第83話 護衛虫、ガラハリに立つ。
一夜明け、翌朝。
いつも通り美味しい朝食を堪能した後。
宿には、全身をフード付きマントで覆った(恐らく)ナハコさんが迎えに来てくれた。
それで、先日の豪華ルームに招かれたわけなんだけど……
「まぁまぁ、かいらしいお仲間さんやぁ」
「こにちわ!こにちわ~!」
ニコニコしているラクサコさんの周囲を、アカが謎ダンスをしながら旋回している。
ボクとロロンは、それをアワアワしながら見ている。
た、たぶん貴族ですぞアカさん……!
「じゃじゃじゃ……不敬……不敬……」
ボクには流せない冷や汗を、ロロンがもうドバドバかいている。
『ホラ、うろたえない。妖精相手に不敬だ!なんて怒るのは器が小さいですし……彼女はそんな方ではありませんよ、恐らく……見なさい』
「アカ、でしゅ!ひめさま!よろしく、おねがいしまー!」
「まぁ~……!お利口さんやねぇ、ラクサコどす。しっかり挨拶できはって偉いなぁ、ムークはんの教育がよろしいんやろねぇ。ええ子、ええ子」
当のラクサコさんは、その笑みをより一層深くしてアカをナデナデ。
「んへへぇ~……そう!おやびん、りっぱ!りっぱぁ!」
「そうやの~、ふふふ、そうやの~」
ボクの教育成果は出ているんだろうか。
アカはニセムシ時代から、明るいいい子だったからねえ。
「あ、も、申し遅れました!【跳ね橋】のロロンと申しまっす!」
我に返ったロロンが土下座しようとして……思いとどまったように、深々と頭を下げるだけにしていた。
よく我慢したね!えらいぞ!!
「アルマードのお嬢はんやねぇ、よろしゅうお頼もうします。ラクサコどすえ、気安く呼んでおくれやっしゃ?」
「は、ははぁ~……!!」
ロロンだけ時代劇の農民みたいになってる……
まあ、ボクやアカが疎いだけでコレが正常な反応なんだろうけどさ……
「……ソウイエバ、巫女様ッテ貴族ナンダロウカ」
周囲に誰もいないので、ポツリと独り言。
「――いいえ、鎮魂の巫女様は権力と完全に切り離された存在です」
「ウヒャワ!?」
誰もいなかった右斜め後ろから声!
ババッて振り向いたら、いつの間にか黒子衣装に着替えた(仮定)ナハコさんがいた。
「ソ、ソウナンデスネ」
「――で、ある。封印の維持に不可欠の貴重な人材故、鎮魂以外の些事に関わらせることはまかりならぬのであるよ」
「ヒャワワ!?」
今度は左斜め後ろ!
振り向くと……香ばしい匂いのする豆が入ったボウルを持ったゲニーチロさんが!?
心臓に悪いですわよ!?
心臓に相当する器官があるかどうかわからんけども!!
「よく来てくださった。ささ、座って豆など食べるのである……炒ったポコプは乙な味であるよ」
「おじーちゃ!こちにわ~!」
ラクサコさんの肩に乗った……肩に乗った!?アカが手を振っている。
ヒィイ……恐れ多い!けど本人はとっても嬉しそう!!
「こんにちはである。ささ、いかがかな?」
「たべゆ!たべゆ~!」
……朝食から1時間くらいしか経過してないけども、まあ、今更か。
とにかく、みんなで座って話を聞こう。
ロロン?後ろから見てもガッチガチなんだけど大丈夫?
・・☆・・
「ああ、あの戦いの時にいたランダイ族の若者たちであるか」
「ソウデス、同性ナノデ護衛ニモイインジャナイカッテ……男性モ1人イマスケド、彼モ強クテイイ人デスヨ」
本格的な話が始まる前に、ターロたちを推薦しておくことにした。
「ふむ……ランダイは知らぬ仲でもない。ターロ殿、ミーヤ殿、マーヤ殿であったな?」
「ハイ、ソウデス」
ゲニーチロさんってみんなに『殿』つけるよね。
礼儀正しいなあ。
「ナハコ」
「ハッ!」
うわ、またシュバって現れた。
本当に気配が読めない……
100%ないけど、ナハコさんと戦ったら速攻で後ろから首をスパー!されて死にそう、ボクが。
「ランダイのマザロ老師に連絡を取れ。堂々と偽名もあるまいが……一応、確かめておくのである」
ゲニーチロさんはマントからメモ用紙を取り出し、これまた取り出した……キャップ付きの筆ペン?みたいなものでサラサラ~ってな感じで何かを書きつけている。
「お頭、種類はいかがされましょう?」
「ふうむ……【イサーカ】がよかろう。それほど急がぬからな、今日中に返答があればよい」
「御意」
はえ~……達筆。
アレだね、なんか梵字?に似てる感じの文字だ。
十分に接近してしっかり見ないと翻訳は働かないようで、ボクにはカッコいい文字の羅列にしか見えないや。
「おやびん、これおいし、おいし!はい、あ~ん!」
「モゴモ」
ポカンとしていたら、アカが開いた口に炒ったお豆をねじ込んできた。
こ、これ……食感は大豆なのに、味はポップコーンだ!!
うわ、ポップコーン……ポップコーンですよトモさん!!
『地球の人間さんが、家でソファに座ってB級映画を見ながら貪る食物ですね』
ンンン偏ってないその知識?
