第36話 経済グルグル回し虫。
「コンニチハ~……」
声をかけると、店の奥からパタパタと足音が聞こえる。
しばらくすると、頭巾を被った虫人の女性がやってきた。
「はぁい、いらっしゃいまし~!……あらまあ、格好いいおにいさん!」
初手でイケメン認定とはたまげたなあ。
「こにちは!こにちは~!」
「まぁ!こっちは可愛らしい妖精のお嬢さん……妖精!?」
緑色の髪と肌をした女性が、触角を揺らしてアカを二度見している。
「アカ!よろしく、よろしくぅ!」
「ハーイ!ミヤコでーす!よろしく!」
なんともノリのいいお姉さんは、アカとハイタッチ。
すごい……これが異世界接客業……!
【ミャモト商店】と書かれた看板の下で、ボクはそんなことを考えている。
今日はオフなので、昨日知り合ったキョジューロさんの実家に来たってワケ。
遊びに来たんじゃないんだよ?
ちゃんと理由もあるんですよ?
ちなみにカマラさんは宿で休憩、ピーちゃんは日向で溶けてる。
そしてロロンは家事と装備の修理、アルデアはどこかへ飛んでいった。
みんなそれぞれやることがあるみたい。
「スイマセン、ボク、キョジューロサンニ用事ガアッテ……」
「あら、兄さんに? ひょっとして首都の関係の方かしら?」
この人……ミヤコさんは妹さんなのか。
ってことはバッタの因子がある……?
うーん、あんまりバッタ感ないね?虫人はやっぱり女性の方がインセクト要素は薄いのかしら。
「エット、ラーガリデ知リ合ッタンデスヨ」
「え、兄さんラーガリに行って――」
「これはムーク殿、ようこそいらっしゃいました」
ヒエッ!?キョジューロさん!?
いつの間にミヤコさんの後ろに!?
「ひゃあっ!? に、兄さん!まーた急に出てきて! ゆっくり音を立てて歩いてよねっ!!」
「これはすまん。癖になっておるのだ」
妹さん的に見てもビックリ現象なんだ……
「アノ、昨日ノ今日デスミマセンケド少シゴ相談ガ……」
「ええ、なんなりとお申し付けくだされ」
ボクとお兄さんがどういう関係なのか気になるのか、ミヤコさんは後ろに下がって興味津々って感じだ。
「エエット、チョット買イ取リトカガデキル店ヲ探シテルンデスケド……」
「ふむ、モノは何ですか?」
おお、有能。
話が早い!
「魔物ノ素材ト、宝石ナンデスヨ」
宝石、と言った瞬間にミヤコさんの目が光った!
「宝石については妹のミヤコが鑑定の資格を所持しております。魔物の素材はミドモが目利きいたしましょう」
おお~!ここで話が済んじゃうじゃん!
ゲニーチロさんの部下なら阿漕なお話もしないだろうし!
ロロンにばっかり頼むのも悪いもんね、こういう時にはボクもしっかりしなきゃ!
「別室にどうぞ、モノがモノですので」
「ハイ」「あい~!」
案内された場所は、お店の奥にある個室だった。
ほえ~……シンプルだけどとっても綺麗なお部屋!
ただ、残念ながら?畳ではなかった……むしんちゅさんたちって日本っぽいお名前多いから期待したんだけどね。
「粗茶でございます。ムーク様」
おや、ミヤコさんじゃない女性が出てきた。
ちょっと年上そうで……あ、服越しでもお腹が大きい!
この人はまさか……
「ラーガリでは夫ともどもお世話になりました。マミコと申します」
「エッ、奥サンモアソコニイタンデスカ?」
「ええ、私共は夫婦で閣下に仕えております」
……職場恋愛!職場結婚!寿退社!産休完備!
ゲニーチロさんのとこ、しっかりしてるなあ。
「何度かアカちゃんにはお手を振っていただきましたよ」
「うにゅ~?」
アカはボクの肩から飛び立って、マミコさんの周りを飛んでいる。
何か気になることでもあるんだろうか。
「おねーちゃ、ここ、ここ……なんかいる、いるぅ?」
あ、お腹が気になるっていうか……赤ちゃんのことを把握してる?
「ええ、私の子供が入っているんですよ」
「こども、こども……みゅみゅみゅ」
「あら?」
アカは、マミコさんのお腹にそっと寄り添った。
「……いいこ、いいこ、げんき、げんきぃ♪」
ふわっ!?なんか光ったんですけどォ!?
トモさん!トモさーん!!母体に影響はァ!?
『妖精が子供を害するわけがないでしょう……アカちゃんがいつもタリスマンに込めている祝福ですよ、祝福』
あ、ああ……そ、そうかあ。
「妖精ノ祝福デス。赤ン坊ノ幸運トカソウイウノヲ祈ッテルンデスヨ……急ニ触ッテスイマセン」
「あら……まあ、ありがとうございます、アカちゃん。きっと丈夫で良い子に育ちます」
マミコさんは、零れるような笑みを見せて……アカを抱き上げて頬ずりした。
「んふ、んふふぅ。きっといいこ、いいこ!やさし、やわらか、あったか!」
「ふふふ、生まれたらお友達になってあげてくださいね、アカちゃん」
アカン、なんか泣きそう。
なんちゅうええ子なんやウチの子は……ボクに涙腺があったら即死ですよ。
「ではお返しに、お菓子をどうぞ。とっても美味しいですよ」
「わはーい!」
アカは……な、なんだろアレ。
バウムクーヘンの化け物みたいなお菓子を貰ってこちらへ戻ってきた。
ば、バウムタイヤ?
