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番外編 瑠璃姫は友を思う。(三人称視点)

「はぁ……」


 華美ではないが、一つ一つの調度品に高貴さが感じられる部屋。


「嗚呼……」


 一点の曇りもない硝子窓から、穏やかな日差しが降り注ぐその部屋。


「なんとも……」


 10畳程の空間は、掃除が行き届いており埃一つも落ちてはいないだろう。

そんな部屋の主は、静謐な空間に似つかわしくない溜息をついている。


「……暇じゃぁ!暇すぎる!!」


 そして、ついに鬱憤は大声として部屋に響き渡った。


「ラザトゥル!ラザトゥール!!」


「――は、ここに」


 部屋の主の叫びに、すぐさまドアが開く。

その奥には、一人のエルフが立っていた。


「のうのう、今日あたり釈放とはならぬかの?」


 どこか、縋るような主の言葉。


「――なりませぬな」


「ぬがーっ!!」


 それに答える声は、無慈悲であった。



・・☆・・



 人界に【帰らずの森】として知られる、黒く深い森。

その森の、さらに奥底にそれはある。


 エルフの国、である。

悠久の時を生きる彼ら彼女らは、森と魔物によって外界と隔絶されたそこに……遥か昔から住んでいる。


 そこの首都、【白き都】と呼ばれるそこの、さらに中心部。

そこには【全き城】と呼称される王城がある。


 現王『リューンバルカル』が住まいし、政を行うそこ。

その敷地の片隅に……【離宮】という場所がある。

滅多にないことではあるが、色々と『やらかした』王族関係者が隔離・幽閉されるその場所に……飽き飽きとしている一人の王族がいた。


「だいたい、叔母上を殴り飛ばしたくらいで罪が重すぎるのではないかえ? わらわとしては別になんとも思わぬが……ほれ、ギリギリ生きておることじゃし」


「おや、教会を半壊させた罪が抜けておいでですな?」


 側近であるエルフ、ラザトゥルに半眼で文句を言っているのが……幽閉された王族である。


「なんじゃなんじゃ、大げさじゃのう……あのようなもの、大工衆ならパパっと修復するじゃろうし」


 えらく古い言葉遣いでそうぼやく王族は、少女のような姿をしていた。

身長は幼子のように低く、どこか声も舌っ足らず。

だが、その目には高い知性の輝きがあった。


 現王の末子にして、子息の中でも1、2を争う魔法の才能を持った才女。

名を『リオノール』という少女は、その紫がかった青色の瞳に不満を滲ませている。

日差しに輝く長い金髪すらも、怒りで揺らめいているようだ。


 人形のような、美しい姫であった。

その美しさから、市井では『瑠璃姫』と呼ばれている。


 その瑠璃姫は、親族である叔母を口論の果てに殴打。

半死半生まで追い込み、その後に大規模攻城魔法を王城近辺で放った罪でここに幽閉されている。

本来なら死ぬまで外には出れない罪だが、叔母の方にも数々の問題があったために相殺され……現王の許しが出るまでの、幽閉という形になった。


「はぁ~……ほんに暇じゃのう。ラザトゥル、戦駒の相手をせよ」


「おやおや、では5枚落ちでお願いいたしますよ」


 トルゴーン発祥の盤上遊戯を所望する主に、仕えてから数百年にはなろうというエルフは微笑んだ。

長い時を生きるエルフの特徴故、彼の外見は精々30代にしか見えないが……その眼もとには老成した雰囲気がある。


 ラザトゥルという名の彼は、姫の魔法の教師兼護衛兼……遊び相手であった。

もっとも、教師役だけは退いてもう300年ほどになる。


「なんじゃ、たまには駒落とし無しで相手をしようという気概はないのかえ?」


「滅相もない、私の腕前では夕餉までに投了でございますよ」


