第34話 街!宿!お風呂!!
「見えてきたねえ、なんとか日暮れより先に着いたかい」
「強行軍でやんした……」
「やっと湯を浴びれるのナ」
獣人のアレな人たちをアレしてから、2日後。
思っていたよりも道が悪く、ちょっとだけ予定が狂ったけど……ボクらの見る先には街があった。
周囲を森に囲まれた、城壁の立派な街だ。
そんなに大規模じゃないけど、休憩所とは大違い。
文明の香りがする気がする~!
「アレがカトラドの街さ。そんなに大きくはないけど、一通りのモノは揃っているさね」
「おふろある?あるぅ?」
「あるさ、あそこは近くに地下水脈が走っているからねえ……立派なのがあるよ」
「わはーい!!」
今日はそんな気分なのか、朝からずっとカマラさんの肩に乗っていたアカが喜んでいる。
『麻婆豆腐にはエノキを入れても美味しいのよ……のよ……』
ピーちゃんは懐で寝ている。
エノキが食べたくなってきた。
そんなこんなで、ウキウキ気分で足を踏み出すのだった。
「おお、そなたが【大角】閣下の縁者であらせられるムーク殿か!ささ、入られよ!」
「閣下の大恩人だ!なにか困りごとがあれば衛兵屯所まで参られよ!」
……入り口で例の紋章をかざしたら、カマキリっぽい方々に一瞬で通された。
いつのまにかゲニーチロさんの親戚にされてるゥ!?
「楽でいいねえ、これからもバンバン出しなよ。ははは」
カマラさんはそう言うけど、これ職権乱用とかにならんのかな……?
「定食屋で出したら無料になりそうだナ!試してみよう、ムーク!」
「絶対ニヤリマセン」
今更だけど、アルデアは自分にかかるお金は自分で払っている。
旅の途中で魔物を狩っていたので、懐があったかいのだそうだ。
「さて……前に泊まった所がまだあるハズさね」
中は、やっぱりキッチリと区画が整った街だった。
ボクらはカマラさんを追って歩き出――何あの屋台!お稲荷さんみたいなの売ってる!?
「……飯は後だよ、ムークちゃん」
「ハイ……」
お稲荷さん……
・・☆・・
「こりゃまた、多種多様なお客様だねえ! 妖精を泊めるなんて初めてさ!」
「こにちわ!こにちわ~!」『よろしくね!私はピーちゃん!』
残念ながらカマラさんの泊まったことのある宿屋は廃業していた。
息子さんと首都で暮らすからって引っ越したんだって、近くにいる屋台の店長さんが教えてくれたんだ。
そして、そのおじさんの屋台で売っていたお稲荷さんみたいなのを買って……今いる宿を教えてもらったんだ。
【フゥジャマ亭】という変わった名前のその宿は、テントウムシっぽい女将さんが切り盛りしている。
アカとピーちゃんが出てきたってことは、いい人なんだね。
あ、ちなみにお稲荷さんは薄焼きの謎野菜で挽肉とまた野菜を包んだものでした。
お米じゃなかったけど、スパイシーでとっても美味しい!
「大部屋を……7日で、しめて1000ガルだね!妖精ちゃんたちの分はちょいとオマケしといたよ!」
「アリガトウゴザイマス」
「いい男にはサービスしなきゃねえ!ハハハ!」
そうだった……ボクはトルゴーンではイケメンなんだった……
「はい!部屋は1階の一番奥だよ! おっと、体を洗いたいんなら宿を出て二つ目の角を右に曲がった所に浴場があるよ! ハイこれ割引になる割符!」
お、おお……なんとも元気のいい女将さんだ。
ともかく、部屋を確認したらお風呂に行こう!お風呂に!!
「おやびん、なんで~、なぁんでぇ?」
「前ニモ言ッタデショ、ボクハソッチニ入レナイッテ」
「露天風呂なら一緒に入ってやるのナ、残念だったナ?」
「ハイハイ、ヨロシク」
お風呂屋さんに入って受付を済ませ、いつものように女湯へボクを連行しようとするアカを女性陣に託す。
川での水浴びではずっと一緒だったから、街中だとNGなのがいまいちわからないようだ。
もう少し大きくなったらわかるのかなあ?
「チュチュン」
「ナゼコッチニ……」
そしてピーちゃんはこちらへついてきた。
『むっくんが独りぼっちだとかわいそうじゃない!』
……この優しさはどうなんだろうね。
あ、受付で入浴の許可は取りました、妖精だって伝えたしね。
『むしろ名物にするから是非入ってくれ』って快諾されちゃった。
何年か後には【妖精の湯】とかいう名前になってるかもしれないねえ。
中に入って……そのまま浴場へ。
何故ならマントは宿に置いてきたから!
漬け置き洗いっていうんだっけ?アレをロロンがしてくれてるんだ。
「オオ~……!凄イ!」
『凄いわ!凄いわ!!』
夕方なのでそれなりにお客さんの多い浴場は……ゴツゴツした岩造りの本格的なモノだった!
すっご!巨岩をくり抜いて浴槽にしてるんだ!
