第18話 そらんちゅの、あれこれ。
「モウ大丈夫ナンデスカ?」
「む、まあナ。飛べないのが辛いだけナ」
色々あった……ありすぎた休憩所を出て、朝方に出発した。
昨日一日はオフだったので、ボクはまた板材を量産してカマラさんにアホの子を見る目で見られた。
だって楽しいんだもん木を切るの……
まあとにかく、アルデアさんが歩けるようになったので我々は出発した。
ボクの横を歩く彼女の足取りはよどみないけど、本人的には嫌というか極まりが悪そう。
「我々は……そうだナ、そこのアカちゃんやピーちゃんのように基本的に飛んで移動するのナ。だからこうしてずっと歩くのは中々ない経験なのナ」
ほほう、それはそれは……
ちなみに歩き出してから半日くらい。
今日は、夜までにギリギリたどり着けるかな~って距離に小さい村があるみたいなので、そこを目指している。
駄目なら野宿だ。
「そうでやんしたか。足は、お辛くねがんすか?」
ロロンが少し心配そうだ。
「別に足が弱いわけではないのナ。槍を使う関係で鍛えてはいるのナ、ただ長い間歩くのに慣れてないだけナ」
そういえばリーバンさんもでっかい槍持ってたなあ。
「アノ、アルデアサン……槍ハ?」
っていうか今更だけど荷物は?
「ンム、歩くときは邪魔だからナ」
そう言うと、アルデアさんは……胸元に勢いよく手を突っ込んでずるんと槍を引き抜いた。
ま、マジックバッグ……なんでそんな場所に!?
「なんとはあ~!綺麗なお槍でがんす!」
ロロンは収納場所には突っ込まず、彼女が取り出した朱塗り?っていうんだっけ?
とにかく、紅い綺麗な槍をキラキラ見てる。
染めたみたいに真っ赤だね……
「私のは投げ槍ではなく『薙ぎ槍』だからナ。よく珍しいと言われるナ」
へえ、何が違うんだろ。
「だいぶ昔に、【氷上大樹】の戦士が使ってるのを見たことがあるよ」
「おや、誰のかわかるのナ?」
どうやら別の所にもそらんちゅさんはいるみたい。
あれ?そういえばそらんちゅさんのお国ってどこらへんなんじゃろ。
『彼らに特定の国はなく、西方12国の様々な場所に住んでいますよ。特に高い木や切り立った崖、深い谷などに住居を作るのです』
ほええ、そういう種族もいるのね。
「【蒼穹】のスヴァルクさね。あの時はくっついてた隊商がガルガンチュアに襲われてねえ……あの男のお陰で命拾いしたのさ」
「じゃじゃじゃ!ワダスも聞いたこどがありやんす!カマラさんもその場にいたんでやんすか!」
ロロンが興奮している!
有名な英雄さんなんかな。
『ガルガンチュア、身の丈10メートルに届く巨人の魔物ですね。滅多に人里に出てくることはないのですが、ひとたび出現するとそれはもう大惨事になります』
でしょうねえ!
そんなんもう半分大怪獣じゃん。
この世界、でっかい魔物多すぎ問題じゃよ。
「なんとも鮮やかだったよ、地面に擦れるくらいの高さを飛んで――足元から一気に急上昇。気付いた時にはガルガンチュアの首が宙を舞ってたねえ」
「【蒼穹】の得意技だナ。私も小さい頃に一度見たが……凄まじく美しい飛び方だったナ。部族中の女どもが吐息を漏らすほどにナ」
へえ~!凄そう!
「ボクモ見テミタイナア」
そう言うと、キラキラお目目のロロンが一瞬で曇った。
「……【蒼穹】様は、お亡くなりになっておりやんす」
あらら、それはご愁傷様ですねえ……老衰かな?
「ムークは知らないんだナ?【氷上大樹】を襲った深淵竜と戦って敗れたのナ。女子供を逃がす時間を稼ぐために、その身を犠牲にしたのナ……時が悪く、戦士が出払った時ゆえにナ。たった一人で、最後まで雄々しく戦ったのナ」
なんとまあ……英雄さんだ。
深淵竜……コワイ!!
「かの槍は今でも【氷上大樹】に奉られているのナ。透き通るような蒼い、美しい槍ナ」
そっかあ……
やっぱりこの世界怖いなあ。
「深淵竜カ……ローランサンハ凄カッタンダネ」
「アンタ、凄い所の話じゃないよ。年経た深淵竜なんざ歩く嵐みたいなもんさね、たった一人でぶち殺すなんて英雄どころの話じゃないんだよ、英雄の中の英雄……大英雄さ」
そりゃあ、この時代になっても名前が残ってるわけだ。
「『薙ぎ槍』は斬ることに特化した槍なのナ。投げ槍よりも相手に接近する必要がある……まあ、勇敢な戦士が使う槍なのナ」
ちょいとドヤ顔のアルデアさんだ。
へえ、なるほどねえ。
「ムーク様も!いずれは大英雄に……!」
ちょっとロロン!そんなに曇りなきまなこでボクを見ないで!
無理だから!無理ですから!!
キミはボクをどうしたいのさ!
