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第77話 に、人間さんも色々大変なんですね……?

 カマラさんの露店がある場所から、反対側の通り。

人波に逆らいながらこっちに歩いてくるのは……フードで顔を隠した、たぶん人間。

この店に用があるのかな……って!アイツまさか!?

なんか、雰囲気に覚えがあるぞ!

アレは――


「む、ムーク様ァ!最後に残った、あの毛無し猿でやんす!!」


 やっぱり!そうか!!

ロロンが腰を浮かせ、いつでも抜けるように後ろ腰のナイフ……じゃなくって槍の穂先に手を伸ばす。


「おっと、待たれよロロン殿」


 そして立とうとしたロロンを、ゲニーチロさんが手で制す。


「あの女人には殺気がないのである。それに……このような往来で修羅場もあるまいよ」


 ……ゲニーチロさん、ずっとタリスマンを見てたのになんで後ろのことがわかるの!?

その上、性別まで!?


「し、しかし……」


「何やら因縁がある様子……まあ、ここはこの爺に任せておくのである。万が一あ奴が凶行に及ばんとした時には……その瞬間にそっ首叩き落とすのである」


 ずん、と空気が重くなったような気がした。

目の前にいる、ゲニーチロさんの迫力で。


 ボクらが一言も発せないでいるうちにも、あの女は人ごみをかき分けて目の前まで歩いてきて……そのフードを、ゆっくりめくった。

……や、やっぱりあの時の女だ!!


「……『静謐よ、あれ』」


 そして、女は魔法を使った。

その瞬間、まるでこの場にはボクらとこの女しかいないように――周囲から音が消えた。

な、なにこれー!?


「遮音結界……ふむ、良い腕である」


 ゲニーチロさんはそう言い、ゆっくりと女に振り返った。

遮音……成程!

音が消えたのはそういうことか!


「わかっておろうが……妙な動きをした瞬間に首と胴が離れるぞ」


 さっきまでの好々爺っぽい雰囲気はどこへやら。

そう言ったゲニーチロさんからは、爆発しそうなほどの密度を持った魔力がゆるやかに放出されていた。

……ぼ、ボクの全力衝撃波がオモチャに思えるほどの魔力量だ……!!

肌がピリピリする……!


「っあ……は、はい。あ、あなたは【大角】将軍閣下であらせられますね……?」


 女は低い声で、怯えながら返答した。

背中を向けてるボクですらビビる程の魔力だ。

正面から叩き付けられたらたまったもんじゃないだろう。


「元、将軍である。情報が古いな、貴公」


 ……ム?

そういえば、ゲニーチロさんのこと知ってるの?

人間の国から来たのに……まあ、元将軍だから有名か。


「そ、そこの虫人さん一行に少しお話が……」


「……ふむ、好きにするといいのである。だが、妙な動きはするな」


「は、はい……」


 そして、女がボクの正面に立った。

女はボクと視線を合わせて――



「――本当にごめんなさい!虫人さん!妖精さん!!アルマードさん!!!」



深々と、90度近く頭を下げたのだった。

……へ、へぇえ!?


「じゃじゃじゃ……!?」 


 いつでも飛び掛かれるような姿勢だったロロンも驚いたんだろう。

膝かっくんを喰らったように、ボクに縋り付いてきた。

うん、衝撃的だったもんね。 


「みゅ~?」


 アカもよくわからないようだ。


「ふん……往来で異人種に頭を下げるくらいの分別はあるようだね。お嬢ちゃん、まあ座りな」


 カマラさんが、予備の椅子を勧めている。

……片手がマントの中から出てこないのは、中で杖を握ってるからだろうね。


 ともかく、色々と衝撃的なことがあって……女と話すことになりそうだ。

一体全体、この変わりようはなんだ……?


『あ、この方が転生者ですね』


ン忘れてたァ!?その設定!!

マージで!?

これ以上問題をややこしくしないでください!!



・・☆・・



「……私の名前は、イルゼ。イルゼ・エッセンバッハです」


 カマラさんに勧められた椅子に座り、女……イルゼはそう言った。

手には、同じように勧められたケマ入りのカップを持っている。


 ふむん……前見た時はもっと年上かと思ったけど、マジマジ見ると10代後半くらいかな?

癖のあるロングヘアーの、陰のある美人……いや、美少女?かしら。

こうして見ると肌が真っ白だねえ。


「まずは、謝罪をさせてください……連れの2人が、あなた方には本当に酷いふるまいをしてしまったことを……」


 また一礼。

ふむふむ……本当に謝っているように見える。

でもでも、どうしてこの人は生きてるんだろう。

連れの2人と一緒に、あの軍隊?にいたんじゃないの?


