第40話 おいでなすった、悪のそらんちゅ!!
「ふわぁむ……うにゅ……」
『猫まんまが食べたいわ……食べたいわ……』
宿のお部屋。
暖かく日が降り注ぐ窓枠で、アカとピーちゃんが一緒に眠っている。
猫まんまか……醤油は存在するらしいし、後は鰹節かな。
いや、同じような干物を削ればいいのかもしれない。
「ネコマンマ……どんな食べ物でやんしょう?」
「妖精の食い物じゃないのナ? 寝言で言うくらいだからさぞ豪華なんだろうナ」
「アタシも聞いたことないねえ」
あ、異世界人の方々が誤解を始めていらっしゃる!
……夢は夢のままの方がいいよね、うん。
お口チャック虫になろっと。
「アルデアちゃんに横恋慕してる男、そろそろ来る頃かねえ」
「だろうナ。特に変な道も通っていないし……近所には来ているかもナ」
この街に来てから、もう4日目の昼になる。
確かに、そろそろ動きがありそうだよねえ。
何かあればキョジューロさんが教えてくれるだろうけども。
「ア、デキタ」
テーブルの上に置いた素敵な魔法具が、炭酸水を作ってくれた。
さてさて、今度は何味にするかな……このミカンにそっくりな癖にレモンの味の果物にしよっかな。
かぶりついて酷い目にあったよ……
「アタシは火酒に注いでもらうかね」
「私は果実酒なのナ」
昼間っからこの二人はもう……
ちなみに獣人は12歳、空の人は10歳になったらお酒オッケーらしい。
体というか肝臓が強いんだね、みんな。
そういえばあの人も空の上でお酒飲むのかな?
トルゴーンに入る前にあった、あの空の人。
「ジャンタナサン、元気ナノカナ……ハイドウゾ」
2人の差し出したコップに炭酸水を注ぎ、そう呟いた。
「ヌ、それは【蒼天の谷】のジャンタナという男ナ?」
おや、お知り合い?
「ソウソウ。知ッテルノ?」
「従弟ナ。叔母者の息子ナ」
あら~、世間って狭い!
「叔母者は【蒼天の谷】に嫁入りしたからナ。もう何年も会っていないが……元気だったナ?」
異世界ミカン(レモン)を絞って果実水を作成。
それをロロンに渡しつつ、頷く。
「ありがとうござりやんす~!」
ボクにも注いで……っと。
「ウン、ラーガリデ『風読ミ』ッテイウ仕事シテタヨ」
「ホホーウ、あの泣き虫が立派になったものだナ。人は成長するものナ」
へえ、全然想像できないや。
「人ニ歴史アリ、ダネ……」
「聞いたことがないがいい言葉なのナ。ムークはいつもボケボケだけどたまに深いことを言うのナ」
予期せぬ罵倒!
ボケボケってなにさ!なにさ!
……さて、ボクもできた炭酸水を飲もう……うーん、弾けるレモンの香り!
いただきま――
ノック音が響いた。
んん?夕ご飯にはまだ早いと思うけど……とりあえずボクが一番近いから出るか。
「お寛ぎの所申し訳ありません、ムーク殿」
「ドウモ、コンニチハ」
ドアを開けると、キョジューロさんがいた。
歩く気配とか一切なかったけど、もう驚かない。
だってニンジャなので。
「警戒魔法具に反応がありました。街の南側にある丘に、多数の空の民がいます」
「オット!?」
とうとう来たのか!
「ム、来たのナ」
果実酒を煽っていたアルデアが立ち上がった。
槍!槍はしまって!まだ早いから!!
「その後、ミドモが近距離まで接近したのですが……入っても?」
「エエ、ドウゾ」
そう言うと、キョジューロさんはササッと入室。
そのまま、アルデアの所まで行く。
「率いている男だと思われますが……見覚えが?」
懐から紙片を取り出して広げている……うわ、似顔絵うまっ!?
鉛筆みたいなので、しっかり濃淡を表している!
ほうほう……むーん、やたらカールした睫毛が特徴的ですね!
顔の方は……鳩に見える……なんというか、ちょっと間の抜けた感じ……?
「むむ、上手なのナ!……間違いないナ、この間抜け面は一度見たら忘れないナ……アジャルタだナ!」
あ、そらんちゅ的にも間の抜けた感じなんだ、この人。
「投げ槍で武装した男が、全部で20名確認できました。ミドモの気配すら気付かぬほどの練度ではありますが」
いや~……キョジューロさんの気配に気付かないのは普通じゃない?
ボクも全然わかんないもん。
『殺気が伴っていませんからね。もしむっくんを害そうとしていたら、ニブニブ虫のむっくんでも気付くと思いますよ』
ニブニブ虫!?
また新たな称号が産まれてしまった……!