「ムークもいい線いってるのナ。ベネノ・グリュプスに真正面から立ち向かうなんてナ……里にいたら女どもの寝所に引きずり込まれるナ」
……螺旋大樹って所にはしばらく寄らないようにしておこ……
「むい、むいむいむい……ふぁむ、ふわぁ」
おや、今まで胸ポッケでスヤスヤしてたアカが起きた。
だいぶ寝ぼけてるけど。
「……おやびぃん?」
「ハイハイ、ボクハココダヨ」
目をこすりながらきょろきょろしていたアカは、ボクを見上げて笑う。
「あはぁ、いた、いたぁ……すんすん、んへへ……んゆぅ……」
そして何故かマントの匂いを嗅いで即座に二度寝した。
は~~~~~~~なんじゃこのかわいい子分。
『冷やし中華が食べたいわ……食べたいわ……』
ちなみに反対側のポッケではピーちゃんが愉快な寝言を漏らして寝ている。
それはボクも食べたいなあ。
「妖精に本当によく懐かれているナ。どこへ行っても善人だって認定されるナ、ムーク」
「当たり前でがんす!ムーク様はできだお方でやんす!」
むっちゃ褒めてくれるじゃん、ロロン。
やめてくんない?無限に調子に乗るから、ボクが。
「さて、頑張って歩くよ。今日中に村には着きたいからねえ」
そんなボクを微笑ましそうに見て、カマラさんは手を振った。
おっといかんいかん、護衛のお仕事しなきゃ。
・・☆・・
「ム~……」
「……ナンデショ?」
いい時間になったので、道端の切り株に腰かけてみんなで休憩なう。
ここで軽くお昼を食べて、目的地を目指すんだ。
なんだけど……アルデアさんがムッチャ見てくる。
具体的に言えば、前に釣ったザリガニくんの燻製を殻ごとばりばり食べながら見てくる。
そらんちゅさんも歯が丈夫なんだねえ。
「いやナ、ムークはいくつくらいなのかと思ってナ。虫人の男をこんなに近くで見たことがあまりないから気になってナ」
ちなみにアルデアさんは、ボクよりもほんの少し背が高い。
カマラさんに聞いたら、そらんちゅの女性は大体これくらいの身長なんだって。
『男性に比べて』身長が低いんだってさ、女性。
まあね、リーバンさんは楽に2メートル超えてたもんね……
やっぱりこの世界、魔物もデカいけど人もデカいよね。
しかし年齢、年齢ね……
「ボクモワカンナインダヨ。【帰ラズノ森】ニ捨テラレテタカラネ」
正直に一歳未満でっす! って言っても信じてくれないだろうしねえ。
「……すまないナ、不躾な質問だったナ」
「イヤ全然? 捨テラレタオ陰デアカトモ会エタシ、ロロントモ知リ合エタカラネエ」
アルデアさんは申し訳ないけど、別に何とも思わない。
マイナスよりもプラス要素が大きいからね。
……でもオオムシクイドリと武装エルフ教会は未来永劫許しませんぞ~!
「わ、ワダスも!?」
ロロンが振動している。
ああ、握ったザリガニの殻が粉々に。
「ソウダヨ、ロロンガイナカッタラ……ブルル、恐ロシイ」
主に食料的な意味で恐ろしい。
他にも道案内とか、色々教えてくれたりとか……得難い仲間だよ。
「も、もっだいね……もっだいね……!」
『あむむむむむむむ』
照れ隠しのつもりか、ロロンはピーちゃんの口にザリガニをガンガン押し込んでる。
フォアグラでも作るつもりだろうか。
当のピーちゃんは嬉しそうだからいいけども。
「背格好から見ても成人はしてると思うけどねえ。特に角、虫人の成人認定ってのは体のデカさと……生えてる種族なら角の立派さだからね」
「ハヘ~……」
体はともかく、角は芋虫時代から生えてたけどなあ。
そっか、ボクは見た目だけなら大人むしんちゅなのか。
中身は一歳未満だけどね。
ま、この先もバレることはないでしょうね。
よかったよかった。
あとは口がもう少し回るようになればな~。
「あぐあぐ、むいむいむい……」
アカは肩の上でザリガニに夢中だ。
気に入ったみたいねえ。
「オイシイ?」
「おいし!おいし!あぐぐ……むいむいむい……」
殻も食べてるねえ、顎強いねえ。
「じゃあ、このままムーク呼びでいいのナ?」
あ、敬語とかそういう関係で年齢を探ってたのか。
「大丈夫、全然大丈夫」
「わかったナ」
くちばしもないのに、歯が丈夫だなあ……バリバリ音がしてる。
「殻には栄養が詰まってるからね。【殻が食えなくなったら終わり】なんてことわざもあるくらいさね」
カマラさん、そのコトワザは獣人にしか適応されないんじゃないかな。
ノーマル人間なら全員終わりだと思うよ。
ともあれ、バリボリ賑やかな昼食を終えて……移動を再開することになった。
・・☆・・
本日の目的地、小さな村。
暗くなるまでにはなんとか到着することができた。
周囲を掘りと塀にぐるっと囲まれたそこは、小さいながらも立派なミニ砦って感じ。
だけども。
「止まれ!それ以上近寄るな!」
「一歩でも動けば矢をぶち込むぞ!!」
なんで……門の上からクロスボウで狙われまくってるのかな、ボクたち。