第129話 出たな!美味しい魔物!……あれェ?
トモさんが鋭く注意したすぐ後、村のどこかから音が聞こえてきた。
なんかこう、木をハンマーで叩いてるような音。
リズミカルというか、一定の法則で聞こえる。
カンカンカン、カーン、カンカン!って感じ。
「こらいかん。メーメル婆さん、子供らを頼むよ」
「はいはい」
アカとピーちゃんにお芋をあげていたおじいさんがすぐに立ち上がった。
かと思うと、さっさとどこかへ行ってしまう。
他のご老人も、早歩きで家の方へ。
い、いったいこれは……?
とにかく、黒棍棒くんカムヒア!
「参ったね……こりゃ、今晩はここに泊まりになりそうだ」
広げていたタリスマンをさっとしまい、カマラさんがぼやく。
「警報でやんすね、これは」
ロロンもいつの間にか槍の穂先を握っている。
「ふみゅう……なに、なぁにい?」
子供たちと一緒に眠りこけていたアカが起きてきた。
子供たちは、メーメル?さんが抱き上げている。
結構な力持ちさんですね、お婆さん。
「警報?」
「んだなっす、南の外壁の方でやんすね。ここいらは盗賊はほぼいねえはずだから……魔物でやんすか」
ああ、そう言われれば映画とかで見たことがあるかも!
「そうさ、ここいらはラーガリの南端。距離はあるけど、【戻らずの森】があるからねえ……おや、ムークちゃんも行くのかい?」
「エエ、気ニナルノデ」
ここ、ご老人ばっかりだもん。
もしも魔物が多いようなら、ボクにも何かできるかもしれない。
「そうかい、アカちゃんとピーちゃんは私といな。特にアカちゃんは寝起きだからね」
「ふみゅ~……」『ムークさん!アカちゃんは任せてね!』
アカはカマラさんの膝の上で丸くなり、ピーちゃんは滞空しながらチュンと鳴いた。
「ワダスはお供しやんす!」
ロロンは槍の穂先を柄に合体させ、目を輝かせて立ち上がった。
うん、頼もしいや。
「行ッテキマス!」
「あいよ、気を付けてね」
広場に残るカマラさんに頷き、ロロンと一緒に行くことにした。
・・☆・・
「おう、虫のにいちゃんじゃねえか。見物かい?」
「心配しねえでも大丈夫だよ、あの妖精ちゃんたちと一緒に待ってな」
「……ハ、ハア」
なにこれ。
「うっし!……ああ、足に当たったな、半矢にしちまった」
「ハッハッハ!歳は取りたくねえやな!」
「うっせえ!おめえだって腕に当てたじゃねえか!」
えっと……なにこれ。
「だらしないねえ、爺さん連中は――ッハ!」
「おお~!やるなあヤンヤル!」
「昔取ったなんとかってやつだあな!」
村の南側、その外壁に面したところに見張り台があった。
内側から外を見れる的なやーつね。
横長で、壁の内側から並んで弓を使えるような感じだ。
骨組みは石でできてて、頑丈そう。
んでんで、そこにはおじいさんおばあさんが何人かいたんだ。
いたんだけどさ……
「い~い音でがんす!上物でやんすね~!」
ロロンがキラキラした目で見ている先。
そこにいる方々は……その、全員デッカイ弓を持ってるんだ。
「負けねえぞ~……ホイ!」
ばつん、と音。
そのデッカイ弓から、やっぱりデッカイ銛みたいな矢が飛んだ。
「ピギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?」
「ハッハー!!どうでえ!見たかよ!!」
外側から、なんかの悲鳴が聞こえた。
「ミンナ、凄イ……」
なんであんなに強そうな弓が引けるん――ヒィイッ!?
よく見たらおじいさんもおばさんも腕ムキムキじゃん!?
ゆったりした服着てたからわかんなかったよ!
今、弓を撃つから袖をまくっててよくわかる!
「綺麗な身体強化魔法でやんす!なんともはあ……」
ロロンが感心しているけど……なるほど、身体強化魔法か。
獣人さんはみんなソレが得意だって言ってたよね。
「おーい、見物ならこっちへ来な。こっちこっち」
あ、キツネのおばあさんありがとうございヒィイッ!?
なんですかそのクソデカクロスボウは!?
クジラでも獲るんですか!?
