第102話 クラスチェンジ!療養虫!!
「よォ!大変だったみてぇだな!」
「アロンゾサン!?ナンデココニ!?」
ゲニーチロさんから色々聞いた翌日、お客さんがやって来た。
今は保健室?医務室?から明るい部屋に移ったから時刻が分かる……たぶん朝だ。
で、そんな時にやってきたのは傭兵団【赤錆】の……アロンゾさん。
以前にダンジョンアタックでお世話になった、ライオンヘッドの獣人さんだ。
でも、なんで!?
「おお、俺も祭見物と洒落こんでたんだが……この騒動に巻き込まれちまってな!衛兵隊と組んで大暴れしたってわけよ!」
ずかずか部屋に入って来たアロンゾさんは、ベッドの脇にある椅子に腰を下ろす。
「んで、この本部でちょいとした駄賃を頂いたんだが……洗濯してるロロンを見かけたんで驚いてなぁ? 聞いたら、ムークさんが大怪我したって言うじゃねえか?そんで、見舞いだよ、見舞い」
なんとも間が悪いことだ……
まあ、この人はむっちゃ強いから大丈夫だろうけど。
見たところ無傷だし。
あ、ロロンはここでも元気に家事をしています。
黒子さんたちがやるって言ったのに、『甘えすぎば、癖になりやんす!』なんて言ってさ。
親分としては本当に頭が下がる勤勉さだよ……もうロロンが親分でいいんじゃない?
『それを言ったら本気で怒りますからね、涙腺が無くても泣くまで怒りますからね』
……言いません!絶対にッ!!
「まさかトルゴーンの権力争いに巻き込まれちまうとはな?【大角】閣下のお陰で無事に済んだがよ……とんでもねえこと考える輩がいたもんだなあ」
「デスネエ」
ちなみに、昨日聞いた真相だけど……当時者のボクら以外にはこういう感じで伝わることになっているそうだ。
問題が複雑だし、いくら普段は仲良くても他国の醜聞は隠したいしね。
『サジョンジが権力争いでやりすぎた』ってことになったみたい。
慰謝料も払い込まれたみたいだし、これ以上ことを荒立てるのは……ボクも望んでないし、そのつもりもない。
「んで……腹に大穴空いたって聞いたけど元気そうだな」
「丈夫ナノガ取柄デスノデ」
お腹が半分消し飛んだです。
痛かったなあ……アレ、ボク以外だと多分死んじゃうよ。
『トキーチロは戦いの最中で頑丈さに気付いたのでしょうね』
もうちょっと手加減して欲しかったな、お芝居ならさ。
後で聞いたけど、【種】を植え付けられた黒子さんは、他の仲間たちを適当に気絶させてから安全な場所を爆発させたって聞いたし。
『むっくんが頑張りすぎたので、仕方ないかと』
だってだって!あの時は必死だったもん!
嘘ですよ~って事前に通知してくれればよかったのにさあ!!
『するわけがないでしょう……』
まあ、それはわかる。
「ふかふか!ふかふか~!」
「おおっとぉ!アカちゃんも元気みてえだなあ……おい、大丈夫か?絡まってねえか?」
目を離した隙にアカがライオンヘッドに突撃している!
っていうかもう足しか見えないくらい入り込んでる!?
モフモフ好きすぎでしょ、ウチの子分……
「――おや、賑やかな上に見知った顔がいるな」
ぎ、と扉が開いて……バレリアさんが入って来た。
「ムークくん、元気そうだな。大怪我をしたと聞いて心配したが……なるほど、虫人はタフらしい」
「エエマア、ナントカ……」
この人も見た感じ傷がない。
アロンゾさんと違って最前線にずっといたと思うんだけど……やっぱ、強いや。
さすが衛兵隊の隊長さん。
「おお、【鬼鹿毛】のアネさんじゃねえか。アンタは……怪我してねえな」
「フフン、あの程度の相手なら喘ぐこともないさ」
バレリアさんはそう言いつつ歩いてきて……手に持っていた籠をベッドサイドに置いた。
「見舞いだよ。先程市場で買ってきた」
おー!瑞々しい果物がいっぱい!
この世界でもお見舞いには果物詰め合わせがベストなのか。
「おねーちゃ!おねーちゃ!」
「ンフフ、キミも元気そうだな……そら、リンゴをやろう」
「あむむ、むいむいむい……」
アロンゾさんの髪の毛から飛び出したアカは、バレリアさんからでっかいリンゴを貰ってご満悦である。
全身で抱えて、空中で丸かじりだ……豪快だなあ。
下に屑落としたら駄目だよ~?
「さて、と」
ボクに一番近い椅子に腰かけ、オレンジみたいな果物を手に取るバレリアさん。
懐から取り出した小さいナイフを器用につかって……あっという間に皮をむいてしまった。
「以前のお返しだ。ほらムークくん、あ~ん」
そして、剥いたオレンジをボクの顔に向けてくる。
「ア、デモ」
「あ~ん」
「イヤ、自分デ……」
「あ~ん」
「……イタダキマス……ムグムグ」
押しが!強い!!
あ、この異世界オレンジ美味しい……味はグレープフルーツに酷似してるけど。
うーん、違和感。
美味しいけど、違和感。
「こいつは珍しい。アネさん、虫人もイけるんですかい?」
「ンフフ、試してみたい程度には気に入っているよ」
……ノーコメント。
バレリアさんがボクを見ながら舌なめずりしてるけど!ノーコメント!!
