第89話 平和な9日目。
早いもので、祭はもう9日目だ。
今日も今日とてふかふかのソファでターロと並んで眠り、起きたら美味しい朝ご飯を食べた。
うーん、楽なのは楽でいいんだけどさ……こんなのでお給料もらってもいいのかしら?
食べてお喋りしてお風呂入って寝ての繰り返しだ。
まあ、お昼の間はここの訓練場?で運動なんかはしてるけどさ。
ちなみに、素手のみって縛りで衛兵さんたちにボコボコにされてるけども。
あの人たちが強いのか、ボクの近接格闘スキルがクソ雑魚なのか。
ターロには『お前魔物とばっか戦ってたろ、大振りが多すぎるし攻撃が素直すぎるんだよ』とは言われたけど。
……しょうがないじゃん!今までほぼ対人戦なんかしてないんだからさー!
朝食を食べた後にそんなことを考えていると、ノック。
この部屋には基本的に黒子さんしか来ないので、急な来客にボクら全員に緊張が走った。
「……『草原に』」
ドアの手前にいた黒子さんがそう言った。
しばし後、向こうから返答。
「『ゴブリンは尽きまじ』」
よし、合言葉オッケー。
しかも今の声は……
「やあ、明日からは来られないからな。陣中見舞いに来たぞ」
バレリアさん!
いつもの兵士ルックじゃなくって、この前見たような私服姿だ。
「おねーちゃ!」
「ンフフ、元気そうだなぁ」
いち早く飛びついたアカに頬ずりされ、バレリアさんは笑っている。
「明日カラ、ドチラニ?」
ここって衛兵隊の本部だよね?
隊長さんがどこに行くってのさ?
「ンフフ……ああ、やはりここのソファは柔らかいな」
ボクの向かいに腰かけ、バレリアさんは懐へ手を入れる。
ずる、とその手が引き出されると……そこには干し肉の塊が!!
でっかぁ!?10キロくらいはあるってことは……マジックバッグか!!
「ホレ、ティタノ・ボアのモモ肉だ。コレで英気を養うがいい」
そのデカすぎる干し肉がテーブルに触れる瞬間には、黒子さんがその下にお皿を添えていた。
更には切り分ける用のナイフまで!なんてできたメイドさんなんだ……あ、黒子さんだった。
「おほー!ありがてえ!」「高級肉、高級肉!」「たまんねぇニャ!衛兵隊最高ニャ!!」
ターロたちの喜び具合から見るに、凄くいいお肉らしいや。
『成長すれば全長10メートルを超える大きさの猪の魔物ですね。タックルで鎧くらいなら粉々にする強敵ですよ』
10メートルを超える猪ってなんじゃろ……?
化け物ってくらいはわかる。
「ありがとうござりやんす!」「ありあと!ありあと~!!」
「ンフフ、くすぐったい」
アカがもう頬にめり込むんじゃないかってくらい感謝している。
ロロンも目が輝いている!
ヌ、ボクもお礼しないと!
「アリガトウゴザイマス!」
「ああ、気にするな……それとさっきの質問だがな、私は祭10日目から向こうの『巫女様』を警護するのだよ。大事な大事な鎮魂の巫女様を、な?」
パチリ、とウインク。
ああ、なるほど。
向こうに隊長さんがいるなら、みんなはそっちを本物だと思うよね。
「だが心配するな、こちらには腕っこきの部下を多数配置する。見た目は普通の衛兵だが、中身は選抜を経た最上級の者どもだ……スライム1匹通しはせんさ」
おお……なんて頼もしい。
これはもう勝ったも同然ですな!フハハ!!
『むっくん……?』
油断はしません!油断はしません!!
……ちょっと気を抜くと一瞬で油断しちゃうな、ボクの油断虫め。
「どうぞ」
黒子さんがカップを持ってきて、ボクらの前に置いた。
お、ケマだ!
ラーガリにいる間にすっかり虜になっちゃった。
トルゴーンにはあんまりないみたいだし、買い込んでおくとするかな。
『買い込んでいるでしょう……圧縮空間内にもう10キロは入っていますよ?何年分買い込むのですか、お持ちのバッグに時間停止機能は付いていないのですよ?』
……ちょっと買いすぎ、かな?
でも安かったからつい……
『もう、駄目なむっくんですね。まあ、ロロンさんがしっかりしているからこれ以上は大丈夫でしょうが』
むっさ溜息つかれた。
「ナハコ殿、明日から全権をそちらに移す。【大角】閣下からの申し送りの通り、現場の判断に任せるよ」
「御意。ご協力、感謝いたします」
ケマ持ってきたのナハコさんだったんか!
声出さないとわからないね……まあ、声出してもわからないんですけど!
黒子さんたちの声似過ぎなんじゃよ!これもワザとなんですか!?
虫ニンジャ、恐るべし!
しかし、ここの現場責任者はナハコさんな訳ね。
この人が一番偉いのか……そういえばなにかと指示を出してるのはこの人だったな。
その次はイセコさん?だと思うけど。
それ以外の人たちはそもそもあんまり喋らないし……トモさん、ここにいる黒子さんって全部で何人?
