第112話 宿に戻って、日が暮れて。
「オ世話ニナリマシタ」
「もう出ていくのかね。あと10年くらいいてもいいのだが……?」
「ソレ衛兵隊ジャナイデスカ、モウ……」
ゲニーチロさんたちがお国に出発してから、明けて翌日。
ボクは、本気なのかそうじゃないのよくわからないバレリアさんに挨拶をしている。
ちなみにボクらだけだ。
ターロたちは治療の為にもう何日か泊まるんだって。
……お腹にグサー!されたボクよりも、骨折のターロの方が長いことかかるなんてね……
つくづく、魔石ボリボリで回復できるステキなむしんちゅでよかったよ。
「魔力の循環は治ったとはいえ、しばらくは養生することだな。いくらキミが常識外れの回復能力を持っているとしても、だぞ?」
「オット……ハイ、気ヲ付ケマス」
指で兜をつんつんされた。
こういうことされると、バレリアさんが親戚のおねえさんみたいな感じだね。
親戚のおねえさんという概念は知ってるけど、例によって記憶はなぁい。
「鎮魂祭が終われは人も減る。ゆっくりとガラハリを満喫するといい……ではな」
「おねーちゃ、さいなら、ないなら~!」
ボクの肩に乗っていたアカが飛び、バレリアさんの頬にキスをした。
すっかりマイブームになってらっしゃる……ボクなんかキツツキくらいされてるよ、あれから毎日。
ポコさんとブンブクさん……なんてことを教えてくれたんや……
まあね!カワイイから別にいいけどね!!
「ンフフ、かわいいキスだ。ではお返しを」
「きゃーははは!あははは~!」
バレリアさんもアカにキスを返す。
なんて微笑ましい光景なのだ……
「ホラきみにも」
「ムワーッ!?!?」
ボクはいいですから!いいですから!!
あーっ!なんかスッゴクいいにおいするゥ!?
「フフン、唇に欲しければ夜中に忍んで来るといい」
……無理でしょ。
トキーチロさんの配下も全員とっ捕まった警戒網なんですから。
そもそも行く気もないけれど。
ないけれど!!
「お、大人の魅力でやんす……ワダスもいつか……!!」
ロロン!アレは参考にしちゃ駄目なタイプの大人の魅力だから!だから!!
あ、でもアルマードさんって無茶苦茶背が高くなるんだっけ……?
む、むうう……ロロンもいつかセクシーになるんだろうか。
先が楽しみ、っていうのは……セクハラ?
『ギルティ虫!』
セクハラだった!?
もう言いません!!
・・☆・・
「お帰りッ!!なさいませッ!!」
圧が、強い!!
……北街から東街の【妖精のまどろみ亭】に帰って来た。
かなり遠くから、アリッサさんが宿の前に立ってるのが見えて……近付くなり、この状態だ。
東街中に響いてるんじゃないかってくらいの、大声で挨拶。
「たらいま、たらいま~!」
「にゃひゃあん!?!?」
目をギラギラさせてボクらを迎えたアリッサさん。
その彼女は……アカのほっぺたへのキスで目を白黒させて地面に倒れ込んだ。
うわあ……受け身も取らずに……
「ちょっと!玄関前で何騒いでんのアリッサ!お客さんが逃げちゃうでしょ――」
「んちゅちゅ~」
「おっほ!?!?」
あああ……飛び出してきたクラッサさんも同じようにキスされて倒れた!?
どうすんのコレ。
宿の従業員が2人とも昏倒したよ。
「あれ~?なんで、なぁんでぇ?」
キスした2人が昏倒したので、アカはほんの少し悲しそうに首をひねっている。
『あのねえ、その2人は嬉しすぎて倒れちゃったんだよ。刺激が強すぎたんだねえ』
ちょいと離れていたので念話で補足。
『うれし、うれし~?』
『そそそ、2人ともアカが大好きだからねえ』
もう病的なくらいね。
『あ、でもアカ。いきなりチュッチュするのは今度からやめなさいね、ビックリしちゃうから』
可愛さの化身みたいなアカだけど、そういうところはしっかり教育せんとねえ。
「あい~!」
アカは納得したようで戻って来た。
「……トリアエズ、運ボウカ、ロロン」
「んだなっす」
このままだと宿で何らかの事件が発生したって勘違いされそう。
さっきまでいた所の衛兵さんたちが飛んできちゃうよ。
えーと、ボクはクラッサさんを運ぼうかな。
大きいからロロンには大変そうだしね。
『おやびん、おやびん』
『はいはい、なんでしょ』
肩に乗ったアカが、ちょっと不思議そうにボクを覗き込んできた。
『おやびん、たおれない。アカのこと、あんまりすき、じゃなーい?』
――ムムムッ!!
