第111話 今はさよなら!むしんちゅの皆さん!!
「さて、そろそろ出るのである。此度は本当に世話になったのであるよ」
「イエイエ、ボクハ別ニ……ソンナニ活躍シテマセンシ?」
「ムークに比べたら、私達はもっともっと活躍していないです」
「そうニャ、ターロの腕が折れた分迷惑かけたですニャ」
「……そうだけどよ!そうだけどなんかこう、棘がねえか!?棘ェ!?」
朝の空気の中。
ボクらは、衛兵隊本部の前で……整列したむしんちゅさん達の前にいる。
先頭にはゲニーチロさんとラクサコさんが立ち、その後ろにクワガタっぽい兵隊さんたち。
そして、その後ろには立派な籠。
黒子さんたちは別行動なのか、どこにもいない。
ボクラと同じ側には、バレリアさんを始めとした衛兵隊の面々もいる。
今日は、ゲニーチロさんたちがトルゴーンに帰る日だ。
毎年、夜が明けてすぐに出立するスケジュールなんだって。
「謙遜は過ぎれば嫌味になるのである。そなたたちの働き、実に大儀であったよ」
思わず、へへ~!とか土下座しそうになっちゃった。
これが……上に立つ者の迫力というやーつであるか。
「……ソウデスカ、ソレナラ次ハモット活躍シマスヨ。次ガアルノハ御免デスケド」
「はっはっは!それはそうである!拙者も二度と御免である!はっはっは!」
ゲニーチロさんは、心から愉快そうに笑った。
「おじーちゃ、これ、これ~!どーじょ、どーじょ~!」
アカが飛んでいって……例の妖精タリスマンを手渡した。
「ほう!これは……妖精のタリスマンであるな!たまげた、国の孫によい土産話ができたのである。ありがたく頂戴いたすぞ」
「んへへ、えへへぇ!」
アカはでっかい手で撫でられてとても嬉しそう……ちょっと待って孫?孫って言った?
ゲニーチロさん、お孫さんいるんですか!?
それなのに……あんなにエッチなの!?
「ほんに、皆さんにはお世話になりました。ムークはん、今度トルゴーンにお越しの際は、是非うっとこの実家にもお寄りやっしゃ?」
「ハ、ハイ……!」
うわわ、装甲があるのになんか柔らかくてあったかいおてて……!
スベスベ!スベスベ!!
まだ籠?輿?に乗っていないラクサコさんが、そう言ってボクの両手をキュっと握ってきた。
じ、実家……?
ええっと、なんだっけ……
『ジーグンジ家、ですね。私の知識ではトルゴーンで10指に入る大家、となっております』
ひいい!ゲニーチロさんの実家も凄そうなのに、それ以上のおっきなおうち!?
『あら、ゲニーチロさんのザヨイ家も同じくらいの家格ですよ。代々軍隊系の人物を輩出する名家だとか』
なんで知ってるの!?
っていうかザヨイってお家なんだ……ムムム?
ザヨイ・ゲニーチロ……なんか、日本人みたいなお名前だね?
さしずめ『十六夜・源一郎』って感じかな……うわ、なんかむっちゃ格好いい上にしっくりくるよ!?
なに、むしんちゅさんの中にも日本人さんがいたの!?
『さて、私からはなんとも。ちなみにトキーチロは『ノキ』という家名ですね……こちらも大家ですよ』
ノキ……ノキ……?
ああっ!?まさか『木下・藤吉郎』!?
な、なんてこった……太閤秀吉殿下じゃないか!?
『ふふ、面白い言葉遊びですね。トルゴーンに向かうのが私としても楽しみになってきましたよ』
ボクも!ボクも~!!
色んな所を皆で見たいな!
「ターロはんたちも、お寄りやっしゃ?」
「うへへ……ぜ、是非!必ず!お邪魔いたしやす!!」
ターロの顔がむちゃくちゃ真っ赤になってる……まあね、ラクサコさん美人さんだからね。
ボクに表情筋が存在しなくて命拾いしたよ。
……でもね、後ろにいるミーヤが獲物に飛び掛かる前のネコくらい怖い目してるからね?
ボクが言えたことじゃないけど、ちょっとは周りに気を配ろうね?
「ムーク殿、これを」
ずい、とゲニーチロさんが袋を差し出してきた。
え、なんです?
成功報酬はもう昨日頂いたんですけど……?
ちなみに内容は前金と同じ30万ガルと……ボクの働きにって追加の高純度魔石をいくつか。
貰いすぎなんですけど……この前魔法具とかで散財した分が一瞬で補填されたどころか増えたんですけど!?
「我が配下……イセコからである。あ奴はもうここを立っておるのでな、言伝を頼まれておった」
ええ?イセコさん!?
なんだよもう……まだ気にされてたのか。
気にしなくってもいいのになあ。
「中身はまあ、虫人独自のタリスマンのようなものである。毒にはならぬ故、身に着けておればあ奴も喜ぼう」
むしんちゅのお守り!
なんか、ご利益がありそうだねえ!
後でじっくり拝見させてもらおうっと!
「嬉シイデス!アリガトウゴザイマス、彼女ニモ、ヨロシクオ伝エクダサイ」
「承ったのであるよ……それでは、【黒鹿毛】殿、貴公らにも並々ならぬ世話になった。この詫びは、またいずれ」
それに、バレリアさんは苦笑い。
「何を仰いますのやら……我らとて、先だっての人族共の件では一方ならぬ恩を受けました。こちらこそ、お世話になり申した、【大角】閣下」
そう言って、2人はしっかりと握手をした。
「そう言ってもらえると助かるのである。拙者がもう少し若かったらこのままトルゴーンまで連れて帰る所であったよ、ははは」
「私も、閣下に奥様がいらっしゃらなければ即座に組み敷いている所でしたよ、フフフ」
……お、大人だ!
