第4話 むしんちゅさんの、道場。
「いい天気でやんす!」
「ダネェ」
街中を歩く。
チョット僕の先を歩くロロンは、弾むようなステップだ。
「アカちゃん、よぐ働きやんすね~」
「ホントホント、ボクモ見習ワナイトネエ」
ヴェルママの像が綺麗だったり、そして光って軽くパニックになってから翌日。
ボクはロロンと一緒に【ガドラシャ】を歩いている。
目的は昨日に引き続き、街の散策だ。
さっきロロンが言ったように、アカは宿でカマラさんとタリスマン量産。
この街で捌くんだってさ。
そしてピーちゃんは、昨日に引き続き旦那さんの味見役。
ここ2日間、いつ見てもまんまるボディになってる。
どれだけ味見してるんじゃろ……ま、妖精だから大丈夫か。
「シューマイ、オイシカッタネエ」
「んだなっす!あげな料理ば初めて食べやんした~!」
ピーちゃんの献身かどうか知らないけど、昼ご飯のシューマイはとっても美味しかった。
晩御飯はなんじゃろね……
お米が無いのだけが残念だけど、それはそれ。
無いものねだりをしても仕方ないね。
『トルゴーンで米食は珍しいですからね……近年は輸送技術の発展で手に入るようになりましたが、そもそもこの国の気候ではコメは育ちにくいのです』
へえ、じゃあどこから輸入してるんだろ。
『マデラインですよ、あちらでは水田を使っての農耕が盛んです。そもそもコメという作物は多量に水を必要としますので……それが栽培できるということは、豊富な水資源に恵まれているということですから』
ほむほむ、ほむり。
そっか~……それじゃ、北の国で稲作を発足させた山田さんって本当にすごかったんだ。
【ロストラッド】は元々痩せてる土地だった……って、たしかターロに聞いたんだっけ。
『そうですね、物語にもなっていますよ。奥様たちと総出で山を切り開き、巨岩を砕いて水を引き……肥沃な大地から人力で土を運んだりしたそうです。初代ヤマダ王は自らを称して【人間重機】と言ったとか』
……聞けば聞くほど山田さんの人外度が加速していく気がする。
なんだよ、個人で山を切り開くとか。
『ヤマダ王の奥様には、伝説的な魔法使いが何人かいましたので……それはもう壮観な光景だったとか』
山田さんの奥さんたち、層が厚すぎる。
そういえばみんなで500人くらい殺したんだっけ……つよ。
「ムーク様、ムーク様ぁ?」
「アッハイ」
いかんいかん、山田さん伝説に気を取られていた。
ロロンが心配そうにしてるね。
『デート中によその女神と話し込むむしんちゅ……これは亜空間女神エルボーが唸りますね……』
デートじゃないし!そして理不尽!理不尽!!
「オ腹スイチャッテ……ゴメン」
「なーんもなんも!ムーク様は健啖家でやんす!」
それはロロンの方だと思う。
言わないけど。
さすがにそれくらいのデリカシーはあるのだ。
「あ!揚げたパンの屋台ばありやんす!」
本当だ!デッカイ鍋でジュウジュウ揚げてる!
ウヒョ~!!
「ナンダッテ!?アレ好キ~!」
「ワダスもでやんす~!」
おやつ!おやつの時間だ~!
『色気より食い気虫……カレーパンが食べたくなりましたね』
『おや、新しい食物ですか。お邪魔しますよ』
ヴェルママがまた叫ぶ気がする!
・・☆・・
「……ム、ナンカ叫ビ声聞コエナカッタ?」
「もふぁふぁ、むめ、ももっも」
「アッゴメン、食ベテ食ベテ」
屋台で揚げパンを買い、ちょっとお行儀が悪いけど食べながら歩いている。
ちなみに中には挽肉と炒めたお芋が詰まっててとっても美味しい!
アカたちにも買ったから、帰ったらあげようっと。
ピーちゃんはお腹の容量残ってるか不安だけども。
んで、なーんか道の先から叫び声が聞こえた気がしたんだよね。
「んぐ……確かに聞こえやんした!」
「ヤッパリ?」
パンを飲み込んだロロンも同じく聞いたようだ。
「こごは穏やかな街だども、気になりやんす! 行ぎまっしょ!」
「ウン!」
喧嘩とかじゃなくても、誰かが怪我したり倒れたりしてたのかもしれない!
一旦気になるとずっと気になるから、この目で確かめなきゃ!
「――壱ノ型ァ!」
「「「ハーッ! オウ、デエエイッ!!」」」
「――弐ノ型ァ!」
「「「ハッ!ハッ!ハッハッ!!」」」
「――参ノ型ァ!」
「「「ヤーッ!ッシ、シェイハ!!」」」
叫び声の聞こえた方向へ走って行くと、そこには幅広の建物が建っていた。
周囲は塀に囲まれていて、広い庭がある。
声は庭の方から聞こえていたので、そっちへ回ると……
「――そこまでっ!!」
石敷きの庭には、虫人さんがいっぱいいた。
男女混合のそのグループは、手に木刀というか木剣?を持ってキビキビと動き回っている。
そう、別に事件じゃけん!というわけではなく……
「壮観な光景でやんす!」
ロロンがそのかわいいお目目をキラキラさせながら見ているように、道場稽古だった。
はえ~、みんな息ピッタリだ。
男性むしんちゅの方は例によって年齢がわかんないけど……女性陣は若いね、たぶん。
日本だと学生くらいなんかな?
