第31話 やっぱり、将軍は、すごい(虫並の感想)
「フシュ」
「ナンデショ……アヒャヒャヒャ!」
暗がりの中から、ぬっと突き出されるお鼻。
そう、今晩同じ休憩所に泊まることになるキーチベさんの馬車を曳いているお馬さん。
えっと、名前はメメーナちゃん!牝の4歳くらい!ボクよりも年上!
その彼女は、休憩所の外に繋がれて……今はボクの顔面をベロンベロン舐めてます。
うーん、青臭い!走竜ちゃんたちを思い出すね!
「ムークちゃんは動物と子供に好かれるねえ」
「ウチのメメーナが初対面で懐くなんてなあ。妖精に好かれてるだけはある、にいちゃんは底抜けの善人だな」
そ、それはどうだろう。
殺生とかしてるし。
「のっていい?いーい?」
「ブルル」
『お馬さんに乗るのって久しぶりだわ!昔を思い出すわ~!』
そして、アカとピーちゃんはその大きな背中に乗って寛いでいる。
本人?も特に嫌がっていないようだね。
えっと……耳がギュン!って後ろに行ってると不機嫌なんだよね?
『ええ、概ねその通りですね』
ふむん……リラックスしている感じだ。
それにしても……
「危険ジャナイデスカ?アナタト馬ダケデ旅スルナンテ」
凄いよね、キーチベさん。
ご本人は生体甲冑でめっちゃ強そうに見えるけど……あ、お顔はカミキリムシっぽいです。
それでも1人なんだよねえ。
「街道筋を通るならそんなに危険はねえよ。それにメメーナがどうこうできねえ魔物はそうそういねえしな」
……このお馬さんも戦うの!?
「ムークちゃんは知らないんだね。馬ってのは大層強い相棒さね、自前の魔力で身体強化もするし、本気で走れば大抵の魔物は追いつけもしないさ」
やっぱりボクの知ってるお馬さんと違う!?
「この馬車も丈夫で軽く作ってあるしな。街道ならびゅんと一走りで逃げれるさ」
へえ……つ、強い。
「ワダスの故郷ではほとんど見かけなかったす……可愛らしい顔ば、してるのす~!」
それでしばらくボクの後ろから出てこなかったのね、ロロン。
今は……危険じゃないってわかったのか鼻面に手を伸ばして……
「ヒヒン」
「あわっ!あわわわっ!?んんう、く、くすぐったがんす~!」
ベロンベロン舐められてる。
うん、仲良くできて何よりだ。
「荷車を曳くのはほとんど牝馬さね。我慢強くて丈夫、何より優しいからね」
「そうなのナ、オスは働かないのナ?」
「そっちは走竜の雄と同じで騎獣さ。気が荒いのが多くってね、戦場に連れていくには牡馬が一番だね」
ほほう、なるほど。
そっちでも住み分けしてるんだ~。
「たまに、休憩所に潜む盗賊もいるからな……アンタらみたいにまともな奴らがいてよかったよ」
「追いはぎしてまで稼がなきゃならんほど困窮しちゃいないからね。トルゴーンは平和でいいねえ」
ふうん……そうなんだ。
「カマラサン、西方12国ッテドコモ安定シテルンデスカ?」
そう聞くと、カマラさんはパイプを一服。
「うーん……まあ、そうだろうね。少なくとも北や東に比べりゃ天と地さ、南の帝国もまあ、基本的にはマトモさね」
クソ人間の国!!
「アーゼリオンとオルクラディはどっちもクソだよ。特に俺やにいちゃんみてえな虫人の男なんか、魔物と変わらねえ扱いだって聞くぜ? くわばらくわばら……帝国と大戦争にでもなって滅んでくれねえかな」
キーチベさんの語気が強い!
……まあね、ボクのその扱いは経験済みだしさ。
例のクソ人間たち、特にボクを見る目がキツかったもんね~!
