第29話 もう半分無線機になった虫、むっくんです。
『少し手が空きましたのでご連絡しましたわ。そちらは今どこあたりですの?』
懐かしいテオファールの念話だ。
……いや、懐かしいってのはチョット違うかな?
だってまだ知り合ったばっかりだもんね。
『【ルアンキ】まで歩いて20日くらいのとこにいるよ』
『歩きですとゆっくりですわね。ワタクシはトルゴーンの北端にいましてよ』
さすが、飛んでいける人は速いねえ。
もう縦断しちゃったのか~。
『速いね! そっちはどうなの? 異変の調査はもう始めた?』
『調査? まあ……一種の調査ですかしらね、これも』
え、違うの?
前にそんなこと言ってなかったっけ?
『じゃあ、何してんの?』
『異常繁殖を起こした魔物を適当に間引いておりますの。人里に降りたら大惨事でしてよ?』
結構腕ずくな感じの調査だった!?
……異常繁殖?
『あの、こっちでもベネノ・グリュプスが出たりしたんだけど』
『あら、あの美味しくない魔物ですか。そちらでも若干の生息域変化が起こっているようですわね』
やっぱりそうなんだ。
だって会う人みんな『こんな所に出る魔物じゃない』って言うんだもん!
地底蜘蛛だってそうだし!
『そうなんだ……』
『暇ですので少し説明をして差し上げましてよ。この国、いいえこの世界の地下には【マギア・ポタモス】という……ありていに言えば魔力の大河が流れているんですの』
ほほーう!
魔力の川!ソレは凄い!
『これは、主に魔物や森の生息域を決定付けているんですの。魔力が多い場所は深い森となり、そして強力な魔物も繁殖する、と』
ふむふむ。
『ただ、ここ10年ほどその流れに少し変化がありますの。本流の流れが変わる程ではないですが、枝分かれ……つまりは支流が増えましたのよ』
『へえ、本当に川みたいだ。それって普通のことなの?』
『長い長い時の流れでは稀に起こりますが、10年というのは少し異常ですわね』
10年も長いと思うけどな……寿命一桁虫としては。
『それによって、普段は出没することのない魔物が移動しているのだと思われますわ。森が広がる程の支流でないのは幸いですが』
ホッ……それはよかった。
『ちなみにだけど、テオファールって戻らずの森をどうこうできる?』
『する気はありませんが、まあ……本気を出せば半分ほどは焼き払えるかと』
する気はないのか。
ふうん……
『残り半分は?無茶苦茶強い魔物がいるとかで無理?』
『強力な魔物はいますが、そこは問題ではありませんの。ムーク、貴方森がなんの役割をしているかご存じ?』
森の役割?
えっと、それは……
『空気を綺麗にしてるってエルフの人が言ってたよ』
『まあ、それはいいことを聞きましたね。その通りですのよ? 森は大気に含まれる不浄の魔力を吸収し、正常な魔力として世界に循環させているのですわ』
へぇ~!?
ボクは二酸化炭素的な意味で言ったけど、この世界ではそうなんだねえ!
巫女さんがやってた封印の世界版みたいな感じかな?
あれ、じゃあひょっとして……
『森がなくなると、大変なことになるね?』
『よくできました、その通りですわ……不浄の魔力が増えれば増えるほど、魔物は強力になり……その跳梁を許せばいずれは……』
一呼吸置く、テオファール。
『――あの忌むべき邪龍が復活することに、なるかもしれませんわ?』
……えっらいこっちゃ!えらいこっちゃ!!
『そういえば、テオファールはその頃も経験してるんだよね……や、やっぱりとんでもない龍だったの?』
『ええ、二度と戦いたくはありませんわ。ワタクシも3度ほど死にかけましたもの』
……森は!大事!自然を守ろう!
エコは本当に星を救うんだ!!
どっかのアーマーエルフはほんと猛省せよ!
『あの頃は父のような不世出の英雄・英傑たちがその命を散らしてなんとか勝ちを捥ぎ取ったのですわ。いかにワタクシとて、12の首全てを葬るのは無理でしてよ』
『ボクなんか塵も残らなさそう』
『小指の先くらいは残るかもしれませんわね』
世界って、過酷!
『というわけで、しばらくは間引きの作業ですの。単純作業は暇なので、またお話させてくださいましね?』
『ボクでよければいつでもいいよ。今だって頼れる女神様とずっと話してるようなもんだし』
最近数が増えました。
そしてもう慣れました。
『おおー!ムークってば龍までコマしたん!? こーれはマジ快挙じゃね!快挙!!』
来てほしくない人が!来てほしくないタイミングで!!
