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第141話 山登りの開始と、昔々のいいお話。

「さあ、出発だよ。忘れ物はないかい?」


「ハイ!」「んだなっす!」


 いつものようにカマラさんがいい、歩き出す。

ボクとロロン、それに……


「しゅっぱつ、しゅっぱ~つ!」


『いよいよね!ワクワクするわ!』


 アカとピーちゃんも元気いっぱいだ。


 ラガランに滞在すること、4日。

カマラさんの作業も終わったので、ボクらは今日出発する。

こっちは浴場に露天風呂で大ハッスルできたしね!

リフレッシュは十分だ!


 宿の女将さんにお礼を言って、荷物を確認して出発!

朝の空気が気持ちいいね。


「ロロンちゃんは今日の所はその恰好でいいね。ムークちゃんは……まあ、いいだろ。寒くなったら言うんだよ?」


「アッハイ」


 ボク腹巻裸マントだもんね……むしんちゅじゃなかったら即通報されてると思う。

もしくはモフモフ獣人さんじゃなければ。


「あ!カマラ婆さん、出発するんだな?」


 山側の門まで来ると、トラさんがいた。

こっちの門は出ていく人があんまりいないから、衛兵さんたちもちょっと暇そう。


「ああ、世話になったねトラ坊。そうだ……忘れるところだったよ」


 カマラさんが、懐からタリスマンを取り出した。

あ、いつも売ってるのよりもちょっと豪華なやーつ!

そういえば、宿を出る時に女将さんにも同じの渡してたね。


「おお、なんだいコレ……随分立派なタリスマンじゃないか」


「ちょっとだけね、アンタの行く先を照らすもんさ。幸運のお守りだよ」


 ほへ~、いいお守りだねえ。


「ははは、そいつはありがたいや。幸運か……いい嫁さんが見つかるかな?」


「馬鹿たれ。ソイツは自分で頑張るもんだよ……じゃあね、母ちゃんに迷惑かけんじゃないよ」


 ぽこ、とトラさんの頭を叩いて。

カマラさんはニッコリ笑ったのだった。

ふふふ、なんかいいな、ああいうの。

ほっこりしちゃうねえ。


「ンフフ」


 丁度いい所に頭があったからアカを撫でておこう。


「にゅうう?なに、なあにぃ?」


「ナンデモナイ、ンフフフ」


 ピーちゃんも撫でちゃろ。


『あら!ご機嫌ね!』


 ロロンも撫でちゃろ。


「じゃじゃじゃァ!?」


 あ、むっちゃ振動した。

ごめんなさい!裁判だけは勘弁してください!!



・・☆・・



 門を出て、街道を歩いて……それに、若干の傾斜を感じるようになってきた。

いよいよ山に入り始めたらしい。


「今日は5合目まで行ければいいだろうね。そこに泊まって、明日からは雪山に入るからね」


 ふむふむ。

1日でてっぺんまでってわけにはいかないんだろうね。

ここ、緩やかだけどたぶん富士山よりも標高高いし。


 ミレドン山脈は、あくまで山脈の名前。

ラガランからトルゴーンに抜けるここは、【ローラン登山道】って名前らしい。

昔々の偉い人の名前なんだってさ。


「明日からは難所に入るからね。頂上まではまあ、2日ってとこかね」


 あら、雪があるゾーンの方が長いのね。

ここから見上げてもはるか上に見えるくらいだし……あ、酸素とか大丈夫なんかな。


『ああ、むっくんは知りませんか。以前ロロンさんたちが街を散策した時に、それ用の道具を買っていましたよ』


 ……頼りになる子分がいて本当に、本当に恵まれているよボクは!!


