第87話 護衛と英雄さんの話。
「此度の騒動、姫様のお命が狙われることはありますまい」
「エ、ソウナンデスカ?」
お祭り7日目、朝。
ボクは、朝食を運んできてくれた(推定)ナハコさんに唐突に言われた。
「デモ、儀式ヲ失敗サセルノガ目的ナンジャ……」
それってさ、儀式をしている巫女様を狙うもんじゃないの?
「ムーク様は我ら虫人の事情に疎いようなので、この機会にご説明させていただきます」
こと、と置かれる美味しそうなスープ!
今日の具は茸ですか、テンション上がるなあ。
う、ちょっと毒走り茸思い出した。
……アレを食べたという記憶を消したい。
あ、ちなみに女性陣はラクサコさんの部屋で朝食。
ターロは武器屋に預けていた愛用の手斧を回収しに行って留守。
というわけで現在、この部屋にいるのはボクとナハコさんの2人だけ――
『ところがぎっちょん、透明になってあと2人いますよ』
……4人だけというわけだ。
こわぁ、全然気配ないぞ。
「鎮魂の儀の際、巫女は極度の集中状態に入るのです。意識を空間に溶け込ませ、この街全体を包む結界の修繕・補強、そして魔力の浄化を行います」
「フムフム」
一種のトランス状態的なやーつになるんだろうか。
「この状態は、周囲の状況に気付くことは難しく……1日中無防備な状態になってしまうのです」
意識を空間に溶け込ませ……って、さらっと言ったけどとんでもないことしてんのね、巫女様。
何をどうすればいいのか見当もつかないや。
「それで……ああ、申し訳ありません。食べながらで大丈夫ですよ」
少し申し訳なさそうなナハコさんである。
……そんなに腹ペコな雰囲気でも出してたかな、ボク。
ま、まあいいや……いただきます!ガブー!!
うん、むしんちゅの皆様が食べるパンって柔らかくて美味しいなあ。
獣人のみんなはちょっと柔らかすぎるなんて言ってたけど、ボクはこっちも好きです!
「ムグムグ」
「お味はどうですか?」
「毎日食ベタイクライ、デス!」
「……イセコが喜びます」
あ、今日の朝ご飯はイセコさんが作ってくれたんだね。
ナハコさんとの味の違いは……美味しいって共通点しかわかんないな!
「さて……続きです」
ナハコさんは覆面の下で笑い声をこぼし、話が再開された。
なんだろ、ボクの食いっぷりが面白かったんかもしれない。
「先述の通り、最終日の姫様はここから一歩も動かずに集中しているわけです。この状態の巫女を殺すと、どうなると思われますか?」
「エエト……爆発スル、トカデスカ?」
パンパンに膨れた風船に針を刺した感じ的な?
「そこまでではありませんが……この1年結界内に放出されていた不浄の魔力が……巫女の有する魔力を起爆剤として周辺地域へ即座に拡散されるのです」
「エッ」
スタンピードの誘発剤が、周り中に散らばっちゃうってこと?
「その規模は、儀式に失敗した場合の汚染範囲よりもかなり広くなります。具体的に申しますと、このラーガリの半分以上の土地が汚染されることになるやもしれません」
「ヒ、広スギル……」
つまりは、この国の半分以上で一斉にスタンピードというか……魔物大パレードが発生するわけだね。
「サジョンジの者どもが望むのはあくまで『巫女の交代』、さすがにそれほど大規模なことを行うとは思えません。よって、彼らの目的は……まず我々護衛の、全滅でしょう」
「マズ?」
この上何をするんだろうか。
「そして、護衛を排除した後……姫様のお部屋に配置されている魔法具を破壊。これで、この街限定でのスタンピードが発生することになります」
あ、魔法具なんてものがあるのか。
ボク、あのお部屋に入ったことないからわかんなかった。
「部屋の四方に配置されている魔法具は、巫女の行う呪法を増幅・安定させる効果を持ちます。コレを破壊されれば姫様の精神集中が乱され……儀式は失敗となるのです」
「ナルホド……ジャア、ボクノ仕事ハ絶対ニ賊ヲ部屋ニ入レナイコト、デスネ」
「はい、その通りです。あの部屋の四方はこの街の結界術師によって、強固な魔導防壁が追加されています……例え深淵竜のブレスが直撃したとしても、あの部屋だけは残ります」
深淵竜!前に聞いたことがあるとんでもないドラゴンだ!
そんなのが直撃しても無事なんて……アレだね、異世界核シェルターって感じだね!
「あの部屋と同じものは【鎮魂の館】の他にもダミーとして複数個所存在します。我ら以外にも、そちらに詰めている仲間がいるのです」
デコイがいっぱいあるってことね……大掛かりだなあ。
『年に一回、このような危険な儀式を行うほどの対象ですからね……邪竜は』
その首斬り落として回ってた巫女様と英雄さんたちってどれだけ化け物なんだろう……
あ、そう言えばこの街にも英雄の武器があるんだっけ。
後でトモさんに聞いてみよう。
「ワカリマシタ、頑張リマス。丁寧ナゴ説明、アリガトウゴザイマス」
「いえ、とんでもございません……お代わりをお持ちしますか?」
ヌ、気付けばもうスープは空だ。
「……余ッテイレバ、ソノ、イタダキタイデス」
「ふふ、承知いたしました。しばしお待ちを」
今度はしっかり笑い声を残し、ナハコさんが一礼して歩き去って行った。
なんかこう、小さい子に対するような接し方に違和感を……覚えない!
