第32話 おや、街道の様子が……
「さいなら、さいなら~あ!」『元気でね!またどこかで会いましょうね~!』
アカとピーちゃんが揃って手を振っている。
その視線の先には、朝もやの中を出発する大きな馬車。
「アンタらも気を付けなよ~!」
「ヒヒーン!ブルルル!」
キーチベさんの声に続き、メメーナちゃんの雄々しい嘶きが響く。
……雄々しいはまずいな、うん。
でも女々しいってのは違うよね?
日本語って難しいなあ。
「さあて、アタシらも行くかい。早いとこ街に着いてベッドで寝たいよ」
「私は寝られればどこでもいいのナ」
アルデアは強いねえ……
「火ば消して~、灰に水ばかけて~……忘れ物はながんす!」
指差し確認をするロロン、本当に有能。
さーて、ボクらも出発だ。
そろそろ文明に触れたくなってきたなあ……
『ふふふ、贅沢虫!』
○○虫のバリエーションも豊富になってまいりましたなあ。
ゲニーチロさんの武勇伝を聞いたおかげで、なにかやる気が出てきた気がするけど……空回りだけはしないように気を付けないとね~。
・・☆・・
「よっと」
「ウグーッ!?」
両肩が!重い!!
なんでボクの肩に着地するの!アルデア!
「街道の先に隊商が見えたナ。結構な規模ナ」
「ボクノ肩ハ止マリ木ジャナインダケド!!」
「頑丈で着地しやすいナ」
「ダカラ何!?」
……重いとは!言わない!
なんか言ってはいけない気がするので!ので!
『やるじゃんむっくん、これはシャフさんポイントも検討すっかな~?』
ありがとう!でも謎ポイントは気にしないで!!
「方角は?」
「こちら向きナ」
「ラーガリ方面への山越え隊かもしれないねえ」
カマラさんもこの状況にちょっとは突っ込んでいただきたいよ。
ホラ!あわあわしてるのロロンだけじゃん!
なんとカワイイ子分よ……!
「ふぅ、やはり飛ぶのはいいナ」
やっと地面に降りてくれた……
休憩所を出発して、街道の周囲に森というか林が増えてきた。
なので、偵察を兼ねてアルデアがお空を飛んでいたってわーけ。
便利だねえ、空からの偵察。
え?ピーちゃん?
『鶏むね肉はお米と一緒に炊くと瑞々しくて美味しいのよ……美味しいのよ……』
ボクのマントの内ポッケでスヤスヤしてます、ハイ。
アカも一緒にね。
平和、平和……
「山越え隊でやんす?」
「こっちでしか作ってない作物を運ぶのさ。それを売って、ラーガリの特産品を仕入れて帰るんだよ」
ほほう、なるほど。
「作物?」
「香や香水の材料になるモンが多いね。日持ちもするし、軽いからいっぱい積めるのさ」
へえ、そんな需要が……
あ、そういえば獣人の女性陣はお香とか香水とかよく使ってたね。
どこの世界も、女性の身だしなみは大変ですなあ。
「トルゴーン産の香はほのかに香るので人気があるのす。獣人は鼻ばええので、あまり強い香りは好かねえのす」
「ヘェ~……」
ロロンが時々ふわっといい匂いさせてるのはそれが原因かな?
ボクは汗かかないけど、そういう所は気を付けようね。
『この虫ロロンちゃんの匂いスンスンしてるってマ? やるじゃんスケベ』
『アカちゃんのスンスンがうつったのでしょうが、むっくんのガタイでそれをやると最悪監獄なので気を付けましょうね』
主に脳内の女神様が酷い。
そんな人をマニアックな変態みたいに……!
「すんすん……すんすん……」
アカ、寝てるとこ悪いけどボクってそんなに臭いのかな???
「オー……」
しばらく歩いていると、隊列を組んだ馬車の群れに出くわした。
メメーナちゃんみたいなゴッツイお馬さんが曳く馬車が……全部で6台!
全部が荷馬車じゃなくって、護衛みたいなむしんちゅたちが武器を持って乗っている馬車もある。
大所帯だ~!まさに隊商ってかんじ!
でも山越えできるのかな?
