第37話 何その風習!蛮族じゃん!蛮族!!
コップの上で、綺麗な布に包んだオレンジ的な何かを……絞ーる!
きめの細かい果汁が、コップにポタポタと入っていく。
うーん、いい匂い!
そしてその上から……魔法具で作った!炭酸水を注ーぐ!
シュワシュワと弾ける音と一緒に、いい匂いがもっと強くなった。
「ハイ、アカ、ピーチャン」
「わはーい!」『素敵だわ!素敵だわ!』
大き目のコップから木製ミニコップに分けて……ボクも飲む!
ごくり、ごくごく……しゅわわわわ!
「プハーッ!」「ぷわ~!」『のど越し最高よ!最高!』
ホント最高!買ってよかった炭酸水製造機!
これで、ただでさえ素敵な異世界生活がさらに豊かになったね~!
『美味そうに飲んじゃって……トモちん、ハイボールよろよろ』
『はい、こちらに』
トモさんのお部屋が定食屋からバーに!?
『飲まないとやってられない日もあるのです、虫よ……カルーアミルクをください、女神トモ』
ママが可愛いものを飲んでいる……!
向こうも楽しそうでよかった。
「ムーク、ムーク」
おっと、アルデア……いつのまに?
はいはい、新しいのを作りますよっと。
今度はこのグレープフルーツみたいなものを……トクトク~。
「ン……悪くはないナ。酒を割っても美味いだろうナ」
まだ日が高いっていうかお昼前だしね。
今はソフトドリンクで勘弁してもらおう。
「素敵な一日なのナ……」
炭酸水を煽り、窓の外を見て……アルデアは微笑んでいる。
うんうん、オフを楽しまないとね~。
「ロロンモ、ドウゾ。カマラサンモ」
「おもさげながんす!」「いいね、貰うよ」
今日は朝からコレといってなにもなく、ボクらはお部屋でくつろいでいる。
まだ5日も滞在予定だしね……
「……ム!」
お、どしたんアルデア。
急に窓を開けてェエエエエエ!?
窓が開いた瞬間に変な軌道で矢が入ってきた!?
て、敵襲!敵襲じゃ~!!
「フム」
が、矢はアルデアの手前で急激に減速。
ほぼ停止したそれを、彼女は指でつまんだ。
え、ええ……ナニアレ?
「ムークちゃん、アレは空の民が使う連絡手段さね。敵襲じゃないから右手の棘をしまいな」
そ、そうなんだ……そしていつの間にチェーンソーを展開していたんだ、ボクは。
咄嗟に反応できたのは良かったけど。
「【囁きの矢】というのナ。誰でも使えるものではないけど、まあありふれたものナ」
そう言いつつ、アルデアは矢じり付近に巻かれた紙をほどく。
あー、ホーミング矢文ってこと?
すごいな、異世界。
「ふむ……二の姉者からナ。なになに……」
アルデアが手紙に目を落として読んでいく。
分量は一般的な便箋2枚分くらい?
「ふむん……一の姉者はまた縁談に失敗したのナ?懲りない姉者だナ……四の姉者が失踪?フン、いつものことナ」
あの、プライバシーが丸裸なんですけど。
っていう感想をよそに、アルデアは読み進めていく。
……むむむ?なんか顔が険しくなってくね。
「……ウナーッ!!」
ヒィ!?
なんで手紙を放り投げて槍で刻んだの!?
なんて早業!凄いけど怖い!!
槍の居合抜きなんて初めて見た!!
「ッチ……ムーク、炭酸を寄越すのナ!」
「ハイ」
コップに注いで、渡す。
するとアルデアは胸元のバッグから……酒瓶らしきものを取り出して中身をそれにぶち込んだ。
まだ日が高い!まだ日が高いのに!!
アルデアがそれをほぼ一気飲み!
すかさずコップがこちらに!
いやあの飲み過ぎは……コワイので注ぐ。
「ンク、ンク」
結局、アルデアはこの流れを2回繰り返した。
「落ち着きなよアルデアちゃん、嫌な事でも書いてあったのかい?」
カマラさんが肩を叩き、優しく聞いた。
アルデアは深く息を吐いて……ようやく落ち着いたみたい。
よかった、ロロンが手をワキワキさせて心配そうだったんよね。
アカとピーちゃんはちょっとびっくりしたのか、何故かホバリングを続けている。
「ウ……すまんのナ。ううむ、その……」
「言イタクナイナラ言ワナクテイインダヨ? オ風呂入ッテ寝タライインダヨ?」
プライベートのことだしねえ。
「いや、いいのナ。むしろこの憤りを皆に聞いてもらいたいのナ!」
どん、とカップがテーブルを叩く。
そ、そうですか。
「実はナ……さっきのは姉者からの手紙だったんだが……」
そんなこと言ってたね。
「……私が前に見合いを無理やりさせられた話はしたナ?」
「ああ、そうでやんしたね……何か、相手方と揉め事でも?」
ロロンの質問に、アルデアが頷いた。
「3回目の相手なのナ……どうも納得せず……徒党を率いて、私を嫁にすると里を出たらしいのナ」
なるほどお、そういうことなわけね。
……んんん!?
