第122話 真面目に、お勉強虫。
「オオ……凄イ」
宿の食堂、そこのテーブルに……地図が広がっている。
「ワダスのものより、大分詳しいでがんす!」
ボクの隣に座ったロロンが言うように、その地図はかなり精巧なものだった。
「イインデスカ?コンナモノ見セテモラッテ……」
振り向いてそう言うと……クラッサさんはニコリと笑った。
「ラーガリとトルゴーン間のモノですしね。この二国間は有史以来、敵対関係になったことはありませんし……ムークさんも攻め込むつもりはないでしょう?」
「ソリャ、ソウデスケド……細カイ地図ナンテ貴重デスヨネ?」
お昼ご飯を食べ終わった後、ロロンの地図でこの先の道程を確認してたんだ。
そしたら、クラッサさんがどこからかこの地図を持ってきてくれたってわけ。
いくらカマラさんが道を知ってるって言っても、ボクらが何にも勉強しなくてもいいってわけじゃないもんね。
「衛兵隊時代のものですよ。街道の警備や魔物の討伐で、何度もトルゴーンに行きましたし」
ああ、なるほど。
「私も、休憩ついでにご説明いたしましょう……よろしいですか?」
ボクらの反対側に腰かけるクラッサさん。
いやいやいや、いいなんてもんじゃないよ。
「ソウシテモラエタラ、アリガタインデスケド……」
「んだなっす!えがんすか?」
「問題ありません。皆さんにはお世話になっていますしね」
お世話……お世話?
むしろボクがお世話になりっぱなしなんですが?
『アカちゃんとピーちゃんのお陰ですね』
そうでした!
今は宿の上空で遊んでいるであろう、あの2人のお陰でした!
トモさん、2人は大丈夫?
『モニタリングしているので問題ありません。今は……野良キャットと一緒に屋根の上でお昼寝していますね』
何故野良猫と言わないのか……まあ、平和そうでよかった。
「ではまず、ここがガラッドです」
クラッサさんが指を差す。
うん、これはロロンの地図でも見慣れたところだ。
「トルゴーンへは、街道を真っ直ぐ西へ……」
つつ、と指が動く。
小さな街らしき記号を何個か通過し、止まる。
「ここからトルゴーンまでにある大きな街は1つ、国境の街【ラガラン】ですね。この街よりも規模は小さいですが、一通りのモノは揃っています」
ふむふむ……
「ここを越えると、すぐに【ミレドン山脈】に入ります。ラーガリ南端からは、長く緩やかな登りになっていて……」
また指が動く。
「登り切った所に、峠の詰所があります。ここにはラーガリとトルゴーン双方の兵が駐屯していて、ちょっとした宿場町になっています」
山小屋って感じじゃないね。
地図に書いてあるのは、城塞みたいな絵だし。
「この後はまた緩やかな下りが続きます。それを降り切った所に所にあるのが守門の街【ガドラシャ】です」
トルゴーンは、東西を山脈に挟まれた盆地みたいな空間にあるみたい。
でも、標高はラーガリよりもちょっと高いみたいだね……
というかアレだ、【ミレドン山脈】の真ん中に国がある感じ?
でっかいでっかい火山の火口みたいだねえ、この立地。
スケールが大きいや。
「ここから、大きな街道が2つに分かれます。1つは北西に向かう【首都街道】、もう1つは南端を通ってマデラインに続く【南端街道】です」
ふむふむ、ふむ。
「ムークさんたちはカマラさんの護衛で【ジェストマ】に向かわれるんですよね?それでしたら【首都街道】に入って……」
指が街道をなぞる。
「途中にある三叉の街【ルアンキ】、ここで西の街道に入るといいです。ここは3つの街道が合流する要所ですから」
なるほどねえ。
今までの旅は田舎道ばっかりだったけど、今度は結構大きい街道を行くことになりそうだ。
「それで……到着です。首都【ラグレス】に向かうにはいったん戻るか、それとも【ジェストマ】から北上して……鉱山の街【フルット】を経由してもいいですね」
2ルートあるってことね。
むーん……その時になったらまた考えるけど、来た道を戻るよりも北上した方が楽しそう!
「何か、気を付けることはありやんすか?」
ロロンの質問に、クラッサさんがしばし考える。
「ふむ……やはり山脈の登山道でしょうか。特に登りは魔物も多いですし、緩やかとはいえ途中から雪山になりますから」
「出る魔物は、どげなもんでやんしょ?」
「私が行軍した時は……そうですね、【ヒリュウモドキ】と【イワモドキ】がよく出ました」
モドキ!モドキがまた出た!!
やだもうこの世界の命名法!!
「じゃじゃじゃ……まだ見たことのねえ魔物でやんす」
ロロンも砂漠の出だからねえ。
「【ヒリュウモドキ】は、簡単に言うと羽の生えた地竜です。空を自由に飛ぶほどの能力はありませんが、滑空して襲い掛かってきます。中には氷系の魔法を行使する個体もいますので、思わぬ手傷を負う可能性があります」
ひえっ。
地竜かあ……倒せるけど、群れでくるから面倒なんだよね。
「【イワドモキ】は見た感じは大岩に見える虫の魔物です。外皮が硬いムカデ型で……普段は岩に見える体節を1つだけ地面に露出しています。獲物が近付くと、地中から這い出して襲って来ます」
「じゃじゃじゃ、砂漠にいる【ガンセキモドキ】によぐ似ておりやんす!」
またまた出た!!