「山登りのコツはね、なんと言っても急がない事さ。平たい所を歩くよりもゆっくりゆっくり、しっかり歩くことさね」


「ホヘ~……」


 そんな感じでいいんだ。


「疲れたら無理せずに休憩。ここには魔物避けのタリスマンが効かない連中も多いからね……いざという時の為に余力を残しとくのさ」


 あ、なるほど~……魔物のことがあったか。

失念していたなあ。


「アタシのタリスマンが効かないってことは、それなりに強いってことだからね。そん時は頼むよ、護衛さん達」


「お任せくなっせ!このロロン……槍にかけて!カマラさんには指一本触れさせねェのす!!」


 ロロンが背負った槍を抜き、びゅびゅんと振り回して天に突きあげた。


「カッコイイ……ウチノロロン格好良スギ……!」


「じゃ、じゃじゃじゃ!?う、うち!?うちのなんで、はあ、まあ!?おしょすいこど~!?」


 ゴメンナサイ、何言ってるか全然ワカンナイ。

異世界東北弁フィルターが強すぎる。

普段は気を遣ってくれてるんだねえ、喋る時も。


「おばーちゃ、まもる!まもるぅ!」


『偵察なら得意だわ!得意だわ!』


 アカは空中でガッツポーズして、ピーちゃんは翼を広げてチュチュンと鳴く。

これ、ボクも何か格好いいポーズ取った方がいいのかな……


「ムークちゃん、背中から腕出すのはやめときな。アンタはたぶん体を刻むからね」


「グウ」


 よくわかっていらっしゃる……ぐうの音しか出ませんです、ハイ。



・・☆・・



「全然登ッテル感ジガシナイ……」


 登り始めてどれくらい経ったんだろ。

ずうううっと緩やかな登りだから、あんまりわかんないや。

後ろを見たらラガランが小さくなってるから、進んでることはわかるんだけども。


「ここは特に緩やかな登山道だからね。北の方にあるもっと険しい山ならこうはいかないさ」


 一定のペースで歩き続けるカマラさんが言う。

この人、体力凄いな……おばあさんなのに。

この世界のご老人ってみんな強いんだろうか。


『獣人の皆さんは身体強化魔法が得意でいらっしゃいますから。他種族と同じに考えてはいけませんよ』


 あー、そっかそっか。

地球でも使えたら寝たきりのご老人とか減るだろうなあ、その魔法。


「どれ、気晴らしに昔話でもしてやろうか。この登山道の元になったローランの話をね」


 あ、それは助かる。

こんな時じゃなくても普通に聞きたいし。


「そもそも――」


 カマラさんが語り始めたのは、こんな話だった。



・・☆・・



 昔々、邪竜が出るよりももっと昔。

ミレドン山脈のこの地域には、ここ一帯を縄張りにしている1匹の龍がいた。

といっても邪悪な龍ではなく、長い時を生きた賢い雌の龍だった。

雪のように白い鱗を有した、世にも美しい龍だったという。

人語を理解し、念話によって意思疎通も可能であった。


 そんな彼女には、獣人の友がいた。

その名は【ローラン】

漆黒の毛並みをした、美しく強い狼の獣人だったという。


 遠く東の国に生まれたローランは、強い戦士であった。

彼は数多の戦場を駆け抜け、多くの敵と戦った。

このミレドンの地に龍がいると聞き、血気盛んな彼は腕試しにこの地を訪れた。


 その結果は、惨敗。

苦笑いと共にあしらわれた彼は三日三晩眠り続け……また再戦を望んだ。


 それもまた、惨敗。

今までの人生で負けたことのなかった彼は、大いに衝撃を受けた。

それ故彼は、現在ラガランがある場所に逗留しつつ……何度も山頂にいる龍に会いに行っては負けることを繰り返した。


 そんなことが、1年、2年続き……いつしか彼は、山頂に山小屋を立てて暮らすようになった。

たまに山を降りては日銭を稼ぎ、また山に戻っていく。

そして龍と戦うか、もしくは語らって過ごした。

その頃には、彼にとって龍は越えられぬ宿敵であり、色々と自分には知らぬことを教えてくれる教師であり、得難い友となっていたのである。

相変わらず戦えば必ず負けたが、彼は何処か嬉しそうだった。


 さらに、年月は過ぎた。

ローランが老境に差し掛かろうとした頃、龍に異変が起こった。

龍が子を、孕んだのである。


 【竜】は通常の動物や魔物と同じように生殖によって繁殖するが、ある種の【龍】は違う。

