第139話 木こり虫、護衛虫。
甲高い音が、山間に響く。
「すげえなあオイ、虫人ってのはそんなこともできるのかよ!」
「個人差デス、個人差」
目を丸くして驚いているのは……熊っぽい獣人さん。
彼の目線はボクの手元に固定されている。
よーし……もうちょいだ!
「倒レマスヨ~!」
盛大に木くずを撒き散らして……大木が揺れる。
そして、そのまま斜めに倒れ込んだ。
よしよし、いい出来だ。
「しっかしまあ、護衛のあんちゃんにそんなことさせて悪いなあ」
「イエイエ、暇ナノデ」
そう言いつつ、ボクは右手チェーンソーを空転させて残った木くずを弾き飛ばすのだった。
・・☆・・
ラガランに到着してぐっすり寝て……今日は、翌日。
一緒の部屋で起きて朝食に集まったボクらに、カマラさんはこう言った。
「予定よりも早く着いたからねえ、ちょっと作業したいんだ。季節の変わり目はまだ先で余裕があるから、4、5日はここで逗留するよ」
ってね。
あ、ちなみにベッドは大きいのが2つあって……片方がカマラさんとロロン、そしてもう片方がボクと妖精たちとなっております。
ガラッドでは皆おんなじベッドで寝てたって言ったら、カマラさんはなんとも複雑そうな顔をしていたっけ……やっぱりまずいのかな?
特にロロンとボク。
ともかく、ボクらとしては雇い主の言うことに文句はない。
そんなに疲れてないけど、しばらくゆっくりするのもいい。
あの岩盤温泉にも、もっともっと入りたいしね。
というわけで……我々は今日オフになったわけだ。
カマラさんはお部屋で仕事。
ロロンは、アカとピーちゃんを引きつれて街の見物。
ボクもそうしようかと思ってたんだけど……昨日の衛兵さん、宿の息子さんであるトラさんが訪ねてきたんだ。
実家で寝泊まりしている彼曰く、『木こりの護衛が足りない』とのこと。
それで、見るからに荒事に慣れてそうなボクにお呼びがかかったってわーけ。
1人でいいってことだったので、ボクだけ行くことになった。
もちろん、お金は衛兵隊からしっかり支払われる。
お金はあればあるだけ困らないので、ハイハイと参加することにした。
親分を働かせて自分たちだけ遊ぶのは……って恐縮するロロンには、見物用のお小遣いを渡した。
旅の間中炊事で大活躍だったんだもん、これくらいのリフレッシュは必要だよねえ。
ちなみにお小遣いを5万ガル渡そうとしたら涙目で断られました。
ロロンなら無駄遣いしないからいいと思ったんだけど……涙目には勝てない。
ボクも涙を吞んで1万ガルを……渡そうとしたら涙目を継続されたので5000ガルにしました。
というわけで、城門の所で3人の木こりさんと合流して出発。
今に至る。
・・☆・・
「アンタのお陰で調子がいいぜ。いっそ冒険者辞めて木こりになったらどうだ?」
「ハハハ……」
今いる場所は、ラガランから歩いて2時間くらいの場所にある林。
ミレドン山脈に面している、でっかい木が無茶苦茶ある場所だった。
ラガランはラーガリでも一番寒い所になるので、冬に備えて薪はあればあるだけいいらしい。
まだ春先だけど……需要はむっちゃあるみたい。
「おいミシカ、今日の帰りは重くなるぞ~」
「ギャルルゥ!」
望むところじゃい!的な声で鳴いたのは走竜ちゃん。
この木こりさん達の所属するギルドで飼ってるんだってさ。
木こりギルドなんかあるんだね~。
そうそう、なんでボクが木こりの真似事をしてるかって言うと……魔物が出ないから。
ここまで来る途中にも狼1匹出なかったし、到着してからもそう。
ボクは護衛として雇われてるから、索敵しつつボヘ~……としててもいいんだけどね。
それじゃあ落ち着かないから、許可を取ってチェーンソーを使ってたというわけ。
索敵はトモさんがいるから大丈夫!頼りにしてますよ~!
『お調子虫ですね……まあ、頼られるのは悪い気分ではないので許します』
許された!勿論ボクも油断はしないけどね!
「おーい、ちょっと休憩しようぜ!ムークさんのお陰で早めに終わりそうだしよ!」
この木こり集団のリーダーである熊の獣人、ヴァシリさんがそう声をかけると……林のあちこちから返事。
お、ボクのチェーンソー乱舞も捨てたもんじゃないね。
「その腕、ホントに働き者だなあ。魔法具で似たようなもんを見かけた気がするがよ、アレだけ便利なら買うのも手だな」
「おいおい、それ俺も見たことあっけどたしか50万ガルはしたぞ」
「向こう何年分かの稼ぎが飛んじまうなあ!」
へえ、そんな魔法具もあるんだ。
どこかの国の転生者さんが絡んでるんだろうか?
