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第98話 鎮魂祭最終日 ⑥

(三人称)


「だ、駄目だァ!このままだと魔導壁が破られちまう!」


「弱音吐くんじゃないの!男だろしっかりしな!!」


 【東街】からの城門。

そこでは、戦況が大きく動こうとしていた。


 一定の距離を取って魔法を乱射してくる虫人たちに、防御側の戦力がじりじりと押され始めているのだ。

何度も繰り返される攻撃に、衛兵隊自慢の結界魔法も破られ始めている。

現に、魔力が薄くなった場所を貫通した魔法によって怪我人の数が増え始めていた。


「ここを破られて、中にいる賊に合流されたらおしまいだよ!アタシらの代でスタンピードなんぞ起こされてたまるもんですか!!」


「おう、今も戦ってるだろう隊長に合わせる顔がね――ッガ!?」


「アゾット!?畜生!衛生兵ェ!!」


 結界を貫通した魔法が、今しがた喋っていた男の胸に着弾。

鎧を破損させ、鮮血が飛び散る。


「後方!誰か入りなァ!」「駄目だ!怪我人と救護要因で足りねえ!」


「気を散らすな!また来るぞッ!!」


 虫人の中の、指揮官らしき影。

獣人側の防御が薄くなったことを的確に見抜いた。


「俺に続いて、一斉に打ち込め。脆弱、見抜いたり!」


 指揮官が魔力を練り、その手に明滅する稲妻が現われた。


「やべぇ!とにかく今いる全員が魔力を絞り出せ――!!」


 獣人側が異変に気付き、結界に注ぎ込む魔力量を必死に増やそうとした刹那。



「ぐあぁっ!?」



 虫人の指揮官。

魔力を練っていたその腕が、両方斬り飛ばされて宙を舞った。


「――間に合ったか!」


 空中に翻る、銀色の鞭……否、分割された剣。

それを振るった獣人が、屋根の上から飛んだ。


「新手か!?」「衛兵の別働た――ぐぎゃあッ!?!?」


 地面に着地するまでの間に、さらに2人の虫人が斬られる。


「衛兵隊の皆さんよォ!【斬鉄】のアロンゾ……助太刀するぜェッ!!」


 着地し、歯を剝きだして笑った獣人……アロンゾがそう言って、空中の鞭を剣に戻した。


「さあ!死にてえ奴からかかってきなァ!!」


 その声に、何人かの虫人が武器を抜いて殺到した。



「ああ、嫌だ嫌だ」


 【北街】中心部。

そうぼやきつつ槍を振ったのは……衛兵隊隊長、バレリア。

びしゃり、と槍から飛んだ血が地面に模様を描く。


「なあ、積極的に攻めて来ぬなら退いてくれ。私は大事な護衛の仕事があるのだがね」


 彼女の目の前には、進行方向を塞ぐように布陣する虫人たち。

さらにその前には、倒れて呻き声を上げる何人もの虫人。


「少し館を出た隙を突かれるとはな……【大角】殿に申し訳が立たん」


「ぬぅあっ!」「殺ッ!!」


 片手を顎に添えたバレリアに、2人の虫人が飛び掛かる。

手に持った武器は、鋭く研がれた穂先を持つ片刃の槍。

その穂先は、紫色に濡れ光っている。

恐らく、毒。


「――ああ、本当に嫌だ」


 ふひゅ、と風鳴り。

虚空を薙いだ槍は、飛び掛かって来た2人の武器を腕ごと斬り落とした。


「ぎゃあっ!?」「はや、い……!」


 足元に転がり呻く虫人を一瞥し、溜め息をつくバレリア。


「どいつもこいつも……『死にたがり』の目をしている。以前の人族共のほうがまだマシだ、あちらは殺せば殺すほどスッキリしたのになあ」


 ざ、と足を踏み出すと……虫人たちがその分だけ下がる。

それを見て、バレリアの眉間に険しい皺が寄った。


「――あああ、嫌だ、嫌だなあ」


 またもぼやきつつ、彼女は槍を構えて足を進めた。



 北街、【鎮魂の館】前。


「ふぅう……」


 ゲニーチロが、息を整えている。

片腕は付け根から落ち、全身の装甲に裂傷とヒビが散見される。


「さて、さて……そろそろ、かの」


 対するトキーチロ。

彼もまた、満身創痍だった。

ローブは焦げて切り裂かれ、そこから覗く地肌にも深い傷がいくつか。

片足はなく、左手の指も2本……斬り落とされている。


「『おお、比類なき雷神よ』」


 トキーチロの詠唱が始まる。

空間が歪み、噴き出た魔力が青白い稲妻となって彼を包む。


「『天上の威光を持って、不遜なる敵に永久の眠りを与えたまえ』」 


 視認することが難しいほどの光量の中、トキーチロの魔力がさらに膨れ上がった。

後方の巫女……影武者が息を呑む。


