第95話 鎮魂祭最終日 ③
「貴、様……今からやろうとしていることが、何をもたらすかわかっているのか!」
倒れ込んだまま、周囲を観察する。
結界に抵抗しているのか、震えながら言うナハコさん。
「当たり前じゃろ。重々承知の上じゃ」
それを、愉快そうに見つめて答えるイセコさ……トキーチロ。
「儂は、否儂らはお家を第一に考え動くのじゃ。その過程のことなど知ったことではない」
トキーチロはなんて事のないように言い、両腕を振った。
黒子衣装の両袖が破れ、中から一対の刃が展開される。
ああ、この人もやっぱりカマキリ的なヒトなのか。
ボクの棘は肘から突き出す形だけど、アレは手首を支点にして腕の中から展開されるって感じだな。
「こ、れを【神前騎士】が知れば、その家も、タダではすまぬ、ぞ……!」
「かか、笑わせよる。【死人は喋らぬ】よ、小娘」
……やっぱり、皆殺しにする気だ!
ボクらを殺しちゃえば、トランス状態のラクサコさんは誰がこれをやったかわからない。
いや、わかるとは思うけど……証拠がない。
「お頭、が、黙っているもの、か!」
ナハコさんの声には殺意が滲み、周囲の空間が染み出す魔力で歪んで見える。
あれだけ高濃度の魔力を出しても解除できないんだ、なんとか結界って……
「阿呆。当然であろう……故に、ゲニーチロへは『本体』が当たっておるよ」
ってことは、ゲニーチロさんは動けないのか……!
あの人、無茶苦茶強いけど……目の前のコイツだって、底が知れない!
いわばCPUみたいなもんなのに、この強さだもん!
「貴様も、ここに……!っく!」
ばじん、と魔力が弾けた。
ナハコさんが、結界を解除しようと魔力を走らせている。
「ほう、その若さで大したものよ。刈り取るのが少しばかり心苦しいのう」
そう言い、トキーチロは軽く首を捻った。
そうして……片腕を上げ、刃を構える。
や、ヤバい!
トモさん――もう待てない!動くよ!!
『ええ、もう完全に回復しました。お腹のナイフ傷は動くと同時に治しますね……ちなみにあの結界魔法ですが、【現在張っているモノを解除しないと新たに展開できない】という欠点がありますので、ご心配なく』
色々助かる!流石は女神様!!
「じゃが、まあ、運が悪かったと思って――」
――地べた這いずりからのォ!速射衝撃波ァッ!!
「――ぬ」
速射衝撃波を放ちつつ飛び上がり、今も必死で魔力を流しているナハコさんを抱きしめて後方に跳ぶ。
ボクの放った衝撃波は残らず両手の刃で迎撃されたけど、主目標はこっちだ!
「む、ムーク、様!?」
「舌噛ミマスヨ!」
驚愕するナハコさんをその場に残し――全身に魔力を纏わせて防御力を底上げする。
「ほう……小僧、何をして動けるようになった?あの毒は並の解毒魔法ではどうにもならんのだが……」
「教エルワケ、ナイダロ!」
正解はボクの大事な大事な寿命くんを墓地に送ったからですが!
そんなこと説明する必要もないしね!
ロロンの横に転がってた黒棍棒くんを拾い、構える。
彼女は転がったまま、ボクを見てボロボロ泣いてた。
心配させてごめんね!
『アカ!おやびんの雄姿を見てなよ~!』『おやびーん!がんばって、がんばってぇ!』
アカとは念話で意思疎通できるから便利だね!
「きを、つけて、ムーク……!」
後ろからマーヤの声がする。
あの子も喋れるなんて、魔法の才能があるのかな?
「面白い小僧じゃな……未知数ゆえ毒を使ったが、存外間違いではなかったやもしれん」
ひゅひゅん、と両手を振るトキーチロ。
余裕シャクシャクだね、無理もないけどさぁ。
「コノママ、イツマデモッテワケニハイカナイダロ。ジキニ援軍ガ来ルゾ!」
この街には衛兵さんもいっぱいいるし、結界術師?さんもいる。
野中の一軒家じゃないんだぞ!
「さぁて……どうかの。それへの『備え』は勿論あるのでな」
……マジで?
『……確認しました。北街への城門付近で、大規模な戦闘が発生しています。虫人の集団と、衛兵の』
マジでェ!?
じゃあ援軍来ないってことォ!?
いや待って、ここ!ここにもエリート衛兵さんがいるじゃん!
その人たちを待てば……!
『ここの入口でも、戦闘が……』
お、オノーレ!?
ボクの唯一の勝ち筋が消えつつある!
耐えて耐えて耐えて……援軍に取り押さえてもらうっていう素敵な戦略が!
『他力本願虫!』
ゴメンナサイ!!
