第86話 異世界の片隅で、チェックメイト。
鏡に映る現在進行形の巫女行列。
あ、街道の脇にむっちゃ人だかりある……見物人かあ。
どうやらこの鏡というか映像の魔法具、音は出ないみたいねえ。
巫女行列は今、ボクらもいる【北街】に入場する。
そこは、完全に関係者以外立ち入り禁止区画だ。
ボクもまだ見たことないけど、封印術師さん?が普段いるらしい。
だから、見物人はああして街道から見るしかないのねぇ……
「影武者だって知ってても、豪華っちゅうか荘厳っちゅうか……こうして真正面から見る機会なんてねえから新鮮だぜ」
ターロは画面に釘付けだ。
たしかに、角度からして城門の上から見てる感じだもんねえ……
オリンピックのパレードみたい!
アレとは戦闘力が段違いだけどね!
それにしても、護衛のクワガタさんたち……一糸乱れぬって感じで凄い行進だ。
ここまで何キロも歩きっぱなしだったんだろうに……あんなでっかい槍持って。
「ムーク、いっぱい同族がいるね」
マーヤがマントをくいくい引いてくる。
「ソダネ~。虫人サンッテ今マデ全然見タコトナカッタカラ、ナンカ新鮮」
ここ最近で結構見たけどさ。
あ、でも女の人はラクサコさんしか見てないな、顔。
行列にいるほっそりした人たちも女の人なんかね。
『種族的に細いだけかもしれませんよ。獣人と同じく、虫人も多種多様ですから』
あ、そうか。
ラクサコさんみたいな蚕っぽい男の人もいるのかもしんない。
……いや待て、ラクサコさんすら女性ではないのかも?
『戦慄している所申し訳ありませんが、彼女の職業は?そしてゲニーチロさんはなんと呼んでいましたか?』
そ う で し た 。
巫女だし姫様じゃんか。
獣人さんは人間と同じような感じだから、性別もわかりやすいんだけどなあ……
「なんニャ、アチシの尻尾が気になるんニャ?」
「イヤ別ニ」
本物の猫みたいにグネグネ動いている。
今更ながら尻尾があるのってどんな感覚なんじゃろね。
ボクの隠形刃腕みたいなもんかな。
そういえば街中だから全然使ってないなあ、使わないと鈍りそうだし迷惑にならない所で練習しとこ。
進化したての時みたいに背中や太腿をザクザクするのは洒落にならないしねえ。
そんなことを考えている間にも行列は進み、ゆっくりと何事もなく城門へ入り始めた。
一度は見た方がいいって言われただけあって、なんとも迫力のある光景だったね……
「問題なく到着しましたね……本番はこれからですが。『どちら』の意味でも」
行列が消えると同時に、鏡は元の鏡に戻った。
そして、ナハコさん?が気を引き締めるように言った。
この黒子さん達、おそらく全員女性だしその上声も似てるから判別が難しいんじゃよ。
「せやなあ。爺や他の皆にはえろう苦労かけてまうなぁ」
「何を仰います!すべてはサジョンジの痴れ者どものせいです!姫様は何も憂いにならず、心安らかに鎮魂の儀を行い下さい」
「そうです!些事は我々に全てお任せくださいませ!」
「この命にかけ、お守り申し上げます!」
おおお、黒子さんたちの圧が凄い。
慕われてるんだねえ、ラクサコさん。
「ボクラモ、頑張ロウネ」「あい!」
肩に乗って鏡に釘付けだったアカを撫でる。
うん、いいお返事ですこと。
100点満点中の6億点ってところかな。
『ダダ甘虫……』
カワイイから仕方ないでっしゃろ~?
・・☆・・
「伝令、来ました。無事に封印の間に到着したとのこと」
それからしばらくして、黒子さんの1人がそう言った。
向こうさんも入ったみたいだね。
「あん子らの顔が見れるんは、終わった後やなあ。うちも気張らんとあかんね」
ラクサコさんがそう言う通り、あの巫女行列の方々は【北街】の中心部……邪竜の首が封印されている山に密着している【鎮魂の館】というドンピシャな名前の施設に入っている。
鎮魂の儀はどこからでもできるので、ボクらは動かない。
このままここで、祭終了時までずうっと護衛だ。
いやあ、この街に来た時はこんな形で祭に参加するなんて思ってもみなかったなあ。
宿でのんびりしつつ……ゆっくり見物するつもりだったんだけど。
あ、そうそう!宿といえばこっちに詰めるから、解約?チェックアウト?をする気だったんだ。
だけど……『でしたらお部屋はそのまま、6日間を先延ばしにしておきますよう!お仕事が終わったらまたゆっくりなすってください!』ってアリッサさんが言ってくれたんだよね……宿代はキッチリもらってるからって。
コッチの都合だからお金は帰ってこなくてもいいと思ったんだけど……本当にいいお宿ですなあ。
ボク、この先に行くところで紹介しまくって宣伝しようかな。
「ムーク様、ターロ様、我らは持ち場に着きます」
おっと、黒子さんがこっちに来た。
ボクらは便宜上ボクがリーダーだけど、ターロもリーダーなのか。
なんか、勝手にマーヤだと思ってたよ。
「ワカリマシタ」
「本日の合言葉は【月は東に】です。お忘れなきよう」
ふふふ、大丈夫です!
