第105話 この先のお話。
「ああ、といっても今すぐってことじゃないんだ。勿論、ムークちゃんの体がしっかり治ってからのことさね」
お見舞いに来てくれたカマラさんから、急遽お仕事の斡旋を受けている。
「フム……誰ノ護衛、デスカ? ソシテ……アノ、ドコマデデス?」
カマラさんには大変お世話になっているし、以前の依頼もしっかりお金を払ってくれた。
ボクとしては受けることに異存はない。
あとは場所と相手くらいかな、気になるのは。
「アタシと一緒に、トルゴーンまでさね」
「オオ……丁度イイ」
マジで!?
渡りに船とはこのことだ!
どうせ目的地だし、トルゴーン!
カマラさん、そんな所まで行くんだ~。
「トルゴーンの【ジェストマ】って街に知り合いの娘がいてね。旅も兼ねて行こうと思ってるのさ……アタシも歳だし、いつポックリいくかわからねいしねえ」
「……ナルホド」
お年寄り特有の死にジョークは反応に困るのでやめていただきたい!
でも……
「【ジェストマ】! ムーク様、ブンブクさんがおっしゃっていた街でやんす!」
「ア、ソウイエバソウダッタ!」
研究者さんがいるかもしれない街だよね、たしか。
黒棍棒くんをしっかり調べられるかもしんない……!
本当に都合がいいぞ!
「是非ヤラセテモライタイデス!イツ出発デスカ!?」
「特に決まっちゃいないけど……でも、寒くなってくると山越えがキツイからね。一ヶ月後くらいまでにはここを立ちたいねえ」
おお、結構余裕がある!
ここを離れるのはちょっと寂しいけど……二度と来れないってわけじゃないもんね。
トルゴーン見物が終わったら戻ってもいいし、人魚さんの国を見に行ってもいいかも!
「ロロン、イイカナ?」
「ムーク様のなさりてえ通りにしてくだんせ。ワダスはどこまでも、お供いたしやんす!」
ぜ、全肯定子分……!
それなら、断る理由はないね!
「むいむい……んく、おばーちゃといっしょ、いっしょ!」
カマラさんの肩にいるアカ的にもOKらしい。
「はいはい、一緒だよ……ありがたいね、ちょうど隊商もいいのがいなくてさ。婆1人で山越えすることにならなくてよかったねぇ」
「んへへへ……へへぇ」
アカは撫でられてご満悦だ。
「アノ、ボクラ……トルゴーン方面ニ行クノハ初メテナンデスヨ、大丈夫デショウカ?」
「山脈越え用の準備をしっかりしとけば大丈夫さ。アタシは行商で何度か行ってるから、道にも明るいよ……ムークちゃんたちはアタシをしっかり守ってくれりゃいいのさ」
これはありがたい……土地勘ゼロ虫だもん、ボク。
ロロンの地図はあるけど、縮尺的にあんまり詳しいのじゃないし。
「ジャア、ヨロシクオ願イシマス!」
「よろしくするのはこっちさね……そうと決まれば、ムークちゃんはしっかり体を治しな。アタシのタリスマンは副作用なく効くけど、即効性はないからね」
「ハイ!」
一応の目的地、トルゴーン……油断せずに頑張ろう!
「これで仕事の話はおしまいさ。出発の、そうだね……10日くらい前にはまた言うよ」
「よろしくお願いいたしやんす!」
ロロンが頭を下げている。
うんうん、幸先がいいぞ~!
体を治して、のんびりしようっと!
・・☆・・
「一月後に出発であるか。それは都合がよいのである」
「都合?」
カマラさんが黒子さん相手に商売を始めて、ホクホク顔で宿へ帰った後。
ゲニーチロさんのお部屋で、依頼のことを話すとそう言われた。
ちなみにアカはロロンと一緒にどこかへ行った。
あの2人は外出禁止じゃないから、ウインドウショッピングにでも出かけたのかもしれない。
なんかミーヤも一緒だったし。
「うむ、ムーク殿たちには是非とも我が屋敷に逗留して欲しいのである」
や、屋敷!?
「此度の騒動では本当に骨を折ってもらった故な。元々いつかはトルゴーンに来ると聞いていたので、なんとしても招待しようと考えていたのであるが……今すぐとなれば、少し都合が悪かったのであるよ」
若干生え始めた角を触りつつ、ゲニーチロさん。
「ナニカ、ゴ用事ガ?」
「うむ……拙者は遠からずここを立って……少し」
不意に、マジメな声で――
「――国で、暴れるのである」
そう、呟いたのだった。
「アバ、レル?」
それはちょっと、穏やかじゃないね?
そもそもなんで暴れるなんて……あ。
「……【サジョンジ】ノ、コトデス?」
「うむ」
そういうことね……
「現当主と、それに阿る大馬鹿共をまず引きずり下ろし……家を、建て直すのである」
ぎち、と拳を握るゲニーチロさん。
……なんか、むっちゃ怒ってないですか?
