第148話 ボクが持ってていいもんなんですか、これ。
「……オハヨウ、ゴザイマス」
「あら、ムークさん。おはよう……もう朝ですか」
全然疲れてなさそうな、レファーノさん。
今日も眼鏡が良く似合う。
明けて、翌日。
食堂まで降りていくと……昨日と全く変わらない状態のエルフさんたちがいた。
そう、黒棍棒を囲んだままの……エルフさんたちである。
昨日、エルフさんたちは黒棍棒を囲んで研究に没頭し……いつまでたっても研究談議が終わらないので、先に寝ることにしたんだ。
盗まれるかどうかって心配は、してない。
だってトモさんがモニタリングしてるし……ピーちゃんもアカも懐いてたからね。
そんな悪いことをするような方々では決してないし。
『もう一つ理由がありますが……まあ、それは恐らく彼女たちが説明してくれるでしょう』
あ、そうなん?
『まーっ!アルちゃん、徹夜はメッ、よ! 夜更かしはお肌の敵だって、さっちゃんも言ってたでしょう!?』
「ご、ごめんなさぁい……で、でもちょっとは寝たのよ?ちょっとは」
『ぐっすり眠らないと駄目よ!駄目!』
「は、はぁい……」
端っこの方でアルレイノさんが怒られてる。
研究者してるときはキリッ!って感じだけど、ああして怒られてると子供みたい。
「相変わらずの研究馬鹿どもだよ、まったく……ホラホラ、朝ご飯だよエルフ共~!」
いい匂いのする寸胴鍋を持って、調理場からあきれ顔のクロヒョウさんが出てきた。
この宿の店主、バイアさんだ。
とっても気のいいおばさんなんだよね、アカにお菓子もくれたし。
「ちょっと……この子たち、いつもこうなのかい?」
「ああ、何か気になると話も聞こえやしないのさ」
カマラさんもあきれ顔だ。
「飯だけはしっかり食うように教育したけどねえ、死んだオフクロも、婆さんも、ひい婆さんもおんなじこと言ってたもんさ」
そんなに長い長い常連客なんだ、この人たち……
エルフさんって本当に長生き!
「おはよ、おはよ~!」
「はいおはよう!今朝のスープも美味いよ、アカちゃん!」
アカもここの料理は大好きで、鍋の周りを飛び回っている。
「ふわぁあ……お腹空いたなっすぅ……」
ロロン、昨日あれだけ食べたのにぃ!?
……このネタは前にも言ったねえ。
まあいいや、とりあえずご飯、ごはーん!
・・☆・・
「ムークさん」
「ハイ」
美味しい美味しい朝食の後、ケマを飲みながら食堂にいる。
そんなボクの前に、レファーノさんが座って神妙な顔をしている。
他のエルフさんは、ケマを飲みながらアカとピーちゃんと戯れている。
こちらの陣営は、ロロンはお洗濯でカマラさんはいつものように作業です。
「お預かりした黒棍棒ですが……調査の結果、エラム魔法帝国のモノとおおよそ確定いたしました」
「ヤッパリ、ソウデスカ」
ブンブクさんに教えてもらってたけど、研究者さん直々に言われると……完全にお墨付きって感じ。
「ええ、こちらをご覧ください」
相変わらず魔法陣の書かれたテーブルに鎮座する、わが黒棍棒。
お墨付きのせいか、いつもより高級品に見える。
いや、あれだけ散々使ってもキズ1つないんですけども。
「ここには古代エラム語で……『全ての慈悲なき者に死を』と書かれています。これは、エラム魔法帝国に存在したと言われている第一騎士団【暁光】の戒律の一つでした」
……へ?
暁光騎士団って騎士団があるんじゃないの?第一?
「第一、デスカ?」
「ええ、研究により……エラム魔法帝国には、最盛期で3つの騎士団が存在していたことが判明しています」
『あら、私の権能ではまだ知ることのできない情報です。やはり、彼女たちはかなり研究を進めていたようですね』
ほ、ほほう……!
「主に民の警護や周辺の治安維持を担当していた第三騎士団【静謐】、王城や首都の警備・警護を担当していた第二騎士団【堅牢】……そして、戦においては最前線を担当し、徹頭徹尾戦闘のみに特化した第一騎士団【暁光】……これが、今の所判明している全ての騎士団です」
眼鏡をクイッとするレファーノさん。
……ってことは、黒棍棒くんはバリッバリの武闘派騎士団の持ち物だったってこと……?
「強カッタンデス?第一騎士団ッテ」
「【大消失】によってかなりの情報が散逸してしまいましたが……強力無比な騎士団だったことはおそらく、事実です」
あ、そういえばそうだった。
王宮ごと消えちゃったんだっけ。
「当時の民が残した記録にも、名前がよく出てきますので。我々が把握しているだけでも……深淵竜の討伐、スタンピードの撃滅、侵略軍の壊滅など、かなりの活躍だったようです」
無茶苦茶強いじゃん。
今まで会ったことないし、これからも絶対遭遇したくないけど……深淵竜って名前、最近良く聞くなあ。
「ここを見てください」
レファーノさんが指し示すのは、『全ての慈悲なき者に死を』の横。
よくわかんない古代文字が書かれた箇所だ。
「ここには古代エラムの王族言語でこう書かれています……『魔を祓い、闇を裂き、民に光を』と。これは、当時彼らの旗印に使われていた文言です」
横にも格好いい事書いてあるんだ……
「そして、重要なのがここです……ふんぐ、ぐぐぐ」
レファーノさんが、なんか無茶苦茶頑張って黒棍棒をひっくり返した。
そんなに重い?それ。
ターロも似たような反応してたけど、ボクには重く感じないんだよなあ。
「はあ、はあ……ここです」
黒棍棒の裏面?の文字を指差している。
例によって全く読めない。
「ここには、こうあります……『邪なるものに、呪いあれ』と」
……トモさん、ラーヤが呪いかかってないって言ってなかった?
