第107話 なんて言うんだっけ、コレ……白昼夢?
「おお……今回は見れねえかと思ってたが、まさかここでお目にかかるとはなあ!」
衛兵隊の庭で、ターロが目を輝かせている。
……一晩経ったのに、昨日の訓練でできたたんこぶが治ってないや。
2人がかりでボコボコにされたんだろうねえ……
本人は気にしてないっぽいからいいけどさ。
「タシカニ、デッカイネエ……」
まあとにかく、ボクらの視線の先には……クソデカハンマーがある。
それはもう、ハンマーと言うよりもハンマー型のオブジェって感じ。
だって……全長はボクの黒棍棒4個分くらいあるもん。
なんか朝ご飯の後に騒がしいなって思ったら……アレが運び込まれたんだよねえ。
「ワダス、見るのは初めてでやんす~!」「おっきい!おっきい~!」
ロロンと、彼女の頭に乗ったアカも興奮している。
『アレが英雄【大鍛冶師】が使用した【大地割り】ですね。知識で知っていてもこうして見ると……圧巻ですね』
トモさんも感慨深げだ。
だよね~!伝説の英雄さんが実際に使ってた!伝説の武器だもんね!
ボクもむっちゃテンションが上がるよ!!
「ご苦労!明日までここに安置するから、運搬要員は休憩に入れ!」
「「「う~す……」」」
そして、ハンマーの周囲にはバレリアさんと……ここまでハンマーを運んできた20人くらいの衛兵さんたちがいる。
衛兵さんたちは息も絶え絶え、体中汗まみれだ。
何人かは舌を出してしんどそう……ああいう所はワンちゃんっぽいね。
アレ?でも獣人さんたちは犬猫みたいに汗をかかない訳じゃないのに、なんで舌を出してるんだろ……
遺伝子に刻まれた癖かなにか?
「ほんに、大きいわあ。じいやったら持ち上げられるやろか」
「片手では無理でございますなあ」
ゲニーチロさん!?ラクサコさん!?
いつの間に……!全然気づかなかった!!
そんでゲニーチロさんアレ持てるの!?
すっご……力持ちィ!!
「やあ、ムークくんたちはアレを見るのは初めてのようだな」
バレリアさんがこちらへやって来た。
「ハイ、大キイデスネエ……アレ、ココニ置イテオクンデス?」
「ああ、南街での展示が終了したのでな。といっても明日には移送される……この北街にある、専用の安置場所にな」
はへ~……置いておく場所まであるのか。
まあ、あるよねえ。
大英雄さんの武器だし。
「隊長さんよ、アレちょっと触らしてもらっていいか!?今年は護衛で試せなかったんだよ!」
ああターロ、そういえば前に持つのに挑戦したとか言ってたもんね。
今年もチャレンジするんだ。
「ああいいとも、ちなみに今年も成功者はゼロ人だ。ここで少しでも持ち上げれば賞金を出そう、無論私の財布ではないがな」
バレリアさんはそう言って笑っている。
よ、余裕を感じる……まあそうか、あんなに屈強な衛兵さんが20人かかって持ち上げるんだもんね。
「よっしゃァ!」
ターロはハンマーまで走って行き……体の各部位を伸ばしたり回したりと異世界ストレッチ。
……異世界ストレッチってなんじゃろ。
ともかく、しばらく後に両手でハンマーを握りしめたターロは、気合を入れて持ち上げようとしている。
「ふんぬっ……ぐ、ぐぐぐ、ぐぬうううう……!!」
うっひゃあ、ターロの背中バッキバキだ。
服越しに筋肉が浮かび上がってて、金剛力士像みたい!
「いけると思う?」
「絶対無理ニャ。力も資質も足りてないニャ~」
マーヤとミーヤがひどい。
特にミーヤ。
「ムーク、ムークも挑戦するといい。女を見る目のないターロよりかは希望がある」
「ニャ~!アチシらが綺麗でカワイイって言うムークなら大丈夫ニャ~!」
「アヒャヒャヒャ!?チョ、ヤメナサイヨ!?」
顎をくすぐるのはやめろください!!
むしろこれは猫にする動きであって!猫がするのは違うのでは!?
……っていうか昨日の発言聞こえてたの!?ヒャー!!とても恥ずかしい!!
『ふふん、コマし虫……』
人聞きが悪いよう!基本的にボクしか聞いてないけど!!
「うぎぎぎぎ……ぐ、ぬう!ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!――んがごっ」
おお!ターロが雄たけびを上げて……へちょりと倒れ込んだ。
ああ……駄目かぁ。
「完全に魔力がカラになったニャ~……アイツ、身体強化不得意なのに無理するからニャ~……」
「格好悪い……近年まれに見る格好悪さ……」
ボロクソに言われていてとっても可哀そう。
「ムーク様、ムーク様ぁ!是非とも挑戦してくなんせ!」
わわ、お目目がキラキラのロロンが突撃してきた。
「おやびんもやって!やって~!」
アカもだ!
キミたちボクを過大評価しすぎでは?
「ふふふ……そんなに……甘くねえ……ぜ」
ターロがミミズの親戚みたいな動きで這いながら戻ってきた。
今のどうやったの!?顔色が真っ青で今にも倒れそうだ!?
「まあ、ムークはんも挑戦されるんやねえ。あんじょう、お気張りやっしゃ」
「試すだけでもいい思い出になるのである、何事も挑戦であるよ」
ひぎい、いつの間にか挑戦するのが確定になってる!?
