第109話 山越えに備えて。
「おお、久しぶりだな。どうだい、祭は楽しんだかい?」
「オヒサシブリデス……エエ、最高ノオ祭デシタ、ハイ」
「そいつはよかった!アレを見なけりゃ、ガラハリに来た意味がねえからなあ!」
ボクの前で、お腹をポンと叩くタヌキっぽい獣人さん……ブンブクさんだ。
……一般人レベルには例の騒動は伝わっていないので、笑ってごまかすボクである。
「そんで、今日は何の用だ?武器防具にゃ困ってねえだろ……おいおいおい、妖精じゃねえか。珍しいねえ!」
「こにちわ!こにちわ~!」
【ポコの店】の軒先に、ボクと……ロロンと、アカ。
それに……なんかついてきたマーヤがいる。
そっか、前に来た時はアカいなかったもんね。
ホバリングしつつ愛想を振りまくアカに、ブンブクさんは目を細めている。
「おもさげながんす、ブンブクさん。実はワダス達はこの先【ミレドン山脈】ば越えねばならねのす……そんで、質のいい毛皮を扱っている店ば、探しているのす」
ラーガリと、トルゴーンを分割するようにある山脈だ。
標高は高いので、当然寒い。
しかもちょっとした雪まで積もってるらしい。
なので、防寒具は必須なのだ。
今日はそれに備えるために、やっとこさ外出許可が出たので……こうして南街にやって来たってわーけ。
ちなみに今晩も、明日も泊っていいと言われている。
衛兵隊……太っ腹!
明日はゲニーチロさんがトルゴーンに帰る日なので、お見送りもできるしね。
「ほお、そうか!そんじゃあ山越えってわけだ……いいねえ、若い時分にゃ冒険してなんぼだぜ!」
またもポン、とお腹を叩くブンブクさん。
この人も、そうだったのかな。
「そうと決まれば……ちょいと待っててくんな! ……あ、そっちの姉ちゃんは何か、あるかい?」
「ん。私はついてきただけだからいい」
マーヤもミーヤも、毎日フラフラしている。
そういうとこ、猫みたいだね。
あ、ターロも外出許可が出たんだけど……うん、『大人の遊園地』に突撃していった。
しかも、朝一で。
『ンフフ、元気で結構』というのは、バレリアさんのコメントである。
……ボクはノーコメントで。
「そうかい、ま、お仲間なんだろ?入って茶でも飲んでてくんな!ホラ入った入った」
そう言って、ブンブクさんは店に消えていく。
「おーい!ハニー!ケマを頼むぜ~!!」
「はーい、ダーリン!」
ううん、今日も熱々だ。
「……仲がいい夫婦なんだね、いいこと」
「んだなっす」「なかよし、なかよし~!」
まあ、ボクも慣れたので……お茶をご馳走になろうかな。
「待たせたな。コイツが店のリストだ!」
ポコさんの淹れてくれたケマを馳走になっていると、ブンブクさんが羊皮紙を持って帰って来た。
おお、なんか色々書いてあるね~!
「おいし!おいし!」
「うふふ~、自信作なの!気に入ってもらえてよかったわあ~! ほらアカちゃん、こっちもど~うぞ~!」
「まぐ、むいむいむい……」
「や~ん!か~わ~い~い~!」
ポコさんは、肩にアカを乗せて焼き菓子をわんこそばくらいの勢いで食べさせている。
店に入ってアカを見るなり、もう抱きしめて頬ずりしていた。
アカの方も、ポコさんが気に入ったのかされるがままになっている。
『妖精は本能で人の善悪を見抜く、と言いますから。ポコさんが良い方だと理解したのもあるのでしょうね』
ほーん……なるほろ。
確かに、ブンブクさんやポコさんはとってもいい人だ。
これで実は悪い人~!ってことになったら、ボクは深刻な人間不信虫になってしまう。
アカがそういうことをわかるなら、とってもありがたい。
ボクは正直そういうの全然わからんので!のーで!
『素晴らしい自己認識。トモさんポイントをどうぞ』
わーい!
「ウチと取引のある商店をリストアップしといた。全部南街で揃うぜ」
「じゃじゃじゃ……!おもさげながんすゥ!」
「なんのなんの、これっくらい軽いもんさ!若者の旅路を応援してこそ、鍛冶屋冥利に尽きるってもんよ!」
なんて気持ちのいい人だろうか……例のクソ人間以外、本当にいい人しかいないや……ボクの虫生。
トキーチロさんも、結局いい人サイド?だったっぽいし。
……お腹に穴空けられたけど。
「教エテモラウガダケジャ悪イノデ……アノ、何カ手伝エルコトトカ……」
「いらねえって!っていうかむしろ素人に手伝ってもらうことなんざねえぞ?かえって怪我させちまうわ」
ぐう。
いい人過ぎるもの考え物だ。
「むいむいむい……んく。おやびん、おやびん!ふくろだして、だして~!」
「ム?」
袋って……アカが今朝渡してくれたカワイイポシェットみたいなの?
なんでもカマラさんにもらったらしいけど……なんじゃろ。
しっかりバッグに入れてるけどさ。
「ハイ」
まあ、とりあえず渡す。
アカはそれを受け取ると手を突っ込み……小さい布袋を2つ取り出した。
「あげゆ、おげゆ~!おせわになった、おれい、おれい!」
それを、ブンブクさんたちに手渡している……なんだろあれ、お守り?