「黒オークでやんす!」
「ア、懐カシイ」
おばあさんに手招きされて、ロロンと一緒に見張り台へお邪魔した。
そこから見える景色は……街道と、草原と……それからこっちへ無茶苦茶ダッシュしてくる黒い豚怪人。
黒い森で見たことのある、黒オークだ。
「盛りの時期だからねえ。【戻らずの森】からあぶれた連中だろう――ねっ!」
ばずん、とおばあさんがクロスボウからボルトを放つ。
「――ギャボッ!?」
そのボルトは、草むらから顔を出したオークの喉に命中。
一瞬で無力化された哀れなオークは、白目を剥いて倒れ込んだ。
す、すごいや……50メートルは離れてるぞ。
「盛リ?アブレタ?」
「おら、アンタ知らないのかい。ちょうどこの時期はオーク共が繁殖するのさ」
繁殖……たしか、オークって他の種族でもその、孕ませられるんだっけ。
どうなってんのさDNA。
「強いオスはね、メスのオークと子作りできるんだけどね。オークって連中はメスの数が少ないのか、毎年こうしてあぶれたオスが他の『メス』を探しに来るの――さっ!」
ばづん、と第二射。
「ギャッアアァ!?」
今度は新顔の顔面に命中、刺さるどころか貫通した。
ヒェエエ……
「ネーラばあさんよ!こっちにも回しとくれ!」
「ハッハ!早い者勝ちだよォ!アンタは昔っから狙いすぎるんだ、こういうのはさっと狙って……」
キツネのおばあさん……ネーラさんは、笑いながらクロスボウに次弾を装填。
あの、それって足をかけてグイッてやるんじゃないの!?
なんで腕で出来るんですか!?
「――サッと、撃つもんさァ!!」
第三射。
「――ブゴッ!?」
オークは片目どころか目から上が吹き飛んだ。
「腹は狙うんじゃないよ!後で綺麗にすんのが大変だからねえ!」
「わかってらァ!久方ぶりのオーク肉だ、来年の分まで干してやろうぜ!」
反対側のおじいさんが矢を放った。
「ッガッ!?!?」
おお、今度は首に直撃!
なんかもう慣れてきたよ、この状況に。
『さびれた村かと思っていましたが……よく考えれば、魔物の領域に隣接している村の住人ですものね。弱いわけがありませんね』
たしかにそうだね、トモさん。
「じゃじゃじゃ!ほんに、大した腕前でやんす!里をば思い出しまっす!皆さん、どこでそれほどの弓をお習いに!?」
ロロンの質問に、ネーラさんは正面から視線を外さずに笑って言った。
「なんてこたあないよ、アタシらは元々衛兵やら傭兵、それに冒険者あがりさ。国から給金貰ってここに住んでんだよ……息子や娘も、方々の街で『出稼ぎ』してるよ」
ああ、出稼ぎってそういう……国から給料!?
こんなお年でそれって、さぞかし現役当時はすごかったんだろうね……今でも十分すごいけども。
「ジャア、ヨクアルンデスネ……コンナコト」
「毎年毎年ね。一番多いのはコボルト、次がオーク、滅多に来ないけどオオムシクイドリとかもね」
オオムシクイドリ!!
おのれ、ボクとアカの仇ィ!!
「まあ、そういうわけでここじゃ慣れっこなのさ。カマラちゃんだって慌ててなかったろ? 加勢は必要ないから、そこでこれ飲んで見物してな」
す、と片手で差し出されたのは……ケマ入りのポットだった。
あ、よく見たらそこら辺にカップとかもある。
小さいテーブルまで備え付けられてるんだ……本当に慣れっこなんだな、これ。
「いただきやんす!」
ロロンが乗り気なので、ボクもご相伴にあずかろうか……慣れちゃった、死体のある環境で飲食するの。
これが職業病ってやつであろうか。
『違うと思いますよ』
ですよね~。
・・☆・・
「……ゴーラの爺さんよ。こいつはちょっと……うまくないねェ」
「んだな。今年は当たり年か」
それからも、ご老人の容赦ない射殺ラッシュは続いた。
続いたんだけど……
「伝令魔法は?」
「ゲモルの婆さんがやってくれてるだろ。矢が尽きる前に終わってくれりゃいいがな」
全然、オークが減らない。
今この瞬間にも、草原の背の高い草むらからバンバンダッシュしてくるんだ。
いくら何でも多すぎない?今の会話も不穏だしさ。
「アノ、当タリ年ッテイウノハ……?」
今も1体を射殺したネーラさんに聞く。
「ああ、さっき森からオークがあぶれるって言っただろう? いつもはオスが散発的に来るんだけどね……たまに!」
さらに一射。
遠くでオークが倒れた。
「たまにねえ……『群れごと』あぶれることがあんのさ。元々少ないオークのメスが、さらに少ない時は、ね」
……ボクの虫生!こんなんばっかりか!!