第132話 老兵、侮るなかれ。
「おい」
「ああ……行くか」
「んだな。にいちゃんにばっかり苦労はさせらんねえよ」
「ここが張り時かねぇ、命の」
・・☆・・
ボクの目の前に着地したのは、深緑色の甲冑を着込んだオークだった。
身長は3メートルに近いんじゃないか。
でっかすぎでしょ、この世界の人型魔物。
そしてその鎧はなんというか、ごっつい鉄板を無理やりぶっ叩いてなんとか鎧の形にしました!って感じ。
……そう、鉄板。
硬くてゴツくて重そうな鉄板だ。
さっきロロンの魔法や援護の矢がバンバン直撃したっぽいのに、表面にはちょいとしたへこみしか見えない。
そして武器は、手に持っている……なんだろう。
オーソドックスな剣じゃないし、斧でもない。
しいて言えば……とっても幅広でギザギザしてて、2メートル近い中華包丁、かな?
「ガアッ!!」
そんなことを考えながら、前に出る。
吹き飛んだ左手首の断面がじんじんするけど、コレはトモさんが治療してくれる合図だ!
だから、ボクを見て突っ立っているオークの顔面に向けて……右手で握った黒棍棒を!叩き付ける!!
「グゴァ!!」
ばぎん、という音。
黒棍棒は、オークが防御に持ち上げた武器に激突。
盛大に青白い火花を上げた。
――重い!ボクが片手振りっていうのもあるけど、それでもお互いに軽く振動しただけだ!
いや、これはマズ――
「ゴオオオオオオアッ!!」
黒棍棒を一瞬で弾き、翻った武器がボクに迫る!
ひやりとした悪寒を感じつつ、地面に体を投げ出す。
頭上をとんでもない轟音が通過した瞬間に、背中に魔力を込めて――隠形刃腕!起動ォ!!
伏せたままのボクの背中から展開された一対の刃が、目の前にあるオークの足首に向かう。
込めた魔力が、刀身を超振動させ――刃が両側から挟み込むように、両足首に斬り込んだ!
鉄工所みたいな音と火花が散る……うあ!なんじゃこの鎧かったい!?
斬り込んではいるけど、振動する刃はジリジリとした速度でしか進まない!!
おのれ!追加でもっと魔力を――
めぎ、と聞こえた。
「――ッグゥウ!?」
その次の瞬間には、オークが遠ざかる……いや違う!ボクが遠ざかってる!?
顔面を蹴られたのか、今!
兜が破損し、装甲が空中へ飛散してる!
いっだい!?よくもボクの素敵ヘルムを!
吹き飛ばされながら補助翼を展開し、背後に衝撃波を発射して無理やり体勢を立て直す!
足が地面に触れた瞬間にパイルオン!
地面を盛大に抉りながらボクはやっと止まっ――
「ガァ、ア!?」
胴体を飛んできた何かが貫通、した!?
何か、鋭いものが!?
『土魔法です、ロロンさんが使っているものと同じですよ』
ああ!アレね!
味方だと頼もしいのに敵に回すとこんなに痛いのか!
魔力お代わり!防御力底上げじゃあ!!
「ゴオオオッ!!」
今度は見えた!
オークの足元の土が盛り上がって、小さい矢じりみたいなのがこっちへバンバン飛んで来る!
まるでマシンガンだ!!
だけど――そう何度も喰らって!たまるかァ!!
衝撃波横スライドからの――速射衝撃波!四連!!
オークは意に介してない感じだけど……これは目くらましだ!
ボクに、注意を引き付けるための!!
「スヴァーハッ!!」「えぇーいッ!!」
オークの前の地面から、鋭く回転しながらドリルが飛び出す!
そして、背後からはミサイルの雨が!!
「――ゴオオ!?」
ダメージというより驚きだろう。
オークが吠えて動きが止まった。
そこに、駄目押しで村の方から多数の矢が撃ち込まれる。
何本かに一本の割合で、炸裂する謎の矢も混じってるみたい!
『左手修復完了。いけますよ』
やったねトモさん!じゃあボクも――腰を下ろして膝立ちになり、復活したての左腕に流す!
オークが釘付けになってる今がチャンスなんだ……むん!むん!むうううん!!
爆発してもいい!左手パイル全弾発射ァ!!
腕の装甲をバキバキにしながら、3本の棘が時間差をつけて突撃。
薄青く魔力を纏ったそれは――今も絶賛十字砲火真っ最中のオークの……お腹に順次着弾した!
当たり前のように貫通してないけど、それでも刺さった!ありがとうドリルの力ァ!!
「突ッ込ミマス!ボクノコトハ気ニセズ撃ッテ!!」
補助翼を展開。
陸上のクラウチングスタートめいた姿勢から――地面を蹴って!低く跳ぶ!!
同時に口へ放り込んだ魔石を、軽く嚙む!
衝撃波で二段、三段と加速しつつ――全力で!魔力を流す!!
復活した左手を添える、黒棍棒に!!
オークに向かって飛ぶ最中に、魔力が枯渇しかける――ガリリ!!
今しがた噛み砕いた魔石でブーストされた魔力も!全部黒棍棒へ!!
