第145話 世間って思った以上に狭いねえ~。
えっと……この状況はなんじゃろか。
『アルちゃん!とっても立派で綺麗になったわね!嬉しいわ!嬉しいわ!』
「グスッ……うん、わだぢ、がんばっだの、どっでも……」
眉目秀麗の化身みたいなエルフの女性が、顔中から色んな液体を流してピーちゃんに頬ずりしている。
『そういえば言ってたわね、偉い学者さんになるんだ~って!夢をかなえたのね!嬉しいわ!』
「うぐぐぐ……おぼえででぐれだの、びーぢゃん……うれじい……うれじいよお~……!!」
凄いや、美形って何してても美形なんだね。
『思考を放棄していませんか』
いや、どうすんのこれ。
この人が落ち着くまで待つしかないでしょ。
なんか漏れてくる会話で知り合いだってわかるしさ……
「あの、これはどういう……」
エルフさんの一団の中で、メガネをかけた一番偉そうな女性も困惑してるし。
ボクに聞かれましても……他の皆さんも遠巻きに見てるし、なんなら通行人やお店の人も見てるし。
これそろそろ兵隊さん呼ばれるんじゃ?
「知り合いみたいだねえ、落ち着くまでそっとしとくしかないんじゃないかい?」
カマラさんは始めだけ驚いていたけど、すぐに『どうしようもないな』的な顔になっていた。
じ、人生経験……!!
「うにゅ~?」
「冷メチャウヨ、ア~ン」
「あんむ……おいし!おいし!」
とりあえず、買った串焼き食べようっと。
「ロロンモ、ア~ン」
「じゃじゃじゃァ!?……あ、あむ……」
あ、振動してても食べてくれた。
成長したねロロン……やっと親分として認めてくれたのか……感無量。
『……ぶん殴りますよ』
ナンデ!?!?
・・☆・・
「ご迷惑を、おかけいたしました……」
「イエイエ」
1時間くらいだろうか?
ギャンギャン泣いていたエルフさんが、ベンチにしっかり座ってボクたちに頭を下げている。
ようやく普通に戻ったのか……綺麗なお目目は真っ赤だけども。
「予想外のことに、我を忘れてしまい……本当に、ご迷惑を……」
「オ気ニナサラズ、ピーチャンノオ知リ合イミタイデスシ……」
ボクらは別に迷惑かけられてないしね~。
「旅のお方、少し込み入ったお話のようですので……よろしければ、我らが滞在している宿にいらっしゃいませんか?」
と、エルフさんの一団の中からさっきの偉そうなお姉さんが進み出てきてそう言った。
「その宿に空きはあるかい?これから宿を探そうと思ってた所でね」
「ええ、問題ありません。我らの都合を押し付けるのです、当然のことですよ」
おお、渡りに船だ。
「それじゃ、行こうかね……人気者になっちまってるし」
カマラさんが立ち上がった。
……確かに、往来の皆さんは興味津々だ。
行こう行こう、見世物虫になっちゃった。
『ふふふ、エルフのお友達がたっくさんできたのね~アルちゃん!さっちゃんも喜ぶわ、喜ぶわ!』
「あ、ううう……うぐぐぐぅ……」
あああ!また泣きそう!
エルフさんの涙腺弱すぎ!!
……今さっちゃんって言った!?
まさか、このエルフさんって……
・・☆・・
街を歩くことしばし。
エルフさんの一団に先導され、ボクらは【いただきの慈愛亭】という宿に到着した。
がっしりした石造りの宿屋だ~……とっても防御力が高そう!
この街の家って基本的にこの建築方式ばっかりだけど。
そこの食堂で、エルフさんと向かい合っている。
その肩にはピーちゃんが乗って、嬉しそうに体を揺らしてチュンチュン鳴いている。
ちなみにここにいるのはさっきの偉そうなエルフさんと、このギャン泣きエルフさん。
そしてボクとアカだけである。
他のエルフさんは何か仕事があるらしく、偉そうなエルフさんだけ残った。
……偉そうっていう表現はチョット違うな、責任者さんと呼ぼう。
他のエルフさんたちみんな敬語だったし。
あ、カマラさんは部屋で作業してるし、ロロンもお洗濯で不在です。
ボクは報告兼聞き役としてここへ残ったわーけ。
アカは……基本的にボクといつも一緒だからね。
「アノ、ボクハムーク、コノ子ハアカトイイマス」「あいっ!アカ、でしゅ!」
とりあえずは自己紹介。
今までそんな暇なかったしねえ。
「これは、申し遅れました……わたくしはレファーノと申します。【ジェマ】から参りました……そして、この子は……」
「アルレイノと申します。この度は往来で無作法をしまして、誠に申し訳ございません」
ピーちゃんの知り合いっぽい感じのエルフさんは、深々と頭を下げた。
アルレイノさんだからアルちゃんね、了解。
「アノ、アルレイノサンハヒョットシテ孤児院ノ……?」
「ピーちゃんから聞いたのですね。はい、私は【ミカーモ孤児院】の出身者です」
『さっちゃんが一番最初に引き取った子なのよ!こーんなに大きくなっててビックリしちゃったわ!』
ああ、やっぱりそうか。