「馬鹿な……雷神呪の最上級を、単独詠唱だと……!?総員、魔力を振り絞れ!!」


 影武者が声を張り上げた。


「金剛二重結界に移行する!一重では耐えきれん、死にたくなければ必死で実行せよ!!」


「お頭は……!!」


 虫人からの叫ぶような声を、影武者は切って捨てた。


「我らの頭目があれしきでくたばるものかっ!お頭は我らを信じた!ゆえに我らもお頭を信じるのだ!!」


 半ば泣き叫ぶように、そう言って。


「よき部下に恵まれたのう、ゲニーチロ」


「我が愛しきつわもの共だ。当然である」


 詠唱の合間に言ったトキーチロに、平然と返すゲニーチロ。


「さあて……やるか」


 魔力が大気と接触し、電が大きさを増す。

それに対し、ゲニーチロは何も答えず。


 ――崩れかけた剣を、腹に突き刺した。


「ぬぅう……!!」


 周囲に響き始める重低音。

先程まで左腕で行っていた刀身の生成と射出。

それを、腹で代用するようだ。


 腹から突き出た柄を逆手で握り、ゲニーチロが姿勢を低くする。

残った右腕にも、紫電が纏わりついていく。

正真正銘、最後の一撃のつもりだろうか。


「――さらばじゃ、ゲニーチロ」


 雷光が一層輝きを増し、周囲が白く塗りつぶされた。

落雷のような轟音と、それとは場違いな程涼やかな風鳴りが小さく、だがハッキリと鳴り響いた。



・・☆・・



「グウゥ、ウウ、ウ」


 目の前がジワジワと暗くなってきた。

と、トモさん……まだ、大丈夫ぅ?


『ええ、まだいけます。ファイトですよ!』


 うぐぐ、それなら頑張るよ、ボク!


「驚いたのう……なんという根性じゃ」


 いまだ抱き着いたままのトキーチロが、呆れたように口を開いた。


「気付いておるか?お主の腹はもう半分ほどしか残っておらんぞ?」


 言わなくてもいいってば。

痛すぎて感覚がマヒしてるんだからもう無傷と一緒でしょ。

でも、これだけジュウジュウやられても手は離してないし!ボクのお腹くんもまだ両断されてない!

あ、腹巻くんの上を刺されたので彼はなんの助けにもなりませんでした。


「タトエ上半身ダケニナッテモ、コノ手ハ離サナイ……!」


「そういうのは好いたおなごにでも言ってやれい」


 そう言われましても。


「はあ……ふむ、まあ」


 トキーチロは溜息をついた。

そして……アレ?今なんか聞こえた?

なんか……鈴みたいな、綺麗な音が。


「ここいらでよかろう、か」


 ボクのお腹を貫通している刃物が、常温?に戻った。

お?なんだ魔力切れか?


「『絶・封牢・開』」


 トキーチロがそう呟くと、色んな所で人が動く音がした。

え?ええ?


『結界の解除、確認しました』


 ええええ?

ほんとに、ホントになんで!?


「おのれ虫人ォ!!ムーク様の、仇ィ!!」


「待ってくださいロロン様!」


「離しやんせェ!!あの外道をば!!膾にしてやるのすゥ!!」


 うわわ、ロロンが無茶苦茶キレてる!?

そしてボクはまだ生きてますので!?


「刃を引け!トキーチロ!!」「魔力を練れば殺す!」「ムーク様を離しなさい!!」


 壁にめり込んでた黒子さんたちが、殺気立って刃をきらめかせながら寄って来た。

な、なんだかわからないけど……おわ、終わったの?

あ、アカン。

安心したら一気に意識が……


「おうおう、もう何もせぬわ……小僧、名は?」


「ムー……ク……」


 なんとかそう答えたところで、ボクの意識は完全にブラックアウトした。


「ムーク、ムークか。よい名じゃな、小僧……儂の負けよ。ははは!」


 なんか、聞こえたような、気が……す……


「おやびん!おやびぃん!!」



・・☆・・



(三人称)


「……仕舞、じゃなぁ」


 焦げ付いた大気の中、トキーチロの声が響く。

盛大な白煙の中に、2つの影。


「トキーチロ、お主……」


 角が折れ、装甲がひどく破損したゲニーチロの突き出した剣。

それが、トキーチロの胸を真っ直ぐ貫いている。


「長生きした分、儂の方が……化かし合いは上手、よなあ」


 胸を貫かれたトキーチロが、呵々と笑った。

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トキーチロ天晴れ。忍びらしい。
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