第78話 考えようによっては、ボクよりもハードモードかも。
「――私が市井の生まれならば、物心ついてすぐに国を出ていたでしょう」
人間大嫌い発言をしたイルゼが、また話し始める。
「ですが、末子とはいえ私はエッセンバッハの家に生まれてしまった……人族以外を下劣な種と決めつけ、暴虐な振る舞いを良しとする、あの、見下げ果てた選民思想の家に」
本当に実家が嫌いなんだろう。
イルゼの眉間に刻まれた皺は、深い。
「幼少期から何度か脱走を試みましたが……その度に連れ戻され、監視はより一層強くなりました。諦め、従ったふりをし……あの日まで必死に耐えてきたのです」
あ、ロロンが緊張を解きつつある。
やっぱりこの人、嘘付いてる感じじゃないもんなあ。
……しかし、この人転生者なんだよね。
人間の、話しぶりからすると貴族っぽい大きな家に生まれたんだよね……
ボクからすればヌルゲーな出生だけど、ボクが同じ立場だったらどうかなあ……やっぱり、逃げたかもしんない。
「……私の事情など、長々と語っても仕方がありませんね。しかし、私の気持ちに一切の嘘偽りはありません」
そこまで言うと、イルゼはゲニーチロさんに体を向けた。
「【大角】様。私は唾棄すべき裏切者で、その上この国に攻め込んだ敵の首謀者の1人でもあります……自己満足ですが、謝罪も済ませることができました」
そして、深々と一礼。
「どうか、この身は如何様にもなさってくださいませ。攻め込んだ理由、人員配置、行軍日程……全てをお話いたします、その上でこの首……斬るなり吊るすなり、自由にしてくださいませ」
……そうか、この人。
初めから死ぬ気で、ここに来たんだ。
逃げる気なら、ここに来る必要なんてなかったじゃないか。
みんな、誰もがこの人のことを死んだと思ってるし、顔も割れてないのに。
「……ふむ、命を拙者に預けると言うのであるか」
「はい……!それが、私が成した罪過の償いなればこそ!」
椅子から下りて、イルゼが地面に伏した。
こ、これは……本式の、土下座!!
ひょっとしてこの人、日本人だったのかな?
「命を、のう……」
ゆら、とゲニーチロさんが動く。
マントから出てきた左腕……その手の甲から、音を立てずに真っ黒な刃が生えた!
なっが!ボクの棘よりも長いし鋭そう!?
虫人さんもソレできるんだ!
「しからば――御免」
ひゅお、と風鳴り。
それを聞いたと思った時には、もうゲニーチロさんの左腕はマントの中に消えていた。
き、斬ったの!?ここで!?
どうしよう!お掃除大変かも!!
『心配のポイントがズレていますよ、サイコパス虫』
ち、違うって!色々予想外のことが起こり過ぎて気が動転してたんだってば!!
「っふ……え?」
ばさり、と音。
土下座をしたままのイルゼの髪が、肩のあたりでばっさり切れている。
ふわぁ!?綺麗な一直線に切れてる!?
しかも髪だけ!
「な、なん……何故!?」
自分の状態に気付き、イルゼが顔を上げた。
あら、ショートカットが意外と似合う……
そんな彼女に、ゲニーチロさんは優しく言った。
「――髪は女人の命とも言う。しからば、それを頂いたまでのこと……此度の争乱、こちら側に一切の死者が出ておらぬ故、この程度でよかろうよ」
さ、サムライ……!
ボクの知ってるサムライとは主に外見で異なってるけど……ゲニーチロさんカッコいい!!
「し、しかし……」
「ここでそなたを殺したとて、アーゼリオンが弾劾に耳を貸すとも思えぬ。エッセンバッハには8人の子があると聞く……代えはいくらでもあるし、そなたの存在自体を認めようともせんだろうさ」
遠くの国のこと、よく知ってるねえ……ゲニーチロさん。
あの黒子さん達が調べたんだろうか。
「じゃが、この場で『はい、そうですか』と解放するわけにもいかぬのである。拙者と一緒に衛兵隊の本部まで来てもらうぞ、その上で……此度の詳しい情報を吐くのである」
「……は、はい、はい!何なりと!!」
イルゼは、もう一度額を地面に擦り付けた。
「本当にごめんなさい、虫人さん。以前にあの2人がとても不快な思いをさせて……本当は止めたかったけど、あの場でそんなことをしたら計画に支障が出るし……いえ、言い訳ね」
すっきりショートカットになったイルゼが、土下座をやめて立ち上がって再び頭を下げてきた。
「あなたも、ごめんなさいね妖精さん。それにアルマードさんも……」
「……わだかまりは無いとは言えねす。だども、先程言っだように謝罪は受け入れまっす」
難しい表情のロロンが、腕を組んで言った。
だよねえ、この人はともかく……結局襲われたんだし、ボクら。
「んゆ~……?」
アカはボクの肩に乗って首を捻っている。
『おやびん、このおねーちゃ、わるいひとぉ?』
『ムムム……ボクにもちょっと説明し辛いなあ。この人自体は悪い人じゃないと思うけど……』
あれだけ人間への憎悪を吐き出したんだ。
少なくともあの連中とは違う精神性だろう。
転生者だし。
でも……完治したとはいえボクは大怪我したし、一歩間違えば死ぬことだってあり得た。
衛兵の皆さんや虫人さんたちが弱かったら、この人が何かしたとしても死人が出ていたかもしれない。
だけど、この人の立場ならそうするしかなかったんだよね……
セヴァーだ!奴隷だ~!!ってヒャッハーしてたらしい他の人間はともかく、この人はなあ……ううむ、難しいねぇ。
いい人、悪い人で分けられるような問題じゃないよねえ。
『そっか、そっか』
納得したような念話の後、アカが肩から飛び立った。
そして、目を丸くしたイルゼの前まで飛んでいく。
「おねーちゃ!」
「え、な、なに?」
アカは、手に持っていたクソデカ胡桃を彼女に差し出し――
「あげゆ!なかなおり、なかなおりぃ!」
そう言って、謎ダンスを踊るのだった。
「え、あ、あぅ、うぅう……」
見開いたイルゼの両目から、大粒の涙がこぼれ始めた。
「ご、ぇん、ねぇ、ごめんねぇ、ごめん、ねぇえ……」
胡桃を受け取ったまま、イルゼは子供のように声を上げて泣き出した。
アカはその周囲を飛び回り、慌てたように頭を撫でていた。
……トモさんトモさん、ウチの子分いい子すぎでしょ。
ノーベル平和賞をダース単位で贈りたいです!です!!