「エライコトジャン!? ソンナ無法許サレルノ!?」
「んまあ、褒められた行為ではないナ。だけど私もまあ、見合いの最中にこちらから顔をぶん殴ったからナ……」
なんか前に聞いた気がする!
「空の民の【嫁追い】ってやつかい。たまげたね……まだやろうって連中が残っていたとは」
教えてカマラさん!!
「そのまんまさ。嫁にしたい女を追いかけて捕らえ、里に連れて行ってうんと言うまで説得するんだよ……アタシが娘時分でも、とっくに廃れた風習だって聞いたんだけどねえ……」
「蛮族ノ風習カナニカ?」
この近代時代にそんな前時代的な……あ、この世界にそれは適応されないか。
「アジャルタ……見合いの時から気に食わん奴だとは思っていたが、見下げ果てた男だナ。【嫁追い】はそもそも単独で行うものなのにナ」
「そうなんでやんすか?」
「ああ、恐らく単独だと私に返り討ちにされるからだろうナ。情けない男だナ……」
「なんとはあ!男の風上にも置けねぇ糞なのす!!」
ロロンが両手をブンブンして怒っている。
「ともかく、そういうわけで屑が私を探しているのナ……さて、どうしたものかナ」
アルデアが腕を組んで溜息。
「ネエ、アルデア。一応聞クケド……ソノ男ト結婚シタイ?」
「な、わけないのナ! アレに嫁ぐくらいならオークの嫁になった方がましナ!!」
でしょうねえ。
「フム……ソノ【嫁追イ】ッテイウノハドウシタラ終ワルノ?」
「【嫁追い】は一度きりの博打なのナ。嫁を攫うのを防がれると失敗ナ……そして、二度目はないナ。一度逃した嫁をもう一度追うのは、最も恥ずべき行いなのナ」
ふむん……まず一度でも誘拐しようとするのが駄目だと思うけど。
まあ、いいか。
「――ソレナラ、死ナナイ程度ニボコボコニシテ帰ッテモラオッカ」
「……ナ?」
あれ、なんでそんなにビックリしてんのこの子。
「ダッテ、アルデアハ大事ナ仲間ダシ。ソンナ連中ニハ渡セナイデショ」
この後も旅したいみたいだしね。
知らないそらんちゅより親しいそらんちゅ!
「……ぷ」
アルデアは炭酸水を奪って酒を注ぎ、一気に飲み干した。
「ハーッハッハッハ!そうだナ!そうすればいいのナ!」
ウグーッ!?
何でボクの首を絞めるんですか!締めるんですか!?
キャーッ!?なんで抱きしめに移行するんですか!?
苦しい!頬に服の留め金がガンッガン当たって苦しいよう!!
「あははは!あはは~!」
アカ!参戦してくるのはやめてくださいよ!
より混乱が加速しちゃうぅ!?
・・☆・・
『……ムロシャフト様!』
『おー、おーおー……ノットギルティ! この優しさはグッド!!』
『しかしむっくんは本当に仲間だから大事としか思っておりませんが……?』
『かわいそうな花嫁が誕生するよりマシ!マシ!!』
『それではトモさんポイントをサイレント付与いたしましょう』
『シャフさんポイントも!』
『ヴェルママポイントも5億ほど……あげすぎ?ふむ……仕方がありませんね』
・・☆・・
「ンウゥ……ンフフフ……」
結局お昼前だというのに、しこたま飲んだアルデアは寝てしまった。
お昼ご飯は保存が効くなら残しておいてあげよう。
そしてお腹丸出しなので毛布をかけてあげよう。
「ミンナゴメンネ、勝手ニ決メチャッテサ」
『無理やりお嫁さんにするなんてひどいわ!ひどいわ!許せないわーっ!!』
「だめ、だーめぇ!!」
妖精陣は全面的に肯定してくれる。
「ムーク様が言わねば、ワダスが同じことを言ったのす! お気になさらんでくなっせ! ワダスもそんな話は許せねえのす!!」
ロロンは槍を持ってピョンピョン跳ねている。
頼もしいけどここは宿のお部屋なのでやめようね?
「何言ってんだい。アレを聞いて何の手出しもしないって言うならアタシがひっぱたいてたよ」
最後に残ったカマラさんは、口の端をにやりと歪めた。
……みんな、頼もしいなあ!
具体的に何をすればいいかわかんないけど、ボクも頑張るよ!!