トキーチロさん、義理のお兄さんだったんだよね……
その人が、家を残すために命を散らしたんだからまあ、当然か。
「跡継ギモ……馬鹿ジャナカッタデス?」
巫女候補?だったっけ。
「アレは当主と共に放逐する。……現当主には年の離れた妹殿がおられる、いささか体が弱いが聡明でな……此度の騒動を材料にして、かの方を当主にお勧めいたす」
ほ、ほほう。
本当に戦国時代のお家騒動みたいじゃん。
あ、この世界って女性でも当主になれるんだねえ。
『トルゴーンでは、そうなのでしょうね。そこら辺の事情はこの西国の中でも異なっています』
フムン……なるほろ。
「それで、しばらく拙者は忙しくなる故な。ムーク殿は、全ての面倒ごとが収まった後にゆうゆうと参られよ……おお、そなたは圧縮背嚢をお持ちであるし、今渡しておこう」
ゲニーチロさんがぽんと手を打つと――背後が歪んで黒子さんが現われた。
いつまでたっても!慣れない!!
「【駒】を」「御意」
……あ!後ろの黒子さん……イセコさんじゃん!たぶん!!
流石にあのお世話強化時間で聞き馴れたもんね!
よかったー!黒子さんに復帰したんだ!!
これでゲニーチロさんも安心だね!!
「ムーク様、コレを――ッヒ!?」
イセコさんは懐から何かを取り出してボクに差し出してきて……指が触れると悲鳴を上げた。
「もも、申し訳あり、ありません!ど、どうぞ!!」
「ハ、ハア……?」
何故こんなに狼狽するんだろ?
ボクの手、汚かったかな?
『はぁあああ~~~~~~~~~~~~~……』
トモさん!?なにそのクソデカ溜息!?
『なんでもありませんよ、ええ、なんでもありませんとも……』
気になるから教えてってば~!
「その【駒】を持っておくのである。屋敷に来た時に拙者がおらずとも、街の入口でソレを見せるだけで通してもらえるのである」
おおっと、今貰ったこの……将棋の駒に酷似した何か、だね?
将棋と違って六角形なんだ……文字も書いてあるけど、読めないや。
翻訳が効いてないのかな?
『これは共通語ではなく【セクト語】という虫人独自の古代言語ですからね。ちなみにソレには【龍】と書いてありますよ……前に言った、戦駒という盤上遊戯に使用します』
ほへ~……日本の旧字体みたいな感じかな?
「その裏面に我が家の魔術紋を刻んでおる。複製も出来ぬし、拙者が認めた者以外が持てば呪いがかかるようになっているのである……あらかじめその処置はしておいた」
……コワイ!?呪い付き!?
身分証というか、シリアルナンバー付きの証明書って感じなんかな……?
「くれぐれも余人に手渡さぬようにな。それはムーク殿専用である故」
「ハ、ハイ!」
……使う時が来るまで、バッグにしっかりしまっておこう!
うっかりミスで呪いを振りまくのは怖すぎる……
「――お頭、本国から連絡です」
うおっ!?今度はナハコさんがぬるっと出てきた!?
「む、手筈の確認であるか……ムーク殿、それでは我らは少し内内の話があるので……」
「ハイ、オ邪魔シマシタ。ア! アノ~……ソレデ、ゲニーチロサンノオ屋敷ッテドコニ……」
完全に聞き忘れてた。
ボク、トルゴーンの土地勘ゼロだし、ゼロ。
「これはしたり、拙者としたことが……拙者の在所はトルゴーンの中心部、首都【ラグレス】である」
……首都!首都見物までついでにできちゃうんだ!!
「アリガトウゴザイマス!ソレジャ、ボクハココデ……」
早速衛兵さんとかに場所を聞いておこうっと!
まず【ジェストマ】までカマラさんを連れて行く必要もあるからね!位置関係とか知りたいし!
とりあえず大事な話があるみたいだし、おいとましなきゃね~……!
……あ!トモさん、さっきの溜め息なんだけど~?
『これに関しては少し考える必要が……私には経験がありませんし、慈愛関係の方々に……』
……取り込み中みたいだし、今はやめとこっか。
それじゃ、お邪魔しました~……ターロとゲームでもしよっかな。
彼も外出禁止仲間だしね~!
・・☆・・
「……イセコ、お主……おぼこいのう。もそっと迫らねばムーク殿は気付きもせんぞ」
「手が触れあっただけであの狼狽……今日日、10の小娘でももう少し積極的よ?」
「にゃぁ!?っち、ちちち違いましゅ!?わ、私は別に!別ににゃんとも!にゃんとも!?」
「重症であるな」「ロココとハリコにも相談しなければ……」
「違い!違います!違いますから~!!」