普通に映画館とかでも食べるよ……記憶ないけど、概念は知ってるもん。
『ふむ、丁度良くコピーしましたし……むっくんが寝静まったら【ウォーキング・ゴースト】を見ながら食べましょうか』
神様ってご飯食べるんだ……しかもコピーだって!?
いいなあ、食べ放題じゃないか!
『完全に嗜好としての食事です。食べずとも寝ずとも死にはしませんが……私は贅沢な女神なので、フランスパンにバターを塗って齧りますし、ヤキソバも啜ります』
贅沢……贅沢かなぁ?
贅沢というより、庶民派というか……
親しみやすさナンバーワンの女神かもしれん。
トモさん以外に女神様知らないけど。
『あらまあ、嬉しい。今度機会があれば同僚の女神をご紹介しますね』
恐れ多すぎてボクの精神がもたないからいいですゥ……
「よし、できた。頼むのである」
そんなことをしてたら、ゲニーチロさんがお手紙を書き終えたようだ。
それをクルクルと巻き……ナハコさんに手渡している。
「御意。イセコ、この場は任せる」
「御意」
また新しい黒子さんが!綺麗な壁掛けの奥からぬっと出てきた!
この部屋に何人いるのさ!?
『私が観測できるのは残り4人ですね。恐らく全員女性ですよ、嬉しいですか?』
嬉しいも何も見えないし……
「アノ、オ手紙ッテ、ドウヤッテ届ケルンデス?」
「ああ……飼い慣らした鳥の魔物を使いに出すのである。ナハコはよき従魔使いでもある故な、今まで届かなかったことはないのであるよ」
「ハエ~……凄イデスネエ」
従魔って使い魔的なやーつだっけ?
おひいさまがそんなこと言ってたねえ。
ということはアレか、異世界伝書鳩かあ。
魔術通信!とかはないのね。
『ありますが、おいそれと実行できるようなものではありませんよ。アレは送信側と受信側に高い魔法の素養が必要になりますので』
凄い魔法使いさんしか使えない電話ってことか……魔法も意外と万能じゃないんだね。
ボクから見たらなんでもできそうに見えるんだけどねえ。
「ハイアカ、ア~ン」
「あ~ん、もむ、ももむい」
そんなことを考えながら、餌を待つ雛鳥的な状態のアカに餌付けをする……っと。
「さて、ランダイの若者は置いておくとして……此度の仕事内容についてである」
軽食を摘まんで落ち着いたし、いよいよか。
「ムーク殿には昨日説明したのであるが、ロロン殿にも再度説明しておくのである。そもそもは――」
そして、ゲニーチロさんの説明が始まった。
「ロロンはん、ほんならご案内しますえ。アカちゃんもおいでな~」
「はい!よろしくお願いいたしまっす!」「あい!あーい!」
ラクサコさんと黒子さん2人に先導され、ロロンとアカが部屋の奥にある扉から中へ入っていった。
あの先は、ラクサコさんの寝起きする部屋になっているそうだ。
中にはベッドと……そしてなんと、お風呂が備え付けられているらしい。
本当に貴賓室って感じなんだなあ。
今更だけど、ここは衛兵隊本部の中でも一階の一番奥に位置している。
窓はあるけど、外は見えない。
四方を分厚い壁で囲っているような感じだ。
入口はボクらが入って来た一つしかないけど、あの貴賓室には緊急用の脱出口があるとか。
「ムーク殿にはここへ詰めていただく形になるのである。……そなたに対して何ら思う所はないが、緊急時以外は奥への立ち入りはご遠慮していただきたいのである」
「エエ、ソリャモウ」
当然ですね、当然。
明らかに男子禁制の雰囲気があるもん。
「寝起きもこの部屋でお願いするのである。入浴はここを出て右の部屋が護衛用の浴室である」
もう一個あるのか、お風呂付部屋!!
「ハイ」
「食事もこの部屋に届けさせるのである。毒見は済ませておるし、先程のイセコは毒に敏感であるから心配は無用であるよ」
さっきまでの説明をまとめると……こうなる。
・ボクらは基本的にこの部屋に詰めていて、ラクサコさんの護衛をする。
・ターロたちはまだどうするか不明だけど、黒子さんも何人か付いてくれるらしい(さっきのナハコさんにイセコさんは確実に1日中いるらしい)。
・祭6日目までは夜になったら宿に帰ってもいいし、そのまま泊まってもいい。
・祭最終日とその前日は絶対に外出禁止。
そして……
『気絶しないでくださいよ、むっくん。ロロンさんは確実に失神しますので』
護衛任務のお給料……なんと、前金30万ガル。
更に、無事に終われば別途成功報酬もある。
今までの虫生で間違いなくトップレベルの大金ですよ!ちなみに内訳は1人10万ガルね。
アカも人数に加えてくれるの、優しすぎる。
……前のダンジョンのお金もまだまだ残ってるし、何よりラーヤのくれた宝石類がある。
戦力は置いておくとして、財力においては最強だよ、最強。
まあね!お金ってのはいくらあってもいいですからね!!
「衛兵隊も協力してくれる手筈である。【暗号】を知らぬものが来た場合は問答無用で排除するのである」
「ハイ!」
暗号は毎日変わり、情報共有される形になってる。
山!川!!みたいなやつね。
ともかく、護衛虫としては……与えられたお仕事をするだけですよ、するだけ。
よおし、頑張るぞお。