彼ら彼女らは、つがうことなく子を孕み、産む。

いわば、分身に近い。

肉体の死期を悟った龍は、死ぬ寸前に己の分身をこの世に残して逝くのである。


 ――彼女は、長い長い時を生きた。

その終わりは、最後にできた友の傍らで訪れることとなったのである。

ローランはそれを嘆き悲しんだが、やがては受け入れた。

彼女の卵が孵るまで、必ず守ると誓ったのである。

彼は麓から資材を運び、彼女の墓となる石造りの神殿を作り上げた。

その穏やかで聡明な性格から、彼女を慕うものは多く……何人もの獣人、人族、亜人たちもこぞって協力した。


 そして、神殿が完成したころ……彼女は美しい純白の卵を産み落とし、友に見守られてその生涯を閉じた。

その際にローランが天に放った鎮魂の遠吠えは、現在のガラッドがある土地にまで届くほどのものだったという。


 かくして、卵が残った。

それと同時に、厄災も訪れた。


 龍種の卵には、膨大な魔力が内包されている。

産み落とした親が、長い年月をかけて貯えた魔力が。

……それは、魔物にとって格好の餌となるのである。


 【戻らずの森】の一角を縄張りとする、一匹の深淵竜がいた。

彼は、自らの力をより高めようとそれを狙い……ここへ配下を従えてやって来た。

【竜】と【龍】の実力は隔絶しているが、相手が卵となれば別。

その魔力を取り込めば、尋常ではない力を得ることができる。


 その気配を察知したローランは、ラガランから女子供を避難させ……自らは山頂の神殿に籠った。

志を同じくする仲間たちも助力を申し出たが、それを断り、街の防衛に当たらせた。

そして、たった一人で深淵竜を迎え撃ったのである。


 彼が手にしていたのは、かつての友の鱗を鍛え上げた一振りの美しい長剣。

その名は【夜明けを呼ぶもの】……そう、後の世で邪龍に立ち向かった、巫女の剣士の愛刀である。


『卵を寄越せば、生かしてやる』


 相対した深淵竜が放った念話を、ローランは鼻で笑ってこう言った。


『不遜である、羽の生えた蜥蜴よ。貴様如き雑魚に、我が友の忘れ形見は勿体ない……帰って土でも喰らうがいい』


 ――戦いは、長く続いた。

ラガラン方面でも彼に援軍を送ろうとしたが、押し寄せる深淵竜の配下によってそれは阻まれた。


 麓にも聞こえるほど、戦いの音は鳴り響いた。

空を染める業火、鳴り響く雷鳴。

そして――雄々しき遠吠え。


 やがて深淵竜の咆哮は、悲鳴へと変わり――ぱったりと、聞こえなくなった。

それを機に逃げ出した魔物たちの混乱が去り……麓から救援に向かった兵士たちはそれを見た。


 首を討たれた深淵竜の死体を睨みつけたまま、神殿の前で立つローランを。

片目、片腕、そして片足を失いながらも……彼は生きていた。

生きて、剣を支えに立ち続けていた。


 その戦いからほどなくして、神殿の中で卵は孵った。

母親と同じような、純白の美しい子龍だった。


『おはよう、小さき子よ。これにて盟約は果たされた……我も逝こう、友の元へ』


 自らを不思議そうに見つめる子龍にそう言い……満身創痍のローランは微笑んだまま事切れたという。


 その後、この登山道は彼にちなんで【ローラン登山道】と呼ばれることとなった。

今も人々が行き交うこの道は、在りし日にローランが資材を抱えて登った道である。


 今では、子龍は立派で美しい龍となった。

彼女は滅多に姿を現さないが、よく晴れた日に神殿の上空を飛行している姿を見られることがある。

それを見た者は、幸運に恵まれる……と、伝えられている。



・・☆・・



「じゃじゃじゃぁ……おも、おもさげながんすぅ……」


「イイノイイノ」


 とっても素敵な昔話だったけど、ロロンの涙腺はお亡くなりになった。

あんまり泣いて危ないので、ボクがおんぶすることになりました。

仕方ないよロロン、ボクに涙腺があったら同じようになってると思うからね!

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ロランすげぇ。 かく在りたいものだ。
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