ああでも、機構なんて誰でも思いつくか……この世界、転生・転移組じゃなくても凄い人はいっぱいいると思う。
だって地球もそうだったんだからね。
「ギャルル」
「オ、草食ベル?」
そんなことを考えていたら走竜の……ミシカちゃんがぬっと顔を寄せてきた。
こうしてマジマジと見ると、結構可愛い顔してるね走竜って。
ええと、飼い葉は……あったあった。
「ハイドウゾアヒャヒャヒャヒャ!」
飼い葉をあげようとしたら腕ごとパクリとされ、その後ベロンベロン舐め回された。
舌は意外とザラザラしてないんだねえ……あ、でも涎が青臭い!
森時代を思い出す青臭さ!
「おーおー、ミシカが初対面の奴に懐くなんてな」
「お前さん、虫人が好みだったんか?」
「どうりでこの前、ワリコフの野郎が噛まれたわけだぜ!アイツ顔濃いもんなあ!」
そんなボクを見物しながら、木こりさんたちは笑っている。
仕事はキツイけど、雰囲気のいい職場だねえ。
『未経験者優遇!アットホームな職場です!……という感じですかね』
それ内情ブラックな所の求人あるあるじゃんか!
概念しか知らないけど!!
……あ、トモさん魔物いる?
『現在、探知できる範囲には何もいません。ですが油断は~……?』
しませェん!
別行動してるのに怪我したらみんなに心配かけちゃうしね!
「皆サン、ノルマハドウデス?」
淹れてもらったケマを啜り、聞く。
うーん、ここのケマも美味しい……ホントに地域で味が変わるなあ。
「問題ねえよ、この後2、3本ばかし切ったら引き上げるか」
「随分いい木が手に入ったからな、楽勝だぜ」
「帰ったら浴場の後に酒場だな!ガハハ!!」
ふんふん、調子がいいみたいで安心安心。
ボクもまたお手伝いしようかな~。
『――むっくん、北の方角に魔物の反応アリ。こちらへ真っ直ぐ向かって来ます』
安心した瞬間にこれですよ!
「魔物デス!ミシカチャンノ後ロニ行ッテ!」
木こりさんたちが素早く退避していく。
さすが、こういうのには慣れてるのかみんな動じてない。
助かる~。
『数は……3!林の奥から来ます!』
了解!それなら……!
左腕を構えて、待つ!
すぐに獣の足音が聞こえ……木陰から何かが飛び出してきた!
「ガアアアアアアアッ!!」
うわなんじゃアレ!?
額の所になんかクリスタルっぽい角が生えてる狼だ!
『結晶狼です!あの角から魔法を撃ってきますよ!』
なるほど……まずファイア!
「――ギャンッ!?」
棘が飛び、結晶狼の顔半分を吹き飛ばす!
「ガルゥウアッ!!」
おっと左からも来た!
慌てず騒がずパイル、発射!
「ギャヒンッ!?」
首元から侵入した棘が、貫通して両足を破壊!
よし、無力化!
残りは1匹……気配は奥の方からだけど、まだ来ないのかな?
ううん?なんか変な感じが……?
『……来ます!木の上!』
「ガオアアアアアアアアアッ!!」
うわわわ!?
忍者みたいに木の枝を蹴って、こっちに来る!?
「ルゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
結晶狼の周囲が歪んで、氷の破片っぽいものがいくつもこっちに!
これがコイツの魔法か!
だけど――ボクだっていつまでも弱いボクじゃないんだ!
まずは速射衝撃波で魔法を迎撃!
空中で牙を剥きだしてこっちへ来る結晶狼に狙いを定め――最後のパイル、発射ァ!!
「ッギャ――」
発射された棘は、結晶狼の腹に着弾。
体を半分に引き千切った!
「フゥ……」
深呼吸、深呼吸……トモさん、新手は?
『反応ナシです。焦らず対応できて偉いですね、むっくん』
うへへへ……まあ、そんなに強い魔物じゃなかったからね。
『あら、謙遜虫。結晶狼の角はそこそこのお値段で売れますので、回収をお勧めします……あ、食べてもいいですよ?魔石と同じようなモノなので』
ほえ~……まだ魔石の余裕はあるけど、それなら予備に取っておこうかな。
「大丈夫デスヨ~」
ミシカちゃんの方に声をかけると、木こりさんたちが戻って来た。
……今思うとさ、その持ってるクソデカアックスで戦っても結構強そうだよね皆さん。
「おー、鮮やかだなあ!助かった助かった!」
ヴァシリさんがニコニコしながら戻ってきて、ボクの肩をバンバン叩く。
やっぱり結構力強いじゃん!
「それに……オイ見ろ!仕事が終わっちまったぞ!ハハハハ!!」
あ……流れ弾になったボクの棘で木が3本くらい倒れてる。
チェーンソーよりもパイル使った方がいいんじゃなかったんかなあ?
「ムークさん、アンタは立派に仕事を果たしてくれた。後はミシカと休憩してな!」
「細かくして運ぶだけだからな!新手の魔物が来たら頼むぜ~!」
「今日は楽な仕事だったなあ!去年の新人冒険者の時なんか酷かったぜ、ほんとによお」
ヴァシリさんたちは、笑いながら物凄い速さで木を解体していく。
「ギャルル、グルルル」
「ムワワワワワ」
ミシカちゃんにベロベロされつつ、ボクは今しがたへし折った結晶狼の角を齧るのだった。
……焼いてない軟骨の味がする!