第106話 訓練虫、そこそこ頑張る。
ぶん、と空気を切り裂いて――槍が横薙ぎの軌道で迫る。
「ヌゥッ!」
極小の衝撃波を放って、横スライド!
ギリギリで槍を避け、その瞬間、背後に――衝撃波!
「――ウオリャーッ!!」
前方に飛び出す勢いを乗せて、黒棍棒を下段から上段に跳ね上げた!
これなら絶対に大丈夫――
「――フムン」「ギャギッ!?」
いたぁい!?足を払われた!?
なんで!?槍はさっき躱したのに――ぎゃふん!?
「――どうかね?」
背中から地面に倒れて、慌てて起き上がろうとしたら……顔の前に、槍の穂先が。
「……マイリマシタ!」
ボクは、黒棍棒から手を離して大の字になった。
「フフ、そのように腹を見せて……興奮してきたな」
ボクに訓練用の槍を突き付けているバレリアさんは、そう言って艶めかしく舌を出すのだった。
……色んな意味で!コワイ!!
「いいかね?ムークくん。キミの身体能力は余裕で衛兵隊の中でも上澄みレベルなのだ。だがね、いかんせん【攻め】が素直すぎる……それでは魔物は倒せても、熟練の兵士は倒せんぞ」
「ハイ……」
「しかも、魔物の中には人と変わらぬ知能を持ったものもいる。滅多にお目にかからんがな……そういう相手は二手三手先を考えて動くものだ。キミは回復力も尋常ではないが……防御を度外視した戦い方は、いずれ破綻をもたらすぞ」
衛兵隊本部、中庭の訓練場。
さんさんとお日様が降り注ぐそこで、ボクはバレリアさんに稽古をつけてもらっている。
動かなさすぎるのも体が鈍るから、昼ご飯の後に黒棍棒を素振りしていたら……こういう話になっていた。
ボクは黒棍棒、バレリアさんは木の槍だから公平じゃないんだけど……たとえ素手でも、勝てる気がしないや。
それで稽古をつけてもらっていた、んだけど……
「それにね、キミはいささか優しすぎる。私相手にも、怪我をさせないような箇所を選んで攻撃してくるではないか……それでは大声で攻撃個所を教えているようなものだぞ?折角表情を読まれにくい虫人なのだから、そこら辺もしっかり考えて戦うといい」
「ハイ……アノ」
「ム、なにかね?」
ええと、お話はとってもためになるし、とってもありがたいんだけど……だけど……
「……コノ格好ハ、ナンデス?」
何故ボクは四つん這いになって……背中にバレリアさんが座っているんだろう。
背中がぬくぬくする!落ち着かないけどぬくぬくする!!
なんで訓練なのに私服なんですか!バレリアさん!!
ソレにボコボコにされたボクは何も言えないけど!!
「フムン、私の性癖であり、趣味だ。勝者の特権でもある……キミの背中はなかなかいい座り心地だ、これは誇ってもいいぞ」
「トテモ嬉シクナイ……」
あの!お尻を動かさないでくださいな!!
「まあとにかく、フェイントを意識して動いてみなさい。先程、攻撃を横に避けた動きは中々だったぞ、あの移動方法はキミにとって武器になる……対人戦においては連発せずに、ここぞという所で使いなさい」
「ハイ……」
言ってることはとてもためになるんだけど……全然、集中できない!できなーい!!
『今日のむっくんはドМ虫ですね、ドМ虫』
やめてよ!そんな直球に変態的なあだ名は!!
「バレリア隊長!次はワダスば、お願いするのす!!」
「おお、これは嬉しい……アルマードの槍術はいい勉強になる。やろうか、ロロンくん」
木の槍を持ってやる気満々で立つロロンを見て、バレリアさんは笑ってボクの背中からお尻を浮かせた。
頑張れロロン!ボクの仇を取っておくれ~!!
・・☆・・
「――じゃっ!!」「フフ、いい打ち込みだ」
ばががん、みたいな音。
「りぃい――やっ!!」「ハハ、良いなァ!!」
ロロンの裂帛の気合。
そして、とっても嬉しそうなバレリアさんの声。
「すんげぇ……」
「スンゴ……」
手に持った木槍が見えないほどの、高速の打ち合い。
さっきまでのボクの訓練が、まるでチャンバラごっこに見える立ち回り……
それを、ボクは音を聞きつけてやってきたターロと並んで見ている。
「大したもんだなあ……」
果実水を煽るターロの目は、キラキラと輝いている。
彼も近接戦士、この立ち回りに触発でもされたんかな?
「(見てみろムーク!バレリア隊長の脚線美……たまらねえな!!)」
「……アア、ソウナノ」
さすがゲニーチロさんと意気投合するおスケベさん。
目の付け所がボクとは大違いですね。
ドコ見てるのさ、またマーヤに殴られても知らないよ。
「(やっぱり丸見えよりも、チラッと見える方が『クる』もんがあるよな……!ゲニーチロさんの配下達もよ、顔布からチラッと見える首筋がたまんねえぜ……!!)」
「ウン、ソウカモネ……」
興奮してても小声にする程度の慎みがあるのが幸いか。
……でも気付いてる?ターロ。
ここにもさ、黒子さんたちが姿を消して何人かいるのよ?
……闇無礼討ちとかされないように気を付けてね?