ボクが忘れても……頼れる女神がいるからねえ!!
『どうしましょう……頼られることを誇るべきか、頼り過ぎだと叱るべきか……』
あ、あの、冗談ですから、冗談、ね?
流石にこんな大事な事忘れませんってば~!
「それでは、失礼します」
スウって感じで、一斉に黒子さんが消えた。
ひええ……もうどこにいるか全然わかんないや。
ゲニーチロさんみたいに気配を感じ取れるようになるのはいつの日だろうか……
「ま、といってもやるこた変わんねえんだが……ムーク、コイツで勝負だ!」
背嚢からチェス盤の親戚みたいなものを取り出すターロ。
……オセロといい、キミたちボードゲームむっちゃ持ってるね。
長旅の必需品なのかもしんない。
ボクも今度適当に買っておこうかな。
「イイケド、ルール教エテヨ?」
「大丈夫だ、ここにルールブックがある!」
そんなものまで……ん?
小冊子くらいの大きさのルールブック。
その裏に、懐かしい文字が見えた。
「見セテ」
「おう、しっかり勉強して……俺にボコボコにされてくれ!ハハハ!!」
ターロから受け取り、裏返す。
ああ、やっぱり……
『あら、懐かしいですか?』
概念だけはね!
ズバリ『チェス』と書かれたルールブックの、裏表紙。
そこにはこの世界の文字で『ルクセン商会』と書かれていて……さらにその下には『英語』でこう書かれていた。
『この世界でもチェスが広がることを願う。いつか同郷のものに届くように』
『これが読めるものがあれば、マデラインのルクセン商会まで』
『エディオ・ルクセン もしくは ジャック・モントゴメリー』
……ご同郷の足跡がここにも。
イギリスあたりの人だろうか。
「ルクセン商会ッテ、聞カナイ名前ダネエ」
「でーっかい大商会ニャ!ラーガリどころか、帝国にも支店があるニャ!」
そんなに。
「おお、初代のエディオってのがすんげえやり手だったらしいな。今は4代目だけどよ、ほとんど初代が基盤を作ったって聞いたことがあるぜ」
そっか……ジャックさん、頑張ったんだなあ。
生きて会ってみたかったねぇ。
「んだなっす。眉唾ですけんど、ある日突然パッとマデラインに現れたらしいのす!それからあっという間に商売を始めで……その【チェス】で大商会の仲間入りをしたらしいんでがんす!」
「スッゴイナア、紀伊国屋文左衛門ミタイ」
「きの、く~?」
「ア、ナンデモナイ」
ん?急に現れた?
『ああ、【異世界転生】ではなく【異世界転移】が流行っていた時期ですね。いわゆるトレンドですよ、トレンド』
トレンド……トレンドで転移か転生か決められるのとんでもないな……
『まあどちらも死んだ後のことですから。大きな違いはないかと』
いや結構違うと思うよ!?
その路線ならボクは少なくとも人間バディだったはずですし!?
人間の体で……あの大森林に転移、転移かぁ……
……うん!虫でよかった!!
貧弱ヒューマンボディで転移したら死んでた!!
魔法とか使えないし!!
『ふふ、そうですか』
まさか虫ボディに感謝する日が来るとはね……来るとはねえ……
「ハイ、チェック」
「があああああっ!?なんだよお前チェスの天才かよ!?」
ルールは完全にチェスだったので、問題なく遊べた。
遊べたんだけど……
「ターロガ激弱ナダケダト思ウ……申シ訳ナイケド……」
「おーん!?なんだお前ちょっとピカピカしてるからって調子に乗ってんじゃねえぞ!」
いや、あの、マジで弱すぎる。
あんなにドヤ顔だったのになんだこの人……あの自信はどこから発生したんだよ……
「じゃあ次は私」
来たなマーヤ!
オセロでボコボコにされた雪辱の時だ!!
「フフフ……オセロノ時ト同ジ虫ダト思ワナイ方ガイイ……!」
「む、望むところ!」
なんか、将棋とかチェスとかかなりルールを知ってるんだよ、概念で!
これはいけるかもわからんねえ!
まあ、結論から言うと……ボコボコにされました。
なんだよもう!ターロ陣営は0か1しかないんか!!
・・☆・・
「お頭」
「戻ったか、どうであった」
「巫女行列を追ってトルゴーンから来た巡礼の中に不審な動きがあります。探りますか」
「いや、まだよい。このタイミングでは『誘い』の可能性がある……今は注視しつつも動くな、動きを気取られては潜られるのである」
「御意」
「……当主は無能と言えど、【影無し】は【影無し】。よいな、ゆめゆめ油断するな」
「ハッ!」
「……お頭、この先……接敵の際は如何いたしましょう」
「愚問である。鎮魂の妨げとなれば――同族を狩るも、やむなし」
「「「……」」」
「責も咎も拙者が背負うのである。憂いなく、動け」
「「「御意!」」」
「さて……長い6日になりそうであるな」