第38話 備える虫になるボク!
アルデアが強制的に誘拐されてお嫁さんにされる、という事態を阻止すると決めてから半日後。
ボクらは晩御飯の後に浴場に向かい、入浴を楽しんだ後にくつろぎスペースに移動。
長椅子で休憩しながら、果実炭酸水を飲んでいる。
一日中飲めるね、これは……
「アジャルタという男はとにかく我が強く、女をモノかなにかだと思っているのナ」
そして、並行して作戦会議なう。
なんでかって言うと結局アルデアは夕ご飯の時間まで爆睡してたからね。
今は酔いも覚めたらしく、しゃっきりしている。
「見合いの時も酷いものだったのナ……言うに事欠いて『この後家に来い』などと……不調法にも程があるのナ! 通常、見合いが成立しても3月は婚儀の準備があるのナ! それまでは接触しないのがしきたりだというのに……!」
へえ、そうなんだ。
そんなしきたりがあるんだねえ……
「その上『少し服をはだけて見せろ』とまで言ったのナ! 見合いの場でなんと破廉恥ナ!!」
「じゃじゃじゃ!? な、なんとも見下げ果てた男でやんす!」
ロロンが真っ赤ですなあ。
ボクもちょっと恥ずかしい。
なんて失礼な男なんだろうね、ホントに!
「そこが限界ナ。テーブルをひっくり返して顔面をぶん殴り、ついでに股間に踵を叩き込んだのナ!」
「じゃ、じゃじゃじゃ……」
ロロンが熟れたトマトみたいになっちゃった。
「おばーちゃ、きこえない、きこえなーい」
「耳が腐るからいいのさ、聞かなくてね」
カマラさんはアカの耳を塞いでいる。
アカは嫌がってはないし、なんならその感触に嬉しそうまであるのでヨシ。
「それで、これからどうするかって話だけど……まず、アルデアちゃんが今どこにいるかってのはそいつらにバレてるのかい?」
あ、それ気になる!
「残念ながら、この前に会った戦士団経由であの時の位置はバレているのナ」
リーバンさんのお仲間経由で!?
「あの中にいたアザハルという男がソイツの義兄なのナ。アザハル自体は悪い男ではないが……嫁経由で情報が漏れたらしいのナ」
「奥サン、悪イ人ナノ?」
「いいや、決して悪い人ではないがその……人の善性を信じすぎる人なのナ。だから『アルデアちゃんは一人で立派に旅をしているんだから、あなたもしっかりしなさい!』という感じで説教したようなのナ……」
ああ、いるよねそういう人。
ちょっとだけ迷惑というか、大きなお世話というか……概念だけは知ってる。
「この国じゃあ空の民は目立ちやんす。街道沿いを探ればすぐに見つかりまっす」
たしかに、アルデア以外のそらんちゅ全然見かけないし。
「むしろ、それを逆手に取るか……アルデアちゃん、【嫁追い】にはたしか……【純潔の守り人】って制度があったんじゃないのかい?」
「カマラさんはとっても詳しいのナ!その通りナ!」
知らないワードがどんどん出てくる。
む、アルデアがボクを見た。
「【純潔の守り人】は用心棒みたいなものなのナ。追われる嫁を守り、捕り手を退ける戦いを挑めるのナ」
「ホホウ、ソンナ制度ガ」
「ってことは、この場合……言い出しっぺのムークちゃんが適任だねえ」
え、なにが?
「たしか【純潔の守り人】は異性が原則さね。もしも、もしもだよ? 同じ立場にアカちゃんやロロンちゃんがなったらアンタはどうするね?」
「顔面ガ浴場ノ岩ミタクナルマデ、ブン殴リマスネ、エエ」
お互い好きで結婚するならいいけど、嫌がる相手を無理やり攫うなんてのは超ギルティでしょ。
ボクのインセクト・パンチが唸りますよ~!
『男らしいわ!男らしいわ!』
ピーちゃんは何が嬉しいのか、ボクの周囲をギュンギュン旋回している。
やっぱりバターになりそうじゃない?
「フフン、普段の態度はいささか朴念仁だが……それでは私の命運、ムークに預けるのナ」
……あれ、決まった感じ?
うんまあ、うん……仕方ないか~。
「ワダスでも同じ……ワダスでも……!」
ロロン、どしたん?
おーい、聞こえてる~?
なんでクネクネしてんの?なんでぇ?
『ムロシャフト様!』『ギルティ!超ギルティ!!』
『まあ、何を言うのですムロシャフト!虫は純朴で善良で雄々しいのですよ!何が有罪だというのですか!』
『グギャアアアアッ!?くび、首がしまっ!しまっ!?』
『メイヴェル様落ち着いて!落ち着いてくださいっ! 誰か~!誰か屈強な男神の方ぁ~!!』
ちょっとォ!脳内で喧嘩しないでくださいます!?
ドカドカバキバキ凄い音が聞こえるんですけどォ!!
・・☆・・
「なるほど、空の民の【嫁追い】ですか……ミドモも話にしか聞いたことがありませんが、承りました。ムーク殿が街に滞在している時に不審な空の民を見かけたら、すぐにお知らせいたします」
「ゴメンナサイ、奥サンノコトガアルノニ……」
「何を仰いますか。そのような蛮事、マミコが聞いても同じように言うでしょう」
夜。
ふと思い立ったボクは、【ミャモト商店】に来ていた。
心苦しいけど、ちょっとだけ助けてほしくってね。
いや、街にいる時においでなすったら迎撃するけどね。
いきなり街で大暴れして迷惑かけるわけにもいかないでしょ?