『ふふふ、むっくんの教育のたまものですね』
そんなまさか!
アカは芋虫の頃からずうううっといい子でしたもん!
ボクの力なんてとてもとても……!!
『あら、まあ……謙遜虫!』
・・☆・・
「カマラ殿、長く店を閉めて申し訳ないのである。これは些少であるが……」
「やめとくれ、施しは受けないよ。どうしてもってんならアンタの配下も連れてタリスマンを山ほど買いに来な」
イルゼがやっと泣き止んだころ、ゲニーチロさんはお財布を出そうとしてカマラさんに断られていた。
しっかりしてるね、カマラさん。
「うむ、必ずまた伺うのである」
「そうしてくんな。まあ、アタシはコレだけでも一儲けさね」
そう言うカマラさんの手には、先端を紐で縛られた……イルゼの切れた黒髪。
タリスマンの材料に使うんだって。
長い黒髪の入ったお守りか……お守りって言うより、呪いの補助具とかになりそう。
イルゼ本人も許可出してたし、ボクとしては何も言うことはない。
「さて、行こうか」「はい」
ゲニーチロさんが背を向け、歩き出す。
これから衛兵本部でイルゼの尋問をするためにだ。
「……アノ」
歩き始めたその背中に、声をかける。
振り向いたイルゼは、両目をウサギさんのように赤くしていた。
「……ボクハ、ムーク」
一応ね、一応。
名乗られたから、名乗り返さないと。
仲良くするつもりも、よろしくするつもりもないけど……それでも、このくらいはね。
所詮、偽名だし。
「……【跳ね橋】のロロンと、申しやんす」
ボクが名乗ったからか、ロロンも続いた。
複雑な表情してるけど……どうやら、折り合いをつけたらしい。
「アカ、アカ!ばいばい、おねーちゃ!」
アカは、ボクの頭の上に浮かびながら元気に自己紹介。
いつでもどこでもブレないなあ、この子。
「――ッ!……!!」
イルゼは何か言おうとして口を何度かパクパクし……結局、最後にもう一度深々と頭を下げた。
そして、再びあふれ始めた涙を拭おうともせずに身を翻し、先に歩くゲニーチロさんに続いて人ごみに消えていった。
そこで結界が終了したのか、周囲の喧騒が耳に戻ってきてビックリした!!
……ふう、これでなんとか丸く収まった、かな?
この後のことは、ゲニーチロさんとバレリアさんに丸投げしよっと。
ボクにはこの上なーんにもできることはないし!する気もないし!!
『清々しいまでの他力本願虫……』
し、ししし失敬な!適材適所と言っていただきたい!!
・・☆・・
「ムークちゃんは難儀なことによく巻き込まれるねえ」
「望ンデナインデスガ……」
ゲニーチロさんたちが去り、お客さんも途切れたので現在は軽めの昼食中。
ちなみにメニューは3軒隣の屋台で売っている異世界串焼きです。
地球の串焼きとの違い?具ですね。
なんとかってトカゲのお肉とマルモが交互に刺さっていていくらでも食べられちゃう!
アカにも大好評で、顔中がタレで褐色妖精になっている。
……人間サイズだから大きいもんね、あとで拭いてあげよ。
「昔から、そういうさだめに生まれついた者は大英雄か大悪人か、なんて言われてるけど……さて、アンタはどっちだろうねえ?」
「ドッチモアンマリ……」
やだ!やーだ!
ボクは明るく楽しくこの世界を冒険して!いつか年を取ったら土地でも買って隠居するんだい!
でっかい海か湖のほとりにクソデカログハウスを建てて、毎日釣りして寝て暮らすんだ!
ドンパチはノーサンキュー!!
『湖はともかく海は……潮風で木材が痛みますよ?』
んんん現実的ィ!!
「ムーク様が……大英雄……!!」
口の端にタレが付いたまま、何故かテンションの上がるロロンのことは気にしないことにした。
やっぱりこの子、豪傑とか好きだね……