『言っていましたが……恐らく、常時発動型ではなく何らかのトリガーで発動するものでしょう。文言から察するに、むっくんはギルティ判定ではないでしょう』
「我々はこの棍棒をどうこうするつもりはありませんし、事前にムークさんに許可を取ったので大丈夫でしたが……例えば悪意を持って接する……そうですね、盗もうとすれば呪いが発動します」
防犯機能付きであったか……黒棍棒くん。
ああ、レファーノさんが触ってもいいかって魔力乗せてたの、そういうことか。
「そして残りの文字ですが……申し訳ありません、今の我々には解読不可能です。エラム魔法帝国のものではなく、マデラインの遺跡で散見される別の古代文字だとは思うのですが……いかんせんこの場では判別できかねます」
人魚さんの国も関係あるのか……スケールが大きいね、キミ。
「お許しいただければ、文字を写し取って後日調べますが……どうでしょうか?我々としては他の部分も写しの許可をいただきたいのですが……翻訳にも活かせそうですし」
「ア、ドウゾドウゾ……アノ、レファーノサン?」
「はい?」
「コレ……ボクガ持ッテテ大丈夫ナンデスカネ?」
問題はそこですよ。
この黒棍棒、無茶苦茶頑丈だし強いし便利だけど……貴重でしょ、この子。
いや、所有権とかの法律はないだろうけども……
それでも、持ってて大丈夫?
「ふむ……ムークさん、この棍棒を持ち上げてください」
「エ?ア、ハイ……」
ひょいっとな。
うん、いつも通り。
「先程説明した呪いですが、それは生死にかかわるようなものもありますが……それ以外もあります。特に、『認められた』者以外が持つと酷く重いのですよ。さっきの私は身体強化魔法を使用していましたが、それでもひっくり返すのに時間がかかっていたでしょう?」
「エエ、ソウナンデスカ?」
待てよ、じゃあ前のターロの時も……
『なるほど、殺すほどでもないし、邪でもない者の場合はそうなるのですね……そこそこポピュラーな【適者適合の呪い】ですか』
はえ~、そういうことなんだ。
……んん?
「認メラレタ……?」
どゆこと?
ボク、試験とか受けた記憶ないですけども。
「ああ、先走り過ぎましたね……どのような原理かは不明ですが、古く強い魔法を帯びた武器たちは自ら使い手を選ぶと言われております」
……マジで?
黒棍棒くんって生きてるの!?
「じゃじゃじゃ!? そ、それはもしや……【夜明けを呼ぶもの】や【砂塵の天将】、【絶歌雷鳴】、【喰らいしもの】のような!?」
ウワーッ!?
急に興奮したロロンが脇から出てきた!?
あ、洗濯物持ってる!いつもありがとう!!
「あら、よくご存じですね……ええ、それらと同じような部類の武器ですよ、ムークさんのソレは」
強そうな名前がいっぱいだね……ロロンの様子からして、有名な神話の武器とか?
黒棍棒くん……ごめんね!お肉巻き付けてケバブみたいなモノ作れないかな~とか考えてごめんね!殺さないで!!
『柔軟な発想だと褒めるべきか……大バカ者と怒るべきか……むう』
トモさん!忘れて!今の忘れて~!!
「はわぁあ……やはりムーク様は、ムーク様は大英雄でがんす~!」
小粋なアルマジロステップを刻みながら、ロロンは洗濯物を抱えて去って行った。
何故かそれを真似しつつアカも飛んでいっちゃった……結構あの子も自由だよね……
「つまり、このままお持ちになって大丈夫でしょう。ご心配なさらず、盗まれるようなことはありませんよ……盗もうとすると、恐らく持つことすらできません」
……全自動防犯システム付き黒棍棒くん!
そ、それならいいのかな……あ。
「チナミニ、名前トカハ……ワカリマス?」
そう聞くと、レファーノさんが黒棍棒の側面を指差した。
「ここに『天上の怒りもちて、悪鬼を砕かん』と刻んであります」
ボクにはなんか格好いい古代文字にしか見えないねえ!
そんなに好戦的な文言なんですか!
「わずかに残った文献に同じ記述があります……【暁光】騎士団の振るったいくつかの武器のうち、それが呼応するモノの名は……【ヴァーティガ】、エラムの王族語で【絶望を砕くもの】という意味です」
……むっちゃ格好いい名前じゃん!ごめんなさい黒棍棒くんとか呼んじゃって!!
「どのような武器かは定かではありませんでしたが……よもや、棍棒とは思いませんでした。判明しているのは名前だけなもので」
まあねえ、伝説の武器だしねえ。
鈍器とは思うまい。
もう一度、黒棍棒を手に取る。
ふむん、キミってば格好いい名前だったんだねえ。
「……ヴァーティガ」
――そう呟いた瞬間、魔力が根こそぎ吸い取られて……ボクの意識は消し飛んだのだった。
……きゅう。