いや、お守りっていうか……タリスマン?
『アレはカマラさんと一緒に作ったというタリスマンですね。効能は運気を少し上げ、邪気を払い……幸運を呼び込みます。効果はさほど高くありませんが、反動も副作用もありません』
はえ~……って、なんでトモさんが知ってるの!?
『むっくんがケガで寝込んでいる間に、アカちゃんとお喋りしましたので。以前からカマラさんのお手伝いをしている時に、少しずつ作っていたようですね』
なんと!そんなに前から!?
スゴ~……アカ、将来は立派なタリスマン屋さんになれるかもわからんね。
「アノ……ナンカ、妖精印ノ幸運タリスマン、ラシイデス」
小さな子がプレゼントくれたね~カワイイね~……みたいな雰囲気だったお2人が、揃って動きを止めた。
そして、顔色が変わり始める。
「……おいおい、おいおいおい、そ、そんな貴重なものを……」
「おとぎ話でしか聞いたことのない妖精の、妖精のタリスマン……!!」
「ア、無茶苦茶簡単ニ作レルミタイデスヨ。オ世話ニナッタオ礼ニ受ケ取ッテクダサイナ」
『ちなみに内容は布とある種の紙なので材料費もほぼゼロ、妖精さえいれば無尽蔵に量産できますが……まあ、貴重ですね。主に妖精自体が貴重的な意味で』
な、なるほど?
滅多に市場に出回らないっぽいし、売るとなると高額になるんじゃなかろうか。
この2人は絶対に売らないだろうけど……
「どうじょ、どうじょ~……わぷぷ」
「ん~まっ!ん~まっ!ありがとうアカちゃん、とおっても嬉しいわぁ~♪」
「きゃーはは!あははは~!」
感極まったようなポコさんに熱いキッスを続けざまにほっぺに喰らい、アカがくすぐったそうに笑っている。
「ありがとうよ……家宝にさせてもらうぜ。人に親切にすりゃあ、いずれは返ってくる……死んだ親父の言葉だが、どうやらとんでもねえ形で返ってきやがった」
「イエイエ、アカガ作ッタンデスカラ」
ブンブクさん、とっても嬉しそうだねえ。
ボクも自分のことのように嬉しいや。
異世界に広がれ!親切の輪!!
「いまのなに、なーに?」
「これはキスっていうの!大好きな人にする、幸せのカタチよ~♪」
ふふ、微笑ましい会話しちゃって……
「だいしゅき?……だいしゅき!おやび~ん!!」
「ムワーッ!?!?」
アカ!ほっぺにキスは恥ずかしいけど……まあいいとして!高速タックルからのコンボはやめなさいな!!
危ないでしょ!?
「ロロンにも~! マーヤにも~!!」
「くすぐったがんす!あはは!」「んふふ、大胆……ふふふ!」
おやおや、可愛らしいこと。
『【頬へキス】の実績を解除しました。唇へは……いつになるのでしょうかね』
ゲームみたいなこと言わないでくださいよ!!
「もっかい!もっか~い!!」
「ムワーッ!?!?」
わちゃわちゃするボクたちを、ブンブクさん夫婦は微笑ましいものを見るように眺めていた。
……あああ!すいません!アダルトなキスはまだアカには早いので夫婦でやんないで!
もっとこう!二人っきりの!夜とかにして~!?
・・☆・・
「ブンブクさんからの紹介なら、問題ありませんね……【ダムアの店】へようこそ」
「ハイ、オ邪魔シマス」
アカのキス乱舞からしばらく。
ボクらは、ブンブクさんから紹介された店にやってきた。
彼の店から歩いて5分少々……そこは、いろんなものが綺麗に並べられたお店だった。
毛皮専門店ってわけじゃなさそうだね……
「ロロンと申しやんす。防寒着に使える毛皮ば、探しているのす」
「なるほど、それでしたらこちらに……」
アフガンハウンドっぽい上品な獣人のおねえさん……この人がダムアさんなんだろうか。
毛皮というか、髪がとっても綺麗だねえ。
彼女に誘導され、ロロンが毛皮の棚に歩いていく。
おお~!いっぱいある!なんの毛皮かわからんけどいっぱい!
「量にもよりますが、ここの【ラウドロップ】と【氷原猪】などはいかがでしょう? お客様たち3人で使われるのでしょうか?」
マーヤが数に含まれてるな、これ。
「ア、使ウノハボクト、ロロント……コノ子デス」
「こにちわ、こにちわ~!」
マントの首元から、アカが顔を出した。
すっかり街中での定位置と化している。
「まあ!妖精のお客様なんて初めてです……こんにちわ、可愛らしいお嬢さん。ダムアです」
「アカ、でしゅ!」
やっぱりダムアさんだった。
「ふふ、お元気ですね……こちらのお嬢さんには【リトル・ルク】がいいでしょうね……通常は手袋等に使用しますが、あなたならマントが作れますよ」
あら、小さいけどモコモコの毛皮。
どんな魔物なのかしら。
『リトル・ルク……地球で言うモルモットに酷似した鼠の魔物です。車程の速度で走り回り、獲物の喉笛を食いちぎります』
思った以上に狂暴!!