コワイ!獣の目だァ!!
「あ!そういやアネさんよぉ!ウチの若いのに粉かけんの、いい加減にやめてくんねえかなぁ!?」
「心外だな、身に覚えがない」
「嘘付け!ウチの隊の小僧がよ、『ガラハリの衛兵隊に入りたい』ってこの前辞めたんだぜ?魔法の才能がちょいとあったから、団長がお冠だったぞマジで!」
「フムン……身に覚えがないな」
バレリアさんが無茶苦茶目を……それどころか顔全体を逸らしている。
嘘が下手すぎるんじゃよ!!
「ラゴルで仕事した時に寝所に引っ張り込んでたって、姐さんが言ってたんだぞ!」
「やめないかアロンゾくん。純真無垢な妖精の前でそのような下世話な……」
「なに?なぁにい?」
「なん……でも、ねえ。ホラよアカちゃん、コレも食いな食いな」
「わはーい!!」
アロンゾさんは一瞬で表情を変え、懐から取り出した干し肉をアカにあげている。
話題の逸らし方が無茶苦茶上手!……バレリアさん、恐ろしい人……!!
「フフフ、それは置いておくとして」
「置いておくなよ」
「置いておくとして、ムークくん」
「ハェ?」
ボクにキラーパスすんのやめてもらっていいですか?
でも聞く、ボクは大人な虫なので。
『ヘタレの間違いでは?』
黙秘権を行使いたします。
「宿の方に話は通しておくから、ゆっくり逗留していくといい。急ぐ旅でもなかろう? 勿論滞在費はいらんし、三食訓練付きで泊まっていきたまえ」
無茶苦茶好待遇やん……
「アノ、悪イデスヨ……」
「遠慮は無用。此度の件を抜いても【セヴァー】発見の功もある。下に置かぬ扱いを約束しよう……ああ、その気であれば私の『下』になってくれても構わんが?」
……流れるように下ネタをねじ込んでくる!
大丈夫なんですか!隊長さんがこんなので!!
色々お世話になっているから口には出さないけど!けど!!
……ここにロロンがいなくてよかったよ、ほんと。
「なんだよ!?アンタ【セヴァー】まで見つけたってのか!? おいおいおい……コイツはとんだ英雄サマだぜ」
「タマタマデス、タマタマ」
ほんとにねえ。
なーんか、トラブル続きなんよねえ。
『あらかじめ言っておきますが、私が何かしたとかはありませんので。これは、徹頭徹尾……むっくんの、悪う……運の良さ故のことですよ?』
今悪運って言った!言った!!
「まあ、嫌だと言っても本調子に戻るまで面倒を見るがね。目に見える傷は治っても、体内はそうはいかん……今も魔力の巡りが少し悪いしな」
ちょっとだるいかな~……くらいの体調を見抜かれた!?
むむむ……むむむむ……
「『おやびん』には元気になるまでここにいてもらう。アカくんもそれでいいな?」
「むいむいむい……んく。いい!おやびん、やすむ、やすむ~!」
夢中で干し肉を頬張っていたアカが兜に突撃、全身で抱き着いてきた。
干し肉が!干し肉が目に直撃した!?
特に痛くはない!!
「ワ、ワカッタヨ……アノ、オ世話ニナリマス」
「ウム、当然だ。ゆっくりしていくといい、ちなみに今晩は焼肉だからお腹いっぱい食べるといい」
焼肉!バーベキュー!!
コッチの世界でも焼肉って言うんだ!!
「おにく!おにく!!」
「フフフ、あまり耳をいじるんじゃない……【湿地蜥蜴】が大量に手に入ったのでな、アカくんも満足するまで食べるといいぞ」
兜からバレリアさんの耳に飛びついたアカのテンションがマックスだ。
湿地蜥蜴……美味しいやつだ!!
「お、いいねえ。アネさん、勿論俺もいいよな?活躍したし」
「フムン……ウチの隊員に手を出すなよ?」
「お?そっくりそのままお返しすんぞその台詞!」
アロンゾさんとバレリアさん、仲がいいねえ。
衛兵と傭兵、気の合う所でもあるのかしら。
「……おっとムークくん、なんだねその目は。私はこの男を下に敷いたことなどないぞ? 私にだって好みというモノがな……こんなガサツで身長のデカい男は……」
「こっちだってそうだ、ムークさんよ。あいにく俺ァ乳の薄い女じゃ欲情しねえんだ」
――びしり、と空気が鳴ったような気がした。
ば、バレリアさんはスレンダーだけど美人だと思いますよ?
胸は……うん、言及はよそう。
「久しぶりにキレたよ……アロンゾくん、ツラを貸したまえ……」
「望むところだよ隊長ドノ……」
ゆら、と立ち上がった二人は何故か肩を組み……貼り付けたような笑顔を浮かべて部屋から出て行った。
こ、コワ……なんじゃ、あの関係性。
今から何が始まるんだろう……アダルトな展開にだけはならなそうだけど……
「どしたの?どしたのぉ?」
「ドシタンダロウネエ」
とりあえず、アカの頭を撫でておくことにした。
「んへぇ、えへへぇ」
今日も平和だなあ。
いいこと、いいこと。
「ムーク様ぁ、今隊長殿とアロンゾさんがおっそろしい顔で歩いていきやんしたが、何ぞもめごとでやんすか?」
……平和だなあ、平和。