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第92話 蠢動(三人称視点)

 ついに、鎮魂祭はその最終日を迎えた。

夜も明けきらぬ前から一層賑やかさは増し、北以外の街角には酔っぱらった旅行者や地元の人々が騒いでいる。


「旅人さんよォ、ホレ飲んだ飲んだ!ウチの蔵の新作だぜ~?」


「おっほ、こいつはありがてぇや!うひひ……」


「次の祭りまで、一年分飲むぞォ!!」


「そんなに飲んだら来年はくたばってるかもしんねえなぁ、爺さん!ガハハ!!」


「なんだとォ!?馬鹿言うでねえ!オラはまだまだ元気じゃて!」


 赤ら顔の獣人や、トルゴーンからの旅行者の虫人、それに多種多様な民族。

姿かたちは違えど、彼らはこの祭の成功を疑いもしていなかった。

今までと、同じように。


 ――そんな時である。



 何かを破裂させたような轟音が、街中にいくつも響いた。



「うわ!?なんだよ今年は随分早いじゃねぇか」


「花火担当の奴まで酔っぱらってんじゃねえのか?」


「違いねえや、ガハハハ!」


 毎年、鎮魂祭は色とりどりの花火が打ち上げられることによって終了する。

これは、遥か北の国【ロストラッド】から派遣されてきた【ハナビシ】という花火のエキスパートが担当しているのだ。

彼らは祭に、そして何より花火に命を懸けている。

よって、今までにこんな予定違いを起こしたことはなかった。


「……おかしいぜ」


 酔っ払いの中にいた獣人が、寝転んでいた地面からすっくと立ちあがった。


「お?にいちゃんどうしたんだよ怖ェ顔してよ」


 彼に問いかけた獣人の見ている前で、立ち上がった男がマントを脱いだ。


「……爆音が鳴ったのは、城門じゃねえ。【北街】だ」


 ばさり、と地面に落ちたマント。

その中身は……金属製の鎧を着込んだ姿だった。


「おお?なんだいにいちゃん、傭兵かい?」


「おう……せっかく捥ぎ取った休日だったのによォ、嫌になるぜ」


 そう呟き、鎧姿の獣人は腰の愛剣を確かめて……水の入った水筒を煽り、口をゆすいで側溝に吐き捨てた。


「……どうにも、嫌な感じがしやがる」


 その獣人は、【赤錆】傭兵団のアロンゾと呼ばれていた。


「おっちゃんたちよ、何があってもいいように家族んとこに行っときな。俺ぁ行くわ」


 さっきまで酒を飲み交わしていた見知らぬ他人たちに手を振り、戦士の形相へと変わったアロンゾが衛兵を探して走り出したのは、すぐだった。



「お頭!」


「……入り込まれておったか、迂闊である!」


 アロンゾが聞いた爆発音。

果たしてその発信源は、北街だった。


 【鎮魂の館】内部、貴賓室に詰めていたゲニーチロの元に、伝令の黒子が現われた。

その場には巫女姿の影武者とそれを守護する戦士たちもいた。


「爆発の場所は!?」


「【魔導ギルド】【錬成館】【第七武器庫】それに【第五機密倉庫】!」


 黒子があげた場所、そこはこの街に多数存在する【ダミー】の場所だった。

それも、ゲニーチロの配下が配置されている場所ばかり。


「……状況は」


「通信封鎖につき詳細不明!ですが、どれも建物が『内側』から吹き飛んでいる様子!」


「内側……で、あるか」


 その報告を聞き、ゲニーチロが椅子から立ち上がる。


「お主らは影武者を守れ。拙者は館から出て指揮を――」


 刹那、ゲニーチロが目の前の伝令を掴み。


「ぬぅっ!!」


 横投げで、通りに面した窓へ投げ飛ばした。

恐るべき速度で飛んだ伝令は、窓を突き破って通りに転がり出る。


「お頭ッ!?」


 突然の凶行に驚く巫女、否影武者。


「傀儡である――伏せい!」


 通りに転がり出た黒子が、突如として爆発。

窓は残らず割れ、爆風の余波で館が揺れる。


「外へ出よ!敵が来るぞ!!」


 煙が立ち込める中、ゲニーチロが率先して割れた窓から飛び出る。

それを見届け、残りの者たちも続いて飛び出して行った。



「――囲まれておる、か」


「お、お頭……」


 【鎮魂の館】から出てすぐの場所は、円形状の広場になっていた。

普段なら閑散としているそこは……現在、2種類の集団がいた。


 1つは、館から脱出したゲニーチロ一行。

影武者を守る体勢で、虫人が槍を構えて陣を張っている。

その最前列に、ゲニーチロ。

その数、50人前後。


「いったいどこから……いえ、あの装束は……まさか、内部に裏切者が!?」


