第114話 夢。
「ジャア、頼ムネ」
野菜とお肉がゴロゴロの美味しいスープを食べ、夜っぽくなってきたころ。
「お任せくださっしゃい!ムーク様のご安全ば、ワダスがしっかりお守りいたしやんす!」
「アカも!アカも~!」
テントの中で、両手をムンって感じでポーズするロロン。
そして、彼女の頭の上で同じポーズをとるアカ。
……どうしよう、頼もしいよりもカワイイが勝っちゃう。
ま、まあいいや……
「サテ……」
バッグの中から、魔石専用の袋を取り出す。
更にその中から、別の袋を。
ざらっとした感触は普通の魔石とおなじだけど、色の濃いそれを手に落とす。
山みたいな化け物カメさんの魔石……ボクが倒せるようになるのはいつだろうかね。
……できれば出会いたくないまである。
トルゴーンに行った時は気を付けよう、エンカウントしないように。
「アング」
がぎん、がぎぎぎ。
……かたい、とても。
い、今まで食べたどんな魔石よりも硬い!?
ふんぐぐぐ……!こんちくしょうぅ……!!
なにこれ、これが噂のオリハルコンってやーつ!?
『魔力を頭部、というか歯に集中してください』
魔力を摂取するのに魔力を使うのか……!
む、むん!むん!むん!むぅうううう……!!
『頑張れ頑張れむっくん、ファイト、ファイト、むっくん』
むしろ力が抜けちゃうからやめてくれませんかね!?
可愛い応援しちゃったからにぃ!!
魔力を……レールガンを撃つ時みたいに額に向けて移動……させる途中でキャンセル!
歯だ!歯に集中!集中ぅ……!!
『ふれっ、ふれっ、むっくん! かっとばせ、かっとばせ、むっくん!』
ここは甲子園じゃないんですけど!
高校球児虫にクラスチェンジさせる気ですか!?
うおぉお……頑張れボクの素敵な四枚歯ァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!
――ばぎん。
あっ、噛み切れた。
これで……これ、で、え!?
――まっずゥ!?
この魔石むっちゃまずい!?
長時間日向に放置した牛乳みたいな味がする!?
ウボェー!?!?
ちょっとォ!?
魔石って無味無臭じゃないんですかうえぇええぇぇぇ……!?
あうう、飲み込めないくらいマズイ!!
「マッズ……ゥウ!?」
思わず声に出るくらい不味いよう!
まず――う――アッ……
どくん、ときて……次の瞬間にはもう、真っ暗になった。
・・☆・・
『……で……の……が……』
夢だ。
夢を見ている。
『……の……らひ……よ……』
綺麗な声がする。
いや、これは歌声だろうか。
『……の……さ……ふ……』
ひやり、と手が頬に触れた。
真っ暗だった視界が、一気に開けた。
『……あは、ういやつよ』
この光景は異世界、じゃない。
真っ赤な紅葉が散らばる石畳。
等間隔で立つ灯篭。
視界の隅には、綺麗な板張りの床。
……概念だけは知っている、神社の境内みたいな場所にいる。
『ねがおも、よいの。おきていても、ねむっていても、よい』
……どうやらボク?の体は横になっているみたい。
そして、頭に柔らかくてちょっとひんやりした感覚……
誰かが、ボクを膝枕してくれているようだ。
『おぬしだけ、おればよいのに』
ころころと鈴が鳴るような、声。
……むむむ、これは以前見たホラー夢と同一の世界観なのかな。
前と同じように動けないけど、この夢だと視点は人間っぽい。
夢の中のボク?は眠っているようで、変な感じだけど。
これって、ボクの過去なんだろうか。
ぶる、と視界が揺れた。
ボクの体が身振るいしたみたい。
見た感じ秋の夕暮れっぽいもんね、そりゃちょっと寒いか。
『こまったの。かぜなどひかせるのはあわれじゃが……このままずうとみておりたい』
ボクを膝枕している人は、困ったように笑っている。
誰なんだろ……えらく時代がかった喋り方だけど、声質は子供っぽいや。
太腿の感触も、柔らかいけど大人って感じじゃない。
そんな時だった。
『―――なんという、なんということを!!』
なんというか……そう!神主さん。
神主さんみたいな服を着たオジサンが、ダッシュでやって来た。
む、無茶苦茶キレてる……!
『起きろ!痴れ者が!そこはお前のような薄汚い者がいてもよい場所では――!!』
殺されるんじゃないかってくらい怒ってるんだけど……
起きろ!起きろボクのバディ!