「おや、そんならアンタも戦争に行く気かい?」
「兵站ならいくらでも手伝うぜ!俺とメメーナで、糧食やら武器やら運び倒してやらあ!がっはっは!」
好戦的ですねえ、ま……気持ちはわかるけども。
「人族以外にも魔物がいるからねえ、いがみ合ってちゃ生きていけないんだよ、ここいらはさ」
共通の敵がいるって重要なのね、ほんと。
「ま、トルゴーンも上の殿さま方はほとんどマトモだがね……その中にもカスはいたが、つい最近ちょいとマシになったしな」
「へえ、権力争いでもあったのかい?」
キーチベさんは、お酒をグイっと煽って笑う。
「おう、旅人さんだから知らねえか……へへ、サジョンジってそりゃあ業突張りな家があったんだがよ。そこの馬鹿殿がこの前ポックリ逝っちまったのよ!」
あっ。
ロロンに視線をやると、ちょっと困ったように笑っている。
ボクらは知ってるけどオフレコだもんね……
「あれま、それじゃ家ごとなくなったのかい?」
「いんや、かの【大角】閣下が馬鹿殿の妹君を推薦してな……それがまーあ、できたお人みてえでよ! 今はかなり風通しが良くなったって聞いたぜ! 馬鹿殿やらその家族の贅沢品をバンバン売っぱらってよ、首都の整備やら孤児院の寄付やら増築やら……ウチの商会ともマトモな値段で取引してくれるしな!」
おお~!
ムッチャ評判よくなってるじゃん!
ゲニーチロさんたちも頑張ったんだねえ……カマラさん、ボクの方を意味ありげに見るのはやめてくださいますか?
ボクとロロンは何も知らんでござるよ~?
「【大角】閣下も将軍辞めたんだから、隠居でもして心安らかにしていただきてえんだが……あのお方は俺達南の住人にとっちゃ神様みてえなもんだからよ……」
「それは噂に聞く【ミレシュの戦い】のことナ?」
アルデアの問いに、ロロンの目がキラキラと輝いた。
かわいい。
それにしても、それ何?
「おっと、ムークちゃんは知らないのかい?」
「なにぃ!?にいちゃん虫人の癖に知らねえのか!?どんな人生送ってきたんだよ!?」
無茶苦茶驚かれた。
「スイマセン……アノ、ボク【帰ラズノ森】ニ捨テラレテテ……トルゴーンニモ初メテ来タモノデ……」
「なんっだ、とぉ……おい、おいおいおい!コイツは申し訳ねえ!!」
素早すぎる虫土下座!?
「イインデスヨ、ソ、ソレヨリ……ソノナントカノ戦イ?ッテノ教エテクレマセンカ?」
あっ、視界の端でロロンが『ワダスがご説明したかったでやんす~……』みたいな悲しそうな顔を!
ゴメン!今度別の戦いのこと聞くから!!!
「おう、そうか!それならしっかり聞かせてやらあ! そもそもは今から40年前~……」
ごほん、と咳払いをして。
キーチベさんは話し始めた。
・・☆・・
(三人称)
事の起こりは、40年前の冬。
トルゴーンの南域にある【ミレシュ】という都市からの救援要請だった。
ミレドン山脈に接している関係上、普段から防衛の備えを怠っていないその都市。
そこに、普段にない魔物の大群が押し寄せたのだ。
【キュプクロプス】という一つ目の巨人種。
その【王】に率いられた、巨人たちの群れ。
巨人種という魔物は知能が高く、魔法への耐性もまた高い。
そして、ただでさえ強靭な肉体を魔法で強化して襲い掛かってくるのだ。
高めに高めた身体能力から繰り出される、原始的な暴力。
それは、並の鎧なら紙切れのようにへし折り、破壊する。
長きに渡ってミレシュの街を守ってきた城壁とて、無事では済まない。
周辺地域に無作為に発せられた、救援を求める伝令魔法。
それを真っ先に受け取ったのは、北の平原で軍事教練をしていたザヨイ家の当主。
【大角】ザヨイ・ゲニーチロその人であった。
「――時が惜しい、走れ者ども!」
すぐさま教練を中止し、首都へ救援の橋渡しをしながら彼らは猛然と走った。
【大角】が率いる【影衆】と呼ばれる側近たちは、訓練された走竜の速度を遥かに凌駕する速度で走ることができる。
彼らは、ミレシュへの救援物資のみを持って驚くべき速さで到着した。
「なんたる、ことか」
たどり着いた彼らの目に飛び込んできた光景。
それは、三重の外壁が残り一つとなり……白煙を上げるミレシュの街だった。
「――まずは斬り込む、20名ついて来い。残りは街へ入れ!民を助けよ!」
その惨状を見るなり、【大角】は腕利きの側近だけを選抜し。
「いざ――参る!!」
先陣を切り、雄たけびを上げながら最前線に飛び込んでいった。
彼らは、ミレシュを攻める巨人種の横から突撃を敢行したのである。