「ああ、それとほぼ同じと思えばいいでしょうね。隊の仲間に魔物学に詳しいものがいて……彼女曰く、近縁種だと思われているようです」
……この世界、無茶苦茶な生態の魔物とか多いだろうし図鑑作る人は大変だなあ。
「対処法もさほど変わりはありませんよ。背中の甲殻をハンマーなどで叩き割るか、ひっくり返して柔らかい腹を突くといいでしょう……あ、ですが中には毒を飛ばしてくる個体もいますので、注意が必要です」
中々に修羅場だねえ、登山道も。
「一応お耳に入れておきます、10年ほど前には【ヘカトンクロプス】が確認されていたという情報もありますが……まあ、無視してもいいでしょう」
「じゃじゃじゃ!?」
ロロンが驚愕している。
「アノ、ソレッテ強イ魔物デスカ?」
なんにも知らんからね、ボク。
トモさんペディアに頼ってもいいけど、現地の人に聞けるなら聞いておいた方がいいと思う。
『むう……誇らしいような、残念なような……二律背反ですね、これは』
さいですか。
「ムークさんが倒した黒曜ゴーレムの……およそ二倍ほどの身長の巨人です。強靭な手足に加え……背中に少なくとも4対の附属肢を持ちます。膂力もさることながら、手足を使って縦横無尽に素早く移動しますし、なにより知能が高い厄介な魔物です」
「ヒェ……」
なんだその化け物!?
物騒な千手観音ですね!?
「加えて魔法にも長けていて、土系・氷系を熟練魔術師クラスに使いこなします。今はもういないとは思いますが……接敵した場合はとにかく逃げることを第一にお考え下さい。ムークさんやロロンさんの力量がどうこう、という話ではなく……通常は軍隊が討伐する魔物ですので」
きっとしよう、そうしよう。
もし出会ったら……ロロンとカマラさんを抱えて魔力が尽きるまで飛んで逃げちゃる!
「ワカリマシタ」
「引き際をわきまえるのは戦士の鉄則ですよ。さて……主だった脅威はこのあたりでしょうか」
クラッサさんはそう言うと立ち上がり、謎の魔法具の上に乗せていたポットを持って帰って来た。
あ、湯気が見えるってことは……アレってコンロみたいな感じなんかな?
「もちろん他にも魔物はいます。今言った箇所以外も油断なさらぬように……この辺りでは盗賊や山賊の話もとんと聞かないので、ならず者については気にせずともよいでしょうが……」
「ラーガリは安定していていい国でがんす! ワダスの在所には人攫いも盗賊もよぐ出ておりやんした!」
前にも聞いたけど、ロロンの故郷はサツバツとしてるねえ……
「他にも何か、聞きたいことはありますか?」
ということなので、ボクは前々から気になってたことを聞くことにした。
「アノ、直接ハ関係ナインデスケド……」
ラーガリの南端より、さらに南方面に指を置く。
「コノ先ッテ、何ガアルンデスカ?」
ラーガリというか、この小国家群の南側ってずうっと森の表記なんだよね。
この先に行くと海に出るんかな?
ここがどんな大陸なのか、全然わかってないし。
「ああ、ムークさんはご存じないのですね……この深い森は【戻らずの森】と呼ばれています。【帰らずの森】よりも深く、奥へ行くほど強力な魔物が出没し、厳しい自然環境があります」
はえ~……そんなことになってるんか。
一生近付かないようにしよ。
用事ないし。
「そしてこの森を越えた先に――【南ノ魔国】があります」
……なんじゃとて?まこく?
「四方四魔王が1人、【南哮王】が治めている国ですね」
四魔王!!
転生してすぐのころにトモさんに教えてもらった存在だ!!
「【帰らずの森】の奥にあるエルフの国以上に謎が多く、『ある』という情報以外は私にはわかりかねます。バレリアならもう少し詳しいでしょうが……どちらにせよ、相互不可侵というかそういう状態なので、ほぼ付き合いはありませんね。敵対も今の所しておりませんし」
ホッ……ならいいや。
魔王なんて物騒なの、この虫生が終わるまで関わりたくないもん!
ボクは明るく楽しく異世界を楽しみたいんだ!!
『あまりそう言っていますと、フラグが乱立しますよ?』
……この話題は未来永劫出さないことにしよう!そうしよう!!
「他には何かありますか?」
「しぇば、旅装の相談ばしてえのす。今氷原猪の毛皮ば使って防寒具をこさえておるのでやんすが……」
旅の準備物について打ち合わせする2人を見ながら、とりあえず暖かいケマを飲むことにした。
クラッサさん、流れるように注いでくれたね……ズズズズ。
うまうま~……
『激突!魔王対謎虫!……とは、なりませんでしたか』
なりませんですことよ!?
そんなことしてたら寿命が何万年あっても足りない気がする!
そもそも、『グワハハハ!世界は俺のモノじゃ~!!』って感じの魔王さんじゃないっぽいし。
クラッサさんもそんなに脅威だと思ってない感じだったしね!
『そうですね、特に南と西の魔王は穏健派だと言われておりますし』
……北と東は?
『人間の国がなにかやらかしたらしくて、現在進行形でバチバチの冷戦状態です。まあ、小国家群と南の帝国は関係ありませんけど』
ろくなことしないな、人間さんの国。
ちょっとは【ロストラッド】山田さんを見習ってほしいよ。
『あくまで噂ですが、初代イチロウ・ヤマダの妃の一人に魔国関係者がいたらしいですよ?』
ヤマダさん!?
なんというか……色々すごいね!?
ハーレムキングだ……!!
『胸が大層大きい褐色のエルフ種だったとか、腕が6本ある下半身が蛇の魔人であったとか色々噂がありますね』
もう何も言うまい。
山田さんは、凄い。
それでいいじゃないか、うん。
ターロあたりに聞いたら逸話とか色々聞けそう。
あいつ、そういうの好きそうだしね。