「ウオオオオオオオッ!!」
空間に青白い軌跡を刻んだ黒棍棒を、大上段から叩き付けるように振り下ろす!
ほぼ全力の魔力2回分だッ!ありがたく喰らってどうぞーッ!!
援護射撃に気を取られていたのか、防御を一瞬遅らせたオークの頭頂部に、黒棍棒が激突した。
がきゅん、もしくは、がぎん。
そんな轟音を響かせながら、特大の火花を散らして――オークの兜が、へこむ。
よし!これだけ魔力を込めれば、通用すr――
「ゴバッァ!?!?」
左わき腹に、貫通する痛み。
なんっ、どうやって!?なにが!?
――オークの足元からボクに向けて幅広で鋭い岩?の槍みたいなのが生えた!?魔法!?
そうか、ピーちゃんに投げてたのはこれか!?
「グルウアアアアアアッ!!!!」
湾曲した兜の隙間から、血走った目が見える。
大分腹が立っているみたいだ。
オークが吠えながら武器を振り上げる。
いかん、逃げなきゃ――魔法で縫い留められてて動けない!?
こうなったら体に魔力をありったけ注ぎ込んで防御を――
「「よっと」」
ボクに振り下ろされる途中の武器は、交差した2本の斧槍で受け止められた。
綺麗に、同じような角度で。
ボクの後ろから、2人が同時に突き出したんだ!
すごい!武器を完全に止めてる!?
「頑丈だなあ、にいちゃん」
横を通過する、声。
肩を揉んだおじいさん!?
なんでこっちに来ちゃったのさ!?
「アラン、合わせろ」「応」
おじいさんはボクを真ん中にして、左から。
そして右からも、もう1人のおじいさんが走り出て――息を合わせて同時に斧槍を突き出した。
「ブッグィイ!?!?」
斧槍の穂先は同時に――オークの両脇を突いた。
あんなに硬かったのに、血が噴き出るなんて!?
「ほうら、よっ!」
そして、ボクの斜め後ろにいた2人のおじいさんたちが息を合わせてオークの武器を弾く。
脇が傷付いて力が入らないのか、オークは大きく体勢を崩した。
「膝裏ァ!」「あいよ、ローガン!」
肩を揉んだ牛のおじいさん……ローガンさんが指示を飛ばし、秋田犬っぽいアランさんが後方に回り込む。
「ほうれェ!」
「ブギィイ!?」
回り込みながら、アランさんが斧槍をぶん回す。
斧の部分がオークの膝裏に激突、体勢を崩す。
「ラダン、目。メイダン、内腿」
「「応」」
洋犬っぽいおじいさんが兜を突き、よく似たもう1人が内腿に下から斧を叩き込んだ。
両方から火花が散り、オークが呻く。
「下がれ、薙がれる」
「――グルウアアアアアアッ!!」
ローガンさんが指示をした瞬間に、3人がバックステップ。
それから一拍遅れて、オークが大きく武器を薙いだ。
す、すごい……この4人、連携が的確だ!
元々同じ職場?だったのかな?
「標的を絞らせるな、穂先で牽制……にいちゃん、あんた回復魔法か何か使えるな?さっきは手首が吹き飛んでたが、今はちゃんとあるしよ」
「アッハイ」
目がいいですね……
「すまん、しばらく時間を稼いでくれ」
「「「応」」」
ローガンさんの指示に、3人がオークを囲む。
誰かが突き、オークが反撃すると下がる。
そして別の1人が突き、同じことを繰り返す。
「この隙に回復しな……ふん、練度の高い土魔法か。やっぱりなあ、アイツは『あぶれた』んじゃねえ……『攻めて』きやがった」
ボクに突き刺さっていた土の槍を検分し、ローガンさんは呟く。
「攻メテ……?」
「おう、南の森で勢力を拡大した群れから派遣されて来たんだろうな。今までに生きてきて、3回くらいは見たぜ……ありゃあ長じゃねえ、言ってみれば将軍の部下だな」
部下!?部下であんなに強いの!?
ボク完全に長だと思ってたよ!?
「こうなってみると援軍を呼んでおいてよかったな……さて、にいちゃん……動けるかい?」
「ハイ、ダイジョウブデス」
『寿命を墓場に送って回復、ターンエンドです』
人の寿命をカードゲームみたいに……!
「ガアアアアアッ!!」
「おっとと……ローガン!そろそろキッツイぞ!」
「もうちょっと待ってろ!……よし、そんならやろうぜ」
ローガンさんが斧槍を持ち上げて首を回す。
「アンタの肩揉みのお陰で快調だがな……俺達の武器じゃアイツの鎧を貫けない。関節を狙えば失血死くらいはさせられるかもしれんが……たぶんその前に体力切れでこっちが死んじまう」
オークを囲んでいる3人のおじいさんたちを見る。
軽快に捌いているように見えるけど……よく見たら息が上がり始めてる!
「あの鎧、純粋な防御力も高いが魔法への耐性もありやがる……その、よくわかんねえアンタの棍棒が頼りだ」
よくわかんない棍棒!?
……うん、よくわかんないな、正直。
「作戦は簡単だ。俺達が注意を惹きながら戦うから――全員がくたばる前に、その棍棒でアイツを殴り殺せ」
……責任!重大!!