「っし!はぁッ!!」
まあ、そんなことよりもロロンだ。
彼女は地面に擦れるような低い姿勢から、バレリアさんに向かって槍を振るっている。
足元を薙ぎ、かと思えば上半身を突き、お腹を狙ったり時には頭を狙う。
変幻自在ってのはああいうことだろうね。
あんなに低い体勢から攻撃されたら、バレリアさんも大変だろうなあ。
ボクなら……遺憾ながら、わざと刺されて槍を掴むくらいしか考えつかないや。
『むっくんはスナック感覚で攻撃を受けますね』
好き好んで受けてるわけじゃないやい!
っと、いかんいかん……見るだけでも勉強になるから、しっかり見なきゃ。
「っじゃ!!」「フハ、ハ!」
伸びあがるように、ロロンの槍がバレリアさんの首元に突き込まれる。
あ!アレはロロンがよくやってるやーつ!
でもその得意技も、するっと躱されてしまった!
「――お返し、だっ!」
避けたバレリアさんが、横回転しながら槍を振るう。
それをロロンは槍で受けて――ああ!槍が折れちゃった!?
「っふ、ぐぅッ!!」
ロロンは折れた槍を手元に引き寄せつつ、鋭く回転。
胴体に当りそうだったバレリアさんの槍は――ロロンの背中の装甲に激突して、折れた。
「んぬ、うう!」
だけど衝撃だけは殺しきれなかったのか、ロロンは丸まってボールみたいに吹き飛ばされた。
ひぇえ……あんなに飛ぶんだァ……
「――ここらでよかろう。大丈夫かい、ロロンくん」
「じゃじゃじゃ……参りやんした!」
転がったロロンが立ち上がって、体をはたいている。
「いやいや、聞きしに勝るとはこのことだな。かなり強めに殴ったが……まさか槍が折れるとはね。アルマードの装甲、恐るべしだな」
「いいええ、バレリア隊長こそ。【縮地】も【影穿ち】もお使いにならながんす……ワダスも、まだまだでござりやんす!」
なんか格好いい技名言ってる!!
「ンフフ、コレは訓練だからな……あの技は友に振るうものではないのだよ、フフフ」
「しぇば、いつの日か……使わせてみせるほど、肉薄してやりやんす!」
「ハッハハ、それは楽しみだ。私もうかうかしておれんな」
ロロンとバレリアさんが、清々しい笑顔で握手している。
うーん、若干血生臭いけどまるで青春ドラマって感じ!
「(オイ見ろよムーク!あそこ!脇で休憩してる衛兵……でっけェ!腰は細いのに胸も尻も一級品だぜ!!)」
……ある意味、ターロも青春しているのかもしれない。
「ソレハヨカッタネエ……」
「んだよ反応悪ィなあ……あ、お前虫人だからか。やっぱり巫女様みてえなのじゃねえと興奮しねえの?」
……どうなんだろ?
ボクの体はむしんちゅだけど……どんな種族でも綺麗だって思うけどなあ。
獣人さんも、虫人さんも。
これってボクの大本が人間だからなんかね?
根っからのむしんちゅさんは、同族以外にそういう感情持たないのかなあ?
「ウウン……ミンナ綺麗ダトオモウケドナア?」
「ほーん……そういうもんか。じゃあよ、獣人はどうだ?ウチのちんちくりん2人はともかくよ、宿のクラッサさんなんか大人でいい感じだよなあ?」
こら!パーティメンバーになんてこと言うのさ!!
「アノネエ……ミーヤモマーヤモ、美人サンジャナイカ」
「おお~……?お前、その6つある目ん玉ちゃんと見えてんのか? それとも、あいつらになんか遠慮でもしてんのかよ?ちんちくりんだぜ?マジで」
……ターロってひょっとしたら中学生くらいの年齢かもしれないねえ。
「ナンデサ、トッテモ綺麗ダシ可愛イヨ? ソンナコト言ッテルトイツカ罰ガ……ア、アア……」
「は?なんだよ急に震えて……腹の後遺症か?」
……罰が、ターロの後ろにいる。
具体的に言うと、ニッコニコなのに口元が引きつっている……ミーヤと、マーヤが。
「本当に大丈夫かお前?ん?なんか寒気が――お、おう。お前らも訓練に来た……あ、ちょっ、ちょっと待ってくれ、おい、はな、話せばわかる!アレは身内ゆえの忖度というか謙遜というか……あ!うお、ま、待て待て待てェ!?」
首根っこを掴まれたターロが、2人に引きずられていく。
「訓練ニャ~、訓練に付き合うニャ~」
「お前ソレ訓練用の武器じゃねえだろ!?」
「強い強いターロは素手、ちんちくりんの私達は武器くらい、使う」
「待って!すまんって!許して!アアアアアアアアアアアァ~~~~………」
ターロは、そのまま建物の中に連れ込まれていった。
……あっちにも室内訓練場、あるよね。
怪我しないで帰ってくればいいなあ……
「じゃじゃじゃ?ターロさんば、如何なされたのす?」
「……ウン、武器ト素手デ戦ウ訓練ダッテサ……」
「なんとはあ!見上げた心がけでやんすッ!!」
「ソウダネエ……ソウダネエ……」
汗だくで戻って来たロロンにタオルを渡しつつ、ボクはそう言うことしかできなかった。
「おやびん!おやび~ん!」
おや、空からアカも戻って来た。
「オカエリ、アカ」
「たらいま~!おなかすいた、すいたぁ!」
いっつもお腹減らしてるね、この子。
「ココニ、炒ッタ豆ガ……!」「わはーい!!」
アカにお豆を渡しながら、ボクはこの先の平和を祈った。
具体的には、ターロの平和を。