 なお、戦駒は上下2枚の盤と80個の駒を使って行われる難易度の高い遊戯である。

初心者は、まず駒の動きと役割を覚えるだけでも苦労する代物だ。


「先手はそなたに譲ろうぞ」


「これは有難い、それでは」


 姫と従者の駒遊びが始まろうとした時であった。


「――おひいさま。よろしゅうございますか」


 扉が静かにノックされ、廊下から声がかかる。


「レクテスか、入れ」


「失礼いたします」


 軋みすら聞こえずに開いた扉。

そこには、姫のもう一人の側仕えが立っていた。


 長身に、手入れの行き届いた金髪。

冷たく、張り詰めた雰囲気を持つ美女である。

一部の隙もないほどに鍛え上げられたその体は、彼女が接近戦において恐るべき能力を発揮させることを物語っていた。

離宮という場所柄、ごく短いナイフしか装備してはいないが……彼女がその気になれば、並のエルフなど詠唱をする隙もなく屠られるだろう。


 その名は、レクテス。

古くは【宵闇】、今はもっぱら【瑠璃の守り刀】と呼ばれるエルフである。


「本日は、おひいさまにお目通りを願う者を連れてまいりました」


「ほう!客とな!」


 いつまで続くとも知れぬ幽閉に飽きていた姫が、目を輝かせる。

元来、好奇心が旺盛なエルフ種ではあるが……姫のソレは種族の限界を超えているふしがある。

平穏よりも、変化を望むのが彼女なのである。


「は。名をレッセルベル、中央研究所に勤めています」


「ほほう、レイナーレ姉上の所か。珍しいのう、して……わらわに何の用向きじゃ?」


 エルフ本国において、様々な研究を一手に執り行う巨大部署。

『構成員全てが知識欲の化身』とまで呼ばれる所である。

そこの責任者は、現王の次女だ。


「国の外の友人から、おひいさまに書状を預かったとのことでございます」


「む?外とな……?それは異なことよな。ともかく、通せ」


「御意……では、おひいさまのお着替えが終わった頃に案内しましょう」


 時刻は昼過ぎだが、姫の格好は寝巻であった。


「構わん、よきにはからえ」


「構います。私に無理やり裸に剝かれたくなければお着替えを」


「ぬうう……」


 ラザトゥルがそっと席を立ち、扉へ向かう。


「ラザトゥル、あなたがついていながらなんですかこの体たらくは。家庭教師役は魔法だけを教えていればよいというモノでは……」


 その背を追いかけ、レクテスが小言をぶつける。


「……アレでは嫁の貰い手がないのも頷けるわい」


「恐れながら、ぶん殴りますよ」


 姫のぼやきに答えたその声には、まごうことなき殺意が乗っていた。



・・☆・・



「ご尊顔を拝し、恐悦至極にございます。わたくしは中央研究所第二補佐、レッセルベルと申します……おひいさまにおかれましては……」


「ああ、よいよい。楽にせい」


 しばし後。

謁見用の余所行き……深緑色の高貴なドレス……に着替えた姫が、1人のエルフを出迎えていた。

薄青色の制服の上に、白衣を羽織った妙齢のエルフである。

額飾りをしているので女性、なおかつその中心に青い宝石があることから既婚者だとわかる。


「して、本日の用向きはなんじゃ? とつくにからの手紙と聞いてはおるがの」


 姫の言葉に、レッセルベルが懐に手を入れる。

その瞬間、姫の左右に控えた側仕え達が瞬時に反応。

攻撃の体勢に移れば、一瞬で殺害する構えであった。

もっとも、側仕えよりも姫の魔法が炸裂する方が早いであろうが。


「はい。わたくしの古い友人に、レファーノという者がおりまする。彼女は現在【ジェマ】にて研究の徒をしているのですが……旅の途中で、おひいさまゆかりの虫人の一行と出会ったと申しまして……」


