第96話 鎮魂祭最終日 ④
(三人称)
ムークが、衛兵隊本部で死闘を演じている頃。
「押し返せ!絶対に中へ通すなァ!!」
「畜生!旅行者と襲撃者の区別がつかねえ!」
「襲ってくるのが敵だ!防御魔導壁を切らすな!侵入だけは食い止めろォ!!」
【北街】へ繋がる3つの門で、それぞれ大規模な戦闘が発生していた。
【東街】から、【西街】から、そして……街の外からの3つで。
「ぐぅあっ!?畜生ォ!防壁が抜けた!!」
「奴ら素人じゃねえ!いっぱしの魔導兵が混じってやがる!!」
ここは、【東街】から繋がる城門だ。
「ここだけじゃないわ!壁も注視なさい!登ってくるわ!!」
「ああくそ!虫人の登坂能力を舐めてた!!」
鎮魂の儀に際し、各街担当から選抜された衛兵たちが戦っている。
相手は、ローブを身に纏った虫人たちだ。
まるで1つの生命体のようなチームワークを発揮し、衛兵の放つ矢や魔法を躱しながら反撃をしてくる。
まだ、突撃する程肉薄してはいないが……油断はできない。
「あークッソ!こんな時に隊長は何してんだよォ!!」
「巫女行列の護衛だよ!機密保持の魔導封鎖で連絡も取れねえッ!他の城門もだ!」
「男どもォ!キャンキャン泣いてんじゃないの!ワタシらはワタシらで出来る仕事を片付けなきゃなんないのッ!!」
弱音を吐く男兵士に激を飛ばし、丁度飛来した矢をロングソードで叩き落とす女兵士。
「っち……おらァ!こっち来なさいよォ!!刻んでやるからさァ!!」
「こっわ……」「恐ろし……」
「だけど妙だよな……奴ら、一体何が目的なんだ」
1人の兵士がそうこぼした。
対する不審な虫人の集団は、一定の距離を取りつつ攻撃をしてくるだけ。
一気になだれ込む雰囲気は見せていないのだ。
「決まってんだろ、遠くからチマチマ1人ずつ数を減らす気なんだよ!油断すんじゃねえ、奴らの魔法は貫通力が高い!魔導防壁が無い場所に喰らったら、鎧を貫かれるぞ!!」
「「「応!!」」」
無駄口を叩きつつも、彼らの士気は高かった。
「グゥアアッ!?」
「グレーッグ!グレッグがやられたァ!衛生兵ッ!!」
ところ変わって、【西街】からの城門。
今まさに、1人の兵士が肩口に魔法を喰らって地面に倒れ込んだ。
鎧の金具が弾け、中の肉まで深く傷ついている。
「構え――撃てッ!!」
引き倒された兵士回収の援護のため、クロスボウを構えた一団が一斉に発射。
鏃に魔術的工作を施し、貫通力を上げたボルトが虫人たちへ向かって殺到する。
「「「『個を纏いて陣と成せ』」」」
それが、空中で縫い留められたように止まった。
その隙に、先程の兵士が救出される。
「ちきしょう!なんて硬ェ魔導防壁なんだよ!」
「衛生兵!こっち、こっちだ!」
「第二射用ォ意!奴らをあそこへ釘付けにする!」
クロスボウに一斉に次弾が装填されていく。
一糸乱れぬ動きだ。
「何をする気か知らんが、とにかく奴らを侵入させないことだ!鎮魂の儀を失敗させるわけにはいかない!」
指揮を執る兵士が、狼に似たその顔を歪ませる。
「頻発する爆発音といい……今年はどうなっているんだ。援護に行きたいが、それもできん……!」
「中は封印術師とウチの隊長がいりゃなんとかなるだろ!それに護衛の【大角】閣下もいらっしゃる!」
「ああ、むしろ死にそうなのはこっちだろうなァ!……魔力反応!来るぞッ!!」
虫人の方から、空中に放出される魔力。
「広域魔導盾用意!クロスボウの前に出ろォ!!」
「飽きもせずによくやるぜ……いや、違う!今までとは!!」
先程から何度も迎撃してきたものより、練られる魔力が多い。
それを敏感に感じ取った何人かが、こちらも先程よりも多く魔力を練る。
「……撃て」
虫人の一団。
その中にいる指揮者らしき影がそう言うと、練り上げられた魔力が一点に集中する。
「――魔導盾への魔力供給、最大限!!」
衛兵の指示が飛ぶ。
その声が終わるのと同じくらいに、虫人の魔法が発動された。
「「「破ァッ!!」」」
ほとんど無言だった虫人たちの、裂帛の気合。
それを受けた魔力が形を成し、巨大な氷柱が生成された。
それに、すぐさま亀裂が走る。
「備えッ――」
虚空の氷柱が、爆発。
大ぶりなナイフ程の破片が、不可思議な指向性を持って衛兵に殺到。
彼らの張った結界に、次々と激突していく。
「なんつう、氷魔法だよ……!!」
「だ、めだ、末端が破られる!?」
氷片が結界に激突するたび、結界の輪郭がブレていく。
そのブレはどんどんと大きくなり――ついにいくつかの氷片が結界を貫通した。
「ぐあっ!?」
1人の衛兵が、首を掠めた氷片で出血し昏倒。
危険な出血量だ。
「っち……そうか、攻めてこないんじゃない!俺たちを遠距離から削り殺すつもりだ!」
「あー糞!虫人が嫌いになりそうだぜ!」
「無駄口叩いてないで魔力を振り絞れ!ガラハリの衛兵隊が結界破られて死にました!なんて洒落にならねえぞ!!」
「「「応ッ!!」」」
怪我人は増え続けているが、ここでも衛兵の士気は高かった。
・・☆・・
「ふうむ、ふむ」
「グゥウ……!!」
戦い始めてからどれくらい時間が経過したんだろう。
もう半日くらいじゃない?