うわ~……壁のよくわからんオブジェから源泉かけ流し?なのか!
早速入る……前に!かけ湯はしないとね~!
「鳥連れたぁ珍しいにいちゃんだな……んん!?お前それ妖精じゃねえか!?」
「アッハイ。ヨクワカリマスネ」
「お湯浴びると光る鳥なんざいねえだろ!? おお~、ありがたや、ありがたや……」
カマキリっぽいお爺さんが拝んでいる。
それされると攻撃前の準備運動みたいで怖いなあ。
『素敵なお湯よ~、素敵なお湯だわ~♪』
当の本人は蛇口から出てくるお湯に完全に入ってる。
傍から見ると溺れているようにしか見えない。
「アアアア~……」
『最高よ……最高だわ……溶けインコになっちゃうわ……』
そして、入浴。
ボクは浴槽で大の字に寝そべり、ピーちゃんはその上で同じようにして浮かんでいる。
やっぱり小鳥の水死体に見えて、ちょっとコワイ。
『温泉いいな~、あーしも仕事終わったら行こっと』
神様の世界にも温泉あるんだ……
『ちょっと!む、ムロシャフト様!映像はNGですよ!』
『いいじゃんいいじゃん、減るもんじゃなし~♪ おほ~、奥の獣人ムキムキじゃん、スッゴ』
……慈愛の女神じゃなくてエッチな女神様かもしれん、シャフさん。
『同じようなもんっしょ?』
全然違うと思うな。
あ、確かに奥にいる獣人さん凄い筋肉だ。
チーターっぽいかな、ちょっと。
「隣、失礼いたします」
「アッハイ、ドウゾ」
おっと、新しい人だ。
大の字解除!ピーちゃんこっちおいで~。
「ご息災なようで、安心いたしました」
「……エ?」
ボクの横に入浴しているのは、バッタによく似たむしんちゅさん。
うわ!ライダーだ!かんっぜんに見た目が仮面のライダーだ!格好いい!!
「この姿でお会いするのは初めてですな。ミドモは【大角】閣下の配下、キョジューロでございます……ムーク殿のことは、ガラハリでお見かけいたしました」
ってことは、この人は黒子さんの一人なんだ!
へぇ~、男の人もいたんだね!
「オ久シブリデス! デモ、ナンデココニ?」
首都なんじゃないの? 勤務地?
「今は任務を離れております故。この街はミドモの故郷でございます」
……まさか、イセコさんみたいに辞めようとして……辞めちゃった、とか?
「ああ、ご心配めさるな。実は妻が子を孕んでおりましてな、この街で静養中なのです」
あ、そうなの?
「ソウナンデスカ」
「ええ、ミドモは任務を続けるつもりでありましたが……閣下にも、姫様にも叱責をされまして……休まねば職を解く、とまで言われましてな」
ゲニーチロさんとこ、男性の産休取れるんだ!先進的~!
ついでにラクサコさんにも怒られてるのはちょっとかわいそう。
「早速今晩にも首都に文を送りましょう。閣下も姫様も、いたくお喜びになるかと」
「ハハハ……ソンナニデスカ?」
キョジューロさんったら口が上手いんだから!
「姫様はことあるごとにあの滞在を楽しそうに思い返しておいでですし、よほどお心豊かにお過ごしあそばしたかと」
屋台してる時、本当に楽しそうだったもんね。
「ムーク殿に是非また会いたいと、しきりにこぼしておられました」
ふふふ、ボクも会いたいや。
『ちょっとマジ!?むっくんってば巫女のお姫様もコマしてたん!?』
してない!です!!
「おや?ムーク殿……その首に下がっているのはもしや」
「ア、コレデス?」
ボクが首から下げているものは3つ。
マーヤから貰った爪ネックレスと、イセコさんから貰ったお守り。
そしてこの温泉の割符です。
ゲニーチロさんの紋章?しっかりバッグにしまって保管してます!貴重さと危険性がダンチなので!
んで、この場合はお守りのことだろうね。
「イセコサンニイタダイタンデスヨ。綺麗ナノデ、イツモ付ケテルンデス」
「それは……ふむ、なるほど。それは大層喜ぶでしょう」
「チナミニコレッテ何ノタリスマンナンデスカネ? 旅行ノ安全祈願トカ、ソウイウノデスカ?」
そう聞くと、キョジューロさんは一瞬黙った。
「……イセコはなんと言ってそれを渡しましたか?」
「エエット……特ニナニモ。ゲニーチロサンカラ手渡シデモラッタノデ」
最後の時は会えなかったんだよね、先に出発したとかでさ。
「……そう、ですな。それは送った相手の健康や安寧を祈るものですよ、そのままずっと身に着けておくのがよろしいかと」
「エエ、ソレハモウ」
こんなに綺麗なんだしね!それは当然!
「(閣下が何の申し送りもせぬハズはない……イセコがきつく口止めをしたのだな。あやつ、なんとまあおぼこいことだ……)」
今何か言いました?
って!?ピーちゃんが浴槽の底に沈んでるゥ!?
『素敵な温泉だわ……このままスープになりそうだわ……』
ああ、そういえばこの子妖精だった……