どんだけ熟睡してんだよ!このままじゃ殺されちゃうぞ!!
『――え、あ?』
ボクに一族郎党皆殺しにでもされたみたいに怒ってたオジサンが、何も無い所に躓いて倒れた。
紅葉で足を滑らせたのかな?
怒り過ぎてうっかりさんだったんだね――
いや、違う。
足が滑ったんじゃない、あれは……
――足が『ない』んだ。
さっきまであったオジサンの両足が……初めからなかったみたいに、消えている。
膝の、ちょっと上くらいから。
『いぎ、あ、おあ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?』
オジサンが悲鳴を上げると、思い出したように両足から大量の血が噴き出した。
ひ、ひぃいい……やっぱりスプラッタじゃないか!この夢も!!
ボクの前世かなんか知らないけど、血生臭すぎませんか!?
『禰宜!?っひ!?な、なにが――』『きゅ、救急車!救急車ァ!!』
悲鳴に気付いて、神職みたいな恰好の人たちが走ってきた。
あ、後ろの方に巫女さんもいる!
やっぱりここって神社だったのか。
『いったい、一体何が……』
『おおい!縛るものを持ってこ……う、ぐ!?おぼ、がはぁ!?』
若い神職さんが、オジサンの体を見ていきなり吐いた!?
ちょっと!グロ耐性無さすぎでしょ!?
ボクは異世界ですっかり慣れたけどね!
『く、腐って……!?なん、何故、っひ!?ま、まさか……!?』
吐かなかった方の神職さんが、ボクの方を見た。
いや、正確には『ボクの上を』見て……いきなり両目から鮮血を噴き出したァ!?
なに!?何が起きてるの!?何がァ!?
『っみ、見るな!見てはならん!宮司を、宮司をすぐに――』
『しかし禰宜に、権禰宜が――』
『どの道助からん!あの3人はもう駄目だ!!』
えぇええ……オジサンと、神職さん2人はそのまま放置されたよ。
うっわ、吐いてた方のお兄さん……ゲロじゃなくて血を吐いてる……!
どういうことなの……何もわからなさすぎて冷静になってきたよ、ボク。
これってやっぱりボクの前世とかじゃなくて和風グロホラー映画なんじゃないの、マジで。
『わらわと、あやつら』
あ、また冷たい感触。
頭を撫でられた……きもちい~。
この感じだとこの体、髪の毛生えてるんだね。
しかも結構長い……ボクって女の子だったんかな?
いや、これが前世とは限らないけどさ。
『まことに』
その手はそのまま、寝ているボク?の手を握った。
いとおしそうに持ち上げられたボク?の小さな掌には……深い傷が何本も刻まれていた。
う、うわ。
なんだこれ、虐待でもされてたの、ボク……?
『おぞましきは、どちらかの』
そのまま手は持ち上げられて……冷たい、感触。
これ、上の人の頬の感触かな。
柔らかくて、冷たくて……とっても優しい感触だ。
『そこのもの、いかしてやる』
その声に、血を吐いていた神職さんが反応した。
……今見たら、最初のオジサンも目から血を出した神職さんも……多分死んでる。
『つたえよ、みなに』
『っひぃ、ひひ、は、はひ……!』
吐いていた血が止まった神職さんは、絶対にこちらを見ないように土下座している。
物凄く震えてる……一番震えてる時のロロンの百倍くらい。
『――このこに、がいなすものは……くびりころす、だれでも、の』
綺麗だけど、とっても怖い声になった。
随分気に入られてますね、ボク(推定)
『――御意に!御意に!ございますぅ!!』
神職さんは、涙とかその他いろいろな液体を垂れ流しながら土下座している。
この上の人、一体何者なんだろ……
あ、手が戻ってきた。
そして、また頭を撫でられる。
うーん、やっぱり気持ちいいや。
『――ふふ、よいかおでわらう……ういやつ、ういやつ』
さっき神職さんに向けたのとは全然違う声色で、その人は何度も何度もボクの頭を撫でてくれた。
いるかどうかもわからない、母親のような感じだった。
・・☆・・
「ウニャム……」
目を、開ける。
……テントの天井部分と、そして天井の飾り紐に捕まって揺れているアカが見えた。
視界がおかしいのは、毛布の隙間から見ているからかな?
「おきた!おやびん、おやびんおきた~!」
ボクを見て目を輝かせ、外に飛び出していくアカ。
うお、まぶし……朝か。
それにしても……変な夢だったなあ。