 そして2つ目は……彼らを完全に包囲している、集団。

見た限りは、ゲニーチロの配下と同じ……黒子姿である。

数は、100に少し届かぬほど。


「さて、判断はまだ早いのである……」


 ぎちり、と音。

ゲニーチロの羽織るマントの内側から。


「陣を維持、金剛結界を張れ。全力であるぞ」


 ばつん、と金具が外れ……マントが地に落ちた。


「お頭は……」


「――拙者は、少し頭に来ておる」


 マントの下から現れた黒檀色の体に魔力を滲ませ、ゲニーチロが一歩進み出た。


「これほど見事に包囲を許したこと」


 その動きに、包囲側が一斉に構えを取った。

すぐさま、統一した動きで魔力が練られ始める。


「ことここに至るまで、拙者が気付かなかったこと」


 ゲニーチロの体表面の装甲。

左手首の装甲が開き、ずるりと突起が現われた。

角や棘ではない、まるで……剣の握り手だ。


「そして――」


 突起を、ゲニーチロが握る。


 その瞬間、彼に向かって包囲側から一斉に魔法が発射された。

どれもが、雷撃魔法。

速度と威力に優れた、一級の魔法であった。


「――お頭ぁッ!?」


 影武者の悲鳴が、連鎖する爆音にかき消された。

雷撃の閃光と、白煙が周囲を染める。


 それは、狙いを外さずにゲニーチロへ全て直撃していた。



「……やったか?」


 包囲側の黒子から、男の声が漏れる。


「喋る暇があったら魔力を練れ。相手は【大角】だ」


 叱責する声、練られる魔力。

すぐさま第二射が放てるように、一切の油断がない。


「いいか、一斉に、一斉にだ。再度雷撃を叩き込む、死体を確認するまで何度でもな」


「応」「応」「応……ん?」


 1人の黒子が、疑問の声を上げた。


「どうした?」


「この……音はなんだ?」



 白煙がもうもうと上がる場所から、奇妙な重低音が響き始めた。

続いて――


「――それに、なにより」


低く、小さい、憤怒を含んだ声が……白煙の中から。


「う、撃――」


包囲側の誰もが背筋に走る悪寒を覚え、練った魔力を一斉に放とうとした次の瞬間。



「――この程度の数で、拙者を止められると思われたことよ」



 音にすれば、ヴン……だろうか。

声に続いてその音が響いた後、包囲側が一斉に地に倒れ込んだ。

囲んでいた、全員がである。


「なぁ……にぃ……!?」


「あっが、あ、あぁ……!?」


 倒れた黒子たちが、痛みと驚愕から声を漏らす。


「あ、し……足、っが!?」


「い、いったい……いつ、いや、なにを……」


 倒れた黒子たちには、一様にその両足を斬り飛ばされていた。

彼らの足は持ち主とは違って立ったままの状態である。

その切断面は鋭利だが、同時に焼き焦げたような異臭を放っている。


「こ、これが【ハゼタチ】……恐る、べし……」


 包囲側の黒子たちは、倒れたまま震えている。

彼我の、あまりの戦力差に恐怖して。



「アレがお頭の【ハゼタチ】……見えた?サミコ」


 影武者が、傍らの黒子に小さく聞いた。


「……見えぬ、その初動すら。気を散らすな、お頭の下知を実行し続けろ……まだ終わりでは、ない」


 影武者を中心として、金色に輝く結界が張られている。

【不壊金剛結界】……その名の通り、絶対の硬度を誇る上位の結界術だ。

最低10人以上の精鋭によって展開されるこの結界は、上位竜種のブレスすら防ぐ。



「……出て来い、たとえ姿は変われども……その気配までは誤魔化せぬぞ」


 右手に長く黒い剣を握ったゲニーチロが、白煙の中から声をかける。

あれ程の雷撃魔法の直撃を受けてなお、その体には一切の傷どころか汚れすらない。

その視線が向けられるのは、揃って倒れ込んだ包囲側の集団。


「お主が……このような悪事に加担するとはな。信じとうはなかった」


 どこか悲しみを含んだようなその声に、動く影が一つ。


 包囲側の黒子の中でも、ひときわ小さな影。

それが『立ち上がった』


「――二段までか、老いたのう……ゲニーチロ」


 低く、しゃがれた老人の声。


「お主もな……トキーチロよ」


 それに答え、ゲニーチロは剣を構えるのだった。

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トキーチロは頑迷な老害その者だなあ…
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