そりゃあ、そんなに険しい登山道じゃなかったけども……
「がんばえ、がんばえ~!」
すれ違う隊列に、起きたアカが手を振っている。
ピーちゃんはまだ寝ている。
御者さんや護衛さんたちは、一瞬驚いたようにビクッとして……嬉しそうに手を振り返してきた。
皆さんいい人だよねえ。
『アカちゃんが挨拶せず、マントに逃げ込んだら悪人だと判断してください。妖精はヒトの悪意に敏感ですので』
トモさんレーダーもアカ識別装置もあるから旅の安全が捗るなあ。
「馬ッテ山越エデキルンデスカ?」
「北からは無理だけどね、南のローラン登山道は大丈夫さね。馬はそこらへんの戦士よりも力強くて丈夫だし、山越えの時は護衛が揃って馬車を押すからねえ」
「ヘェ~……」
登山道の休憩所が結構大所帯な意味が分かった。
あれだけの人数でも泊まれそうだしね。
「さ、日が暮れるまでに休憩所に到着するよ。アタシの記憶が確かなら、その次に街があるからね……街についたら少しのんびりするから、皆頑張りな」
「ヨッシャ!」「よっしゃ、よしゃ~!」
うーし!頑張ってウォーキングするぞ~!
・・☆・・
頑張ったので夕暮れまでに休憩所に到着した。
したんだけど……
「ムッサ、混ンデル……」
手前から見てもわかるくらい、休憩所がパンパン。
傭兵さんかな?武器を持った強そうな方々が車座になってガハハと笑ったりお酒を飲んだりしている。
「――ロロンちゃん、アルデアちゃん、今のうちにコレを頭からスッポリ被りな」
と、カマラさんがバッグからローブ?を取り出して2人に渡す。
足元までスッポリサイズだ。
いきなりなんだろ……む?
アカが、起きてるのに内ポッケから出てこない。
ピーちゃんもだ。
「ムークちゃん、棍棒を肩に担いで一番前を歩きな。マントは後ろに流して、体を全部見せるんだよ」
「アッハイ」
『アカ、ピーちゃん、そのままマントに隠れててね』
『あい!』『なんかイヤーな感じだわ!』
……あ!
これってまさか……!妖精による善人判断レーダー!?
たしかに、遠くから見てもあんまり素行のよろしい人たちには見えないけど……
……っていうか、カマラさんはなんで気付いたんだろう?
「ムークちゃんが先頭、アタシが左後ろ、ロロンちゃんはムークちゃんの真後ろで……アルデアちゃんはその後ろさ」
「はい、わがりやんした」「ん、了解なのナ」
休憩所の連中は、こちらにはまだ気づいていない。
ロロンたちは、一瞬で顔まで隠れた。
ボクもヴァーティガ出しとこ。
「――おう、旅人かいにいさんたち……ここ、使うか?」
近付いていくと、休憩所から1人の獣人が出てきた。
顔は猪80%って感じ。
「おやお兄さん、優しい言葉をありがとうよ……でもね、ちょいと先を急ぐからさ。ごめんよ」
カマラさんはそう言って、死角でボクの背をつつく。
前進ね、了解。
「急グユエ、カタジケナイ」
ちょっとお侍さんっぽい感じにしてみました。
迫力があるかと思いましてね。
「おいおい、この先はちょいとした峠道になってんだ。今からじゃ大変だぜ?俺たちゃ天幕もあるから、場所空けてやるよ」
言葉だけ聞けば優しい感じだけど、彼の目線は後ろの女性陣に向いている。
なんか、値踏みしている感じ!
「ここであったのも何かの縁ってやつだ、婆さんも歩いて疲れてるだろうしよ――」
「――急グト、言ッタハズデゴザル」
前方を塞ぎかけた猪さんに、ヴァーティガを突きつける。
間近に迫った質量兵器に、彼はぎょっとして足を止めた。
『ピーちゃん、ロロンとアルデアに念話して。ボクの後ろから出ないように』
『わかったわ!』
「お……おいおい、落ち着けってにいちゃん。疲れて気が立ってんのか?」
狼狽する猪さん。
「そうさね、このお人は混んでるのが嫌いでね……すぐに頭をかち割るんだ、アタシなんざ何回も墓穴を掘る羽目になっちまって……」
ちょっと!カマラさん!なんですかその愉快殺人鬼みたいな設定は!!
だけど、この言葉は効果覿面だったみたいで……猪は後ずさって道を譲った。
「っち、なんでえ。気を遣ってやったってのによ……ああそうかい、行っちまいな」
足元に唾を吐いて、猪さんは休憩所に戻って行った。
中の仲間が、なにやら騒いでいる。
「今のうちに行くよ、このままの速度で、悠然とね……」
カマラさんの言いつけ通り、休憩所をするっと通り過ぎた。
横目で確認したらひいふう……10人もいる。
獣人ばっかりだ。
みんな揃いの革鎧を着てるなあ……あと、むっちゃこっち見てくるじゃん。
視線がなんかヤダ!
「……これは、夜通し歩く必要があるかもしれないね」
ぽつりとこぼしたカマラさんの声が、ちょっとイライラしているようだった。