第80話 この世界のお姫様はキャラが濃い人しかいないんですか!!
「やあやあ、夜分遅くに申し訳ないのである」
【北街】、衛兵隊本部。
宿で軽食をつまんで休憩したバレリアさんと一緒に、ボクはまたここへ来ている。
だけど、前と違った所がいくつかある。
ひとつ、呼ばれたのはボク1人だということ。
ふたつ、出迎えてくれたゲニーチロさんが、普段と違って豪奢な金色の刺繍をした、純白の綺麗なマントを羽織っていること。
そしてみっつ……通された場所が、前の時と違うこと。
入口を黒子さん4人が警護している、明らかに重要人物がいそうな広い部屋に通されたんだ。
出てきたのはゲニーチロさんだけだけど!!
『残念、4人以外にもまだまだ伏せていますよ。何かあれば、四方八方からニンジャむしんちゅが飛び掛かってきますからご注意を』
何もしないよう!
ボクは賢い虫なので、命は惜しい!!
「アノ……普段着デ大丈夫ナ場所デスカ?ココハ?」
ソファとかテーブルとか茶器とか!明らかに調度品?が高級そう!
床の絨毯も豪華だし、壁だって高級そうな感じ!
これって、絶対貴賓室とかいうやーつでしょ……
ボク全裸にマントと腹巻ですよ?
マントはたぶん高級素材ですけど……普段使い品ですよ?
「はっはっは、こちらから招いたので気にする必要はないのである。ささ、ケマなど進ぜよう……座るのである」
「ハ、ハイ……」
ええい、ままよ!
ゲニーチロさんに続いて、部屋の中央になるソファに座r……なんじゃこれフッカフカぁ!?!?
地球産の高級ソファだって言われても信じるよ!?
「固くなる必要はないのである……どうぞ」
対面のソファに腰かけたゲニーチロさんが、高そうなティーポットからケマを注いでこちらへ置いた。
「最近見つけた芽なのである。なかなかに面白い深みがあってのう……」
芽?
『あら、もうご存じかと思っていましたが……ケマはコーヒーのように豆ではなく、乾燥させた植物の芽で作るのですよ?』
嘘!?
これまでの街で買ってきたけど……完全に豆じゃん!ビジュアルが!?
アレ芽だったんか!?
あんな丸い芽があるなんて……
「ささ、どうぞ。この菓子も乙な味である」
見慣れた異世界クッキーだけど……なんか、この状況だと高級品に見えるね。
いや、実際高級品だと思うけど。
「イ、イタダキマス……」
手を合わせ、まずはケマを一口。
……ムムム!前に飲ませてくれたのと同じ感じだ!
コーヒー感がすごいや!
「オイシイデス、苦味ガイイデスネ」
「おお、やはり味の分かるお人である」
ゲニーチロさんは嬉しそうだ。
……例によって声色でしか判断できないけどね!
虫人さんってみんなこうなのかな……表情が基本的に存在しないから、感情が読み取れないや……
……ハッ!?
だからニンジャに向いているのでは!?
……これは有力情報かもわからんね……
『なんの有力情報ですか、なんの』
……なんだろうね!
「食事の前に手を合わせるのは、エルフの作法であるか?」
「アー……ナンデショウ?ナンカ、癖デ。気ガ付イタラ、ヤルヨウニナッテタッテイウカ……」
ゲニーチロさんはエルフさんを知ってるみたいだし、なんでもかんでもエルフ式ですって言うのもね……
「ふむ、そうであるか。変わった所作なので気になっていたのである」
神様に祈る人ばっかりだもんね、この世界って。
神様が身近なんだねえ……ボクもそうなんですが。
身近どころか常時通話状態ですけども。
『あら、お風呂の時はむっくん側から話しかけられない限りオフライン状態ですよ?』
配慮助かる。
まあ、ボクがって言うより大浴場とかだと他人の裸まみれですしね。
ボクは基本全裸なので、常に。
「さて……今回ムーク殿に来ていただいたのは、ぜひ会いたいと言うお方がいらしたからである」
「会イタイッテ……ボクニデスカ?」
なんだろう、その言い方。
まるで、ゲニーチロさんの上役?みたい。
敬語だし。
「そうなのである……ナハコ、お通しするのである」
「ハッ!」
壁からナハコさんが出た!?
正確には壁に飾られてる甲冑の横の空間が歪んで出た!?
例の魔法だね……ぜんっぜん気付かなかった!!
やっぱりニンジャじゃないか!
推定ナハコさんは、黒子姿のまま部屋の奥へ歩いていく。
……あ、奥のカーテンってその先に扉があったんですね?
うわ、ボクが入って来た扉よりも豪華!
明らかに、あの先にもっと豪華な部屋がありそうな感じ!
「……御入室!」
扉の前で何か話していたナハコさんが、大きな声を出す。
その瞬間に、ゲニーチロさんがスッと立った。
ぼ、ボクも立たなきゃ!
扉が、開いた。
その奥には……黒子さんが2人!
左右の扉を2人で開けたんだね。
そして、黒子さんたちのさらに奥には……フード付きの、白いマント姿。
頭から足の先まで、一切露出していない誰かがいる。
……身長は、ボクと同じくらいかな?
