第103話 イセコさん、圧が凄い!!
改めて言うけどボクは、療養中の身である。
いや、体は殆ど大丈夫なんだけど……なんか疲れがね。
それで……衛兵隊の本部にお泊りしているけど、特に不満はない。
ご飯は美味しいし、皆優しいし、お風呂も入り放題だし。
ターロたちもいるから、話し相手にも事欠かない。
……だけど、困っていることがひとつだけ。
「ムーク様、失礼いたします」
「チョット!? 失礼シナクテイイデスカラ!」
「いいえ、失礼いたします……お背中、お流しいたします」
今、お風呂を全身で堪能しているボクとアカの前に乱入してきた……薄着のむしんちゅの、女性。
「アカもやる!やるぅ!」
「はい、それではご一緒に」
「ヤメテ!ボクノ意思ヲ無視シナイデ~!!」
アカに小さいタオルを渡し、自分でもタオルを持って真剣な表情でボクににじり寄ってくる……イセコさん、である。
たすけて!誰か!誰かたすけて~!!
『据え膳を食べるなら、私はオフラインにしておきますね』
食べないよ!食べない~!!
・・☆・・
「むう、なるほどソレは問題であるな」
衛兵隊本部、2階の端。
ゲニーチロさんのお部屋で、ボクは彼に相談を持ち掛けていた。
ちなみにアカはここの中庭に遊びに行った。
トモさんが四六時中モニタリングしてくれてるし、なによりここの皆さんはいい人ばっかりなので安心だ。
……誰に貰うのか、毎回抱えきれない果物とかオヤツを持って帰ってくるんだけどね。
かわいいからね、しかたないね。
んで、ボクの相談。
それは……ここ最近の、イセコさんについて。
彼女はボクが目を覚ましてから、基本的にずうっとお世話してくるのである。
朝ご飯から夕ご飯までは勿論、お風呂とかオヤツまで。
気が付いたら虚空から出てくるので、対処しようがないんですよ。
「アノ、本当ニ気ニシナクテイインデスヨ……モウ、ナンテイウカ……イタタマレナクッテ」
さっきのお風呂突撃は本当に困った。
なんとか背中を流してもらって、お風呂を出たら顔を真っ赤にしたロロンに無言でガン見されたし。
やましいことは何も!何もなかったんだってば~!!
「アレは思い詰めるタチである故のう……なあ、ナハコ」
「御意」
ッヒ!?ナハコさん(推定)がまた虚空から出てきた!
コレ本当にわかんない、全然気配が読めない!
『殺気が伴っていればむっくんにも観測できると思いますが……彼らは今回の騒動でむっくんチームに恩義を感じていますからね、害そうとは絶対にしないでしょう』
なんにもしてないよ!ただイセコさん(inトキーチロ)にお腹刺されて我慢してただけだもん!
『普通の人はしないですよ、ソレ。むっくんは身内というか……よくしてくれた人には甘いですからね、甘々虫ですからね。まあ、そこはあなたの美徳ですので私は好ましく思いますが』
相変わらず飴と鞭が上手いねこの女神様は……
『ふふん、デキる女神を目指していますので』
ドヤァ……って感じのトモさん。
デキる女神……ああ、この前のヴェルママみたいな!
『いや……あの方はそれはもう立派なお方ですが……その……少し、少し私とは目指す方向性が違うと言いますか……なんというか……』
……うん、難しい事聞いてゴメンネ?
『その優しさに免じてポイント剥奪は勘弁して差し上げましょう』
や、やったあ。
「ムーク様、イセコがご迷惑をおかけして申し訳ございません」
うわわ、ナハコさんがむっちゃ頭下げてきた!?
「イ、イエ!迷惑トイウ訳デハナインデスケド……ソノ、気ニシナイデ欲シイトイウカ。ボクハ、オ世話ニナッタ方ヲ助ケタダケナノデ……」
勝手に助けたんだから、本当に気にしないでほしいんだよ~!
「欲がないのう、ムーク殿は。アレは恩義を感じておるので一晩くらいは褥を共にしてやった方がよいのであ……ナハコ、それは頭目に向けていい視線ではないのである」
な、なななな!?
とんでもないこと言い始めたよ、この人。
「この世全ての虫人が、お頭と同じような性質だとお思いになってはいけませんよ」
頭巾越しでもなんかこう、ゲニーチロさんがむっさ睨まれてるのがボクにもわかーる!?
もっと睨んでやって!ナハコさん!!!
「いやしかしだな……ムーク殿、どうであるか?」
「ド、ドウッテ……駄目ニ決マッテルデショ!弱ミニツケコンデ女性トソンナ……!」
ここで『イタダキヤス!!』なんて言うにんげ……むしんちゅだと思われてるのか!ボクは!!
「真面目であるなあ……拙者がムーク殿くらいの年頃ならば……冗談、冗談である」
「……わかっていただけて、重畳でございます」
ナハコさんから漏れてた殺気が消えてほっとした……
……前から思ってたけど、ゲニーチロさんって結構……いいや、かなりのエッチさんだよね。
「ムーク様、その件につきましては私からイセコに言い含めます。あの子ったら隊服まで脱いでしまって……かなり気に病んでいるようなのです」
「隊服、デスカ?」
あ、あの黒子衣装ってやっぱり制服だったんだ。
「ええ、基本的に我々は個の識別を避けるために、職務中はこの服を着用しています。それを脱いだということは……あの子、抜ける気かもしれません」
そんなに大事だったの!?あの行動は!?
