す方向を見れば……おお、船から10メートルくらい離れた水面に何かが動いている。
銀色が見えるねえ!
「アソコニ大キナ魚ガイマス」
ヤジローベさんに報告。
「どらどら……ああ、アレは【ヒカリナマズ】だな。でっかいし動きも鈍い、すぐに獲れるが……腐りやすい上に肉が臭くて食えたもんじゃねえ」
「アララ」
あんなに大きいのに……なんて残念なお魚さんなのだ。
虫時代のボクなら喜んで齧りついていたと思う。
いや、喜んでは違うかな。
半泣きで生の丸かじりだよねえ。
『……むっくん、レーダーに感アリです』
マージで!?どこ!?
『あのナマズさんの真下から――』
「ムーク!下から長い何かが来るのナ!」
上空のアルデアが鋭く叫んだ。
長い何かだって……!?
『アカ!いつでもビリビリーッてできるようにしといて!』
『あい!あーい!』
アカが可愛く答えて、少し上空へ。
そこで、帯電を始める。
フフフ、水場ではアカに敵う者なし!
ボクも事故で何回か被弾したことがあるけど、軽く死にかけたもんね!
『誇ることですか……』
「下カラ何カガ来マス!体ヲ低クシテ!」
ご夫婦に指示し、身構える。
左手に魔力を流して……棘を強化!
「来るのナーッ!!」
アルデアが叫ぶとほぼ同時に、さっきまでナマズがいた所に水柱が上がった。
大きな魚体が、宙に吹き飛ぶ!
ウワーッ!?ズタズタになってる!?
何かが水中から噛みついたんだ!
「ありゃあ……サアコ!逃げる準備だ!」
「あいよっ!」
吹きあがった水が霧みたいになる中、その中に太く長い……柱?
「ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
ひい!?吠えた!?
なんじゃあれ!?でっかいウナギ!?
「あれは【オクトペント】って魔物だ! 魚も人間も食っちまうぞ!!」
なんで街の近くにこんな化け物がいるのさーっ!?