だから、この街の住人でもあるキョジューロさんに話を通しておかないとって思ってさ。
「古い知り合いたちに話を通しておきます。ムーク殿は何の憂いもなく、その【純潔の守り人】を執行なすってください。もしもこじれるようでしたら、閣下のお名前を出しても構いませぬ」
「構ウデショ、ソレハ!?」
全然関係ないのにお名前出すわけにはいかんでしょー!?
「閣下はこのような、一方的に虐げられる風習をことのほかお嫌いになっていらっしゃいます。しかも数を頼んでおなごを攫おうなどと……この場に閣下がいらっしゃいましたら、迷わず【純潔の守り人】に立候補なさるでしょう」
「……ソレハマア、ワカル気ガシマス」
ゲニーチロさん、そういうの大嫌いっぽいもん。
「万事一切お任せくだされ。これで姫様をお守りいただいた御恩も少しばかりお返しできましょう」
少しぃ?お釣りがくるぐらいだと思うけどなあ。
「向こうの数が多いようでしたら……ミドモが援護いたしましょう。なに、向こうにも助っ人がいるのです、問題はありますまい」
「エエット……ボクガ負ケタラオ願イシマス」
無茶苦茶好戦的な顔してる……!
この人も例の風習、嫌いみたい。
「なんでしたら街を離れた後も影に潜んで護衛をいたしましょうか」
「ソレハ駄目デス、奥サンガ妊娠シテルンデスカラ!」
そんなことしたらゲニーチロさんに怒られちゃうよ~!
『いたわ、いたわ~』
おや、ピーちゃん。
どしたの?
『帰りが遅いから心配しちゃったわ! あら~? 昨日会った人ね、こんばんわ!』
「これは……妖精殿、昨日以来ですな。キョジューロと申します」
『はーい! 私はピーちゃん!』
チュチュン!と元気に自己紹介するピーちゃん。
ボクの肩に止まり、少しだけ首を傾げた。
『そういえば、赤ちゃんがいる人ね!ムークさんに聞いたのを思い出したわ!』
そう言うと、ピーちゃんは即座に胸のあたりの羽をむしった。
行動が、急!!
『はい、チョット持っててね』
「え、ええ」
キョジューロさんがビックリしつつ、その羽を受け取る。
『むんむむ~……えいらっしゃ~!!』
ピーちゃんが光り輝き、その輝きが一瞬羽に移った。
『……ふう、これで良し! 赤ちゃんが元気に産まれてくるように、先払いのお祝いよ! 奥さんに身に着けてもらってね!』
「こ、れは……このような、貴重な祝福を我が子に……なんと、お礼を申せばよいか……!」
思わず跪くキョジューロさんに、ピーちゃんはチュンと鳴く。
『いいのいいの!いくらでも生えてくるし! それにね、この世に祝福された命が生まれるってことは、とっても素敵で幸せなことなんだから!』
おお……ピーちゃんに後光が見える……
「……この上のない幸せです、ピーちゃん殿。このキョジューロ、身命を賭して此度のお役目、しかと務め上げましょう……! まだ見ぬ我が子に、誓って!」
賭さないで!賭さないで~!!
なんか今から戦場に行くみたいな雰囲気しないで~!!
真面目!真面目過ぎるよう!!
・・☆・・
「フゥ……」
『熱心なヒトだったわ、とっても!』
『敵に反応して炸裂する矢じりを調達しましょうか』とか『伝手がありますので空間設置式の捕縛ならびに爆殺する札を調達しましょうか』などと、とんでもない提案を始めたキョジューロさんを必死でなだめ、ピーちゃんを肩に乗せて帰ってきた。
なんだよ、捕縛並びに爆殺って。
そんな感知地雷みたいな魔法具が存在する事実が怖いよ、ボク。
『ま、切り替えていこうか。この街を満喫しつつ……固まって行動すれば大丈夫でしょ』
『そうね!むっくんがいるならきっと大丈夫よ、大丈夫!』
アカにしろピーちゃんにしろ、ボクに寄せる全幅の信頼が時として重い!重すぎ!!
甘んじて受けるけどね、親分なので!!
寿命はまだあるから……魔石ボリボリはやめておこうね。
このタイミングで進化でもしたら置物虫と化してしまう。
そんな役立たずにはなりたくないです、ハイ。
「かえってきた、きたぁ!」
「タダイマ~」
宿の入口から飛び出して来たアカをキャッチ!
ごめんね待たせちゃって。
「ナニモナカッタ?」
「んゆ~? ない、なぁい!」
肩まで登ってきたアカを撫でる。
トモさんがモニタリングしてくれてるから大丈夫だとは思うけど、一応ね。
「おや、お帰りなさいムークさん。【ミャモト商店】の息子と知り合いだなんて顔が広いねえ」
おっと、女将さんもいたのか。
ちなみにお名前はミミコさんで、とんと姿の見えない旦那さんはコターロさんだ。
「そういえば……ひひひ、近所で評判だよ。ウチにすこぶるいい男が泊まってるってね」
「ソ、ソウデスカ」
街を歩くときにやたら視線を感じると思ったら、そういうことか。
いまいち実感が湧かないのよね、ボク。
そりゃあ、今の姿は自分的には超絶格好いいと思うけどさ……
「ウチの姪っ子に結構な別嬪さんがいるんだけどね、どうだい? いやいやなにも今じゃなくていいんだよ? 今の仕事が終わって腰を落ち着けるつもりなら見合いの一つでもね……」
ボクは、どうしたらこの難しいお願いを穏便に断れるかと……しばらく悩むことになった。