『今は10人ですね。ちなみに部屋に4人、廊下に4人、そして館内に2人です』
ほほ~……全然わからん。
トモさんレーダー助かるなあ。
「ついでに最後の定時報告だ。昨日は4人、北街に侵入しようとした不審者を捕らえた……1人は獣人の酔っ払いだったが、残りの3人は虫人だった」
……それって、まさか。
「目下黙秘中、出身どころか名前も喋らん。南街の留置場にまとめてぶち込んである」
「感謝いたします、バレリア様」
絶対になんとかって集団出身者でしょ。
「【影無し】でやんすか?」
そうそれ。
「マント以外の持ち物は無し、身元を特定できるようなものは何もない。何もなさすぎて逆に怪しすぎるな……おそらく、そうだろう」
バレリアさんがケマを煽った。
「ぷは。留置場の特別区画には魔力遮断の結界が張ってある、加えて警備ゴーレムもな……何もできんよ」
ゴーレム!ゴーレムですって!
人が使う用のもあるんだね!
『今むっくんが想像したような乗り込むようなモノはありませんよ。警備ゴーレムは直径1メートルほどの球体です』
……ちょっと、残念だなぁ。
「おやびん、あーん!あーん!!」「モゴフ」
アカに干し肉をねじ込まれた!!
うわなにこれおいっし!?すごいおいっし!!
「オイシイ!」
「むがぐぐ、もももっも(そりゃあ高級肉だかんな、滅多に食えねえぞ)」
ターロがハムスターみたいになってる!?
何言ってるか全然わかんない。
「めめむめむ、もっも(食いだめしとくニャ!こんなん次にいつ食えるかわからんニャ!!)」
「めめめ、んにゃにゃ(最高。美味しすぎ。天国)」
ネコが!ネコがハムスターに!!
「ドーゾ」「あむっ!んん!おいし、おいし!!」
千切った干し肉をアカに差し出すと、指ごと食べられた。
「……ナンデスカ」
ボクの前で、バレリアさんが口を艶めかしく開けている。
「久しくそうされたことがないので羨ましくてな。ホラ、何事も経験だぞムークくん」
「ハ、ハア……ア、アーン……ゥヒ!?」
なんで指を!指をしゃぶるんですか!?
ボクは美味しい虫じゃありませんよっ!?
「ンフ……やはりいい男に食べさせてもらうと格別だな。惜しいよ、キミが子犬だったならベッドに誘うのだが、ね?」
悪戯っぽく笑うバレリアさん。
「じゃじゃじゃぁ……」
何故か振動しているロロン。
それらを見ながら、ボクは女性には一生勝てないだろうな……と、何故か思うのだった。
・・☆・・
「明日から、この施設は完全に封鎖されます。ダミーも含めてすべての施設で封魔結界を展開し、外部との連絡を遮断する形になります」
散々ボクやターロをからかってバレリアさんが帰り、昼食を済ませた後ナハコさんに説明を受けている。
なんでも、明日からは外部との連絡はNGになるらしい。
加えて、ボクらも外出禁止と。
前に聞いた時は最終日とその1日前からだったけど、事情が変わったみたい。
まあ、ここにいれば衣食住は完璧なので無問題ではあるけども。
アカは自由に飛び回れなくてちょっとかわいそうかな……って思ったケド、基本的にボクやラクサコさんの肩の上で寛いでいる。
鎮魂の巫女様の肩はさぞ居心地がいいであろうなあ。
「なにか必要なものがあれば、私どもにお申し付けを。今日中に調達します」
そう言われても……
「ナイヨネエ、ロロン」「んだなっす」
ロロンも十分すぎるほど満たされているようだ。
ターロたちも……うん、武器のメンテナンスも十分なので特に何もいらないっぽい。
「アチシのコレが火を吹かないのを祈るニャ……」
そう言ってミーヤが両手でそれぞれ回転させているのは……ええと、なんだっけアレ。
『チャクラム、ですね』
そうそれ!
外側が鋭く研がれた、物騒なフラフープ!!
ここへ来て随分ファンタジーな武器が出てきたね……
手斧のターロが近距離、チャクラムのミーヤが中距離で……投げナイフのマーヤが遠距離って布陣なのかな。
バランスが取れたパーティじゃないの?
『こちらサイドも同じような形ですね。遠距離のアカちゃん、遠近両用のロロンさん……そして超近距離蛮族虫のむっくん!』
あの、蛮族要素って必要?
黒棍棒くんは見た目黒くてオシャレじゃん!
『おっと、もし室内で戦闘が発生した場合には衝撃波は使用禁止ですよ。いくらこの部屋が広いとはいえど、フレンドリーファイアの危険性が……』
ふむむ……トモさんが言うように、この場所だと乱戦になりそうだねえ。
そんなにノーコンじゃないけど、それでも気を付けておこうか。
「本当に気を付けて、ミーヤ。この前みたいにターロのケツに突き刺さるのは流石に笑えない」
とんでもない失敗してるじゃん、あっち。
そんなの突き刺さって大丈夫なん?
獣人のお尻って丈夫なんかな……
「任しとくニャ!ターロのケツ以外に命中させないようにするニャ!!」
「俺のケツの心配もしてくれよな……マジでよォ!!」
わちゃわちゃするみんなを見つつ、何も起こらないことを祈る虫であった。