ピーちゃんはここ最近まで人と関わってなかったっぽいし、知り合いだとしたらそこかなって。
エルフさんだもんね……長生きだから、まだ御存命だったってワケか。
凄いなあ、そして世間は狭いなあ。
「まさかこんな所でピーちゃんに会えるなんて思わず、我を忘れてしまいまして……」
「ソリャ仕方ナイデスヨ、コッチハ全然気ニシテマセンカラ」
生き別れの親に出会ったみたいなもんだしね。
それも、恐らく何百年か振りにさ。
ボクでも同じ感じになると思う、マジで。
「おやびん、このひと、わるいエルフ、じゃなーい?」
「チガウチガウ、アノ鎧トハチガウヨ」
アカはあのエルフは嫌ってるからなあ……ボクも好きじゃないけど。
「……鎧のエルフ、ですか?それは、どういう……?」
むーん、レファーノさんに言ってもいいもんだろうか。
『大丈夫でしょう。彼女たちはエルフ本国とは隔絶した別の集団でしょうし……前にも言いましたが、いくら狂信者でもあの森を出て無茶苦茶することはありませんよ』
ふむん、ならいいか。
「アノデスネ、実ハ……」
簡略化しつつ、説明を開始した。
「それは……本国の方がとんだご迷惑を……!!」
説明を聞いたレファーノさんが真っ青になって頭を下げてきた。
よかった、この人は狂信者サイドじゃないみたい。
「イエイエ、禍根ハナイデスヨ。他ノ本国ノエルフサンニハ、トッテモヨクシテモライマシタシ」
例の鎧エルフのマイナスを、おひいさまのプラスが消滅させてるしね。
嫌いだけど……あのララベル?もまあ、悪い人ではなかった……のかな~?
いややっぱり嫌い!理屈じゃない!!
『ムークさんたち、大変だったわね!』
「たいへん、たいへん!アカ、エルフしゅき!でもでも、あのエルフだけ、きらい、きらーい!」
その時のことを思い出したのか、アカが首にギューッと抱き着いてきた。
「嘆かわしい……いまだにそのような杓子定規がまかり通っていたとは……わたくしがいた時と同じですね、あの国は本当に旧態依然としていて……もちろん、ごく一部ですが……」
頭痛がします!みたいなジェスチャーのレファーノさん。
この人、エルフ本国出身なんだね。
でもこの反応なら、アカを攫われる心配はなさそうだ。
「しかし、聖堂騎士を相手に生き残るとは……ムークさんはかなりの腕をお持ちのようですね」
ふふん、自慢じゃないよレファーノさん!だって……
「レクテスサント、ラザトゥルサン、ソレニオヒイサマッテイウ方々ノオ陰デスヨ。ボクハ逃ゲ回ッテタダケデスモン」
「れっ――」「おひっ――」
ありゃ?個人名を出した瞬間にエルフ陣営のお顔が真っ青になったぞ?
「(教授、い、今のお名前は……まさか……)」
「(聞き間違いではないわね、とんでもないお名前を聞いたわ……)」
かと思えばぽしょぽしょと内緒話。
混乱してるのか丸聞こえですけお?
やっぱりあの人たちって有名なんかな、ゲニーチロさんも知ってたし。
「……失礼ですが、そのおひいさまと言うお方は……どのような……」
レファーノさんが恐る恐る聞いてくるけど、言葉では中々説明し辛いなあ。
どうしよ……あ、そうだ。
懐のバッグから、おひいさまフィギュアを取り出してテーブルに置く。
「自信作デス」
若干のドヤ雰囲気を出しながら言うと……2人の顔がさらに白くなった。
「(子供のようなお姿で、おひいさまということは……)」
「(ええ、それにこの木像から見ても間違いないですね……とてもよく似ていらっしゃいます……)」
……むっちゃ漏れとるよ、内緒話。
アルレイノさんも知ってるのか……この人は孤児だけど、どっかのタイミングで本国に行ったんだろうか。
『それにしても……ごめんなさいね、アルちゃん。急にいなくなったりして……あの時の私、ひどいインコだったわね?』
「ううん、いいのピーちゃん。みんな悲しかったけど、ちゃんとわかってたもん……サチコ母さんが亡くなったんだもん、悲しくって当たり前よ」
さっちゃんさん、そう呼ばれてたんだ。
表情から察するに、本当にいい人だったんだねえ……今でも慕ってそう。
「そういえば、国にいる友人が教会がなにやら大変らしいと手紙に書いていましたが……ムークさんたちのことだったとは」
手紙とか届くんだ……そして大変ってなにさ。
『そうそう、色々あってラーヤルーラ様がメッ!したのよね』
ピーちゃんの念話に、2人の顔からまた血の気が引いた。
「(っき……聞きましたか教授、今の名前)」
「(気を失いかけたわよ。よりにもよって【まほろばの蝶】の怒りを買ったっていうの……教会は)」
さっきと同じくらい真っ青になってる……ラーヤもかなりの有名人で、しかも重要人物っぽいねえ!
ボクはもうそれしか言えないや!
何をしたとか詳しく聞きたくもないや!
それが虫なりの!処世術!!