「……ジャ、行コウカ」
マントを羽織り、整える。
街の中に入られたら、周りの人に迷惑がかかると思うしね。
「ミドモも付き添いましょう。見届け人としては及第点のはずです」
ありがたい。
第三者で、しかもゲニーチロさんの配下だもんね。
変な言いがかりとか付けられなさそう。
及第点どころじゃないよ。
「もちろん、私も行くのナ」
「ワダスもお供しやんす!」
「アカも!アカも~!」
アカ、いつ起きたの!?
「アタシも後学の為に見に行くとするかね……目の数が多い方がいいもんさ」
『とろろそばが食べたいわ……』
カマラさんも、眠るピーちゃんをそっと抱えて立ち上がった。
……全員来るじゃん!
まあいいけど!いいけど!
・・☆・・
「――おお! アルデア!!」
街を出て、皆で南まで歩く。
すると、小高い丘に近付いた所でそらんちゅに見つかった。
見張りだったんだろうか、すぐに全員が騒がしくなった。
そして……20人のそらんちゅが舞い上がってホバリングをしている。
おお……こうして見ると壮観だねえ。
そして、その最前列にいた鳩……じゃない、アジャルタが芝居がかった声で叫んだ。
……なんだあの服、いつもの飛行服って言うよりもなんていうか……キラキラしている。
どう見ても機能的に見えないぞ。
「わざわざ出向くとは……見上げた嫁根性ネ!」
空中でポーズを取るアジャルタ。
……なんだろう、イラっとするなあ。
その気持ちはアルデアも同じのようで、ボクにまで歯ぎしりの音が聞こえた。
ひぃい。
「すぅうう……」
うわ、アルデアの胸がパンッパンに膨らんだ!?
どんだけ吸い込んでるのさ、空気!
「――なぁにが嫁根性ナ!! 古臭い黴の生えた【嫁追い】などという風習まで待ち出して!! 一族の名が泣いているのナ!! 恥を知れ、馬鹿者!!!!」
ウワーッ!?
ボクの耳が死ぬゥ!? 真横で叫ばないでよ!!
『あら、ニワトリさんかしら……朝かしら……』
ホラ!ピーちゃんが起きちゃったじゃん!おはよう!!
アルデアの大声に、アジャルタはホバリングしながら目を丸くしている。
そうすると本当に豆鉄砲を喰らったみたいに見える!
さらに、アルデアの口は止まらない。
「私は見合いを断ったのナ! お前のような見下げ果てた男の嫁になど、百度生まれ変わっても御免なのナ!! とっとと帰って己の母者に泣きつくといいナ!!」
おおう、容赦がない。
なさすぎる。
「……黙って聞いていれば、なんという生意気な女ネ! これだけの数を見ても大言壮語を吐けるのはたいしたものネ!!」
「ハッ! 貴様こそ数を頼みに女を追うなどと、恥ずかしくないのナ!? 【螺旋大樹】の名が地に落ちる前に帰るがいいナ!!」
アジャルタは空中でわなわな震えている。
「……もういいのネ! 者ども、あの女を――」
「――待たれよ!!」
周囲の仲間に指示を出そうとしたアジャルタに、キョジューロさんが叫ぶ。
うわ、拡声器でも使ってるみたいによく通る声。
「何なのネ!? これは我が部族のことなのネ! 部外者は引っ込んでいてもらいたいのネ!!」
アジャルタの声に、ボクの横へ進み出たキョジューロさんは後ろへ振り向く。
街の方角に。
「聞いたか、カトラドの衆よ! この御仁は【嫁追い】という悪しき風習によって、うら若き娘を攫って行くつもりだぞ!!」
あら?
街を囲う塀の上に……なんかいっぱい人がいる!?
遠くて男女までは見えないけど、結構な数が!
「――だが、そのような無法から娘を守らんと……ここに! 立ち上がったお方がおられる!!」
ビッ! と手で示されたのは……ボク!?
「このお方の名は、ムーク! ラーガリで起こった惨事において、我らが敬愛する【大角】閣下に助力をし……閣下より『見上げた武人』との評価をいただいた……旅のお方である!!」
……いただいてないよォ!?
いただいてないよォ!? そんな評価は!?
あ、あれ……塀の上の人たち、なんかむっちゃ盛り上がってない?
ウオオオとか聞こえるんだけど!腕ブンブン振ってるんだけど!?
「さあ! 此度の戦い……皆が見届け人となろうぞォ!!」
「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」」」
ひぎい!こっちにまで聞こえてきたァ!?
エキサイトしすぎなんすけど!むしんちゅさんたち!!
「(これで、奴ばらも引くに引けますまい……ムーク殿、この場にて完膚なきまでに決着を!)」
……すごいなあ、キョジューロさんって。
街の人まで巻き込んじゃった。