ちょっと顔に幼さがありますなあ。
しかし、この世界も武術道場とかあるんだね。
いや……そりゃあるか、サツバツ世界だし。
「いずれか名のある流派でやんしょう、虫人の武術ば目にする機会は中々ながんす~」
ロロンは英雄の話とか好きだし、こういうのも好きだろうねえ。
え、ボク?好きぃ~!!
「ミンナキビキビ動イテテスゴイネエ」
恐らく前世はからっきしだし、今世でも武術に縁のないボクから見れば眩しいや。
基本的に黒棍棒ブンブン虫だし、ボクってばね。
「よし、小休止!」
「「「ハイッ!!」」」
庭には10人くらいのむしんちゅさんと、そしていかにも師匠!って感じのむしんちゅさんがいる。
アレだね、着ている服もちょっと着物っぽいや……女性陣は。
男性は基本的に越布装備ですねえ。
やっぱりボクも越布調達しよっかな?
宿の旦那さんに聞いたら、個人の趣味嗜好的な意味合いが強いらしかったけど。
『まあ、平たく言えば性器が露出していなければよいのですよ。一般的にむしんちゅの男性のソレは体内に格納されていますので、普段は全裸でも問題ありませんよ』
あ、そういう所は人間と一緒なんだね。
……ボクは?
『現状不明です。そもそもむっくんは厳密に言うとむしんちゅではありませんので』
あ、そうだった。
謎は深まるばかりであるなあ……
「――失礼、当道場に興味がおありかな?」
「ウワ!?ア、スミマセン……!」
考え事してたら、目の前に師匠さんが!
おお……クワガタさんだ!
牙というか顎がむっちゃ立派だけど、声を聞く感じだと結構なお年なんかな?
ゲニーチロさんもそうだけどさ、むしんちゅの男の人って全然年齢ワカンナイ!
「不躾に見ておもさげながんす!」
「いやいや、通りから見える場所で稽古をしていてそれはない。もっと近くで見ては如何かな? なに、弟子たちも人の目がある方が身も入ろう」
クワガタさんは優しそうにそう言い、歩き出す。
「冒険者の方かな?さあ、どうぞ入られよ」
そして庭の木戸を開けて、手招き。
うーん、どうしよっかな。
特に予定はないけど――あっ!ロロンのお目目がもっとキラキラしてる!!
これは絶対入りたいやーつだ!
「ソレデハ、オ邪魔シマス」
ボクは親分なので、空気を読んで動くことにした。
ロロンは基本的にボクより先に動かないからねえ。
いい子分だけど、もっと自己主張してもいいのよ?
「さて……名乗りが遅れましたな。儂は道場主のセジーロと申します」
招かれたボクたちは、庭に面した縁側的な所にいる。
畳はないけど、ちょっと日本の道場に似ている気がする。
セジーロ……誠二郎さんってところかな。
やっぱりむしんちゅさんって崩した日本名みたいな名前多いなあ。
宿の旦那さんは……そういえば聞いてない!?
帰ったら聞かなきゃ!
「コレハ、ゴ丁寧ニドウモ……ムークデス。ラーガリカラ来マシタ」
「【跳ね橋】のロロンと申しやんす!」
ちなみに生徒さんたちは、庭の色んな所に座り込んで休憩中。
……なんか、むっちゃ視線を感じるんですけども。
お客さんが珍しいのかな?
あれ、でも女の子たちばっかりだ……こっち見てるの。
男性陣の視線はちょっとなんというか……値踏み?みたい。
『むっくんは一般むしんちゅから見るとイケメン虫ですので、気にもなるでしょう』
……そうだ!ボクってイケメンらしいんだ!
う、嬉しいけど落ち着かないなあ……
「ほう……【跳ね橋】とな。それは懐かしき名を聞きました」
「じゃじゃじゃ!?ご存じでやすか?」
あ、お茶が運ばれてきた!
わ、悪いなあ……
しかし、ロロンの氏族って有名なんだねえ。
テオファールも知ってたし。
「若い時分に少しばかり武者修行の旅をしましてな。その時に胸を借りました……タタール師はご健勝かな?」
「なんとはあ!大叔父様でやんす! 元気も元気、一昨年ひ孫が産まれやんした!」
「ほっほ、それはめでたき事ですな」
ロロンって大家族だもんねえ。
武者修行に寄るくらい、アルマードさんって有名なんだねえ。
「ロロン殿は【渡世流し】の最中であろうか?もしそうならば……どうであろう、当流で少し腕試しをされては?」
「じゃじゃじゃ!? え、えがんすか!?」
あら、ロロンがやる気ですわ?
前にバレリアさんとお稽古むっちゃしてたし、そういうの好きなんだろうね。
「こちらからお願いしたいほどです。こちらにも大いに得るものはあろう……ミシコ!」
「ハイ!」
セジーロさんが声をかけると、生徒さんが立ち上がって走ってきた。
ほうほう、とんとん拍子に話が進みますなあ~。