「――じい、そのお人どすか?」
鈴が鳴るような、っていうのはこういう声なんだろうか。
とっても上品な女性っぽい声だ。
その人は、そう言って……左右の黒子さんと一緒にこちらへ歩いてきた。
「御意、姫様」
その人は、音も立てずに歩いてきて……ボクの対面で止まった。
「あらぁ……ええお顔、してはるわぁ」
きょ、京都あたりの訛りっぽい……?
翻訳の関係だろうか?
「ム、ムークデス」
とりあえず失礼にならないように、しっかりと頭を下げた。
姫様って言ってたし、弱小冒険者もしくは旅人虫のボクよりかは確実に目上のお方だ!
「まぁ、ええ声やわ。影石の硯みたいに、するっとしてはる」
……褒められた、のかな?
その人……姫様は、やっぱり音を立てずにソファに腰を下ろした。
「お座りやっしゃ」
ゲニーチロさんも座ったので、ボクも軽く頭を下げてそれに続く。
「お忙しい所、ご足労頂いてしもうて……おおきにどした」
姫様は、そう言ってマントから白くて艶っとした両手を出し……フードに手をかけた。
すっご……陶磁器みたいな装甲だ。
ボクやゲニーチロさんとは違うけど、やっぱり虫人さんなんだね。
細くて長い指先でフードが後ろへまくられる。
まず初めに、一対の触角がぴょんと出てきた。
あ、なんか知ってる気がする触角……なんだっけ、ああ!アレ!蚕みたいなモフっとした感じ!
続いて見えたのは……吸い込まれそうなほど大きい、黒い目。
白目がなくって、全部黒目……だけど、キラキラ輝いていてとっても綺麗だ。
肌も、睫毛も、目の上で綺麗に切り揃えられた髪の毛も真っ白。
パーツの配置は人間とそう変わりないけど、とっても綺麗な虫人の女性だ。
ふへえ……虫人の女性ってこんな感じなんだ。
虫っぽくはあるけど、でも綺麗だなあ。
「うち、ラクサコ言います。よろしゅう、おたのもうします」
姫様……ラクサコさんは、ボクとは違って柔らかい口元でニッコリ微笑んだ。
「コ、コチラコソ……」
あ、近くで見るとこの人の髪ってアカと同じ感じなんだ。
髪じゃなくって、細い触角の集合体みたいな。
「いややわぁ、そないに固うならんでもよろしおすえ?」
口元に手を当て、上品に笑うラクサコさん。
そ、そう言われましても……こちとら一般虫ですし。
明らかな貴族ジャンルの人の目の前だもん。
「じいに聞きましてん、遠い所から旅してきはったお強い方がいらはるって。それ聞いてもうたらうち、なんや会いとうなってな……無理、言いましてん」
「ソウデスカ……」
そんなに強くないですよ?
具体的に言えばゲニーチロさんには例の張り手でボコボコにされると思う。
アレ全然見えなかったし。
「急に呼びつけてしもて、ご迷惑やったやろか?」
「イ、イエイエ!特ニ急グ身デモアリマセンシ……オキニナサラズ」
本当に困ってないし、なによりこれからトルゴーンに行こうって身分だ。
お偉いさんには愛想をよくしとかないとね……いい知り合いは多い方がいいし。
「そない言ってもらえると嬉しいわあ。ああ、せやせや……これ、うちが焼きましてん……よろし、おあがりやす」
これって……この焼き菓子?
うわ、お姫様のお手製かあ……お、恐れ多いなあ。
でも、当の本人はニコニコしてるし……ゲニーチロさんも頷いている。
逆に食べない方が怒られそう!
「デ、デハ……イタダキマス」
恐る恐る手に取って……ぱくり、さくさく。
……ぱくり、さくさく、さくさくさく!!
こ、これは……!!
「甘イ!美味シイ!美味シイ!甘イ!」
砂糖だ!砂糖の甘みだ!?
それに、卵の匂いもする!
この世界のお菓子って甘さ控えめというか……素材の味が生きてるっていう感じなのに!これはガツンと甘いぞ!!
いや、通常のお菓子も美味しいけど……これは!それを軽く凌駕している!
ああああ!こんなに甘いお菓子なんて久しぶりだ!
クソデカ森林の蜂蜜を思い出すよう……!
「ふふふ、まぁあ、気持ちええ食べ方、しはるわぁ」
……イカン!姫様の目の前で我を忘れてしまった!!
クッキーが!クッキーが甘いから!ちくしょう!!
「ンググ……ス、スイマセン無作法デ!」
慌てて飲み込み、頭を下げる。
「かまへんかまへん、そないに美味しそうに召し上がられたら。作った甲斐がありましたえ?」
ラクサコさんは微笑んでるけど……だ、大丈夫かな。
メンタルまで京都の人だったら、皮肉なのかもしれない……!
『ガツガツ食って下品だなあ』的な!的な!!
実際の京都人の記憶ないけども!
「ムークはん、せやったら……おたのもうします」
「ハッ!」
控えていた黒子さんが答え、1人がこちらへ。
ええっと……たぶんナハコさん!
「ムーク様、どうぞ」
ことり……と置かれた皿の上には……どう見てもホットケーキ的なサムシングが!
香ばしくて甘いいい匂い!バター!バターの匂いだ!コレ!
「それも焼きましてん。お召し上がりやっしゃ?」
ゲニーチロさんを見ると……小さく頷いた!
そ、それなら仕方ないなあ……勧められたから仕方ないなあ!!
「イタダキマス!」