『5分少々かと』
うぎぎぎ……!
なんてこったい!!
「えらく頑丈じゃな、小僧」
ボクを見て、少し感心したようにトキーチロが言った。
「……」
お腹に大穴が2つ空いて、体中の装甲が抉れたり斬れたりしている。
控えめに言って重傷だし、そこら中が痛い。
でも、退くわけにはいかないんだよね、辛いけど。
「ここの館の援軍を待っておるのか?残念じゃが遮音結界を張ってある故……定期連絡の時刻にならねば異変には気付かれぬ――ぞ!!」
うおお!?会話の途中に攻撃するのは卑怯でしょ!?
ボクもよくやるけどさァ!!
氷っぽいシュリケンを横スライドで躱し、再生した左腕のパイルを放つ。
当然のように素手で叩き落とされた。
くそう……魔物なら馬鹿正直に防御しようとして刺さるとかありそうだけど、アイツはなんかこう、合気道?みたいに逸らしちゃう!!
「棘の再生も速い……どこの部族の出じゃ?お主ほどの頑丈な種族には会ったことがないわい」
「黙秘、スル!!」
床に落ちていた花瓶を蹴り上げるついでに、右足パイル!
「ほほう、頭を使ったのう」
トキーチロは花瓶を避けないで、飛来した棘だけを弾いた。
「オオオッ!!」
どの道ボクは遠距離攻撃の手段が少ない!
接近戦しかないッ!!
突っ込んで、床に転がっていた黒棍棒を引っ掴み――下から振り上げる!
狙いは……左足ッ!!
「はは」
足を上げて躱され――
「っし!!」「ァガ!?!?」
上がった足が、ボクの顔面に突き刺さった。
あああ!ベキって音がしたァ!?
兜に、兜にヒビがァ!!
「ッグ、ゥウ!」
床を転がり、テーブルをなぎ倒して扉に激突して止まった。
うぐぐ……この部屋が広くてよかった……
「(ムー、ク。こっち……)」
危ない、倒れてるマーヤにぶつかる所だった。
小声でどうしたの?
「(わた、しの、お尻ポケット……ポーション、の、小瓶、ある。つかっ……て)」
「(ア、アリガト……)」
お尻、お尻か……訴えられませんように。
トキーチロに気付かれないように、ヨロヨロ立ち上がりつつスッと探る。
あ、これね。
前世で言う所の七味の瓶くらいか、コンパクトでいい!
「(死んじゃ、やだ、よ)」
うん、ボクも死にたくないから頑張る。
だけど……どうしたもんかなあ、ホント。
「小僧」
立ち上がった所で、声をかけられた。
「お主……この体を殺さぬように戦っておるな?なんとも、余裕のあることよのう」
……バレ、た!
「狙いが四肢にほぼ限定されておるでな、よほどこの娘に世話になったと見える」
「……」
だって、だってさあ!
見ず知らずの他人でも、特に悪くない奴を殺せー!って言われたらいやだしやりたくないじゃん!
イセコさんには無茶苦茶お世話になったんだもん、できるわけないでしょ!!
「ムーク、様!」
まだ動けないままのナハコさんが叫ぶ。
「敵に身を奪われるは、己が未熟……!ご懸念なきよう!……イセコも、きっと、そう言うハズです」
……うん、そうだろうね。
そうだろうねえ。
「ホレ、お墨付きも出たことじゃし――」
「ウルサイ!!」
左手に黒棍棒を持ち、右手のチェーンソーを展開!
「ボクハネ、ソノ人ノ作ルスープノ味ヲ覚エチャッタンダ……ダカラ、嫌ダネ!!」
しんどい?辛い?痛い?
ハッ!そんなもんは――転生してから慣れっこだい!!