「……謝罪ば、受け入れまっす」


 眉間にしわを寄せ、イルゼを睨んでいたロロンが言った。


「だども、得心がいかぬことが多すぎるのす!アンタの連れがやらかしたこど、ご存じでやんすか!?」


 遮音結界とやらはまだ健在なようで、結構な大声を出しているロロンに周囲の人たちは気付いた様子はない。

新規お客さんは……店の前で『休憩中』の札を持っているゲニーチロさんを見ているからか、こっちに来る様子はない。

カマラさん……元とはいえ将軍に何させてんのさ。


「徒党なんぞという生易しいもんではねがんす!軍隊ば組織して、【セヴァー】を狙いに襲って来やんした!!」


「……ツイデニ、コノ子タチモオ土産ニシヨウトシタシ、ネ」


 あの金髪……ひょっとしたらロリコンだったのかもね。

ロロンを躾けるって言ってた時、今思えばスケベな顔してた気がするし。


「おみやげ?おいしい、おいしい?」


 ポーチに左手をイン!出でよ朝ご飯の後にクラッサさんがくれた炒った豆!!


「アーン、ホラ、アーン」「あ~ん……もむ、むむむい、むむむい!」


 アカはボクの手から直接豆を貪っている。

ちょ~っと難しい話だからね、カワイイカワイイ妖精さんはもぐもぐしててくださいな。


「カマラサン、ドウデスカ?」


「おや、気が利く子だよ……アカちゃん、こっちで一緒に食べようか」


「むむい!むいむいむい……」


 ボクの意図を察したのか、カマラさんはスッと追加の豆を受け取ってアカを手招き。

アカは、嬉しそうにその膝の上に飛んでいった。


「……ええ、知っています。ようく、知っています……」


 イルゼが一瞬下を向き、息を吸ってボクを真正面から見た。



「――あの部隊は、私の家が派遣したものだからです」



「――直情は若さゆえのことなれど、殺気のない丸腰相手にそれはいささかやりすぎであろうよ。気持ちは大いにわかるのであるが」


 イルゼの言葉を聞いて、ほぼ無意識に右手から飛び出したチェーンソー。

その先端を、ゲニーチロさんの指が止めている。

……側面の棘が、全く動かせない……!

指一本で、なんて力だ……!!


「あなたのお怒りはごもっともです、虫人さん。ですがこれだけは言わせてください、私達がこの国に来て……あの一戦よりも前に誰かを害したことは、ただの一度もありません」


「……ジャア、ナンデソモソモ、アンナコトヲ」


 チェーンソーをひっこめると、ゲニーチロさんに頭を撫でられた。

よく我慢したね~って感じ?

完全に子ども扱いだ……まあ、子供未満ではあるけど。


 しかし……家が派遣した?

あんな規模の軍隊を派遣できるってことは、ただの一般人じゃなさそうだ。


「エッセンバッハ……ふむ、聞き覚えがある。アーゼリオンの実質的な支配者【三宝家】のうちの一つであるな?」


「ええ、その通りです……」


 え?なにそれ。

予想をはるかに超える大物なんですけど……


「今回の『出兵』目的は偵察、測量、そして……できるならば奴隷の確保でした」


 しれっととんでもないこと言ってるね。

いずれ攻め込むためのスパイ活動、ってこと?

そのために、北からはるばるここまでやって来たのか……人間の国、用意周到すぎる。


「鎮魂祭に紛れ、適当な奴隷を調達するつもりだったのであろう……ふむ、ふむふむ、合点がいった」


 ぽん、とゲニーチロさんが手を叩く。


「イルゼ殿、あの襲撃の少し前……我が配下の者に匿名で放たれた伝令魔法があった。『人族による大規模な襲撃の可能性あり。二部隊に別れ、街の北方で出土した【セヴァー】を狙う』……といったものがな」


 え、そんなタレコミがあったの!?

だから魔術師の集団を皆殺しにできたんだ、ゲニーチロさん。

でも、今言うってことは……


「……アレは、そなたが放ったものか」


「……はい」


 ……どういうこと!?

裏切者ってこと!?


「……何故、そのようなことを?」


 ロロンが真顔で聞いた。

イルゼは一瞬黙って……口元を歪めて答えた。



「――あの屑共を、全員この場で【始末】するためです」



 しん……と、静寂が満ちた。


 色々と鈍いボクにもわかった。

彼女の言葉に含まれた、混じりっけなしの『殺意』が。

あの人は……何故か、同族である人間たちを心の底から憎んでいる。


「こちらでもいくつか策を用意していましたが……衛兵隊や【大角】様たちの動きが存外に速く……結果として、問題なく処理できました」


「……何故、ソンナコトヲ考エタ」


 思わずそう聞いてしまった。

いや、ボクらとしては敵が皆死んで大助かりなんだけど……マジで、なんでそこまで。


「虫人さん、あなたは虫人がお好きですか?」


 へぇ?

何その質問。


「ス、好キトイウカ……ボク、天涯孤独ナノデ。コノ人以外ノ虫人ニ会ッタコトモナイシ……」


 黒子さん達には会ってるけど、そんなに仲良くなってないからわかんないし。


「それは……申し訳ありません。私は人族ですが……人族が、心の底から嫌いなのです。正確には、アーゼリオンの、私の家と志を同じくする全ての人族が、ですが」


 どこか疲れたように、イルゼが笑った。

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よもやケモナーの疑い…?!
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