「ふむ……多少遊んでやろうか、小僧」
ふひゅ、と音。
「グゥウ!?」
左腕が裂けたァ!?
いつ斬られたのか皆目見当がつかない!
魔力もしっかり纏わせてたし、何より間合いが遠いのに!?
『魔力反応!風系の魔法を纏わせた飛ぶ斬撃です!』
いつだかのクソ人間がやってたみたいな攻撃か!
んなろ~!!魔力!お代わり!!
「おう、両断できぬか。存外硬い体よな……面白い!」
面白く思ってもらわなくって……結構!!
「――オオオッ!!」
後方に衝撃波を放つのは仲間が転がってて危ないので、思いっきり地面を蹴る!
一気に肉薄して――黒棍棒を横フルスイングッ!!
「っふ」
ごう、と薙いだ黒棍棒。
それが、気付いたらトキーチロの頭のはるか上を通過していた。
「甘い」「ッギ!?」
なんで!?って思った瞬間にはお腹に蹴りをぶち込まれていた。
鳩尾に穴が空いたみたいな!凄い衝撃ッ!?
「グヌゥウ!グアアアッ!!」
吹き飛ばされそうな勢いを、両足パイル展開で耐える。
床に穴開けちゃった!でも全部コイツが悪い!衛兵隊の人たちごめんなさい!!
「意気やよし、力よし、じゃが技が皆無じゃのう……小僧。お主、ヒトと戦った経験がないな?魔物を力任せに叩き潰す動きじゃ」
ぐうの音も出ない推論!
――左手パイル発射ァ!!
放たれた棘は、一瞬でトキーチロの右腕を……貫かない!
ちくしょう!逸らされた!!
なに今の!腕で撫でるみたいな動きで防御されたぞ……やっぱ達人だ!!
「面白い技じゃ。だが殺気が正直すぎるの」
でしょうね!
小ジャンプ&両足パイル!時間差発射ァ!!
「素直すぎる、とも言えるの」
当然のように防御されたけど、そんなことわかってたよ!
空中で衝撃波発射!カッ飛べボク!!
「愚直じゃな――あ?」
そのまま突っ込むと見せかけて……黒棍棒くんを投げつける!
ギュンギュン横に回る黒棍棒がトキーチロヘ向かう!
「ぬ、う」
流石に棍棒スローイングは予想外だったのか、ちょっと姿勢が崩れた!
それを追いかけながら――右!ストレート!!
「ははっ!」
右拳に刃が叩き付けられて――それを!チェーンソーが押し返す!!
回れェ!ボクの!棘ェ!!
金属製の音が響き、お互いの刃から火花が散る。
これはさすがに予想できなかったろ!
そして――腕の刃は!ボクのチェーンソーよりも硬くないみたいだ!
火花を散らしながら、刃に棘が食い込んでいく!
「妙な技を使う、のう!」
遊んでいた片手が翻り、ボクの肩口に刃が食い込む!痛い!!
だけどさっきまでのボクじゃない!
魔力をね!鎧にヒビが入るくらい通わせてるんだよ!!
食い込むし痛いけど、切れはしてないッ!!
「ッハァ!!」
お互い両腕が塞がっているので、右膝蹴りをトキーチロの鳩尾へ!叩き込む!!
「ッグ!?」
硬い!?
ボクよりも大分体重が軽そうなイセコさんだけど、硬さは黒曜ゴーレムクラス、だ!
でも衝撃力だけはどうにもなんないでしょ!
ボクの蹴りで、ヤツの体が斜め上に吹き飛ぶ!
目を見開くトキーチロ――見てろ!隠し玉大盤振る舞いだ!!
「――展、開ッ!!」
背中越しに隠形刃腕を展開!
右斜め上と左斜め下の軌道!!
「本当におもしろい小僧、じゃな!」
「ッグ!?ウァッ!?」
上からの刃は透明な壁にぶち当たって止まり。
下からの刃は、掌で止められた!!
硬すぎでしょ!掌!!
「すぅ――破ッ!!」
「ッガ!?!?」
ウグーッ!?
口から衝撃波が出せるなんて聞いてないよ!?
自慢の鎧にヒビが入ったァ!!
だけど、この程度なら――
「――気を散らしすぎ、じゃよ」
今の一瞬で自由になったトキーチロの両手。
それが、ボクのお腹にとん、と置かれた。
「『逆巻け』」
「~~~~~~~~ッ!?!?!?」
一瞬で練り上げられた魔力が掌を通って、お腹に叩き込まれた。
ドリルみたいな回転をしているその魔力は、物理的な力で食い込み――
「ほう、貫通せぬかよ」
「――グゥ、ウウ、ウウウ!!」
鳩尾の装甲を破壊して、内部を抉った。
見えないし見たくないけど、足元に体液がビシャビシャ落ちるのがわかった。