……ま、まあいいか、別に噛みつかれるわけじゃないし!
話のタネにやってみるかな~!
「フフ、どうぞどうぞ」「ガ、ガンバリマス」
手を振るバレリアさんの横を通って……ハンマーの前に立つ。
でっか……握る所まででっか……
見た目は鍛冶屋のポコさんが使ってたハンマーを、そのまま巨大にした感じだ。
華美な装飾とか、紋様とかはなくて……金属でできた、灰色のハンマーだ。
まさに、質実剛健……って感じかな。
これが邪竜の首を砕いたのか……すっごい迫力がある。
『何事にもチャレンジする姿勢……その心意気に、トモさんポイントを付与しておきますね』
謎ポイント!
結局何に使えるのかわかんない謎ポイントだ!!
「チメタイ」
ハンマーを両手で握る。
なんとかってお高くて重い金属でできてるんだっけ……よし、やるか。
重いものを持ち上げる時は、上半身だけの力じゃ駄目なんだよね。
それだとさっきのターロみたいに腰に大ダメージをもらっちゃう。
だからこうして腰を意識して――
・・☆・・
泣き声が聞こえる。
子供の、泣き声だ。
「泣くんじゃねえよ、ボウズ。男だろうが、男ってのは泣き言も言わねえし、涙も見せねえもんだよ」
そして、低く重厚な男の声も聞こえた。
「お、おじちゃ……ご、ごめん……ご、めん……」
「はん、気にすんな。別にお前さんに捥ぎ取られたわけじゃねえ――しなァ!!」
轟音。
重い金属が、岩を殴りつけたような音。
一気に、視界が広がる。
まず初めに見えたのは、ガレキの山。
元々は街だったように見える……周辺を埋め尽くすガレキだ。
破壊し、焼かれ、砕かれた無数のガレキが、山になっている。
「――FSRRRRRRRRRRRRRR……!」
次は、頭。
ガレキの山よりも巨大で、真っ黒い……竜の、頭だ。
真っ赤な目が12個あって、牙なんか鍾乳石みたいな乱杭歯。
その口から垂れる涎が地面と接触すると、煙が上がって溶けた。
大きい……なんて大きいんだ。
まるで、黒い岩山だ。
頭しか、見えない!
「安心しな、ボウズ。こんな不細工に……最高に格好いい俺様が負けるわきゃ、ねえだろ」
そして、その首と相対する……影が2つ。
1つは、瓦礫に足を挟まれて動けない獣人の子供。
体中が細かい傷だらけで、震えている。
もう1つは……ハンマーを片手で握った、ドワーフの男。
豊かな髭のお陰で年齢はよくわからないけど、金属製の鎧から覗く生身の手足は……まるで彫刻みたいにバキバキの筋肉だ。
だけど、彼は満身創痍。
兜は半分割れてるし、鎧も歪んだりヒビが入ったりしていて……体も傷と血にまみれている。
――それに、その左腕は付け根から千切れていた。
傷口からは、赤黒い煙がもうもうと出ている……毒だろうか。
「G――RUAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
竜が、吠える。
その瞬間――その喉から昏い光……ブレスが、まるで洪水みたいに飛び出した。
「……片手は無ェ、体中痛ェ、おまけに後ろにゃ、動けねえ餓鬼一人、かァ」
迫るブレスに、ドワーフが歌うように呟く。
今にもその命は消えそうだ。
ブレスがなくても、このままだと遠からず死んでしまうだろう。
でも。
「――はっは、最高じゃねえか。世界中のいい女に響くぜェ、響き渡るぜェ!俺の――勲がよォ!」
でも、彼の目だけは違った。
まるで……炉。
そう、炉だ。
金属をなんでも溶かして武器や防具にする、炉。
その目は、燃え盛る炉のようにギラギラと輝いていた。
「相棒よォ……これで、仕舞だ。俺が、お前を振るのはこれで、仕舞」
ぎし、と音がする。
彼が、片手でハンマーを高く、高く持ち上げる音が。
「【我が槌は、愛しき同胞の為】」
きん、と金属音が響く。
持ち上がったハンマーのヘッドが、みるみる真っ赤に輝き出した。
とんでもない量の魔力が、渦を巻いてそこへ集中していく。
到達したブレスが――真っ二つに割れる。
ドワーフと、その後ろにいる少年。
2人を避けるように、真っ赤に輝くハンマーからの圧力で――割れた。
「【栄えよ同胞、誇れよ同胞】」
さらにハンマーは輝く。
邪竜の黒い顔面を、照らすように。
……見れば、その首のいたるところに凄まじい攻撃の痕があった。
大質量で殴り付けられたような、そんな傷が。
「【とこしえに、歌えよ同胞!我らが凱歌を】!!!!」
ドワーフが、大地を踏み割って跳ぶ。
振り上げ、真っ赤に赤熱したハンマーに……空から雷が落ちた。
「【来たれ雷鳴!砕けよ、悪鬼】!!!!」
視界が、真っ赤に染まった。
何もかも見えなくなった中で……重く、硬い何かを砕くような音と……名状し難い悲鳴だけが聞えた。
・・☆・・
「アフン」
気付けば、ボクは倒れ込んでいた。
え……なにこれ、なんでボク倒れてるの?
「ぎゃははは!おま、お前、お前なんちゅうなさけねえ倒れ方だよ!ひーっひっひっひ痛ェ!?」
「ターロよりマシニャ」
一体、今のボクに何が起こったんだ……?