……いや、大人って何だろう?
ボクの隣でトマトみたいになってるロロン同様、ボクには恥ずかしくって何もわかんないや。
「それでは、御免……出立!!」
「「「ハッ!!」」」
今まで一言も喋らなかったクワガタさんたちが、ゲニーチロさんの号令に大音声で答え――地球の軍隊が式典でやるみたいに、槍を体の側面で鋭く一回転。
槍の穂先で天を刺し、反対側で地面を突いた。
「ほな、皆様……ほんに、ありがとうどした」
最後にもう一度手を振ったラクサコさんが輿に乗り込み……むしんちゅさんたちは、揃えた足並みで回れ右をして去っていった。
うはあ……帰る時まで息ピッタリだあ……
「……よし、今年の仕事は終わりだな」
ゲニーチロさんたちが視界から消えると、バレリアさんが大きく伸びをした。
……この世界の一年がどうか知らないけど、さすがにまだ早すぎでは……?
『国によって四季の長さは違いますが、現在は地球で言うと春先です』
ホラやっぱり!
まだ半分以上残ってるじゃん!?
「やれやれ、本当に……色々あったな、ムークくん」
「ハイ、ホントニ」
突っ込む気はないので流すけどね。
だけど、色々あったのは本当だよ。
人間の襲撃からこっち、嫌なサプライズ目白押しだもん。
「平和ガ一番デスヨ、平和ガ」
「うむ、平和は最高だ。真っ白いシーツ、カワイイ子犬たち……ふふふ、たまらん」
……ノーコメント!
「ムークよお、冒険者としてそりゃねえんじゃねえの?」
「ソウダケドネ……最近修羅場続キダシ。ココラデユックリシタイヨ」
冒険者なら、国の情景が荒れてたりするのは稼ぎ時でいいんだろうけどさ。
暮らしていくっていうなら、そんな国にはいたくないよう。
「何事もほどほどが一番ニャ。そりゃ、稼げるのは嬉しいけど……かといって【ロストラッド】の戦役に参加しようとは思わないニャ~」
山田さんの国!
そういえば、人間の国とバチバチにやり合ってるらしいもんね。
あの転生者のイルゼもそこにいるとか。
「ソンナニ荒レテル場所ナノ?」
「むっちゃ荒れてる、らしい。なんたって人族どもが四六時中攻め込んできてるし」
マーヤから無慈悲な返答が!
人間さんたち、どれだけ異種族嫌いなのさ。
「ヒエエ……」
ボクの虫生が終了するまで、近寄りたくない。
まあ、遠すぎるから関係はないだろうけど。
「バレリア隊長は、最近までそごにいらっしゃったとか。どげな場所でやんすか?」
あ、そういえばそうだった。
とんぼ返りしてきたとか言ってたっけ。
「控えめに言って最悪の場所だ。こんな朝っぱらからする話ではない……今晩、サウナで寛ぎながらでも話そう……ムークくんやターロくんも来るかね?」
……何故ナチュラルに女湯に引きずり込もうとするのか。
なんか行きたそうな雰囲気を醸し出すターロを無視し、ボクは丁重にお断りしたのだった。
・・☆・・
「ナハコ、大丈夫かしら?む、ムーク様、お気に召したかしら!?」
「大丈夫よイセコ……というかね、何回同じ質問をするの? あの方が贈り物を無下になさるように見える?」
「う、うん……」
「はあ、お守り1つ渡すのに大騒ぎしすぎよ。遠からずトルゴーンにいらっしゃるのだから、それまでにしっかり慣れておきなさいな……守備隊の男連中とは話せるのに、相手がムーク様になった途端に……」
「そ、そうよね!またお会いできるんですものね!」
「……今度はいきなり背中流しに湯屋に行っちゃ駄目よ?」
「あの時は無我夢中だったから……い、今はもう絶対にできないわ!お顔もマトモに見れないかも……」
「あらまあ、極端だこと」
・・☆・・
「ヘクセン!ヴァッヘン!?」
「お風邪でやんすか?」
「ムムム……ナンダロウネエ?」
自分ながら妙な咳をしてしまった。
……どこかで噂でもされてるのかしら?
「マアイイ……美味シイモノヲ食ベレバ治ルヨ、ハハハ!」
フォークに刺した肉の塊をバクー!
うーん!美味しい!異世界ニンニクが効いてて美味しい!!
お昼から豪勢だねえ!
「むめめめ、むいむいむい……」
アカも妖精からリスに鞍替えしたみたいに食べてる。
「んめぇな~!【妖精のまどろみ亭】の飯もうめぇし、ここを離れた後を考えると嫌になるぜ、ホント」
「なんニャ?アチシの料理が気に入らんのかニャ? じゃあ今度から野営の飯当番はしばらくターロニャ」
「やめてミーヤ。それだけはやめて……むしろ私達への罰だよ、それ!」
「……確かにそうニャ。命拾いしたのニャ……」
「おめえらだって同じようなもんだろうがよ!」
ターロたち、全員料理できないんだよね。
大変そう……
「ロロン様様ダナァ……アリガタヤ、アリガタヤ」
「めめめも!?」
ステーキに舌鼓を打つロロンに、しっかり手を合わせた。
たぶん今『じゃじゃじゃ!?』って言ったよね?