だってボクは生後一年未満ですので!!
『妙な開き直り方ですね……ちなみにこの街に安置されている英雄の武器はハンマーですよ』
ハンマー?
『【大鍛冶師】と呼ばれたドワーフの男性が使用していた武器です。全長4メートルに及ぶ巨大な、【オルドン鋼】という希少金属で作られたものですよ』
……ドワーフさんってボクよりも小さいよね。
それなのに4メートル!?
どんな筋力してたのさ……
『かの大鍛冶師はそのハンマーに稲妻を纏わせ、邪竜の顎を砕いたと伝わっています。逃げ遅れた子供を庇って片腕を失いつつ、残った片腕でそれを振るったとか……最期はハンマーを持ち、砕いた首を睨み、立ったまま亡くなりました。今でも全ドワーフ族憧れの英雄ですよ』
地球の英雄が裸足で逃げ出す逸話だ。
むしろ神話かもしんない……でも、そのドワーフさんとってもいい人だったんだねえ。
英雄さんたち、みんな死んじゃったんだよね……12の国にそれぞれとんでもない逸話と武器がありそう。
『彼の残した【子は国の宝、この世の宝】という格言はいまだに有名ですよ』
いいこと言うなあ……
『ちなみに彼の妻は25人で、子供は60人以上いたとか。今でも【ガリル】には彼の子孫が大勢いるらしいですよ』
んんん子だくさん!
この世界って一夫多妻がデフォなんですか!?
『それどころか一妻多夫制度が残っている地域もありますね。ちなみにトルゴーンは両方とも合法です……やりましたねむっくん、ハーレム虫になれるかもしれませんよ?』
目下性別不明だし!
そんな相手も今の所いないし!!
トルゴーンってそうなんだ……ゲニーチロさんも奥さんいっぱいいるのかな?
『さて、聞いてみてはいかがですか?』
そんなプライベートな事はちょっと聞けないなあ……
『はれむ?なに?なぁに?』
ウワーッ!?!?
トモさん漏れてる!アカに思念が漏れてる!!
『あら、アカちゃんはむっくんとのつながりが強いですからね……以後気を付けましょう。アカちゃん、今のはハレムではなくハロムと言ったんですよ……マデラインという国で有名なぷるぷるしたお菓子のことです』
『おかし!』
トモさんの流れるような誤魔化し助かる……アカも食いついたし。
『尊敬されるポイントがちょっとアレですね……まあ、今回は私の思念封鎖が甘かったので許しましょう』
許された!
「おやびん、そのおかしたべたい!」
ドアからカッ飛んできたアカが、肩に激突するように着地してきた。
ほんとにお菓子好きなんだから……
「ココニハナインダ。デモイツカ一緒ニ食ベヨウネ」
「あいっ!おやびんといっしょ、いっしょ!」
マデライン……湖の上にあるお国か。
きっと見に行くぞ~!
トルゴーンとも近いしね!
『まあ近いと言っても山脈を横断する必要がありますが』
ボクが進化して飛べたらいいのにな~。
「アカがはこぶ、おやびんとロロン、はこぶ~!」
「妖精虐待ジャン。トンデモナイ絵面ニナッチャウ」
アカが10メートルくらいになったらお願いしようかな。
そしてロロンはいつまでついて来てくれるんだろうねえ。
ポーチに手を入れ、異世界胡桃を取り出す。
「イル?」
「いるぅ!」
胡桃は別腹らしいアカと半分こしながら、おかわりを待つことにした。
・・☆・・
「【大地割り】でやんすか。ワダスも一度は見てみてぇのす」
朝食を終え、部屋で寛いでいるロロンに英雄の話を振ってみた。
流石は英雄大好きのロロン、すぐに固有名詞まで返って来た。
「ニャ、聞いたことあるニャ~!一振りで山を割ったとか割ってないとか!」
ミーヤも知ってるのね。
でも山を……あ、そうか。
邪竜の首もクソデカなんだから、山くらい割れないと倒せないか。
「機会があったらムークも試せばいい」
「……試ス?」
マーヤ、どういうこと?
「祭の最中、南街で展示されてる。それを握って持ち上げられるかどうかって催しもあるの」
そ、そんな簡単に握っていいの……?
日本で言う所の国宝とか重要文化財とかってジャンルじゃないの、英雄の武器なんて。
「俺ぁ去年挑戦したけどビクともしやがらねえ!毛の先でも持ち上げられたら賞金が出たんだけどなあ」
部屋の隅で手斧を磨いていたターロも参加してきた。
「ムッキムキの衛兵が20人以上で運ぶハンマーニャ、持ち上げられたら間違いなく英雄ニャ~」
……4メートルもあるんだし、まあそうか。
『ちなみに【オルドン鋼】は非常に重い金属です。むっくんのお持ちの黒棍棒と同じサイズで……重さは10倍以上になるでしょうね』
持てるどころか手首が捥げちゃう!!
4メートルなら20倍の重さじゃないか!?
英雄ドワーフさん、凄いなあ……アレだ、身体強化魔法とかのとんでもない使い手だったんだろうねえ。
そして、そんな凄い人の手を捥いじゃう邪竜……とっても怖い!!
「ムークはん、どないしはりました?」
身震いしたボクを気遣うラクサコさんに、なんでもないですよ~って感じで手を振った。