「なんじゃと!? おお、まさかムークのことか!」


 姫が椅子から身を乗り出し、目を輝かせる。

彼女が現在幽閉される遠因となった……奇妙な虫人の名を呼ぶ。


「はい、ムーク様とその一行でございます」


「はよう!はよう寄越してたも!」


 年頃の無邪気な子供のように、笑顔で手を伸ばす姫。

『嗚呼……』と嘆く様子のレクテスを全く気にかけていない。

なお、反対側のラザトゥルは嬉しそうに微笑んでいた。


「は。それではこちらになります」


「うむ!」


 差し出された手紙は、何回か折られたそこそこ分厚いものだった。

両手でそれを受け取った彼女は、封を切るやすぐさま文面に目を落とす。

かなりの速読で、あっという間に手紙は読破されていった。


「……ふ」


 何度か読み返した後、姫の肩が震え始めた。

その震えは肩から胴、そして瞬く間に全身に回り――



「――ふわっはははは!!はーっはははははははははァ!!」



 ついに、こらえきれない爆笑へと移り変わった。


 その反応に驚き、目を見開いたのはレッセルベルただ1人。

傍の2人は、懐かしい友でも思い出すかのように薄く微笑んでいる。


「レクテス!ラザトゥル!ムークのやつめ、もうトルゴーンの国境付近までたどり着きよったわ!」


「ほう、早うございますな」


「旅の道行きは順調なようですね、よいことです」


 姫は喜色満面ののまま、手紙を指し示す。


「それに見よ!あの妖精以外にももう1人の妖精と、アルマードの従者まで増えておる! あやつも親分として頑張っておるようじゃな! 今は護衛仕事じゃと!」


 そこには、繊細なタッチで彼ら……ムーク一行の似姿が描かれていた。

実際に見ながら描いたものではなく、なんらかの魔法によって瞬間的に紙に焼き付けられたような感じであった。


「あら……私が最後に会った時よりも精悍になっておりますね」


「ほう……小鳥の妖精とはなんと可愛らしい。教会のクソどもが鳴りを潜めておって僥倖でしたな……おっと、失礼をいたしました」


 ラザトゥルは教会になにか思う所があるのか、口が悪い。


「冒険しておるのう、ムーク!拾ってやった甲斐があろうというものじゃ! もっとも、あやつならわらわが手を貸さずとも立派になったであろうがな!はっはっは!!」


 嬉しそうに笑いながら、手紙をめくる姫。

その緩んだ口元が……不意に、止まった。


「……あの阿呆めが!やめろと申したのにぃ! 最近妙な魔力振動を感じると思うたが、これかァ!?」


「あら……まあ、よくできておりますね」「ムークは手先が器用ですなあ」


 地団太を踏む姫が持っている手紙、そこには新しい絵が一枚挟んであった。

『彼はこの木像に日に三度祈っているそうです。よほど、おひいさまに感謝しているのでしょう』という言葉が添えられたその絵は……姫の姿をした、木像であった。

驚くほどに似ており、色味から何かの油で磨かれていることがわかる。


「あやつ、わらわを一体何だと思うておるのじゃ……いかに美しくとも、わらわは定命のエルフ!神ではないと言うに!」


「(その割には口元がニヤついている)」


「(おひいさまも、年頃の乙女だものな)」


「おのれらァ! なーにをコソコソ話しておる!!」


 内緒話をする側仕え2人を怒鳴り付ける姫。

だが、その口元にはやはり……笑みの形に歪んでいた。


「……む、むむ……れ、レッセルベルよ、大儀であった。外の友人にも、感謝を伝えて欲しい」


 今までの言動を恥じたのか、顔を赤らめる姫。


「いえ、もったいないお言葉にござります。国を出た者にもそのお言葉……胸の張り避けるばかりでございます」


 貴人の相手には手慣れたレッセルベル。

内心の動揺を押し殺し、そう言いつつ頭を下げた。


「何を大仰な……ふふ、下がってよいぞ」


「は、失礼いたします」


 レッセルベルが深く頭を下げ、退室していく。

彼女は心中で、姫の喜びようを友人に伝えたらどんな反応をするのか……と、思っていた。


 しばし後、室内には静寂が満ちた。


「……のう、のーう2人とも……」


「謹慎はまだ解けませぬぞ」


「せめて教皇猊下のお体が十全に回復なさるまでは」


「ぐぬぅう……叔母上のたわけものが! あの程度の障壁しか展開できんのが悪いのじゃ!悪いのじゃー!」


 癇癪を起した子供の用に、姫が両腕を振り上げてブンブン回す。


「また始まったな、ああなると長いぞ」


「戦駒に夜通し付き合わされるな、これ――逃げよったか、レクテスめ」


 気付けば、レクテスの姿が消えている。

【宵闇】の面目躍如であった。


「はぁ……」


 溜息をつくラザトゥル。

その雰囲気は、一気に何百年も年を取ったかのようなものであった。


「あの虫がなあ、あのように立派に……はは」


 だが、気を取り直したように笑う。


「おひいさま、世界は広うございますなあ」


「はー!?いきなり笑い出してどうしたのじゃ! 耄碌したか?」


「……(何百年経っても、お転婆のままですなあ……)」


 荒れる姫をなだめるラザトゥルは、重い溜息をついた。


 姫が持つ手紙の束から……ひらりと一枚の紙が落ちる。

そこには、レファーノが書いたものよりもかなりたどたどしい筆致でこう書かれていた。


『元気でやってます、いつかお会いできますように。おひいさま、だいすき ムーク』


 彼女がその一文を目にし、瞬く間に機嫌を直すまでは……まだ、もう少し時間がかかりそうである。

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― 新着の感想 ―
この手紙はおひいさまのお大事箱の一番上にしまわれて、幽閉が解かれるまで幾度となく読み返されるんでしょうね(・∀・*)
ひゃはー! 新鮮なおひいさまだぁー!!! (ありがとうございます! ありがとうございます!!!)
おひいさま。尊い。 ムッくんも尊い。 と言うか、皆んな尊い。
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