「ソ、ソンナ……」
「【種】の魔法は、そこらの魔術師が使えるほど甘い術ではないし……そこらの魔術師が抵抗できるほど、安い術ではないのである。トキーチロめに使われたのなら……拙者でも相殺するのがやっと。そのような術を受けたことを気に病むな……と、言ってはいるのであるが」
ゲニーチロさんが、溜め息を一つ。
「実を言うと、イセコ以外の【種】を受けた配下も職を辞させてほしいと言う者が多くての……頭が痛いのであるよ」
あ、そうか。
他の所でドッカンドッカンやってた人達もいたんだっけ。
その人たちも気にしちゃってるんだねえ……
「目下、影の者は人手不足なのである。辞められるとかなり困るのである……ナハコ、お主は皆に慕われておることだし、説得を手伝って欲しいのである」
「は、もう既に始めておりまする。ですが強情な者が多く……一朝一夕とはいきますまい」
「頭が痛いのである……」
なんか、ゲニーチロさんが零細企業の社長さんに見えてきた。
「ナハコサン、アノ、セメテオ風呂ハ勘弁シテイタダキタインデス……ソレ以外ハ、イイデスカラ」
「承知いたしました。イセコはムーク様のお世話で気を紛らわしていることもあるようなので……ありがたいです」
……お風呂以外は我慢しよう。
いやね?イセコさんがお風呂に突撃してくるのも困るんだ、困るんだけど……
ロロンがね、最近追加されそうな雰囲気を感じるんだよ!
綺麗なタオル持って待機してることが増えたんだもん!!
やめてェ!!イセコさんはさ、いわばここにいる時だけのゲスト的存在だけど!!
ロロンとはしばらくずっと旅するわけじゃん!?
誰かに見られたらボクが超ド級の変態だと思われるじゃん!!
最低変態虫になっちゃうじゃん!!
『ロロンさんもお年頃ですからね……ふふふ』
ふふふ、じゃなァい!!
『英雄色を好むと言いますので』
英雄じゃないので!ボクは一般むしんちゅですのでェ!!
『――虫よ、虫を愛せばよいのではないですか?』
ヒィイ!?ヴェルママぁ!?
『こちらにはいらっしゃいません……今のは遠隔の神託ですね。ビックリして椅子から転がり落ちました……さすが第一級の女神……あいたた』
し、心臓に悪いよう……むしんちゅ全ての神様なんだから他のむしんちゅも心配してあげてください!!
「まあ、時間が解決すると思うのである……ムーク殿、しばらくはこらえて世話をされていてほしいのであるよ」
「ハ、ハイ……」
ぽん、と手を打つゲニーチロさんに……ボクはそう答えるしかできなかった。
むむむ……イセコさんがいい人だけに、もにゃもにゃするゥ!!
・・☆・・
「ムーク、もう体は大丈夫?」
「ダイジョブ、ダイジョブ……心配ナイヨ」
今は気苦労の方がちょっとね……
「ふぅん、よかった。ポーションあげた甲斐があったね」
ここは、衛兵隊本部の中庭。
中庭というか、訓練場?
この場所って何か所も訓練するところあるんだよねえ。
前は屋内でターロにボコボコにされたのが懐かしいや。
んでんで、今はそこのベンチに腰かけて……まったりしている。
横には、同じようにまったりしているマーヤがいる。
「ムークたちはさ、この後トルゴーンに行くんだよね?」
「ム?ウン、ソノツモリダケド」
「そっかそっか……いつ?」
いつ、いつかぁ……
「ウーン……ワカンナイ。特ニ急グワケジャナイシ、今ハマダユックリシタイカナ」
体も万全にしないといけないしね。
だってここからラーガリの端まで行って……山脈を越えないといけないんだしさ。
ガタがきたら遭難しちゃうよ。
山越えに向けて色々買い込んだりもしないといけないだろうし。
「トルゴーンに永住するの?」
「ムーン……ソレモワカンナイ。今ハタブン若イシ、イロンナ国ニ行ッテミタインダ……一応虫人ダカラ、トルゴーンヲ見テオキタイッテ感ジカナァ……」
人魚さんの国にも行きたいし、ドワーフさんの国にも行ってみたい!
それに……むっさ遠いけど、山田さんの作った国にも!!
「それ、いいね。素敵」
「エヘヘ、ソウカナア?」
「うん、素敵」
そう言うと、マーヤは立ち上がった。
「飲み放題だから何か取ってくる。ムークは何が飲みたい?」
飲み放題って……まあ、バレリアさんは好きに飲み食いしろって言ってくれたからいいけど。
「シュワシュワスル果実水!」
「ふふ、ほんとソレ好きだよね……はいはい」
異世界炭酸ジュースむっちゃ美味しいからね、仕方ないね。
「しゅわしゅわ、しゅき!」「オワワ」
アカが空からやって来た。
兜に着地するの、本当に上手になったなあ……ピーちゃんの教えが活きているのかもしんないね。
あのセキセイインコさんとも、また会いたいなあ。
「ふふ、じゃあ3人分ね。待ってて」
尻尾をふりふりしながら、マーヤが歩いていく。
……今更だけど、前に破いちゃったスカート弁償しなきゃ……
「おやびん、きょうはなにする?なにするぅ?」
「ゴロゴロ!スル!!」
「アカ、ごろごろしゅき!しゅき!!」
日差しを浴びながら、ベンチに寝っ転がることにした。