「おやびん、もらった、もらったぁ」
「ヨカッタネエ、アリガトウゴザイマス」
いい匂いがする!ボクもちょっともらお……ちょっと!
なんですかこの瞬間にテーブルに出現したでっかいバウムの筒は!?
10人分くらいはあるでしょ!?
……あっそうか、お土産の分もあるのかな?
「お仲間たちの分は後で包みますので、どうぞお構いなく」
違った!2人分だった!!
「お待たせしました……おや、【ウヅマキ】はお口に合ったようで」
マミコさんが去り、オバケバウムと格闘しているとキョジューロさんとミヤコさんが帰ってきた。
「オイシイデス!トッテモ!」「おいし!おいし!あまーい、あまい!」
甘さ控え目のしっとりバウムクーヘンでした。
いくらでも食べられそうで困る。
持って帰ったらピーちゃんは多分真円になるくらい食べると思う。
「はうっ……!」
なんかミヤコさんが顔を赤くしてよろめいた。
ははーん、さてはこの人はガラハリのアリッサさんと同じ人種ですな~?
すなわち、妖精が好きすぎる人!!
「それはようございました。それで、鑑定品は……」
「アッハイ。マズ魔物ノ素材ガコレデ……」
バッグに手を入れて……まずはコレ!
ベネノ・グリュプス関連の素材!
ベロはカマラさんが買い取ってくれたけど、それ以外はいらないんだって。
なので、それをまとめた包みを……ポンッとな!
そしてもう一つは……ラーヤがくれた宝石の原石を3つほど!
別にお金には困ってないけど、どれくらいの価値か気になってね!
「コッチガ宝石デス」
「確かに、それでは……」
キョジューロさんたちが頭を下げて、鑑定が始まった。
「ベネノ・グリュプスの爪、牙、それに腱ですね……保存状態も申し分ありません。ロロン殿でしたか、彼女はかなり優れた解体技術をお持ちのようですね」
「自慢ノ子分デス」
ドヤ顔をキメるボクです。
「さて……相場としては総額で1万ガルほどですが、ムーク様には大変お助けいただきましたので3万ガルで……」
「相場デ!オ願イ!シマス!!」
そんな加算はいらんのよ!いらんのよ!
ぼったくりとは別方面での被害が出てしまった!!
「おねーちゃ、だいじょぶ、だいじょぶ?」
あれ、ミヤコさんは小刻みに震えてるけどどうしたの?
ロロンにはちょっと及ばないけど、顔色が悪いですわよ?
「ろ、【ロゴット】【ハルーア】【ミシジア】の原石……ですか。え、ええと……相場としては1つだいたい10万ガルですが、兄さんがお世話になったようなので一つさ、30万ガルで……」
「ノーウ!相場デ!相場デ!!」
そんなにお高いの!?この原石たち!?
あの、まだバッグに30個くらい入ってるんですけど!!
ど、どうしよう……あ!いいこと考えた!
「実ハ欲シイ物ガアリマシテ……ソノ払イデ使イタインデスケド」
「この街にあるものでしたら、ミドモが買い付けましょう。それで……何を」
振動しているミヤコさんに代わり、キョジューロさんがこちらに寄ってきた。
よし、それなら是非……!
・・☆・・
「ムーク!お前は最高ナ!最高ナ!」
「ムギャーッ!?」
アルデア!母性が!母性の塊で苦しいから抱きしめないで!抱きしめないで!!
『むっ……ムークさん!素敵よ!素敵だわ!!』
ピーちゃん!前が見えない!見えない!!
「こりゃあまた、随分と張り込んだね……すっからかんにはなってないだろうね?」
「ほ、本当にえがんすか!? ありがとうござりやんすぅ!!」
宿に戻って、裏庭にいる。
そこには……金属製の、大きな筒が鎮座している。
まあ、ありていに言えばドラム缶だ。
「ミンナデ使ウモノダシネ。大丈夫、大丈夫」
だけど、ただのドラム缶では……ない!
これは底の部分に魔石を格納できる機構があって!ソレを使って中の液体……水を温める魔法具!
そう!五右衛門風呂だ!!
経済は回さないといけないし、この先も絶対に役に立つからねえ!
……いやあ、まさか本当にあるとは思わなかったよ、五右衛門風呂魔法具。
ちなみにお値段……15万ガル!
宝石と素材の代金で買った!
「ム、ソレは何ナ?」
やっと離してくれたアルデアが、もう一つの魔法具に気付いた。
「炭酸水ヲ作ル魔法具!」
お値段15万ガル!お手頃な大きさ!
「妙なモノを……まあ、悪いモノじゃないナ」
なんでさ!最高の魔法具でしょうが~!!