戦法はいたってシンプル。
先頭の【大角】が巨人の足をどちらか斬り飛ばし、後に続く側近たちが一斉にとどめを刺す。
足取りによどみはなく、しくじりもしない。
中には腕に覚えのある巨人がおり、【大角】に向かって得物を振り下ろすが――
「――笑止!千万ッ!!」
【大角】の振るう剣によってそれらはことごとく砕かれ、決まって二振り目で足を飛ばされた。
彼が自らの体内で生成した、赤熱する刃……【ハゼタチ】と称される、強力無比な斬撃によって。
もう駄目か、と諦めていたミレシュの民は見た。
勇壮な雄たけびを上げながら、今まさに城壁を破壊せんとしている巨人たちを……まるで、ゴブリンでも狩るかのように斬り倒していく、黒衣の戦士たちを。
その光景は打ちひしがれていた民に勇気と希望を与え、救援が来たという事実に防衛側が奮い立ったのである。
彼らは傷付いた体に鞭打ち、城壁の上から援護の矢や魔法を放った。
「【大角】閣下に続け!」「我らの命を、ここで散らしても構わぬ!」「応!弱き民を守護するは、外壁だけにあらじ!!」
そうして、援軍によって形勢が逆転しかけていたその時。
前線の消耗に気付いたのだろう。
後方から、土煙を上げながら接近してくる魔物が、一体。
【王】のキュプクロプスである。
記録によると、その【王】は並のキュプクロプスの二倍は大きい魔物であったという。
巨躯に、魔法金属で作った鎧を纏い……その手には、数多の血を吸ったであろう大斧を握っていた。
「おう、来よったか親玉よ。ここはひとつ……大将同士で決着をつけようではないか!!」
虫人の中でも、巨躯に属する【大角】
それよりも5倍は大きいキュプクロプスに相対し、彼は悠然と剣を構えた。
それに対し、キュプクロプスの返答は攻撃であった。
大上段から振り下ろす大斧の一撃は、その巨大さからひどくゆっくりに見えた。
「――応ッ!!」
それに向かって、【大角】は跳ぶ。
大斧に比べれば、ひどく小さい剣を握りしめて。
――がりゅん、という轟音。
それは、大斧と剣が……『打ち合った』音だった。
折られることも、潰されることもなく。
【大角】は、巨人と打ち合っていたのだ。
――戦いは、半日ほども続いた。
キュプクロプスは全身に刻まれた切り傷で赤く染まり、肩で息をしている。
対する【大角】とて、無事ではない。
度重なる交錯によって外套は千切れ、その下にある肉体にも数多の傷がある。
息を乱してこそいないが、彼もまた満身創痍であった。
「――オーム・ダイギャデイ・ダイギャデイ・サラム・ゴーラ・ムジング……」
【大角】の口が動き、魔法の詠唱が始まる。
それを見たキュプクロプスは、そうはさせじと大斧を振り下ろす。
「ガローム・ガイダーラ・ロゴ・ヌームス・ファダイ……」
長尺の詠唱。
それは……己の魔力を全て雷に変換して放つ、大魔法であった。
その詠唱が終盤に差し掛かる前に、大斧の一撃が彼を捉える。
――轟音。
衝撃の巨大さに、砂塵が舞い、瓦礫が四方八方に飛ぶ。
ミレシュの民が固唾を飲んで見守る中、砂塵の中心から声が聞こえた。
「――スヴァーハッ!!」
その瞬間である。
砂塵が切り裂かれ、目もくらむ程の紫電が一閃……地上から放たれる雷のように踊った。
砂塵が完全に晴れた戦場。
そこには……片腕が焼け焦げて炭化した【大角】と。
首から上を吹き飛ばされ、倒れ込むキュプクロプスがいた。
すう、と【大角】は息を吸い込み。
「――勝鬨をォ!! 上げよオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
周囲の轟音を吹き飛ばす、大音声で叫んだのだった。
【王】が討たれたことで、巨人たちは完全に統制を失った。
片腕となった【大角】は、側近が止めるのも聞かずに剣を振るって巨人を追い散らし、追撃し、討ち取った。
その日が終わる頃には、ミレシュの周辺には生きた巨人は一匹もいなかった。
それを見届け、【大角】はやっと救護を受けることとなった。
この出来事は、ミレシュの民の心に深く刻まれた。
そして、再建されたミレシュの街の……外壁の頂上に『それ』はある。
剣を地面に突き刺して腕組みをし、森を睨みつける【大角】の銅像が。
ミレシュの民は、今でも街を出る際にはそれに頭を下げるのだという。
・・☆・・
……すごすぎて、ゲニーチロさんはすごいなあって感想しかありません。
ボクはそんな偉人に気安く話しかけてしまったのか……お、畏れ多い!!