『大好きに決まってるじゃないの! ボクはおやびんだから耐えられてるだけだから!普通の虫だったら体がドッカーンってバラバラになってるからね!!』
『ほわぁ……おやびん、しゅごーい!!』
ホッ。
アカが満面の笑みになった。
好き=倒れるっていう図式は後で修正しておこうね……この姉妹がアレ過ぎるだけだからね……
『なんですか、この毒にも薬にもならない会話は……』
毒にも薬にもならんけど、愛があるので大丈夫ですよ~!!
「――ッハ!?今のは夢!?夢なのっ!?」
あ、食堂まで運び込んでソファーに安置していたアリッサさんが起きた。
さすがに受付前に転がしておくのはちょっとね。
ちなみに、クラッサさんはソファーの上で幸せそうに昏倒したままだ。
いい顔しちゃってまあ……
「ドッコイ、現実デス。ウチノアカガスイマセン」
「ごめんね、ごめんね~?」
ボクと一緒に頭を下げるアカ。
それに対し、アリッサさんは目を見開いた。
「とんっでもありませんよう!一生の思い出にしますよう!!」
……さすがというべきか、なんというか。
平常運航だなあ、アリッサさん。
「ッハァ!?ゆ、夢!?幸せな夢っ!?」
クラッサさんも起きた。
こういうとこまで、姉妹でそっくり……
「落ち着きやんすぅ……」
「おちつく、おちつくぅ!」
「ソウダネエ……落チ着クネェ……」
『お部屋は以前のままですよう!存分にお寛ぎくださいませっ!!』と、復活したアリッサさんに言われて……部屋に戻って来た。
体を軽くタオルで拭き、埃を落とし……ボクらは、3人でベッドに寝転がっている。
視線は天井……あ、あそこの木目がソフトクリームに見える……
この世界ってアイスあるんかなあ?
アカにも食べさせてあげたいなあ……今度果汁を凍らせて……そんな魔法使えなかった!!
『マデラインではポピュラーなお菓子ですね。あそこは水や氷の魔法が得意な方々がいらっしゃいますし』
……今この瞬間に、絶対マデラインに行くことを決定した。
『氷を作る魔法具もありますよ。大体の相場は30万ガルからですが』
お金も稼ごう、そうしよう。
魔物という魔物をコロコロしてやるのだ……!!
「衛兵隊の方も、よくしていただいたし……下にも置かねえ扱いば受けやんしたが……こごに来たら、肩の力ば抜けやんした……ふわぁあ……」
あら、かわいい欠伸。
「修羅場続キダッタモンネ、仕方ナイネ……」
まさか街を揺るがす陰謀に巻き込まれて、さらにお腹がギャボー!!ってなると思わんかった。
このむっくんの目をもってしても……!
『大分節穴虫ですよね、むっくんは』
なんだとう!?
トモさん!それはさすがに……うん、その、まあ……部分的にはそう、かしら~?
『素晴らしい自己認識です。トモさんポイントを付与いたします』
わ、わぁい……
「カマラサンノ依頼マデ、マダマダ間ガアルシ……ギルドデ依頼受ケツツ、ノンビリシヨウヨ」
「んだなっす。特にムーク様は大変ご苦労なされたのす、しっかりと……ようじょう……をば……いたし……やん、せぇえ……」
おおお、ロロンの電池が切れていく……!
この子もずうっと気を張りどおしだったんだよね。
まだまだ子供って年齢なんだろうに……苦労をかけたなあ。
「すひゃあ……んゆぅ……すひゃあ……」
欠伸も寝息も可愛いや、この寝つきのいい子分その2。
「んむぅ……んへへぇ……んんむぅ……」
おうおう、元祖子分もいつの間にか夢の中だ。
ボクも寝ちゃお、そうしちゃお。
ほんと、すったもんだで大変だったんだもん……それくらいのくつろぎは、許されるよねぇ……
『おやすみなさい、むっくん。良い夢を』
ぽやしみ……なしぁ……
――スヤリ。
・・☆・・
「ムークさぁん、お夕飯の時間ですよう~……あらあら、うふふ……お邪魔しちゃいましたね」
「ウニャム……」「すひゃあ……」「んへぇ、おやびぃん……」
「種族も何もかも違うのに、まるで家族みたい……姉さんに言って、明日の朝は多めに用意してもらわなきゃ」
「おやすみなさい、皆さん。うふふ」