『まあ、また新しい女神様ですの?』
『ちーすテオっち!あーしはムロシャフトってんの、よろよろれいひ~』
『テオ、っち……? よろ、れいひ?』
テオファールがむっさ混乱してる!
無理もない!無理も!!
あと龍『も』ってなんですか!
ボクは誰もコマしてないですぅ!!
『亜空間女神貫き手の出番も近いですかね……』
物騒!物騒~!!
『ほーん、トルゴーンの北って今結構ヤバめなんね。うっとこの信者にも神託しとこっと……んじゃ、あーしはお告げ系の仕事があるからこれで~』
ちょっとの間わちゃわちゃ話して、シャフさんは帰って行った。
お告げ系の仕事ってなにさ。
っていうかトルゴーンの話って神様皆知ってるわけじゃないのね。
『人界には基本的に干渉しないのが神々ですし。それに……言ってはなんですが、今回の異変は世界全体が崩壊する類のものではありませんので』
なるほど……ボクらにとっては大惨事だけど、スケールとしては大したことはないのか……
『慈愛の女神が一柱、ムロシャフト様……ムーク、あなた何をそんなに落ち着いていますの。いくら出自が転生だとはいえ、その肝の据わりようはなんですの?』
『あれ?ボク転生者だって言ったっけ?』
『前に魂の状態について話したでしょう……多くはありませんが、私以外でも歳経たエルフや精霊の類は気付きますわよ』
あ、そうなん?
さすがに魂まではどうもできないからなあ……
でも、落ち着いてることについては説明できる。
『だってみんないい人だし、優しいし、神様だし。慣れました、もう』
『ある意味ではワタクシ以上の強者ですのね、あなたは』
『うへへ、そんなに褒めないでよ』
『褒めていませんわ』
なんでさ。
『あら、もう新手が湧きましたわね……それでは、ごめんあそばせムーク』
『うん、じゃあねテオファール。無理しないで、気を付けてね』
『いざとなれば山を削ればすむ話でしてよ。ごきげんよう』
ぷつ、って感じで念話が終了した。
……山を削るのは勘弁してほしいなあ。
トモさんトモさん、テオファール大丈夫かな。
『逆に、龍が大丈夫でない異変の場合はもうどうにもできませんが』
言われてみればそうかもしんない。
この世界、危険が多すぎ問題じゃよ~!
・・☆・・
「おやびん、おさんぽずるい!ずるーい!」
ぽてぽて歩いていると、アカが飛んできた。
そのまま肩に着地してほっぺにどーん!してくる。
「ダッテアカ寝テタカラ……起コシチャ悪イト思ッテ……」
マントに包まってカリフォルニア巻きみたいになってたから……
「むう、むむ~!」
おやおや、風船みたいになっちゃって。
はいはい、ほっぺつんつん。
「あはぁ!あははは!」
一瞬で機嫌の直る我が子分のかわいさよ。
ご飯はまだみたいだし、川でも見に行こうかな。
「川イコ、川」
「あ~い!かわ、かわぁ~」
いつか一緒に海も見に行きたいなあ。
ここから川まではすぐだ。
便利だけど、洪水の時とかは自動的に街道も大変そうだよね。
水門とか土手とかは作られてないみたいだし……
「綺麗ダネエ」
ちょっと幅広の川は、ゆっくりと流れている。
深さは……ボクが流されるくらいかな!入らんとこ!
「ちめたいおふろ!おふーろ~!」
だがアカは飛べるし無敵なので、斜めの角度で川にダイブ。
温かいお風呂に入りたい……村は行水かお湯で体拭くかしかできなかったし。
「あはは!あはははは!」
おー、魚雷とミサイルが合体したみたいな感じになってる。
「おやびん!おやびーん!あはは!あはがぼぼぼぼぼ」
「ウワーッ!?!?」
水面から飛び出してボクに手を振ったアカが――銀色の何かに丸のみにされた!?
ああああああああああああ!!アカーッ!?
この野郎!うちの子分になんてことをしやがギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?
「ぷはっ……びっくりした、したぁ!あははは……おやびん?」
慌てて川に飛び込んだ瞬間、アカが水中で大量に放電。
その結果、全身が痺れたボクは川の流れに逆らえずに流され虫となるのであった。
どうしよ……あ、でも浮かぶな。
このまましばらく行水するか……
ちなみにアカを飲み込もうとしたのはデッカイ魚でした。
ボクの横で成仏しつつ流れております。
「……そうだね、魚もいらないって言わなかったアタシが悪いさね……」
しばらく流れ、戦利品のお魚を担いで戻ったボクを……カマラさんのジト目が出迎えるのであった。